鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第60話:「その時」

 少しだけ、時間を遡る。

 それは、鬼による鬼殺隊本部襲撃の直前のことだった。

 彼は、それまで鬼殺隊の施設にまともに足を踏み入れさせて貰えなかった。

 最深部――()()()()()()()()()()の前に通されていた。

 

「いやあ、オレをこんなところに呼んじゃあ駄目でしょう。つか知ってるでしょう、()いてるんですから。オレには」

「それは……百も承知だよ……透」

 

 主の声はいかにも半死人らしく、今にも消えてしまいそうだった。

 呼吸音でさえ、途切れがちなほどだった。

 

「そのために……きみを……呼んだんだ」

「……………………ああ、そういうことですか」

 

 自らの死期を悟った主人からの、最初で最後の呼び出し。

 そのことを、理解した。

 そして自分が今から何を言われるのかも。

 

「きみには……辛いことを……させてしまうけれど」

「…………」

「やってくれるかい……透」

「……ああ、わかった。わかったよ、()()()

 

 時間の美点は、必ず過ぎ去ってくれること。

 そして時間の欠点は、必ずやって来てしまうことだ。

 

「その時が来たら、ちゃんとケジメはつけるさ」

「……すまないね」

 

 言いつつ、しかしこの時点では、結果どうなるかという点は何も見えてはいなかった。

 きっと、お館様でさえ確信は持っていなかっただろう。

 ()()()、どうなるか。

 それは結局、文字通りその時にならなければわからないのだから――――。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――童磨は、記憶力の良い方だった。

 より正確に言えば、目で見た光景を頭の中に保管しておける。

 完全記憶能力。記憶というより、記録といった方が良いかもしれない。

 何かを思い出すには、文字通り脳髄を弄って記録を探す必要がある。

 

 だがその中で、童磨が記録を漁らずとも思い出せるものが3つある。

 1つは、父と母のこと。

 と言っても、思い出すのは最期だけだ。

 色狂いの父を母が殺し、その母も自殺して、血塗れになった部屋の光景だ。

 

『お前は、神様の子だ』

 

 自分の子供を捕まえて何を言っているのかと、そう思ったものだ。

 来る日も来る日もやって来た信者達の顔は、自然とは浮かんで来なかった。

 

『面白い。お前を鬼にしてやろう』

 

 そしてもう1つは、無惨のこと。

 ある日、無惨が現れて、童磨を鬼へと変えた。

 第二の誕生だ。しかし、変化はなかった。

 食べ物が変わっただけの話だ。

 

 不老不死になっても、童磨の生活が変わることはなかった。

 来る日も来る日も、信者達の告白という名の愚痴を聞く毎日。

 何も変わらない。

 だから覚えているのは、鬼にして貰うその瞬間だけだ。

 それ以外は、他と同じただの記録に過ぎない。

 

『教祖様が心配です』

 

 そして、最後の1つ。

 それは、ある母子の――厳密には、母親の記憶だった。

 若い娘で、家庭内の扱いが酷く、童磨の寺院に逃げ込んで来た。

 珍しいことではなかった。

 

 童磨の宗教の教義は「救済」だ。救いを求める者は誰であれ受け入れる。

 彼女もまた、そういう人間の1人だった。

 印象としては、変な娘、だった。天然で、どこか抜けていた。

 

『嘘つき……!』

 

 しかし結局のところ、その娘の記憶も、最期の時のものだ。

 信者の人間を食べているところを目撃されてしまい、酷く罵られた。

 彼女は食べずに死ぬまで置いておこうと思ったのだが、結局は殺してしまった。

 連れていた赤子は、川に投げ落とされた。助かるわけがない。最期まで愚かな娘だった。

 

 覚えている価値のあるものなど、ほとんど無い。

 

 鬼になってそれなりに長い時間を過ごしたが、覚えているのはその3つだけだ。

 それ以外のことは、何も覚えていない。

 童磨にとって、鬼の生とは、その程度のものでしか無かった――――。

 

「――――なるほど」

 

 パンッ、と、音が弾けた。

 はっとして、童磨は顔を上げた。

 目の前に広がっていたのは、東京の街並み。

 そして、妖しく嗤う珠世の顔だった――――。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――血鬼術『惑血・白日の魔香(まこう)』。

