鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第61話:「復活」

 亜理栖の頚が落ちた時、誰かが声を上げた。

 上げたが、しかし、それはすぐに忘れられた。

 何故ならば、その直後に起こった変化が余りにも大きかったからだ。

 

「な……」

 

 亜理栖の頚の傷口から、血が噴き出す。

 それは周囲に血の水溜まり――()()を作り出す。

 本来であれば、日輪刀で頚を斬られた鬼は消滅する。

 ()()()()()()()()()()

 

 しかし亜理栖は消滅しない。

 当然だ。兄の日輪刀で斬られるよりも先に()()()()()()()()()()()()

 自分で切り離したのだから、消滅するわけがない。

 落ちた頭を自分で拾うことも、当然できる。

 

「「なーんちゃってえ!!」」

 

 奇しくも、その笑顔は兄妹そっくりだった。

 無惨をして、その意図は読めなかった。

 しかし自分を侮辱していることだけはわかったので、殺そうと足を向けた。

 

「……は?」

 

 思わず。そう、思わずだ。

 あの無惨が、間の抜けた声を上げた。

 繰り返すが、それほどに大きな変化だったのだ。

 

()……()()()()()!?」

 

 亜理栖の作った水鏡の中から現れたのは、人間だった。

 それ自体は不思議なことではない。

 亜理栖は鏡の血鬼術で遠くを見ることも、移動することも、鏡の中に引き込むことも出来るからだ。

 だから鏡の中から人間出てくること自体は、何も不思議ではない。

 

 問題は、出て来た人間の顔ぶれである。

 人数は、10人に満たない。

 しかしその人間達は、無惨にとって存在してはならない人間達だった。

 何故ならその人間達は、この世で最も自分の命に近付いてくる者達だったからだ。

 

「な、何故。どういうことだこれは、何が起こっている……!?」

 

 岩柱・悲鳴嶼行冥。

 音柱・宇髄天元。 

 水柱・冨岡義勇。

 風柱・不死川実弥。

 蛇柱・伊黒小芭内。

 霞柱・時透無一郎。

 恋柱・甘露寺蜜璃。

 

「何故、こいつらが……ここにいる!?」

 

 鬼殺隊の、柱たち。眠るように目を閉じているが、生きている。

 あの時、本部襲撃の時に殺し尽くしたはずの面々だ。

 1人として逃さず、配下の上弦達が皆殺しにしたはずだ。

 それが今、無傷で目の前にいる。

 無惨と言えど、混乱せざるを得ない。何故なら、あり得ないことだからだ。

 

「あ……」

 

 そして、もう1人。

 瑠衣が目を丸くして見つめる背中があった。

 それは、見慣れた背中。燃える羽織。

 

「兄様」

 

 炎柱・煉獄杏寿郎。

 生きていることを示すように、あるいは妹の声に、その瞼がぴくりと震えた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……」

「…………」

「………………?」

 

 柱たちは、目を覚ました時、まずこう思った。

 自分達は、どうしてこんなところにいるのか、と。

 彼ら彼女らの直前の記憶は、鬼殺隊本部での上弦との戦闘までだからだ。

 

「全員、聞け!」

 

 そこへ、悲鳴嶼の声が響いた。

 彼は8人の中で、もっとも今の状況を理解していた。

 何故ならば彼は本部襲撃の際、()()()()だろうことを産屋敷から聞いていたからだ。

 そして彼は、8人を見て驚愕する見覚えのない男こそが、鬼舞辻無惨だと即断した。

 

「無惨だ! 鬼舞辻無惨だ! やつをここで討つ!」

 

 柱たちの反応は素早かった。

 自分の状況の把握よりも先に、己が肉体が動くかどうか、そして日輪刀の有無を確認した。

 そして破壊された街並みを確認して、血に塗れた後輩(瑠衣)の姿を見た。

 それだけで、彼らは成すべきことを見定めた。

 

「何だか体がギクシャクするが……てめェをやりゃあ良いってことはわかったぜェ!!」

 

