「それで、どうなったんですか」
炭彦は、半ば身を乗り出すようにしていた。
ソファに深く座り、ワイングラスを片手に話をしていた禊は、そんな炭彦を見て噴き出した。
グラスが空でなければ、盛大に零していただろう。
「アンタ、本当に素直なのねぇ」
「そうなんです。そこが可愛い子なんですよ」
「どうして姉さんが言うんですか……」
何故か自慢げにする姉を、しのぶは呆れたように見つめた。
炭彦と彼女達の手元にもグラスがあるが、もちろんソフトドリンクだった。
一応、そのあたりの良識はあるようだった。
「あら、空いてるじゃない」
「ああ、どうも」
そんな禊の隣に座っているのが、炭吉だ。
子ども達と違って彼はもちろん成人のため、それが義務だと言わんばかりに酒を勧められていた。
ただ女性に身を寄せるようにしてお酒を、それも極上の美女にお酌をされる父親の姿というのは、息子達からすると酷く微妙なものだった。
「これ、美味しいですね」
「そう。それは良かったわ」
「どこのワインだろう。余り詳しくないけど」
「別に普通よ。バルバレスコの赤」
「え」
炭吉の顔が青褪めるのを横目に、禊は炭彦へと目を向けた。
少年は、変わらず禊のことを真っ直ぐに見つめていた。
それは、真摯とはまた違う。真面目というのも、当て嵌まらないだろう。
あえて表現するのであれば、
なるほど、と、禊は思った。
胡蝶姉妹の方も興味深いが、やはり
そういうものがあるということを、炭彦という子どもは教えてくれる。
「馬鹿馬鹿しい」
一方で、だ。
同じ竈門でも、
こちらは、
「黙って聞いていれば、それって何十年前の話なわけ。
「…………ふうん」
「今の話って、
ああ、やはりだ。きっと
そう思って、禊は口の端を吊り上げた。
普通ならば厭らしく見えるそれも、禊がすると別だ。
彼女の持つ気品を、聊かも損なうことがない。
「さて、気になって仕方がない子がいることだし。続きを話しましょうか」
こういう話は、お酒が切れない内に話してしまうに限る。
もっとも、酒に酔うなど、もう随分と前のことだが。
最後に酒精に身を委ねたのは、さていつのことだっただろうか。
「
もちろん、禊はそんなことは覚えていないのだけれども。
◆ ◆ ◆
「刀を取れ、瑠衣」
と、いう杏寿郎の言葉に、瑠衣は眉を動かした。
その瞳の中で、何かが蠢いた。そんな気がした。
「……何故です?」
「刀を持たない相手を斬ることは出来ない!」
威風堂々。
杏寿郎の全身から発せられる
瑠衣を正面から見据える両の目は、百万言よりもなお雄弁だった。
その事実に、瑠衣は自分が苛立っていることに気付いた。
奇妙な表現になるが、苛立つという事実自体に、さらに苛立ったのだ。
「私にはもう、刀など不要です」
それもまた事実だった。
今の瑠衣は武器など必要としない。
瑠衣の肉体そのものが、どんな武器をも超える武器になっているからだ。
実際、
「そうか」
意外なほど素直に、杏寿郎は言った。
「
全身の骨が硬直した音を聞いた。
目には見えない何かが周囲に広がるのを、炭治郎は嗅ぎ取った。
それは衝撃波のようなもので、地面や木々に罅が入る程だった。
だが不思議なことに、人体には何の影響も無かった。
「……逃げた?」
そして瑠衣の声には、一切の色がなく。
その匂いからは、一切の感情が読み取れなかった。
あえて言えば、揺れる水面を無理やり押さえ付けているかのように、静かだった。
「それは、兄様達の方でしょう」
鬼舞辻無惨に鬼殺隊本部を襲撃されてから、3年前の東京の戦いまで。
