鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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※ご注意
タイトルの通り、今話からキメツ学園ネタがあります。
また原作と混ぜ混ぜした不思議設定になっています。
ご注意ください。


第66話:「キメツ学園」

「――――まずは」

 

 鬼舞辻無惨との決戦が終わって、4日目の朝だった。

 現場からの撤退に1日かかり、()()()の事後処理に2日かかった。

 そして5日後の今日になって、9人の柱が呼び集められた。

 

 輝利哉はその場で、これが最後の柱合会議だと告げた。

 場所は、あの華族街にある産屋敷邸である。

 荒れ放題になっていたが、隠によって3日の間に整備されて、人間が住める程度には改善されていた。

 ただそれは、何かしていないと気が滅入るから、ということもあったかもしれない。

 

「まずは皆の尽力で鬼舞辻無惨を討伐できたことについて、心からお礼を言いたい」

 

 そう言って、輝利哉が頭を下げた。

 本来であれば、それは喜びの表現であるはずだった。

 無惨は死んだ。

 そして柱を始め、最終決戦に臨んだ者の多くは生き残った。

 これ以上ない大戦果のはずだ。本来ならば。

 

「……顔をお上げください」

 

 しかし、柱を代表する立場の悲鳴嶼の声には、喜びの色など無かった。

 他の者も同じだった。

 誰もが沈痛な表情で、まだ何かを消化できていない。そんな顔をしていた。

 その原因は、1つしかなかった。

 

「……あの馬鹿弟子がァ」

「言うな、不死川。皆がわかっている」

 

 煉獄瑠衣。

 鬼となり、姿を消した少女のことである。

 その場にいる誰もがそれぞれの立場で瑠衣を思い、怒り、嘆き、悔やんでいた。

 そしてその視線は、最後にはある一点に向かうのだった。

 

「お館様」

 

 瑠衣の兄、煉獄杏寿郎である。

 柱に、いや鬼殺隊において、杏寿郎を責める者はいない。

 杏寿郎の、また煉獄家の過去の貢献を誰もが理解しているからだ。

 だからこそ、彼に向けられる感情はより複雑になってしまってもいた。

 

「我が家から鬼を出してしまったこと。本来であれば煉獄家の当主として、腹を切って御詫びせねばならぬところです」

 

 責める者はいない。しかし、責任は取らなければならない。

 そして杏寿郎に、己が責任から逃れようという意思は欠片もない。

 だからこそ、誰もが彼に対して何も言わない。

 信頼と、そして沈痛さからだ。

 

「しかしその前に、我が家の汚点を正す機会をお与えいただきたい!」

 

 だが、その言葉には周囲がざわついた。

 もちろんそれは、頭の片隅にはあった。とは言え、口にするのは憚られた。

 杏寿郎は、憚ることなく言った。

 

「我が妹、煉獄瑠衣の()()()()をいただきたい!」

 

 責任を、取るために。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 空が、高かった。

 太陽が――日輪が、遠かった。

 いつまでも遠くにある太陽に、炭治郎は手を(かざ)した。

 そんなことをしても届かないとわかっていても、そうしてしまった。

 

「炭治郎は、これからどうするんだ」

「……そうだなあ」

 

 善逸の言葉に、炭治郎は考えた。

 太陽に翳したその手で、禰豆子の入った箱を撫でる。

 無惨との戦いが終わっても、炭治郎の理由はそれしか無かった。

 

 禰豆子を守る。人間に戻す。それが炭治郎の「目的」だ。

 人間化については、珠世の特効薬が実用化しそうだということで、心配はしていない。

 禰豆子を守護については懸念がないわけではないが、鬼殺隊の施設の中にいればまず安心できる。

 禰豆子と珠世。無惨系列の最後の鬼。

 

『この2人を、瑠衣に渡すわけにはいかない』

 

 輝利哉はそう言っていた。

 けれど炭治郎は、この期に及んでもまだ。

 

「瑠衣さんからはさ。凄く、頑張ってる音がしてたよ」

「……そうだろうな」

 

 炭治郎も善逸も、瑠衣と任務を共にしたことがある。

 だから炭治郎も、嗅覚で瑠衣の人となりを知っていた。

 生きることに懸命な人だった。

 ただ、どこか寂しい匂いの人だった。

 過去形で語らなければならないのが、悲しかった。

 

