――――槍?
槍って何だ、と炭彦は思った。
普通に生きていて、そんなものを見る機会はそうは無いだろう。
「じゅ」
そんなものを肩に担いで飛び込んで来るというのは、普通ではない。
異常だ。
そしてその異常を目の当たりにして、炭彦は叫んだ。
「銃刀法違反だ――――っ!!」
「そこじゃないと思います」
しのぶの冷静さが冴え渡っていた。
ただ彼女から見て、今の状況は良くなったとも言えるし、悪くなったとも言えた。
まず突然の乱入者は、ドアを蹴破っている。
だから彼女の後ろには外が見えていた。脱出経路が出来たわけである。これは良い点だ。
しかし一方で、槍を持った乱入者それ自体は、状況を悪化させるものでもあった。
出入口に立っている、というのも悪い点だ。
炭彦としのぶが外に逃げるためには、この女性の横を通り過ぎなくてはならない。
つまるところ、自分達の運命はこの女性に握られている、ということだった。
「
「人の名前を勝手に呼ばないでほしいわね」
珠世は、その女性――禊を知っている様子だった。
これは、悪い方向に転がりかねない。
もしも珠世と禊が仲間であれば、状況はむしろ悪化したと言えるからだ。
ただ仲間というには、2人の間に流れる空気は剣呑なものだった。
「ふうん」
じっと珠世を見つめていた禊は、どこか得心したような表情を浮かべた。
「最初に聞いた時、おかしいとは思っていたけれど。なあんだ」
その笑みは、笑顔というには、余りにも友好の度合いが低すぎた。
と、言うよりは。
禊は明らかに、珠世を嘲弄していた。
「やっぱりアイツ、
その時、ドン、とクリニックの建物が震えた気がした。
天井が――2階など無いはずなのに――砕けて、何か人間大のものが落ちて来た。
1つ、2つ、3つ。まるで、禊――のそばにいる炭彦、しのぶもだが。
禊を、取り囲むように3つ。それは落ちて来た。
「い、犬人げ……いや犬じゃない!?」
化物だ。3人、いや3体の化物が落ちて来た。
形や数には違いがあるが、一様に頭に角のようなものがあり、そして多様な体の形状をしていた。
赤黒い肌、硬質な筋肉、あるいは長すぎる手足。爪、そして牙。
犬の顔をしていないだけで、同じような化物がそこにいた。
そして次の瞬間、3体の化物が、実に化物らしく咆哮したのだった。
◆ ◆ ◆
端的に言って、これは禊にとっても予想外だった。
「何で
突如として現れた化物――鬼。
その出現は、禊にとっては予想外、あるいは意外だった。
ただそれは、この場に現れたことが意外ということでは無い。
文字通り、
――――欺の呼吸・弐ノ型『面子』。
もっとも、出現したこと自体は問題ではない。
脅威にならないものを、問題とは言わない。
3方向から襲いかかって来た鬼達は、次の一瞬には全ての感覚を喪失していた。
折れ別れた槍。それを持った禊の両腕が身体の前を一巡りすると、頚が3つ跳んでいた。
「危ない!」
「どこが?」
炭彦の声に、そう応じた。
もちろん、
注射器を一槍で払い、二の槍が顔面を目掛けて突き出される。
一撃目を挟んだことで、致命の攻撃までに数秒の間があったおかげで、珠世は数歩を下がることが出来た。
それができていなければ、今頃は顔面に穴が開いていただろう。
「アアッ……!」
悲鳴を上げ、顔を押さえて、珠世が蹲る。
それと同時に、頚を落とされた鬼達が灰となって散っていった。
「え、え、えええええ?」
そしてこの時点で、炭彦の理解力はすでに限界だった。
まず珠世の豹変としのぶの監禁。
次に、クリニックの出口が消えてしまったこと。
さらには消えた出口から槍を持った女性が乱入してきて、
しかもそれが、灰になって消えてしまった。
「な、何がどうなって」
「炭彦君、炭彦君。気持ちはわかりますが、今は落ち着いて。何とか頑張ってください」
「は、はい! 何とか頑張ります」
「あれは、鬼狩り……です。たぶんですが」
鬼を狩る者。すなわち鬼狩り。