 珠世の血の香を吸った相手は、たとえ鬼であろうと脳の機能が低下し、珠世の問いに対して素直に答えることになる。

 いわゆる、自白剤のような効果を発揮する血鬼術だった。

 

「……へえ、面白い血鬼術を使うね。でも俺の意識を奪えるなら、そのまま逃げちゃえば良かったのに」

「逃げる? その必要はありませんよ」

 

 そう。

 もしも珠世の考えが正しいのなら、童磨から逃げる必要はない。

 そういう確信が、珠世にはあった。

 何故ならば、童磨。この恐るべき鬼は。

 

「貴方、()()()()()()()()()()()()()?」

「……………………」

 

 珠世の言葉に、童磨は答えなかった。

 しかしこの場合、答えないということ自体が答えのようなものだった。

 つまり、珠世の考えは正しい。

 

 無惨の「支配」。あるいは「呪い」。

 鬼は無惨に逆らえない。逆らえば死ぬ。無惨に関わる情報を口にしても死ぬ。

 そして共食い。鬼同士は本能的に嫌悪感を抱くように作られている。

 徒党を組んだ反乱を予防するためだ。

 

「道理で私といても嫌悪感を見せないはずです」

 

 珠世は無惨の配下ではないが、鬼だ。

 ならば無惨の呪いの対象であり、共に行動させようとはしない。

 まして無惨に報告をせず隠し通すことも、出来るはずがない。

 無惨は、一方的に配下の鬼の見たもの聞いたものを抜き出せるからだ。

 しかし童磨はそれすら防ぎ、情報を秘匿した。隠蔽したのだ。

 

「つまり無惨への忠誠心さえ持ち合わせていない」

「ええっ、いやだなあ。俺ほどあの方に忠誠を誓っている鬼はいないのに」

 

 嘘だった。

 いや、童磨自身が実際どう思っているかはわからない。

 だが珠世は、もはや童磨が口にする言葉の全てを信じていなかった。

 虚偽ではない。だが、真意ではない。そういう相手だと理解した。

 もはや脅威ではない。ただ、()()()()()()と思った。

 

「だからこそ、わからなかった」

「何がかな?」

「貴方が、どうして鬼になったのか」

 

 そんなにも虚無なる人間が。

 無惨に何の忠誠心も抱いていない鬼が。

 どうして、鬼になることを受け入れたのか。

 どうして、上弦として無惨に仕えているのか。

 

「でも先程の告白を聞いて、ようやくわかりました」

 

 その答えは、酷く単純なもの。

 それは、教祖だろうと何だろうと、人間が持つ当たり前の願望。

 珠世にも覚えがある。

 ()()()()()()という縋り付き。すなわち。

 

「貴方は、()()()()()()()()()()()

 

 童磨もまた、1人の人間だった、ということだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ()()()()()()()

 それを聞いた時、童磨は「何を言っているんだろう」と思った。

 自分は人間を救う側なのであって、けして救われる側ではない。

 そもそも、自分には救われたいなどという人間的な感情は無い。

 

「感情を理解できないということと、感情が無いということは、同じではありませんよ」

 

 そもそも論を言うのであれば、()()()()矛盾しているのだ。

 本当に感情が無いのであれば、誰かを救おうという考えさえ浮かんで来ないはずなのだ。

 ()()()()()()()などと、思うはずが無いのだ。

 

「私は専門医ではないので、正確な診断はできません。ただそれでも、医師として貴方を診るのであれば……」

 

 そういう意味では、珠世は初診を誤ったとも言える。

 ()()()

 童磨の本質を虚無だと思った。

 今でも完全な間違いだとは思っていない。いないが、正しくない。

 

「貴方はただ、自分が虚無だと思い込もうとしているだけです」

 

 心の病、というものがある。

 余りにも受け入れ難いことが起こった時、人間は自己を保存するために心を守ろうとする。

 それは無意識に行われることが多く、本人は自然で、当然のことだと受け入れてしまう。

 俗な言い方をするのであれば、こうだ。

 ()()()()()()()()()()

 

「ふうん」

 

 パチン、と氷の扇子を閉じて、童磨は言った。

 平坦な声だった。

 

「面白い見解だけど……人間用の医術で鬼の俺を診たって仕方がないでしょ」

「鬼にも心はありますよ。いえ、心こそ人も鬼も等しく変わらないものです」

 

 その平坦な声を、虹色の視線を、珠世は正面から受け止めた。

 ()()の一睨み如きにいちいち動じていては、医師など出来ない。

 