鬼殺隊の鬼狩りは
もちろん、それは産屋敷の計略であり、当人たちでさえ知らなかったことだ。
1年。言葉にすれば短い。
だがあの1年間、瑠衣は孤独の中にいた。
そういう時に、杏寿郎達はいなかった。
「兄様は、
「うむ! 確かに! その点については言い訳のしようもないな!」
「……ああ、もう! そこで兄様に認められたら話がややこしく」
――――炎の呼吸・壱ノ型『不知火』。
「なる」
嗚呼、変わらないな。
瑠衣は思った。
兄は今も、鬼に対して容赦が無いのだ。
(昔は)
かつてはそれを、尊いと思っていた。
――――けれど、今は。
◆ ◆ ◆
一方で。
一方で瑠衣は、冷静に状況を
何しろ、彼女には
太陽の光さえ、もちろん日輪刀さえ効かない自分に、勝負を挑んで来る。
何かに策が、狙いがあるはずだった。
この場にいる剣士達にはなくとも、産屋敷には
「オオオオオオオオッッ!!」
「――――ッ!」
連撃。息を吐く間もない連撃。
赤い線を描きながら放たれてくる斬撃を、瑠衣は手刀で1つ1つ撃ち落としていった。
そしてその一撃一撃が重い。すべては
だから、瑠衣も容易には腕を杏寿郎の喉元に伸ばせずにいた。
しかしそんな拮抗も、あくまで一時のものだ。
数秒にも満たない競り合い。
打ち合いが十を超えたあたりで、瑠衣は杏寿郎の刀を斬り払った。
勢いに押されて杏寿郎の腕が刀ごと流れ、胸が空く。
それを見て、瑠衣が右手を引いて手首を回す。鉤爪の如く指を曲げた。
「させるかよォッ!」
――――風の呼吸・伍ノ型『木枯らし颪』!
そこへ、空中から突撃が来た。
攻撃のために引いた右腕を上げる。次の瞬間に蹴りの衝撃が来た。
瑠衣の質量を物ともせず、蹴り浮かす程の打撃だった。
――――蛇の呼吸・参ノ型『
肌を、斬撃が撫でる。
効果はない。ダメージはない。しかし、拘束はされる。
しかも着地しようとしたその先に、甘露寺の刃が回り込んでいるのが見えた。
(――――だとしても!)
いかに強力な攻撃を叩き込んだところで、瑠衣の肉体には効果が無い。
たとえ。
「はあああっ!」
――――日の呼吸・漆ノ型『斜陽転身』。
たとえそれが太陽の呼吸でも、同じことだ。
甘露寺の攻撃を地面ごと砕こうとした折、視界の端に炭治郎が入って来た。
だからこれは、本命ではない。
(本命は――――……)
その時、瑠衣の感覚は新たな気配を感じ取った。
四方からの斬撃を捌きながら、新たに現れた気配に視線を向ける。
すると、そこには。
「……あらぁ?」
どこかから飛ばされたのか、あるいは自分で跳んだのか。
宙を舞う榛名の姿がそこにあって、目も合った。
そして、もう1人。
「こんばんは、瑠衣さん。そして」
胡蝶しのぶ。
「さようなら」
榛名の下を掻い潜るようにして、しのぶが飛び込んで来た。
◆ ◆ ◆
――――少し、時間を遡る。
山中でそれぞれ捕捉された榛名と柚羽だが、最初から2人でいたわけではない。
遭遇したしのぶと時透と戦う内に、いつの間にか合流していたのだ。
「
しのぶの刺突を避けた数秒の後、榛名は視界が不自然に歪むのを自覚した。
次いで指先が痺れ始めて、徐々にだが広がっているように感じた。
攻撃は、頬を僅かに掠った程度。もちろん、深刻なものではない。
ただしそれは、相手がしのぶでなければの話だ。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
しのぶの戦い方はまさにそれで、しかも油断ならないことに、日輪刀には毒がある。
鬼用の毒が効かないから人間だ、などと