 ――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』。

 ――――水の呼吸・漆ノ型『雫波紋突き』。

 まず反応したのは、最も速い型の不死川と、そして水の型の中で最速の技を繰り出した冨岡だった。

 ただ自分に合わせに来たのが冨岡だった事実に、不死川は額に青筋を立てた。

 

 本当なら文句の1つも言いたかったが、そんな場合でないことは理解していた。

 何より気合満点で放った初撃だったのに、届く前に止めざるを得なくなった。

 無惨が腕を振るい、()()のように伸ばして攻撃してきたからだ。

 他の柱も動き出している。キツい乱戦になると、不死川は直感していた。

 

「…………」

 

 瑠衣は、いつの間にかその場に膝をついていた。

 混乱と安堵がない交ぜになったような顔で、力が抜けていた。

 そんな彼女の脇に手を通して、助け起こす者がいた。

 

「大丈夫……じゃないわねぇ。でも、もう大丈夫よぉ」

「え、え? は、榛名さん?」

「ええ、榛名さんよぅ」

「し、死んで……え、足は? え?」

 

 そこにいたのは、榛名だった。

 生きていた。だけではなく、()()()()()

 鬼との戦いで、歩けなくなっていたはずだ。

 

「あんた」

「きみは……」

 

 他にも、いた。

 瓦礫に埋もれていた禊も、足の骨が折れていた知己も、助け出されていた。

 禊は柚羽に、そして知己は千寿郎に。

 死んでいたはず。生きていてもまともに動けないはず。

 なのに生きていて、満足に動いている。

 

「今までよく頑張ってくれたね。知己、禊……そして、瑠衣」

 

 その時、奇妙な声が聞こえた。

 人間のようだが、しかし声が人間ではない。

 振り向くと、それは鎹鴉だった。

 首に紫の房を巻いた鴉で、それもまた見覚えのある女性の腕に止まっていた。

 

 蟲柱・胡蝶しのぶの腕に。

 そしてその傍らに立つ、元花柱・胡蝶カナエもともに。

 生きているはずのない者達が生きている。

 その事実に、瑠衣は困惑を隠せないのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 産屋敷輝利哉(きりや)。齢は10に満たない。

 しかし当主が代々短命の産屋敷家においては、6歳を過ぎればほぼ成人であった。

 先代当主が本部襲撃の際に殉死して以降は、正式に産屋敷家と鬼殺隊を継いでいた。

 

 だがその行方はようとして知れず、陸軍・警察にさえ行方が掴めず、活動の痕跡さえない。

 生きているのかどうかさえわからない、という状態だった。

 実際、瑠衣を含めた生き残りの隊士達は輝利哉らの指揮下にはいなかった。

 当主の指示が届かない中で孤軍奮闘し、その数を減らしていったのだ。

 

「父上は……先代当主は、己の死と、鬼殺隊の()()()()壊滅が避けられないことを察していた」

 

 超感覚。超直感。未来予知にさえ近しい予測。

 産屋敷家に代々伝わるその感覚は、短命さの代償に神仏が与えたと言っても信じてしまいそうだ。

 何しろ、平安より千年もの間、血を絶やさずに今日まで繋いできたのだ。

 奇跡と言っても、けして過言ではないだろう。

 

「だから父上は、()()()()()()()()()()

 

 無惨は、思い出す。

 最期のその一瞬まで、柔和そうな微笑みを絶やさなかった腹黒のあの男を。

 蛇のように狡猾でしつこい、宿敵の男の顔を。

 まさかあの男は、あの時点で、こうなることが見えていたというのか。

 

「だとしても、あり得ん! 鬼狩りどもは我が配下が殺し尽くしたはず……!」

 

 そう、無惨は確かに見た。

 上弦達の視覚を通して、配下が鬼殺隊士を虐殺するのを見た。

 

「ええ、全員を救うことはできませんでした」

 

 本部襲撃の際、柱や上弦と戦えるだけの力を備えた隊士は瀕死に追いやられていた。

 あと一手で殺される。そういうところまで来ていた。

 だがそんな彼らを守ろうと、下位の隊士達が文字通りの肉の壁になったのだ。

 無論、それで上弦を止められるものではない。

 