「貴方は人を救いたいと何度も聞きました」

「ああ、それが教祖としての俺の使命だからね」

「何故でしょう?」

「だから、教祖としての俺の使命なんだよ」

「人に()()()()()()()と、そう考えているのですね」

 

 妙だ、と、童磨は思った。

 強烈な違和感を感じる。

 思い出すのは、金が欲しいだの生きるのが苦しいだのと一方的に喋り続ける人間達の顔だ。

 可哀想な頭をしているなと、今でもそう思う。

 

 救ってやらなければと、そう思ったことはある。

 だが救われてほしいなどと、思っていたわけではない。ない、はずだ。

 救われてほしいと思っているわけではないのに、どうして救いを与えるのか。

 何か、自分の考えとは違う方向に誘導されているような。

 頭を掴まれて、目を向けさせられているような。

 

「ご両親が亡くなった時」

 

 血生臭くて敵わないと、それしか思わなかった。

 

「信者の女性を食べてしまった時」

 

 本当に、寿命で死ぬまで生かしておくつもりだった。

 

「無惨に、鬼にしてくれと膝をついた時」

 

 生まれて初めて、本当に神様に出会ったと思った。

 

「……本当は」

 

 けれど。

 

「本当はその時、貴方は」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ()()()()()()()

 もちろん、珠世の言葉によって胸を突かれたという意味ではない。

 物理的に、心臓の部分を刺されたという意味だ。

 

 背後からグサリ。

 視線を下げれば、先端が牙のような、独特の形状の刀――日輪刀が生えているのが見えた。

 ただそれ自体は、童磨にとってさしたる意味を持たなかった。

 何故なら、くどいようだが、鬼は心臓を刺された程度で死んだりはしないからだ。

 

「誰か」

 

 視界が回り、吐血した。

 

「な?」

 

 ()()()()()

 それは、いったい何十年ぶりの感覚だろうか。

 体の内側、鳩尾(みぞおち)のあたりからこみ上げてくる不快な感覚。

 それが胸の内側を突いたかと思うと、口から血が噴き出したのだ。

 

 ()()

 すぐにそれを理解した。

 ただの毒ではない。藤の花から抽出した、強力な毒だ。鬼のための毒。

 しかしそれも、上弦である童磨の命を奪うものではない。

 ほんの数秒。それだけあれば、毒の成分を解析して分解することができる。

 

「ええ、本当に安心しました」

 

 正面の珠世が、笑顔で話し続けていた。

 それは本当に安心した笑顔で、平時であればそれを見た相手をも安心させただろう。

 しかしその言葉の端々には、文字通り毒があった。

 毒舌とは、良く言ったものだった。

 

「貴方を殺したとしても、誰が殺したかは無惨に伝わらない」

 

 死には気付くだろう。

 だが一定の距離があり、何より無惨に忠誠心のない者の視界を、無惨は見れない。

 通常時ならともかく、例えば、自身が()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はは」

 

 しかし、しかしだ。

 まず自分を殺すことが無理だと、童磨は思った。

 珠世の血鬼術も、胸を刺した毒も、自分の命には届かない。

 鬼を殺すには、やはり。

 

「やっぱり、頚を」

「――――落としますよ」

 

 どん、と、衝撃が来た。

 やはり通常時であれば、かわせたはずの一撃。

 しかし体内を犯した毒によって奪われた数秒が、回避を許さなかった。

 

 頭が、胴体から離れた。

 

 鬼の本能か、一瞬、再生しようとした。

 頚を失っても生きのびた鬼もいる。

 もしかしたら自分もそうなれるのではと思ったが、すぐに勘違いだとわかった。

 童磨は、自分の肉体が崩壊を始めるのを認識した。

 認識して、そして、あっそう、と思った。

 

「本当に、可哀想なひと」

 

 視界が地面に近付いて来た時、誰かの手――女の手だ――が、自分を抱きすくめるのを感じた。

 花の香りがした。

 それから、蝶々が見えた気がした。

 それが、最後に見たものだった。

 

 綺麗だねえ、と、他人事のように思った。

 どこまでも、自分のことさえ、他人事のようにしか思えなかった。

 最期の瞬間まで、童磨は、自分がどうしたかったのか――どうなりたかったのか。

 最後の、最期まで、わからなかったのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 誰も彼も、役に立たない。