普通に
(不味いわねぇ)
自分の足がたたらを踏む。
もちろん、榛名とて百戦錬磨の鬼狩りだ。
ただ相手が柱となると、誤魔化しは効かない。
「大丈夫ですよ。死ぬような毒ではありませんから」
いけしゃあしゃあと、そんなことを言う。
しかし致死性の毒ではないと言っても、弱い毒だとも言っていない。
実際、回復の
――――霞の呼吸・肆ノ型『移流斬り』。
そこへ、時透だった。
こちらはしのぶと違って、普通に榛名の頚を落とすつもりだった。
3年前よりぐっと男らしさを増した時透だが、筋力も攻撃の鋭さも格段に向上していた。
毒で鈍った足で回避できるような、生易しい技でないことは明らかだった。
「ぐえっ」
と、女性らしからぬ声が榛名の口から漏れた。
それは、柚羽が――隻腕のため、口に刀を咥えた状態で――榛名の首根っこを掴んだためだ。
そして、ぶん、と放り投げたのである。
自分を放り投げて、そのまま時透と斬り結び始めた柚羽の背を見ながら、榛名はさてと思った。
(水場があれば助かるんだけど)
と、放り投げられた空中で、着地するだろう場所を探した。
そうやって視線を向けた先に、瑠衣達がいたのである。
これはどういうことか、と、榛名の脳内に思考が走った。
「……!」
気付いた時には、すでに眼下をしのぶが跳んでいた。
しまった。
そう思った直後、不意討ちを喰らう形で、しのぶの刺突が瑠衣の
◆ ◆ ◆
我妻善逸という存在を、憎悪していた。
獪岳は、唯一になりたかった。
誰かにとっての、唯一無二になりたかった。
それは、渇望であったと言っても良い。
――――雷の呼吸・壱ノ型『霹靂一閃』。
6つある雷の呼吸の中で、基本であり奥義である技だ。
6つの型の中で、この技だけが「鬼の頚を斬る」ことに特化している。
「ハッ、相変わらず
壱ノ型しか出来ない善逸は、そういう意味で、実は雷の呼吸の全てを継承していると言えるのだ。
自分は違う。
獪岳はついに、壱ノ型を会得することが出来なかった。
師は「2人で継承者たれ」と言ったが、違う。
雷の呼吸の継承に、自分は必要ないのだ――――。
「もう、どうでも良いんだよ!
壱ノ型に能力を全振りしていだけあって、善逸の技はまさに神速の抜刀術だ。
その速度は獪岳でさえ反応し切れない。
「なっ……!?」
目で追うことすら出来ないはずの斬撃に、獪岳は反応した。
善逸の攻撃よりも速く反応して、刃の通り道に自分の刀を置いたのだ。
それだけで、善逸の斬撃を防いでしまった。
「ハァッ、やっぱりだ! お前は俺が鬼か何かだと思ってやがる。あるいは人間を相手にしたことがねえのか。まあ、どっちでも良いがなあ!」
理由は2つ。
まず、善逸の攻撃が頚狙いなことが明白だったこと。
これは鬼狩りの習性とも言うべきもので、彼らの戦い方が頚を落とさねば倒さない鬼を想定してのものだからだ。
重要なのは、もう1つ。
「その目は……!?」
「はっ、お前みたいな愚図にいちいち説明してやるかよ。勝手に自分で想像しろ。そして死ね」
獪岳の眼球は、血のように紅く染まっていた。
それが意味するところは、現時点ではわからない。
しかし、
「何だアレ。すげー嫌な感じがするぞ」
「ああ」
伊之助も、肌感覚で何かを感じているのだろう。
以前の善逸ならば、この時点で「どうしよう」と泣き喚いていただろう。
しかし今、この相手に限っては
「大丈夫。任せてくれ」
「はっ。おーおー、格好つけやがって、大丈夫かあ? いつもみたいに、ビービーと……」
善逸が壱ノ型の構えを取ったのを見て、獪岳は言葉を止めた。
