鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第67話:「竈門炭彦」

 記者会見。

 現代において、それは往々にして良い意味では使われない。

 何故ならば、記者会見で話されることは概ね悪いことだからだ。

 そしてその最たるものが、これだ。

 

「えー、この度は、このような事態を引き起こしてしまい……」

 

 ()()()()である。

 善い年をした大人がずらりと並び、カメラに向かって頭を下げる。

 最初にこの形態を考え出した人間は、あるいは誠意からそうしたのかもしれない。

 しかし現代においては、すでに社会的な意味でルーティン化してしまっていた。

 

 つまり結論から言えば、青葉の気持ちは最悪の一言だった。

 何しろ、まさか自分が謝罪する側で会見に同席するとは思わなかったからだ。

 しかも、()()()()()()()として、だ。

 

「すると、件の花は全滅してしまった……ということでしょうか?」

「はあ、まあ、そういうことで……」

 

 青葉が所属する研究所の所長が、冷や汗を掻きながら記者の質問に答えている。

 それを、青葉はどこか他人事のように聞いていた。

 しかし実際は、他人事どころではない。自分事だった。

 

「例の新種……通称「青い彼岸花」は、保管していたものも含めて全て枯れてしまいました。種子もありませんので、全滅と。そういうことになります」

 

 会見場にいる記者達が、所長の言葉にざわついた。

 それはそうだろう。貴重な花が――種が1つ、全滅したのだから。

 繰り返すが、()()だ。絶滅と言った方が正しいだろうか。

 もう、青葉の研究対象はこの世に存在しない。

 

 どう責任を取るんですか、と誰かが言った。

 そうだそうだと、他の誰かも言った。

 そんなもの、取れるはずも、わかるはずもなかった。

 所長はただ謝るだけだ。だが、一緒になって自分を責めないだけ良い人だった。

 それがわかるから、青葉は余計に何も言えなかった。

 

(いったい、どうして)

 

 考えるのは、それだけだった。

 あの時、青い彼岸花が全滅した保管庫を見た時、確かに保管庫の扉は開いていた。

 自分ではない。スタッフの誰でもない。閉めた記録さえ残っている。

 なのに開いていた。しかも、花のケース内の環境を維持する装置が止まっていた。

 だから全滅した。

 

(いったい、誰が)

 

 自分ではない誰かが、それをやった。

 だけど、監視カメラには誰も映っていなかった。

 ()()()()()()、保管庫の扉が開いていたのだ。

 けれど、そんなことを言って信じてくれる者など誰もいない。

 

「本当に、本当に申し訳なく……!」

 

 隣で、所長がまた謝っていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 カナタは、弟に疑いの眼差(まなざ)しを向けていた。

 いや、別に悪い意味ではない。

 ……いや、やはり悪い意味で目を向けていただろうか。

 

「炭彦、今日も公園に寄っていくの?」

 

 というのも、このところ、弟の炭彦が真っ直ぐ家に帰らないのだ。

 あの、寝る時間が減るからという理由で部活動にも入らない弟が、寄り道をしている。

 それも、ほとんど毎日だ。

 

 しかも、通っている場所は何の変哲もない公園なのだ。

 どこかの喫茶店やゲーセンにハマったとかならまだしも、公園。

 何をしているのか聞いても、もごもごと誤魔化されるばかり。

 カナタでなくとも、何をしているのか気になるというものだった。

 

「あ、うん~。晩御飯までには帰るから」

「……そう」

 

 そして信じ難いことに、窓に映った自分の髪などを弄っていた。

 あの、万年寝ぐせ頭の炭彦が、である。

 表情筋の固いカナタではあるが、これには驚愕を隠せなかった。

 あの炭彦が、身嗜みを気にしているのである。

 

「じゃあ、先に行くね~」

「え、ちょ……うん」

 

 駆け出されてしまえば、カナタに炭彦を止めるすべはなかった。

 そういえば、あれ以来、屋根の上を走るような危険な登校はあまりしなくなった。

 カナタがそれとなく、かつはっきりと注意してもまったく直さなかったというのに。

 いったい、どういう風の吹き回しなのか。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど」

 

