鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第76話:「落とし前戦争」

 ()()()()()()()()()

 それは、人類史に残る二度の世界大戦――()()()()

 規模は小さく。ひっそりと、日本の片隅で行われた戦い。

 しかしその戦いは、人類史上のどの戦争よりも、人類の未来にとって決定的な意味を持っていた。

 

 剣戟。そして白刃の閃き。

 交錯するそれが響き合う音は、一度ではなく、また一つでは無かった。

 幾重もの一瞬。それは夜の暗闇の中で何度も繰り返された。

 そしてその中で、一際強い輝きを放つものがあった。

 

「今から、貴女の頚を斬ります。瑠衣さん――――!」

 

 ――――日の呼吸・陸ノ型『日暈(にちうん)の龍・頭舞(かぶりま)い』。

 紅く()()()斬撃が、夜を照らす。

 それはまさに、地平線から昇る日輪の如き輝きだった。 

 

「いきなり王手は無いよねえ」

 

 ――――水の呼吸・参ノ型『流流舞い』。

 『頭舞い』の攻撃点に合わせるように、別の斬撃は滑り込んで来る。

 だがそれは、()()()()()()()()()()()

 犬井の『流流舞い』を、冨岡が同じ速度の『流流舞い』で打ち払ったのだ。

 

 ――――恋の呼吸・陸ノ型『猫足(ねこあし)恋風(こいかぜ)』。

 ――――蛇の呼吸・伍ノ型『蜿蜿(えんえん)長蛇(ちょうだ)』。

 その間に、別の斬撃が()()を包囲する。

 前者が絡め取り、後者が追い討つ。

 

 ――――空の呼吸・壱ノ型『空裂(からざき)』。

 それを縦に裂いたのは、戦場を横断した回転斬りだった。

 そして包囲の斬撃を巻き取った後、榛名は太い木の幹に着地し、その反動でさらに跳ぼうとして。

 

「ド派手に沈みなあ!」

 

 ――――音の呼吸・壱ノ型『轟』。

 爆発の斬撃が、頭上から襲って来た。

 それは周辺の木々を巻き込む程の攻撃で、その場に爆風と土煙が充満する程だった。

 

「……!」

 

 時透と斬り結んでいた柚羽が、助けに向かう素振りを見せた。

 その肩先に、まるで体重が無いかのように舞い降りる者がいた。

 

「貴女の相手はこちらですよ」

 

 ――――蟲の呼吸・蝶の舞『戯れ』。

 毒の刺突。

 その速度は、人間の思考速度を上回るには十分すぎた。

 

「あっはあ!」

 

 ――――欺の呼吸・真一ノ型『器械人形』。

 分割。加えて、鋼糸による操作。

 禊が左右の掌を握り、鋼糸を引くと六分割された短槍は柱達の眼前を跳び、そして。

 そして、標的を追う炭治郎へと向かった。

 

「良いわね、チョー最高! 王手を(こう)潰す(いう)の、本当に好きよ!」

「させるかよお!」

 

 ――――獣の呼吸・伍ノ牙『狂い裂き』。

 ――――雷の呼吸・壱ノ型『霹靂一閃』。

 その短槍を、炭治郎を守って撃ち落とす。

 しかし攻撃時間が長すぎて、当の炭治郎の速度が伸びない。保たない。

 

「バテてんじゃねぇぞォ!」

 

 ――――風の呼吸・伍ノ型『木枯らし颪』。

 標的の退路を塞ぐ形で、突撃が来た。

 

「チィッ!」

 

 ――――雷の呼吸・伍ノ型『熱界雷(ねつかいらい)』。

 上から来る突撃を、下から獪岳が迎撃した。

 体重を乗せている分、不死川の方が有利だった。

 が、押し留めている間に標的は射程圏から逃れてしまう。

 だが、それでも構わなかった。

 

「瑠衣さん……!」

 

 炭治郎の攻撃は、結局、届かなかった。

 日輪の斬撃が終わり、そして。

 

「あ」

 

 陽光の化身から逃れて、振り向く。

 そこには、別の、もう一つの輝きがあった。

 それは、太陽では無い。

 しかしその熱さは、激しさは、余りにも眩しい。

 燃えるような髪色のその男は、まさに、()()()()()()()

 

「兄様」

 