馬鹿の一つ覚えの壱ノ型。すでに破った。何度繰り返そうと同じことだ。
そのはずだ。
そのはずなのに。
「雷の呼吸・漆ノ型――――!」
背筋に、いた首筋に、冷たいものを感じ取った。
◆ ◆ ◆
犬井は、冨岡と戦いながら、2つの感覚を得ていた。
まず、
「あら?」
そしてもう1つは、
これは逆に犬井がどうこうではなく、冨岡の動きからそう感じ取ったのだ。
攻撃の入る方向が、そうだった。
冨岡の攻撃を防ぎ、かわしていくと、決まった方向に動かされているのである。
そして、それに気付いたのは。
「ぐああああ――――っ!」
と、いう叫び声と共に、獪岳が吹き飛んで来たからだ。
もっと言うと、雷鳴にも似た轟音が
どれほどの膂力、あるいは脚力なのか、周囲の木々を薙ぎ倒しながらだ。
「ぐはっ!?」
奇しくも同じような声を発して、攻撃した側とされた側が同時に地面に落ちた。
獪岳と、そして善逸である。
どちらも満身創痍であって、すぐに身動きが取れそうには見えなかった。
「大丈夫かい、雷の大将ー」
「……五月蠅ェ! 大丈夫に決まってるだろうが、俺がこんな屑に……!」
歯を剥き出して、顔中に脂汗を流しながらそんなことを言う。
喉元からは赤い血がボタボタと流れ落ちていて、切断の一歩手前まで来ていたことがわかる。
とは言え、流石に膝をついて立ち上がろうとしていた。
一方の善逸はと言えば、まだ地面に倒れたまま立ち上がれていない。
(自爆技か。とは言え、今の獪岳にあそこまで深手を与える技なんて受けたくないねえ~)
む、と、犬井が思ったのは、獪岳と善逸が抜けて来た道から、猪頭の少年が飛び出して来たからだ。
伊之助である。
善逸と違って無傷の彼は、明らかに獪岳にとどめを刺すべく動いていた。
それは流石に不味い、と思ったが、ここに来て冨岡の圧力が強まった。
――――水の呼吸・参ノ型『流流舞い』。
柱の連撃。とても気を抜けるものではない。
見かけによらず容赦がない。
そうこうしている内に、伊之助が獪岳に到達しようとして。
「うおおおおおっ!? 何だお前は!?」
――――水の呼吸・漆ノ型『雫波紋突き』!
そこへ救いの手を差し伸べたのは、柚羽だった。
こちらもかなりの長距離を疾走してきたのだろう、息を上げながらの激しい突きだった。
たまらず、伊之助が獪岳への攻撃を中断する。
「……で、この状況になるって言うのは、おじさんちょっと納得できないかなあ」
犬井は苦笑を隠さずにそう言った。
というのも、正面の冨岡だけではなく、側面にもう1人の柱がやって来ていたからだ。
柚羽と戦っていた時透だ。
戦場を見渡して、一目で
素晴らしい戦術眼だ。犬井からすれば過大評価にも程があるというものだった。
「さーて、面白くなってきましたよ、っと」
そう言う一方で、冒頭の感覚は強くなるばかりだった。
鬼狩りは、何かの策で動いている。
それがどんなものかまでは、流石に見通せない。
はたして
◆ ◆ ◆
狙うは、
どれほど鍛錬しようと、あるいは鬼だろうと、臓器を鍛えることは出来ない。
そして外部に露出している臓器は――厳密には臓器ではないが――眼球しかない。
だからしのぶは、ただ1点、瑠衣の眼球だけを狙った。
「――――ッ!」
そしてそれは、図に当たった。
しのぶが乾坤一擲の気迫で放った突き。
力を距離と速度でカバーした強力な刺突は、瑠衣の眼球を貫いた。
それは
しのぶの跳び込みの衝撃で、足を動かさないまま、数メートルを下がる。
それでも頭と首を動かさずに耐えたのは、瑠衣の肉体の強固さ故だろう。
「