 カナタが静かに衝撃を受けていると、どこからともなく1人の女生徒が彼の隣に現れた。

 白魚のような指先で形の良い顎を撫でながら、うんうんと頷いている。

 周囲が俄かにざわめいたのは、彼女がキメツ学園で最も有名な生徒の1人だからだろう。

 曰く、学園三大美(少)女の1人。

 

「何がなるほどなんですか、しのぶさん」

「いえいえ、別に難しい話ではありませんよ。カナタ君」

 

 しのぶが小さく指を振り、軽くウインクをした。

 ちなみにそれを目にした生徒は男女問わず一斉に顔を赤くしたが、カナタは顔色を変えなかった。

 

「足繁く同じ場所に通い。しかも身嗜みをチェックしている。これは、1つの事実を指し示しています」

「それは?」

「ええ。つまり炭彦君は……」

 

 一呼吸を置いて、しのぶは言った。

 

「公園で、植物採取(フィールドワーク)を行っているのですね……!」

 

 いや違うと思うよ!?

 その場にいる全員の心の声が、一致した。

 胡蝶しのぶ。薬学研究部所属であった。

 

「……なるほど!」

 

 お前もかよ!?

 再び、その場にいる全員の心の声が一致した。

 竈門カナタ。定期テストは全教科満点だが、いかんせん天然であった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ついつい、()()()()を行こうとしてしまう。

 

「おっとっと」

 

 ひょいと塀を飛び越えかけた自分を押さえて、炭彦は普通の道を駆けた。

 信号は守るし、きちんと横断歩道も渡る。

 もちろん、車や人の頭を跳び越えたりもしない。

 できることをやらないというのは、意識してみると意外と難しかった。

 

 しかし不思議なことに、嫌ではなかった。

 というのも、これは()()だからだ。

 この約束を守るという行為が、炭彦にこそばゆい幸福感を与えてくれていた。

 とは言え、戸惑いもある。こんな感覚は、生まれて初めてのものだったからだ。

 

「ああ、ちょっと遅くなっちゃった。まだいるかなあ」

 

 まさしく息せき切って、という風に、炭彦は公園に駆け込んだ。

 この公園は、危険登校を叱られた炭彦が独りしくしくと泣いていた公園だ。

 ここのところ、炭彦は放課後に決まってここを訪れていた。

 

「あ……!」

 

 しばらくきょろきょろしながら歩いていると、目的の人物を見つけたのだろう。

 炭彦の表情が明るくなった。

 

()()()()!」

 

 その女性は、ベンチで本を読んでいた。

 今どき珍しいことに、着物姿である。

 黒字に赤い彼岸花があしらわれた着物。

 夕刻で肌寒いせいか、赤いストールを羽織っていた。

 

 一見派手な服装だが、嫌味ではなくまとまっていて、むしろ落ち着いて見えた。

 それはきっと髪のせいだろう、と炭彦は思った。

 しっとりとした長い黒髪が赤に重なって、全体を押さえて見えるのだ。

 鴉の濡れ羽色というのは、ああいう髪を言うのだろうか。

 黒髪を黒いリボンでハーフアップにしているのも、1つのアクセントになったいた。

 

「あら、竈門君。今日も来てくれたんですね」

 

 落ち着いた女性の、ふわりとした柔らかな微笑。

 その微笑を前に、炭彦少年は知らず赤面してしまった。

 赤くなった頬を隠すように指先で掻く炭彦に、瑠衣という女性は笑みをより柔らかなものにするのだった。

 

「さて、それじゃあ……」

 

 読んでいた本を閉じて、瑠衣は立ち上がった。

 するりと、炭彦が反応する間もなく距離を詰めて来た。

 いつの間に近付かれたのか、近付かれた後でも炭彦にはわからなかった。

 呼吸の合間にすっと移動したような、余りにも自然な動きだったからだ。

 そして、瑠衣はにっこりと微笑んで、距離の近さにどぎまごとする炭彦に向かって、こう言った。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 呼吸をする時、人は考えない。