 ――――炎の呼吸・玖ノ型『煉獄』。

 同時だった。轟音が響いた。それも二度続けて。

 1つは、男の――杏寿郎の踏み込みの音。

 そしてもう1つは、()()()()()()()()()()()()()

 

「――――兄様」

 

 かつて、戦争があった。

 その戦争は、世界で最も小さな戦争。

 それは誰もが知らぬ間に始まり。

 誰にも気付かれぬままに、終わったのだった――――……。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――少し、時間を遡る。

 

「オラアアアアァァッ!!」

 

 その山は、紫桃色の光に満ちていた。

 藤の花。

 月光と星明りに照らされて、仄かに発光する紫桃色の世界。

 その世界を引き裂くように、白閃は幾重も走る。

 散った紫花弁が、一瞬の後に舞い上がり、桃紫色のカーテンのようになった。

 

 そこは九州のとある場所。とある山中。とある藤の花の樹海。

 山の名は、藤襲山(ふじかさねやま)

 かつて、鬼狩り候補生のための最終選別が行われていた場所だ。

 当然、鬼舞辻無惨の消滅と共に、山中に囚われていた鬼も消滅している。

 だから今では、無人の山だった。

 

「相変わらずですね、()()

 

 そんな山中に、人間の――ように見える――男女がいた。

 1人は、傷だらけの男。

 そしてもう1人は、黒い着物の女。

 男の手には深緑の日本刀が握られていて、刃の先端が揺らぐと白閃が放たれた。

 

「出会い頭にいきなり斬りかかるなんて」

 

 そしてその白閃のすべてを、女はかわしていた。

 もしもかわさなければ、胴から真っ二つになっていただろう。

 実際、そのまま斬撃を受けることになった山の巨木が、半ばから()()取られて倒れてしまった。

 巨木が倒れる轟音を背景に、師範と呼ばれた男は刀で己の肩を叩くようにしながら、言った。

 

「お前にも教えただろうが。鬼を見たら必ず殺せってよォ」

「見鬼滅殺、ですか。だから、前にも言ったじゃありませんか」

 

 女――煉獄瑠衣は、嘆息と共に言った。

 

「私は、鬼ではありません、って」

「やかましい。ゴチャゴチャと言ってるんじゃぁねェよ」

「ですから、師範」

「お前に師範なんて呼ばれる筋合いはねェ」

 

 3年。

 鬼舞辻無惨と鬼殺隊の戦争から、3年が経っている。

 瑠衣の記憶にある相手――不死川の容姿と比べると、知らない傷痕がいくらか増えていた。

 筋肉量が増えている。眼光も威圧感も、ぐっと鋭さも重さも増していた。

 

「はあ、取り付く島もありませんね。()()()()()()()()()()。ねえ……?」

 

 パンパンと着物の裾についた砂埃を払いながら、瑠衣は振り向いた。

 その視線の先に、とある少年が――髪も背も伸びて、もう青年というべきか――額に赤い痣のある青年が、いた。

 憂いを帯びた瞳が、瑠衣の視線とぶつかった。

 

「竈門君」

「瑠衣さん……」

 

 竈門炭治郎。

 運命の少年。

 鬼を滅ぼすべく、世界が送り出した存在。

 かつて、瑠衣はそう信じていた。それは決して、誤りでは無かった。

 そして、その運命の少年は。

 

「――――はいッ!」

 

 自分を討つことに、何の躊躇いも無いと、そう言っていた。

 

「そういうこった。()()()()

 

 この2人はかつて、と言ってもほんの3年前だが、犬猿の仲だったはずだった。

 それが今は、こうして共に瑠衣を討とうとしている。

 それほどに。

 それほどに、自分という存在が許されないのだと、そう言っているのだった。

 

「今日という今日こそ、()()()()()()()()()()()()()

 

 落とし前。

 それがこの戦いの目的であり、理由だった。

 

()()()()って、それは」

 

 全てに落とし前をつけるために、彼らは戦ったのだ。

 

「それは、()()()()()()()()()()()()

 

 だから、この戦いを生き残った者達は、後にこの戦いをこう呼んだ。

 ()()()()()()、と。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――()()()()・伍ノ型『陽華突(ようかとつ)』。

 繰り出されたその刺突に、瑠衣は目を見開いた。

 それは、瑠衣の記憶よりも遥かに速く、反応が遅れたためだった。

 

 そして、太陽()の呼吸。

 もしもこの一撃を受ける相手が並の鬼であれば、いや鬼舞辻無惨であっても、相当の威力を誇っただろうことは疑いが無い。

 ただそれは、相手がただの鬼であれば、の話だった。

 

(……! やっぱり……!)