曾祖母から聞いた寝物語。
血鬼術が実在するのであれば、鬼狩りが実在してもおかしくはない。
「へえ、伝わっているもんね。戦争で鬼狩りの家も随分と死んだのに」
「戦争……?」
「ええ、あれよ。大東亜戦争だっけ」
ケラケラと笑ってそう言って、しかし次の瞬間には表情が消えていた。
「――――で」
そして、蹲る珠世に、言った。
「
珠世が己の指を噛み、強く吹いた。
渇いたその音は笛というには聊か奇妙に過ぎたが、しかし
ドアの外から、何かが近付いてくる音がした。
クリニックの庭先から回り込んでも来たのか、飛び込んで来たそれは、犬のように見えた。
肉が腐り落ち、眼球のないものを犬と呼ぶのは憚られた。
「あら、これはちょっと不味いかも」
言葉ほどには不味いと思っていなさそうな表情で、禊は炭彦に言った。
「ほら男の子、その
「は、はい!」
「はい、良いお返事。それにしても、うちの男連中は何をしているんだか」
やれやれと嘆息しながら、溜息ひとつ。
ただそれは、化物に襲われている時にする表情ではなかった。
◆ ◆ ◆
大きなくしゃみだった。
犬井が唇に人差し指を当てて、しー、と言うと、獪岳は舌打ちした。
その態度が何とも言えず、犬井は笑って肩を竦めた。
「さて、禊ちゃんが表で暴れている間に……っと」
薬品室、というプレートがかけられたドアの前。
クリニックの裏から侵入した――禊がそうだったように、外からは問題なく入れる――彼らは、その部屋に入ろうとしていた。
ドアノブ、より具体的には鍵穴のあたりにしゃがみ込み、カチカチと弄っている。
「やっぱ、ぶっ壊した方が早くねえか?」
「待ちなさいって。何か仕掛けがあるかもでしょーよ」
鍵穴に針金。
実に原始的だが、それは薬品室の鍵が現代的な電子キーの類ではなく、古びた錠前だったからだ。
セキュリティは極めて緩い。だからこそ、正しい方法で開けない方が危険だった。
まあ、
「お、開いた」
ほどなくして、鍵が開いた。
ドアノブを慎重に回して、開ける。
すると。
「うおっ、やっぱ何かあっ」
――――雷の呼吸・弐ノ型『稲魂』。
「――――った。って、フウ、流石あ」
「何だよ、雑魚じゃねえか。くだらねえ」
開けた瞬間、中にいた鬼と目が合った。
もっとも、犬井が何かを言う前に、獪岳が頚を斬ってしまっていたのだが。
「で、この部屋なのか?」
「らしいねえ。ええと、確か薬棚だったかな……」
床に積もった鬼の灰を踏みしめながら、目的の薬らしきものを見つけた。
ガラス戸にも鍵がついていたが、こちらも古い造りのものだった。
古すぎて、今時の空き巣なら逆に対応できないかもしれないな、などとつまらないことを考えた。
「あったかよ」
「うーん……」
ただ、鍵を開ける必要も無かった。
何故なら、そんなことをするまでもなく、ガラス越しに中身を確認できたからである。
結論から言うと、中身は空だった。
「無いじゃねえかよ。アイツの
「いやあ、それは無いでしょ。
「だとすると、あの女か」
「だろうねえ」
その時、獣の唸り声がした。
それは犬井が聞き知っているものに比べると、やや湿度が高い音だった。
まあ、
「犬……の、鬼か。鬼化した犬?」
「みたいだねえ。そして……」
先程――もちろん、犬井達は知る由もないが――禊達に襲い掛かった、ゾンビのような犬。
それが数匹、今しがた犬井達が入って来たドアから入り込んできていた。
ただし、最後に入って来た犬だけは、まともな形をしていた。
まるで、生きている犬のように。
「ああ~」
その犬を見た瞬間、犬井は困ったような声を上げた。
いや、実際に困っていた。
どうすれば良いのか、と天を仰ぐ心地だった。
「マジかあ。いや、因果は巡るもんだねえ」
その犬――
バウッ、と、吠えた。
◆ ◆ ◆
ここで、おさらいをしよう。
今現在、珠世クリニックには3つのグループが存在している。
まとめると、このようになる。
第1に、炭彦としのぶ。