 より正確に言えば、人は呼吸を()()()行っている。

 吸うことをいちいち意識などしないし、吐くために努力など行わない。

 

 そして、加えて言うのであれば。

 人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 比べるという発想が、そもそも無い。

 

「気にすべきは、吸うこと。そして吐くことだけではありません」

 

 腹部に、柔らかな掌の感触があった。

 それは温かで、力強かった。

 そして不思議なことに、触れられたところからじわじわと熱が伝わって来た。

 

「自分の筋肉の繊維の一本一本。熱い血の流れる血管の動き。それらを良く意識してください」

「せ、繊維……血管?」

「まずは何となく、で十分です。目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を続けてください」

 

 ふわふわ、ふわふわ。

 それは、まるで眠っている時のような。

 温かな布団にくるまっている時のような、そんな感覚だった。

 それでいて、肉体の感触ははっきりとしていた。

 

 眠る時のたゆたう感じ。何もかもが溶けていくような、不思議な睡眠の感じ。

 夢を見ている時は、むしろ肉体の感触はあやふやだ。

 それが今は、それこそ筋肉の繊維、血管の一本一本まではっきりと感じる。

 ――――気が、する。

 

「……ふふふ」

 

 目を開けると、瑠衣の顔が間近にあった。

 

「あら、呼吸が止まっていますよ」

 

 クスクスと笑って、瑠衣は炭彦から手を放した。

 すると、身体の熱も引いて行った。

 炭彦は、シートの上で座禅を組んでいた。

 瑠衣はその前に膝をついていて、炭彦が目を開けるとそっと立ち上がった。

 

「休憩にしましょうか」

 

 呼吸を教える。

 初めて会った時、瑠衣はそう言った。

 炭彦は意識していなかったが、彼の呼吸は特別だ、とそう言ってきたのだ。

 

 正直なところ、言葉の意味を理解できなかった。

 今も理解できているとは言い難い。

 ただ瑠衣のレクチャーを受け始めて、自分の中の何かが変わった。

 そういう実感も感じるようになっていた。

 

「どうぞ」

 

 差し出された水筒のお茶を飲んで、一息ついた。

 

「だんだんと良くなってきましたね」

「ううん、そうかなあ」

 

 正直なところ、呼吸の練習はついでのようなものだった。

 炭彦はただ、少しでも瑠衣と過ごす時間が増えるなら良いか、と考えていた。

 この時間が、炭彦にとって睡眠と同じくらい好きな時間になっていた。

 

(綺麗な人だなあ)

 

 と、瑠衣の横顔を見てそう思った。

 実際、瑠衣は美しい顔立ちをしていた。

 何より、纏っている雰囲気というか空気感というか、凛としていて。

 

 くうう~。

 

 ――――凛とした佇まいのまま、何事もなかったようにしていた。

 しかし炭彦は確かに聞いた。瑠衣の腹部から響いた音を。

 僅かに赤らんだ、瑠衣の横顔を。

 それに対して、炭彦はこう思ったのだった。

 

(かわいい)

 

 いわゆる、痘痕(あばた)(えくぼ)、というものだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ()()()()()

 往々にして、褒められた行為ではない。

 しかしカナタは、弟に対して躊躇(ためら)うことなくそれをやった。

 何故か?

 

 それはカナタが兄であるからに他ならない。

 彼には、弟の素行について知っておく必要がある。

 植物採取のフィールドワーク。弟には危険すぎる。

 まして。

 

「誰、あの女」

 

 まして、相手が(自分が知らない)女となれば。

 なおのこと、カナタは心穏やかではいられなかった。

 

「よもやよもやだ! あれは年上ではないのか!?」

「見たところ、3つか4つ年上、というところでしょうか」

「あらあら、炭彦君もお年頃ねえ」

 

 そんなカナタと並んで、桃寿郎、しのぶ、カナエが顔を出していた。

 驚き、興味、感心。

 反応はそれぞれだが、カナタほどに負の感情は抱いていない様子だった。

 