 

 炭治郎が放った刺突は、途中で止まってしまった。

 

(刃先が、通らない……!)

 

 日輪刀の切っ先が、瑠衣の喉元に突き立ったままだった。

 突き立ったと言っても、肌一枚貫くことも出来ていない。

 そしてそれは、炭治郎の動きも止まってしまっていることをも示していた。

 

「う……!」

 

 日輪刀に瑠衣が手を伸ばすのが見えて、咄嗟に下がった。

 3年前の戦いで、瑠衣はその場にいる剣士達の日輪刀の大半を折り砕いていた。

 刀を折られてしまえば、鬼殺の剣士は戦えなくなってしまう。

 

「ああ、やっぱり。それは日輪刀」

 

 空を切った手指をそのままに瑠衣は言った。

 

「全部、折ったと思っていたのですが。さて、私の知らない隠し在庫でもあったのでしょうか」

 

 思い当たる節は、1つしか無かった。

 

()()()()()()?」

 

 唯一、生き残った刀鍛冶。

 彼ほどの才があれば、材料さえあれば、日輪刀を打つことは容易いだろう。

 そしてそんな瑠衣の言葉に、炭治郎は無言を貫いた。

 しかしながら、彼は相変わらず嘘が吐けない性格だった。

 

 炭治郎の表情を見て、瑠衣は笑った。

 その微笑だけは、あの時のままで。

 それが余りにも悲しいと、炭治郎は思った。

 

「変わらないですね、竈門君は」

 

 ――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』。

 そうしていると、左から横撃が来た。

 文字通り、嵐のような斬撃。

 不死川の気迫を叩き付けられるような攻撃は、瑠衣の身体を浮かせる程だった。

 

「師範も、変わらないですねえ……!」

 

 斬るというよりは、殴ると言った方が近い。

 それであれば、不死川程の膂力があれば、斬撃の衝撃そのものを利用してバランスを崩すくらいのことは出来る。

 相変わらずの、()()()()()だ。懐かしささえ覚える。

 そして。

 

「……!」

 

 ――――恋の呼吸・壱ノ型『初恋のわななき』。

 ――――蛇の呼吸・弐ノ型『狭頭(きょうず)の毒牙』。

 さらに懐かしい斬撃が、瑠衣の視界に入り込んで来たのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 3年というのは、十分な時間だ。

 悩み、考えるには十分な時間だ。

 そして、答えを出し、覚悟を決めるには、3年という時間は十分過ぎる時間だ。

 

「瑠衣ちゃん……!」

「これはこれは、恋柱様。まだ鬼狩りなんてやっていたんですか?」

 

 甘露寺蜜璃は、落とし前をつけねばならなかった。

 彼女にとって、煉獄瑠衣がどんな存在であったのか。

 それを語るのは、やや難しい。

 何故ならば、甘露寺は年上だが、剣士としては後輩だったからだ。

 

 妹のような存在であると同時に、姉弟子でもあった。

 そんな微妙な関係だったけれど、最初はそれでも、仲良しになれたと信じていた。

 そう()()()()()()()。いや、()()()()()()

 

(本当は、気付いてたの)

 

 瑠衣が、甘露寺のことを名前ではなく「恋柱様」と呼ぶようになったあの日。

 ()()()()()()()()()

 自分を見つめる瑠衣の瞳の中に、今までと違うものがあることに、本当は気付いていた。

 だけど、見ないふりをした。どうすれば良いのかわからなくて、目を逸らした。

 いつか何とかなると、努力を放棄したのだ。

 

「瑠衣ちゃん、私ね」

 

 自ら踏み出さなければ、何とかなんてなりはしないのに。

 だから、甘露寺蜜璃は己の過去に対して、落とし前をつけなければならない。

 

「もう、逃げないから……!」

(甘露寺、お前だけじゃない)

 

 そしてそれは、伊黒小芭内も同じだった。

 煉獄槇寿郎に拾われ、杏寿郎に勝るとも劣らない速度で成長し、柱まで昇った。

 当時はただ、死に物狂いだった。他に居場所などありはしなかったからだ。

 だから自分の居場所を手に入れるために、鬼を斬って、斬って、斬り続けた。

 そんな自分の背中に注がれる視線の中に、湿()()を感じなかったわけではない。

 