「あ、炭治郎さん」

「そんなところで何をやっているんです?」

「千寿郎君。小鉄君も」

 

 その時、千寿郎と小鉄が連れ立ってやって来た。

 珍しい組み合わせだなと思っていたら、小鉄が持っているものに目が留まった。

 

「それは?」

「ああ。これは……」

 

 小鉄が、包みを解いて見せてくれた。

 するとそこには、日輪刀があった。

 通常の太刀よりもやや短い。小太刀だった。

 先日の戦いの最中、瑠衣が置いて行ったものだ。

 二刀の内の、一振りである。

 

「こんなことを言うのは、おかしいかもしれないんですけど」

 

 その小太刀を見つめながら、千寿郎が言った。

 

「僕にはどうしても、姉上が変わったと思えなくて」

「……そうだよね」

 

 安易に理解を示せることではなかった。

 ただ炭治郎も、あるいは善逸も、心のどこかで思っていた。

 鬼になった後も、瑠衣の本当の音は、匂いは、変わっていなかった。

 

「助けよう」

 

 え、と、千寿郎が顔を上げた。

 仲間が鬼になったら、人を食べる前に頚を刎ねる。

 それが鬼殺隊の常識だ。炭治郎も、当時はそうするつもりだった。

 まあ、実力が足りずに出来なかったが。

 

「助けよう、瑠衣さんを」

 

 状況は、あらゆる楽観を許さない。

 ここから何もかもが上手くいくなんて、とても信じられない。

 それでも。

 それでも、「それでも」と言い続けたい。そう思った。

 

 だって彼らが知る瑠衣は、懸命に生きる人だった。

 鬼に、暗闇に堕ちて良い人ではないのだ。

 どんな逆風の中でも、希望を持ちたい。いや、持つべきだ。

 

「…………はいっ!」

 

 ここからが、本当の()退()()

 日本一慈しい、鬼退治の。

 ――――はじまり、はじまり。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 今さら、帰って来たかったわけではない。

 ただ、他に行きたい場所も無かった。

 無残に焼け落ちた旧煉獄邸を前に、瑠衣はそんなことを思った。

 思ったが、それだけのことだった。

 

『本当ニ、今サラジャナイカ』

 

 その通りだった。

 今さらこんな場所に来たところで、残っているものは何もない。

 誰もいない。

 

 父も、母も。兄も、弟も。

 何も、残っていない。

 ああ、いや。違った。そうではなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ソウダネ。ココニアッタモノハゼンブ、先祖ノモノバカリダ』

 

 ここには「ただの瑠衣」のものは、何一つ無かった。

 ただただ「煉獄瑠衣」のものしか、この家には無かった。

 けれどそれを、大事に想っていた。

 繋いで貰ったものを、大切に受け取っていると信じていた。

 

『抜ケ殻ダ』

 

 崩れ落ちた煉獄邸は、鬼の襲撃を受けた時のままだった。

 修復する者がいなかったのだから、当たり前と言えば当たり前だった。

 瑠衣も、直そうとは思わない。

 直したところで、何も戻っては来ない。誰も、帰っては来ない。

 ただの、抜け殻だった。

 

「ああ、いや……違うか」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 何かを取り戻すとか。

 誰かを待とうとか。

 そんな思考も、資格も、もう必要ない。

 

「私はもう、私だけのために生きて良いんですね」

『……ソウダヨ』

「そうですよね。そうなんだ……」

 

 それは、新鮮――というより、不思議な感覚だった。

 これまで生きてきて、感じたことがなかった。

 生きるということを、本当の意味で考えたことがなかった。

 それを、瑠衣は今さらながら自覚した。

 

 不老不死。不死身。永遠の命。

 あらゆる人間が求めてやまなかったものを、瑠衣は手に入れた。

 それは、自分だけの生き方を探すには十分すぎる時間を瑠衣に与えていた。

 自分はいったい、本当は、何が欲しかったのだろうか。

 

『瑠衣ハ、自分ノタメニ生キテ良インダヨ』

「そう、でしょうか」

()()()()()()()()。ソレクライ、良イジャナイカ』

「……そう、ですね。じゃあ……」

 

 瑠衣は大きく息を吐いて、空を見上げた。

 鬼の天敵――だった太陽の光に、目を細める。

 眩しそうな表情を浮かべて、陽の光を遮るように手を翳した。

 そして、嗚呼、とまた息を吐いて。

 