 鬼舞辻無惨にとって、自分以外の存在はすべて不要なものだった。

 仮に自分以外の存在を許容することがあるとすれば、それは彼がそう望み、相手が彼の望み通りの働きをする時だけだ。

 これは期待ではない。全てが自分の思い通りになることが当然。そういう思想だ。

 

「こんなにも腹立たしい気分になったのは、久しぶりだ」

 

 それこそ、思い出すのも忌々しい()()()以来だろう。

 詳細は不明だが、無惨は童磨の死を感じていた。

 東京にいくらか残っていた下位の鬼の気配も、まだ感じている。

 粛清を完遂する前に、童磨は死んだ。

 

 腹立たしい。余りにも腹立たしかった。

 自分は何も難しいことを命じていない。複雑なことも命じていない。

 しかし、童磨はそんなことすら果たせずに死んだ。

 元から好んではいなかったが、死んでしまうとは。

 

「くだらん」

 

 結局のところ、人任せにするな、ということか。

 自分自身が動かねばならない。

 その事実がまた腹立たしい。

 そして今、目下の「腹立たしさ」は。

 

「いい加減にして貰いたいものだな」

 

 無惨の目の前で膝を着いている、犬井の存在だった。

 1人だ。

 鱗滝や桑島らは、そこかしこの瓦礫や建物から身体の一部だけが覗いている。

 死んではいない。が、死にかけている。適切な治療を受けなければそうなる。

 

「お前達のような狂人の相手をしていると、私まで気がおかしくなりそうだ」

 

 何かが空気を裂く音がした。

 余りにも速すぎて不可視にさえ見えるそれを、犬井は刀の腹で流した。

 力の入れ方を間違えれば、折れていただろう。

 犬井の呼吸が受け流しの技に優れる水の呼吸であったことが、この場では功を奏した。

 

 しかし、決定打にはならない。

 いくら攻撃を受け流すとは言っても、限界がある。

 ダメージは蓄積するし、体力も消耗していく。じり貧だ。

 だが、犬井はそれで良かった。()()()()()()()

 

「…………はは。まあ、そう言わずにもう少し付き合って貰いたいなあって、うおっ!?」

 

 再攻撃。やはり刀の腹で受け流す。

 威力を逸らしているはずなのに、棍棒で打たれたかのような衝撃を感じた。

 今は無惨もプライドが邪魔しているのか単発の攻撃しかしないが、連撃が来たら流石に受け流し切れないだろう。

 手数。物量作戦というのは、大体の場合において有効だからだ。

 

「貴様の()()()()に付き合うのも飽き飽きだ」

 

 しかも、こちらの狙いがバレてしまっているとなっては、だ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 そう、時間稼ぎだ。

 自分にしていることは、とどのつまり時間稼ぎでしかない。

 無惨をここに留め続ける。それ以外にすべきことはなかった。

 

「まあ、おじさん結局それしかしてこなかったからさあ」

 

 大体、鬼の頚を落とすのはコロの役目だ。

 目の前の鬼狩りより足元の犬畜生を気にする鬼などいない。

 誰が見たって、人が主で犬が従だと思うだろう。

 

 ところがどっこい、犬の方が強いです。

 

 自分が相手を引きつけている間に、コロが頚を狩る。

 そういう戦い方しかしてこなかった。

 無惨は犬井がわざと時間を稼ぐ戦い方をしている、と思っているのかもしれない。

 それは半分正解だが、半分は間違いだ。

 

「もう少し、付き合ってほしいね」

 

 犬井は、この戦い方しか出来ない。

 いつも通りの戦い方で、無惨をここに押し留め続ける。

 ()()()まで、そうし続ける。

 そういう意味合いにおいては、犬井の決意は固いものだった。

 

「くだらん」

 

 吐き捨てるように、無惨は言った。

 実際、彼にとってはくだらないことだっただろう。

 

「お前が待っていたものが()()だとしたら、なおさらくだらん」

 

 たとえ、姿()()()()()()()()()()()、痕跡は残る。

 息遣いは聞こえるし、踏みしめた地面の砂が動くことも止められない。

 すなわち、存在感を消すことまではできない。

 

 言い捨てるや否や、無惨は腕を振るった。

 それは犬井のいない方向に向けられていて、一見なにもないところを攻撃したように見える。

 しかしその何もないはずの空間から、先程犬井がやったような音が聞こえた。

 すなわち、何者かが日輪刀で無惨の攻撃を弾いたのだ。

 

「くう……っ!」

 

 そして、不意に姿が現れた。

 それは愈史郎の血鬼術で姿を隠していた瑠衣だった。

 無惨の攻撃を凌いだものの、触れられてしまったことで術が解けてしまったのだ。

 

(コロさんに、ここまで連れて来て貰ったものの……!)