(俺も、同じだから)

 

 その湿度への対処の方法を、伊黒は知らなかった。

 だから彼もまた、落とし前をつけるべき1人なのだ。

 煉獄瑠衣に対する責任を、果たさねばならない。

 

「だから、それは」

 

 それをひしひしと感じながら、瑠衣は己の指の付け根を噛み千切った。

 どろりと流れ出る赤い血に、その場にいる誰もが緊張した。

 ――――血鬼術。

 

「私の台詞なんですよ」

 

 文字通り、血の血鬼術。

 それを日本刀の形に変えながら、瑠衣は言った。

 

「というか、4対1ってどうなんです。師範?」

「別に俺は頼んでねぇよ。こいつらが勝手に来ただけだァ」

「はあ、なるほど」

 

 そんな不死川の言葉に、瑠衣は空を見上げた。

 まず、最も足の速い不死川が現場に到着して。

 それから、鼻の効く炭治郎。

 甘露寺と伊黒は、()に構わずに瑠衣を目指したのだろう。

 

「鎹鴉までは、頭が回っていませんでしたね」

「待……」

 

 血の刃が、飛んだ。

 気配を匂いで察した炭治郎だけが反応したが、間に合ったのは声だけだった。

 樹木の上、空からこちらを見下ろしていた鎹鴉達が、瑠衣の放った血の刃で次々に撃ち落とされていく。

 鴉と、人の悲鳴が、藤の花の山に木霊(こだま)した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 思えば、奇妙な縁だと宇髄は思った。

 とは言え宇髄にとって、煉獄瑠衣という存在はさほど大きくはない。

 瑠衣との縁は、上弦の陸との戦いがほとんど全てだったからだ。

 

「そう言えば、お前ともそうだったなあ」

 

 宇髄の持つ独特の重刀に、それに比して軽い金属音が幾度か響いた。

 続くこと、3度。

 返す刀で、擦れ違い様に重刀を振るう。

 

 ――――音の呼吸・壱ノ型『轟』。

 響く音は二回。

 宇髄の重刀が地面に叩き付けられる音。

 そして、彼の日輪刀が爆発する音だった。

 

「へえ、そうだったかしら。昔のことは忘れたわね」

「つれないねえ。ほんの3、4年前のことだぜ」

「女にとって、昨日より前のことは全部「昔」よ」

「いや、そりゃお前さすがに……いや、うちの嫁達も似たようなことを言ってた気がするわ!」

 

 ――――欺の呼吸・弐ノ型『面子』。

 音の呼吸の爆発は、並の発破(ダイナマイト)を凌ぐ。

 斬撃と共に放たれる爆炎は、鬼でさえ寄せ付けない。

 そしてその間合いに、禊は臆することなく飛び込んでいた。

 

 分割された槍による六連撃。

 彼女の動きと同じように、それらは爆発する斬撃の隙間を縫うように滑り込んでいく。

 音と音の隙間から入って来る刺突を、宇髄は重刀を振り回して全て弾き返した。

 もちろん、その一撃一撃にも爆発が伴っている。

 

「あっは! 良いわねそれ、チョー最高!」

 

 剣士や鬼でさえ表情を引き攣らせるだろう環境に、しかし禊は笑っていた。

 

「狂ってやがるな」

 

 もっとも、それは上弦の陸との戦いの時にすでに理解していたことだった。

 そもそも、まともな神経で――特殊な訓練を受けたくのいちならともかく――あの鬼の吉原で花魁を張ろうとは考えないだろう。

 ところがその時も、禊はむしろその状況を楽しんでさえいたのだ。

 

「しかし、わからねえことがある」

「へえ、何かしら」

「お前みたいな我の強い女が、どうして煉獄瑠衣に従っている?」

()()?」

 

 あっは、と、彼女は再び笑った。

 

()()()()()()()

 

 禊は分割していた槍を1つに組み直して、肩に担いだ。

 

「わたしは別に、あいつに従っているわけじゃないわ」

「じゃあ、どうして行動を共にしている?」

「決まっているじゃない」

 

 やはり彼女は、笑って言ったのだった。

 

「その方が、()()()()()()()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 胡蝶しのぶは、甘露寺や伊黒ほどではないが、瑠衣との関係はあった。