「じゃあ」

 

 空が高いなと、そんなことを思ったのだった。

 

「じゃあ、何をしましょうか――――……」

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――そして時は流れる。

 

 流れて。流れて……また、流れて。

 

 時代が変わり。また変わり。さらに変わって。

 

 鬼のことも、忘れ去られる程の時間が過ぎて――――。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――たまに。

 たまに、奇妙な夢を見る時がある。

 そういう夢を見ている時は、現実のように感じてしまって、妙な切迫感がある。

 居ても立っても居られないような、そんな気持ちになる。

 

『あれは、誰だろう?』

 

 夢の向こう側には、色々な人がいた。

 正しく在ろうと、楽しく在ろうとする人がいた。

 悪しく在ろうと、哀しく在ろうとする人がいた。

 善い人も、悪い人も、いた。

 

 ただ、誰もが()()在ろうとしていた。

 まるで研ぎ澄まされた刀のように、そんな生き方をしていた。

 それは、物凄く頼もしく、尊いもののように思えたけれど。

 とても、物悲しく思えてしまって。泣きたくなるような、そんな生き方だった。

 

『ああ、そうだ』

 

 どうしてこんな夢を見るのか、ぼんやりと考えていると、思い出した。

 あれは、おばあちゃんに聞いた話だった。

 確か幼稚園の頃だったと思う。

 曾々おじいちゃんと曾々おばあちゃんの、若い頃の話――だったと、思う。

 

 幼い頃に聞いた話だし、細かいところは良く覚えていない。

 ただ、おばあちゃんが語って聞かせてくれるお話を、ドキドキしながら聞いていたことだけは覚えている。

 おばあちゃんのお話に出てくる人達が、幸せになってほしいなと、そんなことを願っていたことは覚えている。

 

『これはね、人を食べちゃう鬼を退治するお話なの』

 

 鬼退治のお話。

 みんなのために頑張った人達は、生まれ変わって幸せになっているだろうか。

 退治されたという鬼も、今度生まれて来た時は鬼にならずに済むだろうか。

 神様は、いつか鬼のことも許してくれるだろうか。

 

『……そうだといいね』

 

 おばあちゃんはそう言って、頭を撫でてくれた。

 あの優しい、温かい手が大好きだった。

 けど、どうしても思い出せないことがあった。

 おばあちゃんが話してくれた鬼退治の話。

 あのお話は、最後はどうなったのか。それだけが何故か思い出せなくて……。

 

()()

 

 その時、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 プールの水面越しに聞こえるような、夢の中で聞く()()()()だ。

 それを、きちんと自覚している。

 淡々としているけれど、どこか温かだった。

 

『いい加減に起きなよ、炭彦』

 

 返事をしないと、と思った。

 起きないと、とも思った。

 ふわふわとした意識の中で、炭彦は夢から浮上しようとしていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 竈門カナタは、心の底から呆れていた。

 二段ベッドの下側で寝ている弟が、見事な鼻提灯で寝こけている姿を見てのことである。

 目覚まし時計はとっくの昔になっていて、ついでに言えば登校予定時間もとうに過ぎていた。

 これ以上起きなければ遅刻確定という時間なのだが、弟はぐうぐうと眠りつけていた。

 あまつさえ。

 

「いい加減に起きなよ、炭彦」

「起きてるよう――――」

「嘘すぎてびっくりしてるよ。寝汚いな」

 

 あまつさえ寝ながら「起きている」と主張する弟に、繰り返すが心の底から呆れた視線を向ける。

 目鼻立ちの整った少年がそれをやると、見る者の背筋を冷たくするような視線になる。

 しかし視線を向けたところで弟は起きない。

 起きないものは仕方がない。兄としての義務はすでに果たした。

 そう考えて、カナタはすたすたと部屋から出て行った。

 

「行ってきます。母さん」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 母親も慣れたもので、1人で登校するカナタを呼び止めることはなかった。

 

「おっと」

 

 進みかけた足を止めて、カナタは壁を見た。

 文字通りに壁を見たわけではなく、壁にかけられた三振りの日本刀を見たのだ。

 持ち手の黒い刀、桃色の刀――随分と女の子らしいなと常々思っている――だ。

 