手刀。下から一閃して、しのぶの刀を斬り折った。
ただその時には、すでに毒を撃ち込まれていた。
初めて、瑠衣の顔色が変わる。
「く、あ」
瑠衣が、自分で言ったことだ。
自分は鬼ではない。そう言った。
青い彼岸花で変性してなお、自分は人間だと瑠衣自身が言った。
そしてそれは、
だからこそ、しのぶの撃ち込んだ人間用の毒が効果を発揮するのだ。
「今です! 畳みかけてください!」
「……!」
解毒、いや毒の分解は、すぐに出来る。難易度は高くない。
しかし、そのためには右目に突き立ったしのぶの日輪刀の先端部を引き抜かなくてはならない。
眼窩の奥にまで達したそれを引き抜くのは、数秒は必要だ。
だがその数秒を、柱達は与えようとはしない。
不死川が、伊黒が、甘露寺が、そして杏寿郎が。
文字通り、四方から瑠衣に襲いかかって来る。
しかも視界が半分、物理的に消えているのだ。
その分だけ、余裕はなくなる。
「こ、の、お」
舌先が上手く回らない。
左側面から暴風のように斬り込んで来た不死川を、左腕で捌く。
自然、肉体の重心は左へ、具体的に左足へ流れることになる。
その左足に、伊黒の斬撃が来た。
ガクン、と身体が傾く。
そこへ、死角になっている右側から薄物色の刃が滑り込んで来た。
残った右手を頚元に差し入れ、絞り込んで来た刃を防ぐ。
しかしそこで、失策だと気付いた。甘露寺は、いや誰も瑠衣の頚を斬れない。
だから防ぐ必要は無かったのに、咄嗟に手が出てしまった。
「あ」
そこへ、炎の剛撃が来た。
鈍器で殴打されるような斬撃に、瑠衣の意識は大きく揺れたのだった。
◆ ◆ ◆
あえて言えば。
実のところ、4人の柱の誰ひとりとして、瑠衣への殺意は無かった。
いわば殺意なき殺意によって、4人は瑠衣を攻撃していた。
(早く……!)
そしてその心理を最も表情に出していたのは、甘露寺だった。
彼女はこの時、念じるように願うように、1つのことだけを考えていた。
その恐るべき怪力でもって、瑠衣を――かつての妹分を打ちながら。
(早く、倒れて……!)
それだけを、考えていた。
無理もないだろう。
たとえ道を違えてしまったとしても、これまでの過去がなくなるわけではない。
嫌ったわけでもなければ、憎くなったわけでもない。
それまでの尊敬も愛情も、聊かも変わっていない。
しかし、殺さなければならないのだ。
憎く思っていない。愛してさえいる存在を殺さなければならない。
(私が、やらなきゃ)
そして、彼女はこうも思っている。
(杏寿郎さんや伊黒さんに、不死川さんに、瑠衣ちゃんを殺させるわけにはいかない!)
それは、他の3人も実は同じだった。
4人の柱達は誰もが、同じことを考えていた。
瑠衣を愛している。だからこそ頚を斬る。
そして、その苦しみを他の者に背負わせたくない。
(哀しみと決意の匂いがする……)
そしてそれを、炭治郎は嗅覚で察していた。
自然と、涙が溢れそうになった。
この場にいる誰も、敵意や憎悪で戦っていないことがわかるから。
(腑抜けるな、戦え。皆にだけ戦わせるな!)
日の呼吸。今では、かつての水の呼吸のように自然に使える。
これは最強の呼吸だと教えてくれたのは、瑠衣の父親だった。
今、その技で娘の頚を刎ねようとしている。
これ程の皮肉が、他にあるだろうか。
「瑠衣ちゃん……!」
投げ込まれた榛名は、動けずにいた。
撃ち込まれた毒と、倒れた自分の背に乗っているしのぶのせいだ。
刀を折られたしのぶは、自分のすべきことを正確に理解していた。
「瑠衣ちゃん、
(接続……?)