 と言っても、それはあくまで蝶屋敷の医師と患者という関係がほとんどだった。

 気にかけていなかったわけではないが、優先順位というものがあった。

 しのぶにとっての最優先は、あくまでも蝶屋敷の姉妹達だった。

 

「藤の花の毒はあくまで鬼用の毒なので、人が受けても死ぬようなことはありません」

 

 しのぶの細腕は、鬼の頚を落とすには足りなかった。

 だから(カナエ)(カナヲ)のように花の呼吸を使うことは出来ず、藤の花の毒を使った蟲の呼吸を体得した。

 藤の花の毒は鬼に対して強力に作用して、並の鬼ならばほぼ即死に近く、数字持ちの鬼でも数秒は動きを止めることが出来る。

 

 ただしそれは、あくまで相手が鬼の場合である。

 当然ながら、人間には効果がない。

 では煉獄瑠衣とその仲間に対しては、どうだろうか。

 特に煉獄瑠衣は青い彼岸花を食した、鬼と同位体である。

 藤の花の毒も、効果がある可能性は僅かにあった。しのぶはそう考えていた。

 

「逆説的に言えば、藤の花の毒が効かない貴女達は人間ということになりますね」

「そう言ってくれるのは、嬉しいわぁ」

 

 じゃあ、と、唇に人差し指を当てて、榛名は言った。

 

「じゃあ、見逃してくれたりするのかしらぁ」

「まあ、私としてはそうしても構わないのですけれど」

「冗談を言っている場合じゃないでしょう。胡蝶さん」

 

 ――――霞の呼吸・肆ノ型『移流斬り』。

 時透の霧の如く揺らぎ、しかし突然に、榛名の喉元に日輪刀の切っ先が伸びて来た。

 

 ――――水の呼吸・漆ノ型『雫波紋突き』。

 その霞の斬撃を、隻腕の柚羽が止めた。

 柚羽の刺突は、しのぶに、つまり柱に勝るとも劣らない。

 しかし、しのぶが気になったのは攻防それ自体では無かった。

 

()()()()()()……)

 

 柚羽や榛名は、一時蝶屋敷にいた。

 上弦との戦いも共にしたこともある。

 だからしのぶは、2人の実力の程度を――3年の空白があるとは言え――正確に知っているつもりだった。

 そのしのぶをして、柚羽と榛名の動きは「速すぎる」し「鋭すぎる」と感じた。

 

(無惨との戦いで見た、()()()()()……)

 

 無惨戦の際に上弦の陸・亜理栖が見せた、血液操作による援護。

 あれを瑠衣がやっていると見て、間違いはないだろう。

 もしもそうだとすれば、この戦いは鬼殺隊(こちら)の想定以上に厳しいものになる。

 しのぶは、そう感じたのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 冨岡義勇は、攻撃的な男である。

 この評価を聞いて、なるほどと頷く相手はかなり少ない。

 と言うのも、冨岡義勇は超がつく程に寡黙な男だからだ。

 必要なこと。最低限のことしか話さないため、何を考えているのかわからない、というのが大方の評価だった。

 

「いやあ、激しいねえ。おじさん、腕が痺れちゃって仕方ないよ」

 

 それは、戦ってみればわかる。

 冨岡は水柱であり、使用する呼吸と型は水の呼吸である。

 水の呼吸は受けの呼吸であり、その柔軟な歩法と剣捌きはまさに流麗という言葉が当て嵌まる。

 冨岡は、その極致にいる剣士である。

 しかし彼の攻撃を受けた者が感じるのは、濁流の如く圧倒的な()()だ。

 

 受けの呼吸である水の呼吸で、冨岡は一気に間合いに踏み込み、気が付いた時には斬られている。

 実際、冨岡は受けたり流したりよりも、自ら攻撃に出ることの方が多い。

 それは、生来の冨岡が持つ激しさに由来する。

 他の者がそれを知らないのは、冨岡が手合わせの鍛錬には参加しなかったことと、彼の攻撃を受けた鬼が()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いやあ、本当。付け入る隙がないって」

 

 一方の犬井は、これは文字通り受けの剣士だった。

 使う型は水の呼吸だが、必ずしも適性が高いとは言えない。

 これは彼の身体が大きく、体重が重いため、細かな足運びが必要になる水の呼吸と相性が悪いためだ。

 それでも犬井が水の呼吸を使用するのは、防御力の高さが彼の()()()()()()に合っていたからだ。

 