 

 上弦の壱との戦いから、瑠衣はほとんど間を置かずに移動した。

 移動しながら応急処置もして、コロの鼻を頼りに犬井のいる場所――首相官邸を目指した。

 犬井はどうやらコロにだけわかるように匂いを残していたようだった。

 それに肉の胎児の跡を通れば良かったので、それほど苦労せずに済んだ。

 

(体力は万全じゃない、怪我も――再生の消耗もある。でも……!)

 

 地面を転がり、しかしすぐに起き上がって、瑠衣は日輪刀の切っ先を向けた。

 瑠衣たち鬼殺隊が、ずっとそうしたいと思っていた相手に対して。

 

「――――無惨ッッ!!!!」

 

 始まりの剣士から、500年余。

 彼らはついに、辿り着いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 鬼舞辻無惨の討伐。

 それは鬼殺隊に属する者全員の、悲願だ。

 その悲願のために多くの隊士が血を流し、倒れていったのだ。

 

()()()()

 

 そして無惨は再び、そうした全てを「くだらない」と評した。

 ()()()()()である彼からすれば、何百年も自分の命を狙い続ける集団の存在など、邪魔でしかなかっただろう。

 まして数十年の寿命しかない短命の者達が、何十世代も続けて自分を殺そうとしてくるのだ。

 その精神構造を、無惨は理解することができない。

 

「だが、お前には興味があるぞ。()()()()

「私に……?」

「黒死牟から生きのびたこともそうだが。何よりその特異性だ。この私でさえ、お前が鬼だと――いや、お前の中に鬼が潜んでいるなど気付かなかった。素晴らしい()()だ」

「――――失礼ナヤツダナ。擬態ナンテモノト一緒ニスルナ」

「ああ、そうだ。()()()

 

 瞬時に、瑠衣の瞳が金に変わる。

 それはすぐに消えて――ベーッ、と舌を出しながら――すぐに元の色に戻った。

 文句を言うためだけに出て来たらしい。

 入れ替わりはまだ不慣れなので、そんなことで出てきてこないでほしいと瑠衣は思った。

 

「そのまま採用する、というわけにはいかないだろう。だが、その特異性(血鬼術)は我が身に取り込んでおいて損はない。()()はいくらあっても良いからな」

「保険?」

 

 どういう意味かと考えかけて、やめた。

 そんなことを考察しても、何の意味もない。

 事ここに及んで瑠衣に必要なのは、己の全能力を――()の力も含めて――かけて、無惨の頚を刎ねるということだけだった。

 

「むざ」

 

 日輪刀を持ち上げた右腕が、千切れた。

 

「ん……ッ!?」

 

 激痛を知覚するよりも先に、それは成されていた。

 そして瑠衣は、自分に負傷を確認するよりも先に、己の右腕が日輪刀ごと無惨の手にあることに気付いた。

 今の一瞬で攻撃され、次の一瞬で腕は無惨の手の中にあった。

 

「いつの間に……言ッテル場合カッ!」

 

 入れ替わり、まさに獣の反応で瑠衣は大きく後退した。

 距離を取り、左腕の日輪刀を盾にするように眼前に構える。

 その間に、右腕の再生が始まった。

 姉が表に出て来ている時でないと、肉体を再生できない。

 

「何ダ今ノハ、視エナカッタゾ」

 

 黒死牟の攻撃範囲を参考に、瑠衣は距離を置いていたはずだった。

 だがそれさえも無視して、さらに速く無惨は攻撃してきた。

 そして。

 

 そして、瑠衣の腕を掴んでいた無惨の手が不意に変形し、牙を剥き出しにした大きな口になった。

 その中に瑠衣の腕を呑み込み、肉を磨り潰すような音を立てて噛み砕いてしまった。

 咀嚼音。嚥下音。グチャグチャと蠢く肉。

 それを見た瑠衣は、思わず叫んだ。

 

「キ、き、気持ち悪い(キモイ)……!」

 

  ◆  ◆  ◆

 