「……誰、あの女」

「か、カナタ君? お顔が怖いわよ~?」

 

 炭彦と「あの女」――――瑠衣は、公園で何やら不思議なことをしていた。

 座禅のような、そんな風なことだ。

 ただ、それが何なのかカナタ達にはわからなかった。

 

「宗教……? いや、怪しい体操……?」

「そういう風には見えないけど……」

「でも、確かに何をしているのかわからないですね」

「座禅か! あれは集中するのに良いな!」

 

 こう見えて――まあ、本人と炭彦以外にはバレバレなのだが――カナタは、結構なブラコンであった。

 しかしそうでなくても、肉親なら瑠衣のことを怪しむだろう。

 身内がぽっと出の年上女性に怪しい体操をやらされて、しかも毎日のように通っているとなれば、心穏やかではいられないだろう。

 

「うーん。でも確かに心配ですね。炭彦君は素直というか、人を疑うことを知りませんからね……」

 

 その点については、しのぶも「うーん」と考えるような仕草を見せた。

 確かに最近はそういう詐欺(ハニートラップ)も少なくないと聞く。

 何しろ、しのぶ自身そういう覚えがないともゲフンゲフン。

 

「どうするの?」

「そんなのは決まっていますよ、姉さん」

 

 ちっちっ、と軽く指先を振って、しのぶは言った。

 人によっては小馬鹿にも見えてしまうその仕草も、しのぶがやると一枚の絵画のように決まって見えた。

 

「――――調査しましょう!」

 

 調査する。

 それは言葉としては良いことのように聞こえるが、この場合のそれは、つまりはこうだった。

 後を尾けよう、と。

 奇しくもそれは、冒頭のカナタの結論と全く同じなのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 繰り返しになるが、およそ尾行というのは良い意味では使われない。

 それはつまり、周囲の目から見ても奇異に思われる、ということだった。

 例えば、地元の学校(キメツ学園)の生徒が連れ立って柱だの看板だのに身を隠している様子を見れば、少しばかりのざわつきと共に視線を集める程度には。

 

(((な、何だあれは)))

 

 と、地元の方々の視線を一身に浴びているのは、言わずもがなカナタ達だった。

 彼ら彼女らは各々思い思いに身を隠して――いると思っているが、周囲からは悪目立ちしている――公園から、炭彦と別れた件の女性の後を尾けているのだった。

 調査――素行調査、である。昔で言えば、興信所を使うところだろう。

 

「今のところ、怪しい動きはありませんね」

 

 夕方だけに、通りには人が多い。

 しかし瑠衣のような着物は良くも悪くも目立つ。

 おかげで見失うことなく、安定して尾行することが出来ている。

 瑠衣の歩みもゆっくりとしたもので、尾行に気付いた様子も無い。

 そしてしのぶが言ったように、怪しい動きは少しもしていなかった。

 ただ、歩いているだけだ。

 強いて言えば、どこにも立ち寄る気配が無さすぎることくらいか。 

 もっとも、それは怪しいと言えるようなこともないのだが。

 

「ところでカナタ君。私から提案しておいてアレなのですが」

 

 穴が開く程――いや、むしろ穴を開けようとしているのではないか、と思える程に瑠衣の背中を見つめているカナタに、しのぶは言った。

 

「あの女性の素性を掴んだとして、その後はどうするのです?」

「殺…………青少年との接し方について話し合います」

「穏やかじゃない単語が聞こえたような気がしますね」

「うーん。でもねえ。心配なのもわかるけれど、炭彦君の気持ちも大事じゃないかしら」

 

 そんなことは、言われなくてもカナタにだってわかっていた。

 しかし、居ても立っても居られない、ということもあるだろう。

 カナタは勉強もスポーツもそつなくこなすタイプだが、さりとて器用な方ではない。

 正しいことを正しく行える程、完成された少年ではないのだった。

 そしてそれがわかっているからこそ、しのぶ達もカナタに付き合うことにしたのだった。

 