そして第2に、珠世と鬼。
最後に乱入者。つまり禊や獪岳達。
珠世クリニックの中で、この3つのグループが動いている。
「――――お茶にしませんか?」
さて、ここで1つ
珠世クリニックの外で起こっている出来事について、視点を移そう。
まず、おかしなことが2点ある。
ここが公園や原っぱの空き地であれば、ピクニックにでも来たような様子だ。
彼女達はそこに座り、片や水筒のお茶を出し、片やおにぎりを出していた。
「おにぎり、好きかしらぁ?」
まさに、状況が間違ってさえいなければ、ピクニックにしか見えなかった。
しかし、もちろんピクニックなどではない。
「あらぁ。どうしたの、柚羽ちゃん?」
クイクイと袖を引かれて、榛名は首を傾げて見せた。
袖を引いたのは、柚羽である。
静かな瞳が、榛名を覗き込んでいた。
彼女は珠世クリニックを指差していたが、それに対して榛名は柔らかく笑って。
「大丈夫よぉ。そっちは禊ちゃんが行ってくれてるもの」
本人が聞けば「ちゃん呼びはヤメロ」と言っただろうが、幸か不幸か本人がいないので、誰もそれを指摘する者はいなかった。
もっとも、仮に直接言われたとしても、榛名は呼び名を改めたりはしなかっただろうが。
それに、と、榛名は正面に座る
「せっかくのお誘いなんだから、お断りしたら申し訳ないわぁ」
「わあ、嬉しいです。とっておきのお茶菓子を出しちゃいますね」
「あら、有難う。でも、良いのかしらぁ?」
頬に手を当てながら、榛名は言った。
「貴女、
そう言われた相手は、同じくらいの柔和な笑顔で返した。
深夜。街灯の灯りの下、その笑顔は鮮烈な印象を見る相手に与えた。
「大丈夫です。あの子は……
胡蝶カナエが、そこにいた。
明らかに異常な場所で、しかしいつもと変わらない様子で、そこにいたのだった。
◆ ◆ ◆
ゾンビ犬、とでも呼称しようか。
要は犬が鬼になったのだろうが、呼び名が無いのは
まあ、それも一瞬のことだろうと、禊は考えてもいたが。
(
ちらりと炭彦の方へと視線を向ける。
「うわ、うわっ。こっち来ないで~」
「わ、わ、わ。炭彦君。あぶなっ、右! 右ですよ!」
当の炭彦はと言えば、ソファの上に跳んだり、棚に掴まったりと大忙しだった。
これをしのぶを抱えながら出来るのは、ひとえに彼の身体能力ゆえだ。
そして、呼吸を使っているからこそ、だ。
その点、しのぶは普通の人間だった。
だから、しのぶには禊の動きは見えない。
ただ腕が一瞬ブレたと思えば、次の瞬間にはゾンビ犬が切り刻まれているのだ。
しかし、炭彦の動体視力は禊の動きを捉えていた。
流れるように腕が動き、穂先がゾンビ犬の喉元を正確に
グロテスクだ。だがそれ以上に。
(綺麗だ)
と、そう思った。
桃寿郎の道場で見た剣技は、何というか、剛直だった。
禊のような流麗さは、炭彦にとっては新鮮に映った。
そしてそれは、炭彦が初めて見る
(ふうん)
そして、禊もその視線に気付いている。
悪い気分では無い。
とは言え、禊には
(まあ、
ドッ、とゾンビ犬の頚を刎ねて、禊は身を低くした。
明らかな突撃体勢に、珠世が目を見開くのが見えた。
相手の狙いを知る最善の方法。
それは、相手の懐に飛び込んでしまうことだ。
そしてその上で、噛み砕く。
噛み砕いて、見下ろして、そうするのが一番。
「チョー最高、でしょう?」
その時だった。
コン、と、どこかで金属が発する音が聞こえた。
禊の耳はそれを正確に捉えたし、彼女の眼は聴覚から伝わった情報を見逃さなかった。
外部から転がって来た、缶詰のような物体を。
(
降って湧いた現代兵器に、さしもの禊も眉を顰めた。
クリニックの待合室に、白煙が充満したのは、その数秒後のことだった。
白煙の中に、何もかもが消えていった。
◆ ◆ ◆
その白煙は、当たり前だが炭彦達も飲み込んだ。
催涙弾というわけではないようだったが、それでも、吸い込むと咳き込んでしまった。
それは、
(いけない。呼吸が――!)