 実を言うと、無惨には血鬼術らしい血鬼術というものはない。

 自然現象を操るとか、相手の肉体に干渉するとか、そういう異能はない。

 持つ必要がないからだ。

 何故ならば、鬼舞辻無惨の肉体そのものが()()完璧に近いからだ。

 

「ふむ……」

 

 瑠衣の腕を咀嚼しながら、無惨は頷いた。

 

()()()()

 

 鬼舞辻無惨は、鬼の祖だ。

 これは珠世も、そして愈史郎や瑠衣でさえも例外ではない。

 この世に存在するすべての鬼は、そのルーツを遡れば無惨に行きつく。

 

 だから無惨だけは、他の鬼を喰うことが出来る。

 逆はあり得ないし、他の鬼が同類を喰っても拒絶反応を起こすだろう。

 そして他の鬼を喰うことで、無惨はその鬼の情報を取得することが出来る。

 

「なるほど、()()()()ことか。思ったよりくだらなかったな」

「勝手に人の腕を千切っておいて散々な言い様ですね」

 

 凄まじい我儘ぶりだった。

 そして実際に、無惨はすでに瑠衣への興味を失ってしまったようだ。

 瑠衣の言葉には答えず、ぐるりと周りを見渡した。

 瑠衣、犬井、そして周囲に転がる鱗滝達の順に、だ。

 そして、彼は言った。

 

「私はもう、お前達に関心はない。手を下すのも面倒だ。だから」

 

 ずるり、と、無惨の足元が盛り上がった。

 それは瑠衣の腕――もう喰われてしまったが――から滴り落ちた血だまりから現れた。

 金髪の、幼い幼女――上弦の陸、亜理栖だ。

 

 肉の胎児は消え、黒死牟が倒れ、童磨も死んだ。

 無惨にとって、亜理栖はほとんど唯一の手駒と言える。

 その血鬼術の凶悪さは、瑠衣が誰よりも知っていた。

 だから、残った一振りの小太刀を握って構えた。

 

「おっと、ここはおじさんの出番だよんっと」

 

 そんな瑠衣を制止て、犬井が少しだけ前に出た。

 立ち位置は、実に微妙な距離感だ。

 瑠衣よりもほんの少し、()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 兄妹。その言葉に、瑠衣は沈黙した。

 鬼になった妹。思い出すのは炭治郎と禰豆子だ。

 今となっては、ただただ眩しい。奇跡の存在だったのだとわかる。

 ――――自分のことは、あえて考えなかった。

 

「お前はもう少し賢い男だと思っていたが、所詮はつまらぬ人間だったな」

 

 そして無惨の言葉は、やはり犬井が鬼側にいたことを推察させる。

 あの本部襲撃以降、犬井はきっと亜理栖といたのだ。

 それが外の世界であるのか、それともあの鏡の世界であるのかはわからない。

 何となく、後者のような気がした。

 

「ええ、まあ。つまらない男ですんでね、ぐうの音も出ませんがね」

 

 肩を(すく)めながら、犬井は亜理栖に近付いていった。

 その手には、当然のように日輪刀が握られている。

 亜理栖は反応しない。

 近付いてくる兄を、ただじっと見つめているだけだ。

 

「まあ、つまらないついでに……兄貴が妹を殺す、そんな場面から目を背けておいてくださいよ」

 

 犬井は確かに殺すと言った。

 兄が、妹を殺すと言った。

 無惨は逆に「ほう」と感心した様子だったが、瑠衣は心穏やかではいられなかった。

 妹を殺す兄の心中はいかほどか。兄に殺される妹の魂は浮かばれるのか。

 

「犬井さん」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……犬井さん!」

 

 それは、きっと駄目だと、そう思った。

 思ったが、すでに白刃は振り下ろされていた。

 

「お兄ちゃん」

 

 しかし、当の亜理栖は自分に振り下ろされる日輪刀を見てはいなかった。

 彼女はあくまでも、兄の顔を見ていたし。

 

()()()()()()?」

「――――ああ」

 

 兄の言葉しか、まともに聞こえないのだった。

 

()()()()()

 

 そして、亜理栖の頚は胴から離れた。




最期までお読みいただき有難うございます。

おかしいな、と思っていますか?
何かがおかしいぞーと思っていますか?
その違和感、きっと正解です。
私がやりたかったこと。きっと次回で出来るはずー。

それでは、また次回。
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