「むう、あの路地に入るようだぞ!」

 

 なお、桃寿郎は完全に成り行きで参加していたりする。

 

「追いかけましょう」

 

 通りから外れて、瑠衣の背中が路地裏に消えて行った。

 それを見て、カナタは慌てて駆け出す。

 しのぶ達もやれやれとこれに続いて、路地の入口に立った。

 

「……あれ?」

 

 しかし、そこには誰もいなかった。

 路地は一本道で、しかも建物の出入り口のようなものも無かった。

 隠れている、わけでもない。そんなスペースもない。

 それなのに、どこにも女の姿は見えなかった。

 

「いない……?」

 

 カア、と、どこからともなく鴉の鳴き声が聞こえて来た。

 それを合図にしたかのように、夕焼けの赤が赤黒く染まっていった。

 もうすぐ夜だと、告げるように。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「お前を殺して俺も死んでやる!」

 

 もしも仮に男にそう言われたとしたら、多くの女性にとっては恐怖だろう。

 ましてその男が、刃物を持って突っ込んで来たとしたら。

 普通の女性であれば、絶望的な状況だろう。

 

 実際、()()にいる何人かの人間は悲鳴を上げていた。

 しかし刃物を向けられ、狙われた当の本人はと言えば、

 見ている側が拍子抜けするほど、平然としていた。

 むしろ自分に迫って来る包丁を見て、口元に笑みさえ浮かべていた。

 

「――――()()()()()

 

 するり、と、女の手が動いた。

 しかしその手が()()を掴む前に、先に男が倒れていた。

 いや、より具体的に言えば、宙を舞って頭から床に落ちた。

 それはおよそ、人間がして良い動きではなかった。されて良い動きでもなかった。

 

「やあ、お客さん。困りますねえ、店の真ん中で寝こけて貰っちゃあねえ」

 

 すると、どことなく飄々とした雰囲気の男――立派なスーツを着込んでいるが、胸元を着崩している――が、床に転がった男の襟を持ち上げた。

 外国との混血なのか、髪色も体格も日本人離れしていた。

 もっとも、それにしても片手で大の男を持ち上げるのは常人離れしているが。

 

()()()だったんだけど」

「いやいや、女将(ママ)さんの()()はちょいと過激すぎるからね」

 

 今の男の状態以上に過激な状態はないだろう、とその場にいる誰もが思ったが、誰も口にしなかった。

 

「おい、何を乳繰り合ってんだ」

 

 そこへ、跳ねた黒髪の男がやって来た。

 客ではなく、こちらもスーツを――いちおう、きっちりと――着ていた。

 

「何よ、珍しいじゃない。アンタが真面目に出勤するなんて」

「うっせードブス。俺だって来たくて来たんじゃねえよ」

「は?」

「お?」

「ちょいちょい、お客さんの前だよお2人さん」

 

 ちっ、とあからさまな舌打ちが2つ。

 ごめんねーと男が謝り、女がカウンター席に腰かけ、もう1人の男もそれに倣った。

 バーテンダーらしき女性が2人――片や眼帯、片や車椅子。なかなか独特――いたが、特に気にした様子は無かった。

 おそらく、いつものことなのだろう。

 

「で、何よ」

()()だよ」

 

 男が指差した先に、壁据え付けのテレビがあった。

 テレビはミュートされていて字幕しか情報を得る手段がない。

 ただ今やっている番組がニュースで、画面下に映された字幕を見ることが出来た。

 そこには、こう書かれていた。

 

『青い彼岸花、全滅』。

 

 ああ、と、得心したように女が頷いた。

 

「そりゃあ、来るわね」

「だろうがよ」

 

 酒のボトルを勝手に開けながら、黒髪の男が言った。

 

「久々の()()()()()()()。きっと面倒ごとになる」

()()()()()()()()、アイツは――――……っと、噂をすればね」

 

 来店を告げるドアベルの音に、2人はほぼ同時に顔をそちらへと向けた。

 テレビ画面は、未だ同じニュースが流れ続けていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 やれやれ、すっかり遅くなってしまった。