ゲホゲホと咳き込みながら、炭彦は焦った。
しのぶを離すようなことはしなかったが、煙のせいで方向感覚をも失っていた。
というより、普通に生きていて
咄嗟に対処する、ということが炭彦には出来なかった。
「炭彦!」
――――幻聴だと思った。
何故ならば、耳に届いた声を炭彦は知っていたからだ。
ただしそれは、いるはずが無い声だった。
だから、幻聴だと思ったのだ。
「こっちだ!」
「え、え……うわあ、怪しい人だ!」
「怪しくない!」
「いや怪しい……ゲホッゲホッ」
そして、その誰かに腕を掴まれた。
問題は、その誰かが顔全体を覆うマスクを――いわゆるガスマスクというものだろう――被っていたことだった。
どこからどう見ても怪しいのだが、それがグイグイと腕を引っ張って来るのだ。
「……! げほっ。炭彦く、んっ。言う通り……に。ごほっ」
しのぶの声が聞こえた。
彼女には、このガスマスクの誰かが信用できると見えたのか。
その理由は、炭彦にはわからない。
けれど、炭彦はしのぶに従った。
しのぶの判断を炭彦は信じていた。
それに、この誰かの声と、掴んで来る手の感触を、知っているような気がした。
だから、炭彦はしのぶと、ガスマスクの誰かを信じた。
「――――!」
ガスマスクの誰かに手を引かれて立ち上がるのと、白煙が動くのはほとんど同時だった。
そして動いた白煙の先に、珠世がいた。
その顔の貼り付いた微笑は、今はどこか引き攣って見えた。
まるで、
「跳び込め!」
振り下ろされる注射器から逃れるために、跳んだ。
どこへ向かって跳んだのかは、わからない。
白煙に目と喉を傷めながら、手を引かれるままに跳び込んだ。
「…………あ」
その映像を最後に、視界が――光景が、切り替わった。
クリニックの待合室が消えて、一瞬で、外の景色に変わったのだ。
具体的に、コンクリートの塀と道路、それから夜空。そして。
「こんばんは、炭彦君。
そして、カナエの顔が逆さまに見えた。
逆さまなのは、炭彦が、そしてしのぶがブルーシートの上に転がっていたからだった。
いったい、どうして道路の真ん中でブルーシートなど敷いているのか。
いやいや、問題はそこではないだろう。
どうしてカナエがいるのか。そしてガスマスクを外した誰かが何故。
「か、カナタあ!?」
「……五月蠅いな。大きな声を出さないでくれる」
何故、兄であるカナタなのか。
◆ ◆ ◆
「ど、どうしてカナタがいるの?」
そう言いつつ、腑に落ちるところもあった。
声と手の感触を知っているような気がしたのは、カナタだったからだ。
そう思うと、警戒する気持ちが少なかったのも納得だった。
ただ、それでも疑問は残る。
「もう、しのぶったら勝手に行っちゃうんだもの。心配したのよ~」
「ちょ、ちょっと、姉さっ」
しのぶも同じだと思うが、今はカナエに頬を擦り付けられていて、それどころではなかった。
さらに、輪をかけて混乱の原因となっているのが、
その人物は、お茶とおにぎりと食べながらまったりとしている様子だった。
炭彦は2人の名前は知らなかったが、榛名と柚羽だった。
2人は炭彦のことをじっと見ていたが、目が合うと軽く頭を下げて来た。
炭彦も、ぺこりと頭を下げる。
それから助けを求めるように、というより助けを求める心地でカナタを見た。
だがカナタには説明する気がないのか、むしろそっぽを向いていた。
「うふふ。カナタ君は炭彦君が無事でほっとしているのよ~」
それを見て、カナエがクスクスと笑っていた。
「カナタ君は恥ずかしいみたいだから。私から説明してあげるわね。でもその前に」
そして、カナエは指先で炭彦の後ろを指差した。
炭彦は素直に後ろを見て、そして息を呑んだ。
「え……?」
そこには、
あの小さいが小綺麗なクリニックの姿は、そこには無い。