 実際に抜いてみたことはない。ただ、大事なものなのだろうと感じていた。

 その周囲には、曾々おじいさんの代からあるという写真などが飾られている。

 それから曾々おじいさんが身に着けていたという、日輪の花札のような耳飾りも。

 

「行ってきます」

 

 手を合わせて、挨拶をする。

 特に意味のある行為ではない。ただ、幼い頃からそうしていた。

 そんな息子の様子を、母親は微笑ましそうに見つめていた。

 母親のそんな視線に気恥ずかしさを覚えて、カナタは足早に家を出た。

 

「あら、カナタ君じゃない。おはよう」

「おはようございます。炭彦君は今日もお寝坊さんですか?」

 

 家を出たところで、見ただけで姉妹とわかる少女達と出会った。

 顔立ちで似ているし、お揃いのリボンを着けているからだが。

 しかしそれ以上に「これ以上はない」というような、美しい少女だった。

 艶やかな黒髪、大きな瞳に白い肌。たおやかな所作、そして柔和な微笑み。

 10人いれば10人が振り向き、ほうと息を吐いただろう。

 

「カナエさん。しのぶさん。おはようございます。炭彦は起きなかったので置いてきました」

 

 しかしそんな美少女を前にしても、カナタは動じなかった。

 理由は、まず相手が幼い頃から交流のある「親戚のお姉さん」であったこと。

 そして、カナタ自身が絶世の美少年であったからである。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 煉獄桃寿郎(とうじゅろう)の家は、剣道の道場をやっている。

 何でも戦国時代から続く由緒ある剣術らしいが、桃寿郎はあまり詳しくない。

 ただ父親が、祖父や曾祖父が大事にしていたことは子供心に理解していた。

 だから自分も大事にしようと、そう心に決めていた。

 

「むん!」

 

 それに桃寿郎自身、剣道は好きだった。

 竹刀を握って無心に振っていると、不要なものが削ぎ落されていく気がする。

 そうやって削ぎ落していくと、本当に必要なものしか残らなくなる。

 頭と心が、段々と透き通って来るのだ。

 

「むん!」

 

 稽古は毎日、朝の4時から始まる。

 これを友人に話すと、皆が口を揃えて「大変だね」と言ってくる。

 ただ桃寿郎自身は、稽古を大変だと思ったことは一度もないのだった。

 

 もちろん、稽古は辛いし苦しい。打たれて痛いと感じることもある。

 ただ桃寿郎にとって稽古(これ)は、日常生活の一部なのだ。

 朝起きて歯を磨く、風呂に入る。それと同じだ。

 だから、稽古そのものを大変だと思ったことはない。

 

「――――むん!」

 

 それに、幸か不幸か桃寿郎には才能があった。

 稽古を積めば積むだけ、強くなる自分に気付く。

 昨日の自分ができなかったことができるようになるのは、率直に言って楽しい。

 すると桃寿郎はますます稽古に打ち込んで。

 

「桃寿郎、遅刻するぞ」

「むうん!?」

 

 頬を(したた)かに打たれて、桃寿郎の視界が広がった。

 透き通っていた意識に色が戻り、目の前に父が立っていることに初めて気が付いた。

 自分と同じ道着姿で、燃えるような髪――遺伝子が強いのか、先祖代々男子は同じ髪色だ――をした、壮年の男性だ。

 精悍な顔つきだが、顎下に残った無精髭が威厳を失わせている。

 

「父上! いかがなさいましたか!」

「朝から声がデカい。学校に遅れるぞ」

「よもや!」

「よもやって。どこで覚えたんだそんな言葉」

 

 呆れる父に笑って見せて、桃寿郎は竹刀をしまい、神棚と、それから飾られている日本刀に礼をした。

 神棚はともかく、日本刀に礼をするのは珍しい。

 炎のような形の鍔の日本刀。由来は桃寿郎も知らない。

 ただ、大事なものらしい。親が大事にしているものなので、桃寿郎も大事にしている。

 

「父上、行ってきます!」

「ああ、転ぶなよ」

 

 ドタドタとやかましく駆けて行く息子の背中を見送って、父親は嘆息した。

 

「ビンタするまで気付かないとは、誰に似たのか……」

 

 しばらくして、玄関の方から息子の元気な声が聞こえて来た。

 やれやれと、父親は笑った。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 キメツ学園は、関東有数の規模を誇る中高一貫の学校である。