 そんなことを考えながら、しのぶはカナエと連れ立って歩いていた。

 

「ごめんなさいね。桃寿郎君」

「いえ! 最近はこのあたりも物騒ですから!」

 

 そしてそんな2人の前を、竹刀袋を肩に担いだ桃寿郎が歩いている。

 言葉の通り、夜道は危ないということで送ってくれているのだ。

 空はすっかり暗くなっていて、いつもの夕飯の時間も過ぎてしまっている。

 父と母も心配しているだろう。

 

「カナタ君、大丈夫でしょうか……」

「カナタ君は炭彦君のこととなると一生懸命だものねえ」

 

 結局、あの瑠衣という女性を見つけることは出来なかった。

 暗くなったので諦めて、カナタを家に送り届けて、今に至る。

 カナタは胡蝶姉妹より先に帰ることを渋っていたが、炭彦が心配だろうし、とカナエが先に帰したのだった。

 何より桃寿郎が「任せて貰おう!」と請け負ったので、カナタも最後には折れた。

 

「そんなに悪い人には見えなかったけど」

「まあ、人は見かけだけじゃ判断できませんし」

「それは、そうだけれど」

 

 しのぶ達と炭彦達は、家が親戚同士だった。

 何でも曾祖父母の代からの付き合いとかで、いわゆる「家ぐるみの付き合い」というやつだった。

 なのでカナタや炭彦のことは、弟のようにも思っている。

 まあ、カナタとしのぶは同い年なわけだが。

 

「桃寿郎君から見て、炭彦君の彼女さん……かは、まだわかりませんけど。どう思いました?」

「わかりません!」

「元気いっぱいに思考放棄してきましたね……」

「わかりませんが!」

 

 実際、桃寿郎に女性の印象などはわからなかった。

 彼の知る女性というとまず母親なので、彼の女性観は全てが母親を基準に構築されている。

 そこだけ聞くとマザコンのように聞こえるが、思春期以下の男子は大体が身内基準ではあろう。

 閑話休題。つまり何が言いたいのかというと。

 

「母に似ているな、と思いました!」

 

 力強くそう言う桃寿郎に、しのぶとカナエは実に曖昧な表情を向けていた。

 しかし桃寿郎にとって、母に似ている、というのは大きなことだった。

 そんな女性は、今まで見たことがなかった。

 

「……うん?」

 

 その時、奇妙な音が聞こえた。

 何かを磨り潰すような、水音。嫌な、不快な音がした。

 しかも、近かった。

 

 カナエとしのぶも気付いたのだろう。眉を顰めて辺りを見渡していた。

 桃寿郎は、竹刀袋に手をかけていた。

 すると、音の出所に気が付いた。

 雲がかっていた月が、光を射したからだ。

 

「そこに誰かいるのか!」

 

 まず、見えたのは足だった。

 電柱の陰に、段ボールがあって――「拾ってください」と書いてある。捨て犬か捨て猫でもいたのか――その中を、誰かが覗き込んでいた。

 月明かりに、背中が浮かんでいた。

 捨て犬を拾っていた、というわけではなさそうだった。

 何故ならその人物は、膝をついて、段ボールの中に顔を突っ込んでいたからだ。

 

(不審者か!)

 

 と、桃寿郎は思った。

 しのぶとカナエを背に庇いながら、竹刀袋を前に持った。

 いつでも、という臨戦態勢だった。

 

「ひっ」

 

 と小さな悲鳴を、姉妹のどちらかが上げた。

 それもそのはず。

 段ボールから顔を上げて、こちらを見たその不審者は、口元を真っ赤に染めていて。

 ――――その口に、犬と思しき頭を噛み咥えていたのだから。




最後までお読みいただきありがとうございます。

現代編第2話です。
完結の後は、やっぱりキャラクターのその後って書かないといけないですよね(え)
ハートフルでピースフルな後日談をぜひお楽しみください(ぐるぐるお目目)

それでは、また次回。
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