整合性があるのは大きさだけで、それ以外は見る影も無かった。
最初に入った時も、いや過去に来た時も、こんな外観では無かった。
「
説明するその声は、しかしカナエのものでは無かった。
振り向くと、道の向こうからスーツ姿の男性が歩いて来ているのが見えた。
「鬼化した人間、あるいは動物が、
その人物についても、炭彦は知っていた。
ビジネス鞄を片手に、その男性は顔が見える位置にまで近寄って来た。
「まあ、見るのは僕も初めてなんだけど」
「と……!」
さっきから自分だけが驚いているな、と、そんなことを思いつつ、炭彦は言った。
「やあ、すまないね。残業が長引いてしまって」
「父さん!?」
そこにいたのは、カナタと炭彦の父、炭吉だった。
◆ ◆ ◆
肉を削ぐ音がした。
白煙は、まだいくらか残っている。
「オオ、オオオオ……ッ」
顔を覆った両手の隙間から、くぐもった声が響く。
指の間からは、ボタボタと血がとめどなく流れ出ていた。
そしてその血は、珠世の顔の肉を
血のように紅い舌先が、人差し指の根元から先端までをゆっくりと這った。
珠世の血を舐め取った彼女は、ふっと口元を
「とっても不味いですね」
指の間から、苛烈な目が彼女を見上げていた。
怒りだろうか。憎悪だろうか。
血走ったその瞳からは、その者の激烈な感情を読み取ることが出来た。
「れ、ん……煉獄、瑠衣ィ……!」
喉から絞り出されたような声は、酷く低かった。
というより、それは
瑠衣はそれに、ああ、と得心した顔をした。
「なるほど、
着物の袂から取り出したのは、飴玉だった。
珠世クリニックの刻印が入った、治療のご褒美の飴玉だ。
炭彦が健気にプレゼントしていたものだ。
「おかしいとは思っていました。
そもそも。
「
「……ああ、そうだ。そうだとも! 忘れるはずもない。78年前! 春の夜! 沖縄の浜辺だった!」
70余年前、この国は戦争をしていた。
地獄が、そこら中に当たり前に生まれる時代だった。
人間がゴミ屑のように死んでいく。
あの人は、それを、見て見ぬふりなど出来なかった。
「
「……それで。私への恨みを晴らすために、わざと存在をアピールしたと。そのために、そこまでしたと」
「そうだ。私は……俺は」
驚きか、感心か。あるいは他の何かか。
「俺は、貴様を殺すために、今日まで生きて来たんだ……!」
若い、青年の顔。
見目麗しい珠世の顔の下にあったのは、まさに鬼の形相。
復讐心の熱を受けて、瑠衣は言った。
「
珠世の鬼、愈史郎。
最愛の女性に成りすましてまで、瑠衣を誘き寄せた彼。
彼は瑠衣に名を呼ばれると、表情をさらに歪ませた。
瑠衣に名前を呼ばれることさえ汚らわしい。目がそう言っていた。
「気安く呼ぶな。虫唾が走る……!」
「そうですか。そうでしょうね」
瑠衣も、別に何か会話をしようとしたわけではなかった。
何故ならば、瑠衣の前に――
鬼という種は、煉獄瑠衣には絶対に勝てないからだ。
瑠衣の前に現れた鬼は、すべからく喰われるしかない。
それは定められた食物連鎖であり、下剋上はあり得ない。
だから、瑠衣は会話もそこそこに手を伸ばそうとして。
「その傲慢さが、油断が、貴様の弱点だ――――煉獄瑠衣!」
愈史郎が叫んだ。
「今だ、茶々丸……
ニャア、と、猫の鳴き声がした。
足元を見ると、そこに猫がいた。
珠世の猫。鬼の猫だと、一目でわかった。
そしてその猫は、背中に金属製の箱のようなものを背負っていた。
注射器が6本、飛び出しているのが見えた。
そして次の瞬間、破裂音と共に、それが瑠衣に向かって撃ち出されたのだった。
最後までお読みいただき有難うございます。
何とか、無事にコロナから快復いたしました。
いやー、あれはヤバいは…(真顔)
皆様もどうかお気をつけて。
それでは、また次回。