 とにかく自由な校風で知られており、地元で起こる出来事のほとんどはこの学園の生徒が原因とまで言われるほどだ。

 最近で言えば、特に「ランニングマン」が有名だろうか。

 

「ギリギリ間に合ったねえ」

「うむ!」

 

 端的に言って、竈門炭彦のことである。

 あだ名の由来は単純で、寝坊助の彼がほとんど毎日の登校で走っているからだ。

 いや、ただ走っているだけなら他にもそういう生徒はいる。

 

 炭彦の場合、基本的に普通の道を走らない。

 自宅マンションから飛び降りるは、家々の屋根は走るは、庭に勝手に入るわ……云々。

 文字通り自宅から学校までを「真っ直ぐ」駆け抜けるのだ。

 自由を愛するキメツ学園の生徒の中でも、学園外で目立つ生徒の1人だった。

 

「お前らいい加減にしろよ――――!?」

 

 校門を乗り越えて――危険登校常習犯を防ごうとして校門を閉じたのだ。意味はなかった――校舎に駆け込んでいく2人の生徒を苦々しく思いながら、村田は溜息を吐いた。

 村田はキメツ学園の卒業生としては珍しいことに、ごく一般的な感性の持ち主だった。

 だから毎日のように問題を起こす生徒達に対して、胃を傷める日々が続いていた。

 

「まったく、竈門や煉獄には困ったもんだ」

 

 竈門炭彦と煉獄桃寿郎の2人は、キメツ学園でも有名だった。

 まず今の動きを見ても明らかなように、身体能力が高い。並外れて高い。

 そして容姿も整っている上に、人当たりも良くて優しい。

 要するに、人気者なのだった。

 村田も、別に2人が不良だとか悪人だとか言っているわけではない。

 

「ちょっとよろしいですか?」

「ひいっ、悪人顔!?」

「アア?」

「ちょ、ちょっと先輩……」

 

 ただ、パトカーを引き連れての登校は勘弁願いたいと思った。

 しかもパトカーから出て来たのが、顔に傷のある強面の警察官だったりした日には、胃がキリキリと痛む。

 とは言え、それでも村田は今日も教師を続けている。

 

(まあ、かわいい後輩だしな)

 

 村田自身、キメツ学園の卒業生である。

 だから彼の生徒達は、同時に後輩でもある。

 生来の面倒見の良さも相まって、放ってはおけないのだった。

 

 そして今日も、始業の鐘がなる。

 キメツ学園の教師と生徒にとっての、日常の象徴とも言うべき音だ。

 今日も平和で、少しばかり賑やかな日になるだろう。

 その鐘の音は、誰もにそう思わせた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 まあ、とは言え叱られないわけもなく。

 炭彦は学校と家の両方で「とんでもなく叱られた(本人談)」ために、帰り道に1人でさめざめと泣くことになった。

 事情が事情なため、慰めてくれる誰かもいなかった。

 

「うう……。だって皆勤賞が欲しかったんだよう」

 

 やはり、流石に人の家の敷地に入ったり、パトカーの上を飛び越えたりするのは不味かっただろうか。

 考えるまでもなく不味いことだ。今にして思えばそう理解している。

 走っている間は、遅刻したくないという思いで頭が一杯だったのだ。

 

 ただ、これは例えて言えば、会社の始業時間に遅刻しそうな人間が駆け込み乗車をする感覚に近い。

 危険だとはわかっているが、閉まりそうな電車のドアに飛び込もうとする心境だ。

 そういった気持ちは、誰にもでも経験のあることだろう。

 ただ不幸なことに、あるいは幸いなことに、炭彦の身体能力が並では無かった、ということだ。

 

「息を深く吸うと、身体が軽くなるんだあ」

 

 と、炭彦はいつか友人達に語ったことがある。

 実際、炭彦は特別に身体を鍛えたことはない。特定のスポーツもやっているわけでもない。

 それでもマンションの5階から飛び降りることも出来るし、家から学校まで休みなく走り続けることが出来る。

 まさしく、化物じみた身体能力である。

 

 小学校の頃には、そんな彼を気味悪がって仲間外れにするような動きもあった。

 しかし彼自身の穏やかな性格と、兄や桃寿郎のような友人達のおかげで、それが長続きすることは無かった。

 いずれにせよ、なまじ()()()()()()のも考え物、という話だった。

 