「…………」

 

 そして口にこそしないが――そもそも、敵と喋るという選択肢が冨岡にはない――冨岡は、戦闘開始直後から、犬井の戦い方に違和感を覚えていた。

 それは、同じ水の呼吸を高いレベルで習得しているから、ということだけではない。

 犬井から、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「困るねえ、本当」

 

 へらへらとした軽薄な笑みを浮かべながら、そんなことを言う犬井。

 考えを読めない。

 何を考えているのかわからない。

 余人にそう思われがちな冨岡をしてそう思わせる程に、犬井の本心は見えない。

 

 戦いという、ある意味で人の本性を露にする事象の中でさえ、そうだった。

 攻める冨岡と、受ける犬井。

 2人の戦いは、その構図が延々と続く千日手となっていく。

 いつ決着がつくのか。まるで見通せなかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 宿命の対決。

 もしもそういうものがあるとして、この2人程その言葉が合うものないだろう。

 本人は認めたがらないだろうが、彼らには()()()が多かった。

 

 第一に、家族がいない。

 第二に、同じ師に師事した。

 そして第三に、最も重要な点だが、お互いに嫌い合っていた。

 そんな彼らが戦うとすれば、それは宿命という言葉で表現するしか無かった。

 

「ハッハア! 相変わらず情けねえ奴だなぁ、ええ? 善逸よぉ」

 

 雷の呼吸の恐ろしさは、遣い手が最も良く理解している。

 それは、この呼吸が最も()()()()()()()()()()()()()

 柔軟さでは水が、上半身の力では炎が、頑健さでは岩が、体捌きでは風が勝る。

 

 だが雷の呼吸の速度と、6つしか型がないにも関わらず他の呼吸と伍する対応力は、鬼を斬るという1点において最良の型と言えた。

 型が6つしかないのも、それだけ習得が難しい呼吸である証左だろう。

 だからこそ、彼は――善逸は、まず何を置いても()()()を止めに来たのだった。

 

「やっぱりお前は情けない奴だ。何も変わってねえ。1人じゃあ何もできねえ!」

 

 ただ善逸にとって誤算だったのは、止めに来た相手――つまり獪岳だが――の力が、記憶に中のそれより遥かに上昇していたことだ。

 そして手合わせをしてみれば、それが第三者の助力ではなく、この3年の自己鍛錬で培われたものだということが良くわかる。

 その点については、()()()()()()()()

 

「おい! 大丈夫か!? 頚はまだ繋がってるか!?」

 

 翻って、自分はどうだ。

 善逸は今の自分の姿を、首から血を流して膝を着く姿を客観視してそう思った。

 傍らには、刀を抜いた伊之助がいた。

 

 いったい、何が起こったのか?

 獪岳と出会い頭に斬り結び、そして一方的に打ち負けたのだ。

 辛うじて頚を落とされることは避けたが、伊之助がいなければ、二の太刀でそうなっていただろう。

 

「……やっぱり、アンタは強いよ。兄貴(獪岳)

「ハッ! 何度も同じことを言わせるんじゃねえ」

 

 嫌っていた。同時に、尊敬していた。

 ひたむきなところ。大言するだけの努力が出来るところ。

 そのどちらも無い自分が蔑まれるのは、ある意味で当然だった。

 

「俺は、お前とは違うんだよ」

 

 だからこそ、獪岳を止めるのは自分の役割なのだ。

 そう思って、善逸は刀を手に立ち上がるのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 山の各所で、戦いの気配がする。

 現役を退いた悲鳴嶼を除いて、この山には上弦とも戦える鬼狩りの最高戦力が集っている。

 生き残りの隠や鎹鴉も、この山を封鎖するために集結させられていた。

 まさに、鬼殺隊の総力戦である。

 

(だと言うのに、まるで光明が見えん!)