 童磨も、猗窩座も、そして化物と化していた半天狗も、凄まじい血鬼術で全てを薙ぎ払った。

 ()()()()()

 氷で押し潰し、衝撃波で吹き飛ばす。

 そして上弦達は、立って来ない相手をいちいち追い討ったりはしない。

 己の技に自信があるが故に、生じる隙。その隙に、戦える者だけは隠すことが出来た。

 

()()()()()()()()()()()()()()

「あり得ん……いや、やはりあり得ない! そもそも何故、亜理栖がお前達に手を貸す!?」

 

 裏切りか。しかし百歩譲って裏切りだとして、無惨がそれに気付かないはずがない。

 亜理栖は上弦。無惨の血が体内に大量に流れている。

 つまり支配もそれだけ強い。

 無惨が裏切りに、まして鬼殺隊を己が血鬼術の中に隠していることに気付かないはずがない。

 

「そうだ。私は配下の思考さえ読むことが出来る! そんな私からどうやって……!」

 

 ぎっ、と、無惨は亜理栖を睨んだ。

 そして、亜理栖の深層意識下にまで手を伸ばす。

 お前はいったい何をしていたと、その血に問いかける。

 

()……()()()!」

 

 そうして無惨が得た情報は、たった1つだけだった。

 

「――――()()()()()()()()()()()()!」

 

 どれほど朗らかに笑おうが。

 どれだけ苛烈に怒ろうが。

 亜理栖の心の声は、常に1つしかない。

 その心は常に「お兄ちゃん」と叫んでいる。叫び続けている。今も。この瞬間も。

 

 ()()()()()

 

 嗚呼。何と言う皮肉だろう。

 鬼でさえなければ。人間であれば、無惨の人間離れした洞察力は亜理栖に疑念を見ただろう。

 しかし亜理栖が鬼であるが故に、人間だった頃の心や記憶が歪んだ形で強調される鬼の悲しき習性(サガ)のために。

 無惨はついに、亜理栖の行動に気付くことが出来なかったのだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――賭けだった。

 しかし、確信があった。

 犬井を本部に招き入れれば、兄に執着する亜理栖はこれを確実に追いかけて来る。

 鬼殺隊を目の上のたんこぶと考える無惨なら、発見した敵の本拠地を見逃しはしない。

 

 そして実際に、無惨は己が最高戦力で以って鬼殺隊を壊滅させた。

 数百年、いや千年に渡る邪魔者を排除したと考えた無惨は、さぞハレバレとしただろう。

 実際、無惨はもはや己を隠さなかった。

 国さえ乗っ取り、大手を振って鬼が存在できる社会に作り替えてしまった。

 

「鬼殺隊が滅亡したと思い込んだお前は、案の定油断した」

 

 そして、待った。

 亜理栖の鏡の世界に、無惨や上弦と戦える剣士を救出・休眠させたまま、待った。

 無惨が完全に油断し、無防備を晒す瞬間を待った。

 

 その油断は、「青い彼岸花」の発見で頂点に達した。

 もはや上弦でさえ用済みと判断し、己以外を不要と確信し、鬼の()()()にかかった。

 そして今、無惨は丸腰だ。そばには誰もいない。完全なる孤立。

 たった一人の無惨を、9人の柱を中心とする鬼殺隊最高戦力で包囲した。

 

「これは、地上に残ってくれた剣士(こども)達が奮闘してくれたからこそ、生まれた機会(チャンス)だ」

 

 千年!