「くすん、くすん」

 

 そして、何より高校生だった。

 まだ自分と社会の間の折り合いの付け方も、相応の器用さや妥協の方法も身に着けれてはいない。

 ただただ、親と先生に4時間叱られたということにショックを受けていた。

 そのために、こうして公園のブランコに座り込んで泣いているというわけだ。

 辺りはすでに暗くなりかけていて、赤黒い空の下で、街頭に灯りがつき始めていた。

 

「くすん、くすん」

 

 公園には、炭彦以外は誰もいなかった。

 周囲がとても静かだったから、彼のすすり泣く声は良く響いていた。

 

「――――どうしたんですか?」

 

 だから、なのかどうなのか。

 しくしくと泣く人の子に、声をかける影ひとつ。

 誰もいないと思い込んでいた炭彦は、びっくりして顔を上げた。

 そこにいたのは、はっとするような。

 

「あら、真っ赤なお目目」

 

 この世のものとは思えないほど、美しい少女がいて。

 

()()()()()()()

 

 そう言って、にっこりと微笑んでいたのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 嘴平(はしびら)青葉と言えば、現時点で最も有名な植物学者だろう。

 ()()()()()()、1年の内で数日しか咲かない特別な花を発見した青年だ。

 世間では「青い彼岸花」の名称で知られている――よくある話で、正式な学名はほとんど知られていない――花で、栽培方法や開花のプロセスは彼しか知らない。

 

 しかしそれ以上に有名なのは、女性と見紛(みまが)うその美貌だ。

 おまけに28歳と若く、世のメディアはこぞって「美しすぎる植物学者」

 花の発見もフィールドワークの中でたまたま発見しただけとしているが、その功績を誇らない謙虚さも人気に拍車をかけていた。

 

「わあ、いけない。もうこんな時間だ。早く締めて出ないとまた終電を逃しちゃうよ」

 

 しかし研究者としての彼は、他の同業者と同じく、自分の研究分野に真面目に取り組む人間だった。

 研究に没頭する余り、連日連夜終電ギリギリまで研究室に籠るほどだ。

 論文を書いて研究を認められ、教授と呼ばれるようになって自分の研究室を持ちたいと考える、ごくごく普通の青年学者だった。

 

「いっそ研究室に住みたいなあ。最近は取材とか多いから、研究に割ける時間も減っちゃってるし……」

 

 世間が関心を向けてくれるのは嬉しいが、研究に集中したい。

 実に贅沢な悩みと言えるだろう。

 

「ええと。鍵、鍵は……っと」

 

 青葉は、花が好きだった。植物への関心が強かった。

 それは、医者であり薬剤師でもあった曾祖母の影響が大きい。

 幼い頃、青葉は曾祖母の膝で薬草の擦り下ろし作業を見て育った。

 青葉という名前も、曾祖母がつけてくれた。

 

 ちなみに、フィールドワークは曾祖父に教えて貰った。

 もっとも、曾祖父のあれはフィールドワークというよりサバイバルといった方が正しかったが。

 いずれにせよ、植物学者としての青葉のルーツが曾祖父母にあることは間違いが無かった。

 

「……あれ?」

 

 不意に、青葉は立ち止まった。

 研究室に程近い保管庫。そこは常に適温に保たれていて、研究用の植物が保管されている。

 当然、その中には「青い彼岸花」も含まれている。

 その保管庫の扉が、開きっぱなしになっていたのだ。

 

「もー、誰だよう。保管庫を開けたままにした……やつ、は……」

 

 青葉の声は徐々に尻すぼみになり、ついには途切れてしまった。

 保管庫の扉を開けた彼は、一瞬ポカンとした表情を浮かべていた。

 その忘我の一瞬は、目の前の情報を脳が理解するまでのタイムラグだった。

 そしてラグが収まった時、再起動した青葉は。

 

「え、ちょ……えええええええええええええええええええええええええええっっっ!!??」

 

 研究所の夜間警備員が駆け付ける程、大きな声で叫んだのだった。




最後までお読みいただき有難うございます。

これぞハッピーエンドですよね!
大団円の後、後日談を語る。
ンンンンンン実に、実に鉄板展開。

今後は「ぴゅあ」で「はーとふるな」学園生活を描いていきたいです。

今後ともどうぞお願いいたします。
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