 

 戦いながら、伊黒はそう思った。

 と言うのも、自分達――柱3人と日の呼吸の遣い手――と向かい合う瑠衣の態度だ。

 一応、形としては戦いのそれになっている。

 伊黒達が瑠衣を包囲し、波状攻撃を仕掛ける。

 

 柱と柱に匹敵する剣士の包囲。

 あの鬼舞辻無惨でさえ、この包囲から逃れることは出来なかった。

 ()()()()()()

 

()()()()()()()?」

 

 足元。つまり、戦場の地面。あるいは木の幹。岩石。

 そこかしこに、折れた日輪刀の刃先だとか、柄だとかが突き立ち、落ちていた。

 数本。いや、十数本はあった。

 すべて、瑠衣がへし折った日輪刀だった。

 

「あと何本で、日輪刀の在庫は底を尽きますか?」

 

 折った日輪刀の刃をまさに()()()()ながら、瑠衣はそう言った。

 密かに――しかし、それにしたところで命懸けで――隠や鎹鴉が、日輪刀を補給してくれる。

 後方から運び込まれるそれを、瑠衣は止めなかった。

 あえてそうしている、というのが見ている者にはわかった。

 

「クソがァ……!」

 

 攻撃を続けながら、不死川は歯噛みした。

 想定はしていたが、ここまでとは思っていなかった。

 いや思ってはいたが、認めるには業腹に過ぎた、と言った方が正確だろうか。

 

(……いや! 諦めるな。攻撃を続けるんだ!)

 

 そう自分を鼓舞して攻撃を続けるのは、炭治郎だった。

 太陽を克服した瑠衣に、彼の呼吸は実は相性が悪い。

 瑠衣が防戦に徹していることと、手数の多さで状況を維持しているが、それが精一杯だ。

 これは無惨戦でも上弦戦でもそうだったが、体力では勝てない。

 何かが必要だった。だがその何かを、炭治郎はまだ嗅ぎ取れずにいた。

 

「任せて!」

 

 それならば、これならどうだ。

 そう言わんばかりに、甘露寺が側にあった木に抱き着いた。

 何をする気か、と、その場にいる全員の視線が彼女に向いた。

 甘露寺はそれに構わず、ん、と力を込めた。

 

「ん、んんん、んんん~~~~っ」

 

 文字通り木を根っこから()()()()()

 それも並の木ではなく、力士数人分はあろうかという巨木だ。

 それを地面から引き抜き、あまつさえ振り回す。

 ええ…と、その場にいる誰もが、甘露寺に呆れとも畏怖とも取れる視線を向けた。

 

「やあああああぁぁ――――!」

 

 それを、瑠衣に叩き付けた。

 横薙ぎに、周囲の細い木をも巻き込んで薙ぎ倒しながら、である。

 甘露寺以外には出来ない。腕力に物を言わせた攻撃だった。

 

「あああああ――……あれ?」

 

 巨木の幹が瑠衣に当たった。しかし、そこを起点に木の方が折れた。

 折れた先が吹っ飛び、伊黒と不死川が声を上げて避けていた。

 

「相変わらずの馬鹿力ですね……」

 

 そこだけは本気で呆れて、瑠衣が跳んだ。

 すかさず、甘露寺も日輪刀を抜く。

 布地のような薄い刃が瑠衣を取り囲む。

 しかし日輪刀の刃は、瑠衣の薄皮一枚傷つけることが出来なかった。

 

 そうはさせるか、と、炭治郎達が踏み込もうとした時だ。

 音がした。

 大地を揺るがす音が、彼らの鼓膜を打った。

 もしもこの場に善逸がいれば「うるさっ!?」と叫んで耳を押さえただろう。

 そしてその音と振動は、どんどん近付いてきた。

 

「……オイ」

 

 舌打ちして、しかし苛立った様子は無かった。

 

「お前の出番は、もっと後って話だっただろォが」

「はっはっはっ! いや、すまん! 我慢できなかった!」

 

 そうして戦場にやって来た彼は、豪快に笑った。

 外見そのままのからっとした笑い声。

 その声の主は、瑠衣を見ると、より朗らかにこう言った。

 

「何しろ、久々に妹の顔を見れるとあってはな!」

「…………一応、聞いておきます。礼儀ですし。何より、念のために」

 

 陽光に顔を顰める鬼のように、瑠衣は言った。

 

「何をしに来ましたか。()()

「うむ。当然!」

 

 妹の問いかけに、杏寿郎は言った。

 

「お前の頚を刎ねに来た!」

「想像通りの答えで安心しました」

 

 嘆息する瑠衣。

 豪快に笑い飛ばす杏寿郎。

 両者の様子は、昼と夜のように対照的だった。




最後までお読みいただき有難うございます。

締め切りギリギリ。

それでは、また次回。
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