 千年という悠久の時の中で、この状況になったのはただの一度きり。

 この状況を生み出すために、産屋敷家98代は千年を費やして来たのだ。

 

「無惨、お前は父上との勝負に負けたんだ……!」

「ぐ、ぐ」

 

 馬鹿な。馬鹿な。馬鹿な。

 無惨は頭の中で、あるいは胸中で繰り返した。

 こんなことがあるはずがない。

 起こるはずのないことが起こっている。

 

 孤立し、敵に囲まれている。

 あってはならないと、ずっと避け続けて来た状況に陥っている。

 何だこれは。どういうことだ。問いかけに答える者はいない。

 

「ぐ、ぐ、ぐうううう」

 

 その時だ、ゴオ、という異様な音が聞こえた。

 そして無惨は、その音を良く()()()()()

 当然だ。その音は無惨の長い生涯において、最も忌々しい音だったのだから。

 

「……! 貴様、は!」

 

 振り向くと、そこに1人の少年がいた。

 額に痣の、日輪の花札の耳飾り。漆黒の日輪刀。思い出したくもない。

 

「竈門、炭治郎……!」

「――――無惨!!」

 

 清廉な気迫に満ちた声が、戦場に響き渡った。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 完璧な盤面だ。瑠衣はそう思った。

 何が起こったかは理解できていない。

 だが、何が起こっているかは理解できていた。

 

 死んだと思っていた人々が、実は生きていた。

 

 話は単純だ。方法も単純だ。

 あの鏡の世界に、皆を保護――もとい、()()していたのだろう。

 亜理栖の血鬼術を身をもって体験した瑠衣だからこそ、わかることだった。

 そしてカナエのような、動けないはずの人間が動けているのも。

 

(血で、身体を動かしている)

 

 治療というよりは、人形の操作に近い。

 動かない手足を動かすために、鬼の血で神経や必要な組織を作り出しているのだ。

 普通は見えないが、今の瑠衣には不思議とそれが見えた。

 それは、金色に輝く()の瞳のせいかもしれない。

 

「竈門君まで……」

 

 炭治郎も、生きていた。

 どういうわけか、雰囲気が違う。

 呼吸が深く長く、そして疲れている様子がない。

 あの懐かしい額の痣も、以前よりも大きく色濃くなっている気がした。

 

「瑠衣」

 

 産屋敷の鴉が、榛名の肩に止まった。

 それを見上げると、鴉の声にも関わらず、どこか慈愛の色を含めた声が落ちて来た。

 

「瑠衣、きみのおかげだ」

 

 私のおかげ?

 かけられた言葉を、胸中で反芻した。

 もう一度、盤面を見る。

 何度見ても、完璧な盤面だと思う。

 

 柱9人を中心とする最高戦力で、無惨を完全包囲している。

 仮にこれが戦略だったというのなら、これ以上はない。

 鬼殺隊が壊滅し、最終目標(青い彼岸花)を発見した時点で、無惨は鬼を不要のものと判断する。

 鬼舞辻無惨の心理を完全に読み切った、先代当主の勝利と言える。

 

(……勝利)

 

 そう、勝利だ。

 いかに無惨と言えども、この状況ではどうにも出来ない。

 個体としての力の差は強大だろうが、それを埋めて余りあるものがここに揃っている。

 ずっと追い求めていた勝利が、すぐそこにある。

 

(これで、勝てる)

 

 もう一度、胸中でその言葉を繰り返した。

 だが何故か、その二文字は、どうしてか腹の底にすとんと落ちてきてくれなかった。

 

「クク、ククク」

 

 不意に、笑い声がした。

 

「クククク、なるほど」

 

 俯いていた無惨が肩を震わせて、笑っていた。

 

「なるほど、大したものだ産屋敷! 流石の私も、こうは予想していなかった」

 

 上げた顔には、凄絶な笑みを浮かべていた。

 だがそれは、少なくとも追い詰められた者のそれではなかった。

 

「だが! これで! ()()()()()()()()()()()!」

 

 逆に。

 逆に、無惨にはまだ余裕があった。

 そんな無惨を、瑠衣はただ見つめていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 突然だった。

 無惨の体が、突如として大きく膨らんだのだ。

 その場にいた多くの人間は、攻撃を予測して身構えた。

 しかしただ1人、別のことをする者がいた。

 

()()()()()()()()!」

「――――何ィッ!?」

 

 それには無惨が驚愕した。

 確かに、無惨がしようとしていたのは「分裂」だ。

 より正確に言えば、自爆して1000を超える肉片になるつもりだった。

 

 全てが逃れる必要はない。ほんの一部が包囲の外に出られれば良い。

 そうすれば、その先を本体として無惨は再生することが出来る。

 かつて、この方法で絶体絶命の危機を乗り越えたのだ。

 だが過去にこれをしたのは一度だけ。今の世代の鬼狩りが知るはずがない。

 

(なのに、なぜ奴が知っている!?)

 

 無惨は知らない。

 炭治郎は亜理栖の血鬼術によって眠っている間、夢を見続けていた。

 それは、ある剣士の夢だった。

 炭治郎と同じ痣、同じ刀の色の剣士――継国縁壱の夢だ。

 

 始まりの剣士・継国縁壱。

 炭治郎は、その生涯を夢という形で追体験した。

 その中で、無惨を唯一追い詰めた場面を見た。

 継国縁壱にとどめを刺される刹那、無惨が取ったのが分裂による逃亡だった。

 

(ええい、知っていたからどうだと言うのだ!)

 

 そして、ここでも無惨は正しかった。

 いかに炭治郎の声に周囲が反応したとしても、すでに初動は遅れている。

 いくらかは欠片を斬られるかもしれないが、全滅はあり得ない。

 だから無惨は、そのまま分裂を続行しようとした。

 

「お前はいつも、肝心の部分が疎かになる」

 

 鈍い音を立てて、体に何かが突き刺さった。

 それも、何本か突き立ったようだ。

 見てみると、注射器のようだった。

 中には何らかの薬液があり、自動で対象の体内へと注入される機構だった。

 

「なっ!?」

 

 その薬液が注入されると同時に、体内で分析・分解に入ろうとした。

 分析は瞬時に行われ、無惨は効能を理解した。

 それは、()()()()()()()()()

 

 それも、極めて複雑な組成だった。

 分解は不可能ではない。

 しかし、()()()()()()()()()

 

「いったい誰が、こんな薬を!?」

「決まっているでしょう。()()()、お前が逃げるのを見たのは縁壱さんと私だけです。忘れたのですか? 無駄に増やした脳味噌で良く思い出してみなさい」

「お、お前は……珠世!?」

 

 愈史郎の姿晦ましで隠れていた珠世が、笑みを浮かべて姿を現した。

 無惨には見えないが、その足元には愈史郎の猫がいて、背中に注射器の射出機構のようなものを背負っていた。

 

「珠世ッ、貴様!」

「その薬だけは、ずっと前に完成していたんですよ。無惨」

 

 お前を逃がさないために。

 そう言って嗤う珠世は、それでもなお美しかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 衝撃波が走った。

 無惨を中心に、全方位に向けて凄まじい威力が放たれた。

 不可視。そして、広範囲だ。

 

「ぬ……っ」

 

 離れたところにいる鱗滝でさえ、その衝撃は届いた。

 それでさえ、体に響く。至近距離で受ければひとたまりもないだろう。

 特に負傷していて、万全でなければ。

 少なくとも、今の鱗滝には対応できない。だが。

 

 ――――水の呼吸・拾壱ノ型『凪』。

 しかし万全の、現役の柱であればどうか。

 冨岡のように、衝撃波そのものを斬ることができればどうか。

 技の威力そのものを斬る。柱の剣技はそれを可能にする。

 

(凄まじい密度の衝撃波だ)

 

 とは言え、受けた側も冷や汗ものだった。

 表情の変化に乏しい冨岡でさえ、手に伝わる痺れに眉を顰めた。

 ()()()()で身体の細かい部分が軋んでいることも、若干影響している。

 

(だが、()()()()()

 

 もしも鬼舞辻無惨に弱点があるとすれば、戦士ではないことだ。

 ()()()()()()()

 圧倒的な生物であるが故に、いわば潜在能力(ポテンシャル)だけで勝利してきた。

 だから継国縁壱のような、純粋に能力自体で上回って来る相手には手も足も出なかったのだ。

 

「鬱陶しい……!」

 

 衝撃波は、連続で撃つこともできる。

 可能だが、消耗が激しい上に一瞬の溜めが必要だ。

 柱が衝撃波を斬れる以上、効果は薄い。

 

 ならば、触手だ。

 無惨の体からは無数の触手が伸びており、それは目にも止まらぬ速さで周囲を薙ぎ払う。

 しかも表面にはいくつもの口があり、それぞれが強力な()()を行っていた。

 仮に紙一重でかわしても、吸息によって対象を捉えることが出来る。

 

「甘露寺! 伊黒! 合わせろ!」

「はい!」

「任せろ」

 

 鎖と、長射程の特殊な刀、剣技。

 鎖が触手を弾き、()()()斬撃が刎ねる。

 連撃のために、切断面が離れて即時再生を阻む。

 手数。分担の多さがそれを可能にしていた。

 さらに。

 

「無惨!」

 

 ()()()()()

 炭治郎の呼吸――日の呼吸!

 使い手も知る者も殺し尽くしたはずなのに、何故か炭治郎はこの呼吸を使う。

 もちろん、あの男には、継国縁壱には遠く及ぶものではない。

 

「おのれ……!」

 

 だが、連想はしてしまう。

 自分の命に手をかけた男の陰を、どうしても連想してしまうのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ヒノカミ神楽――日の呼吸。

 長い眠りの中で、炭治郎はそれを縁壱に教わった。

 夢の中で見続けたその動きを、今の炭治郎は再現することができる。

 その威力は、以前のヒノカミ神楽とは比べものにならなかった。

 

「チィ……ッ!」

 

 ()()の問題なのか、日の呼吸で斬ると無惨でさえ再生に()()が入る。

 それはほんの1秒にも満たない隙だ。だが。

 

「十分ですよ、竈門くん」

 

 しのぶだ。彼女が、さらなる1秒を獲得する。毒によって。

 童磨の時もそうだったが、しのぶの存在は実は集団戦の中でこそ光るものだった。

 彼女自身は、確かに腕力の無さから鬼の頚を斬ることが出来ない。

 そしてその毒は、それ単体では無惨や上弦を殺し得るものではない。

 

 だがその毒は1秒、無惨の動きを鈍らせることができる。

 毒の組成を変えて撃ち込めば、一瞬、分析して分解するための間ができるからだ。

 一騎討ちであれば、1秒後にしのぶが殺されて終わりだったろう。

 

(のろ)いな、欠伸が出そうだよ」

 

 毒で一瞬動きが緩慢になったところへ、時透の緩やかな、しかし異常に鋭い斬撃が閃いた。

 触手を輪切りにする。

 再生は即座だが、しかし煩わしい。

 ()()()()

 そう、無惨にとって、この戦いはひたすらに煩わしいだけのものだった。

 

(逃げるべきだ、今は)

 

 屈辱。大いなる屈辱だ。

 これほどの屈辱を感じたのは、それこそ全身を細切れにされた猗の時以来のことだ。

 だがしかし、無惨の精神はその屈辱を凌駕する。

 

(もうすぐ青い彼岸花が届く。こんな危険を犯す必要はない)

 

 何故なら無惨は、侍でもなければ戦士でもないからだ。

 逃亡して失う矜持などというものは持ち合わせていない。

 無惨が持ち合わせているものは、生への執着。それだけだった。

 

(分裂機能はまだ回復しない。珠世め、厄介な薬を)

 

 即座の分解は難しい。

 しかしこの重囲から抜けるには、分裂して逃げるのがやはり効率が良い。

 何としても、分裂しなければ……。

 

「…………!」

 

 その時、無惨はあるものを見た。

 それは己を狙う柱達の攻撃であり、そして産屋敷の鴉であった。

 だが無惨の目はさらに、そのそばにいる者を見つめた。

 その相手もまた、無惨を見ている。

 

 ()()だ、と無惨は思った。

 使()()()()()()()()()、と。

 あの驚く程に強固で、そして脆い存在を。

 煉獄瑠衣とその()を。

 ――――使わない手はない。




最後までお読みいただき有難うございます。

締め切りギリギリで申し訳ないです。

それでも頑張って完結まで…なんとか、なんとか…(え)

それでは、また次回。
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