その榛名の発した言葉に、しのぶは反応した。
当然、反応――思考せざるを得ない。
接続、という単語の意味を思考した。
(そう言えば、おかしいですね)
そして、1つの疑問に行きついた。
(先程から、瑠衣さんが
接続。
血鬼術。
思考の中で、しのぶはその意味を何度も反芻した。
だがそれだけは、明確な答えが出て来ない。
何か、あと1つ。
あと1つ、何かが欲しい。何かが足りない気がする。
だがその「何か」が何なのか、まだわからなかった。
◆ ◆ ◆
――――大丈夫だ。
榛名の声に、瑠衣は胸中でそう呟いた。
確かに現状、何もかもが上手くいっていない。
余りにも一方的だ。
だが、それでもなお
日輪刀による斬撃が、それがたとえ赫刀によるものだとしても、瑠衣に届くことはない。
そして瑠衣の体力が無尽蔵に近いのに対して、呼吸による体力の増加と持続は一瞬に過ぎない。
だからこの包囲も攻勢も、あるいは守勢も、結果的には何の意味もない。
「ア――――!」
全ての攻撃を無視して、右目に突き立ったしのぶの日輪刀の先端を掴んだ。
すかさず不死川の一撃が掴んだ腕の手首に飛んだが、折れたのは不死川の刀の方だった。
チィ、と、不死川の舌打ちの音が聞こえた。
「――――ッ」
攻撃に構わず、引き抜いた。
痛覚は無いが、眼窩から鋼の刃を引き抜く感触はけして気分の良い物ではない。
しかし、引き抜いた。
どろり、と、右目から嫌なものが流れ落ちる感覚があった。
砕けた眼球かしのぶの毒か、いずれかはわからない。
引き抜いたしのぶの日輪刀を投げ捨てた次の瞬間、伊黒と甘露寺の斬撃が飛んで来た。
防御が間に合わず――と言うより、しのぶの日輪刀を引き抜くことを優先した――着物の胸元が斬り弾ける。
「血鬼術……!」
血を、操作しようとした。
だがそれよりも先に、逆さまになった炭治郎が見えた。
身体を後ろに倒して、斬撃をやり過ごす。
「瑠衣!」
声が来て、そちらに目を向けた。
杏寿郎が、日輪刀を大きく振り被る体勢でそこにいた。
そして瑠衣は、あの構えを良く知っていた。
見間違えるはずもない。
――――炎の呼吸・玖ノ型『煉獄』。
炎の呼吸の最大の剣。奥義。煉獄家一子相伝の技。
もはやこの世において、杏寿郎だけが使える技だ。
こと単純な威力という点においては、全集中の呼吸で最強と言っても過言ではないだろう。
(今ならわかる気がする)
杏寿郎は、ふと先祖のこと思った。
炎の呼吸の開祖、何代も前の煉獄家の彼。
彼はきっと、この技で仲間と並び立って戦いたいと願い。
そして
「行くぞ、瑠衣! 『煉獄』――――――――ッッ!!」
その雄叫びと衝撃は、藤襲山そのものを鳴動させた。
◆ ◆ ◆
流石に、声を上げかけた。
宇髄である。
禊との戦闘を続けていた最中、爆音――音柱である彼が驚く程の――と衝撃が来たからだ。
「何だぁ!? ――――煉獄か!?」
それは間違いなく杏寿郎で、尋常ならざる攻撃の直後だと一目でわかった。
そして、攻撃がまだ終わっていないことも。
土煙が晴れると、杏寿郎の正面には瑠衣がいた。
2人の
だからこそ、2人の
杏寿郎が振り下ろした刀を、瑠衣が左手で掴んで受け止めていたのだ。
「……全ク、ウンザリスルヨネエ」
正面を向いている杏寿郎には、はっきりと見て取れた。
瑠衣の瞳が金色の明滅を帯びて、額と頬に炎のような羽根のような紋様が――
猫のように細長い瞳孔。その独特の瞳が、じっとりとした視線を杏寿郎へと向けていた。
「相変ワラズ過ギテサア、苛々スルヨ」
「……む」
杏寿郎の日輪刀を掴む左手に、力が込められた。
たったそれだけの動作で、紙細工でも握り潰すかのように杏寿郎の日輪刀が砕けた。
それには逆らわずに、杏寿郎は大きく後ろに跳んで距離を取った。
「瑠花か!」
「コンバンハ、
ちょっと不味いか、と宇髄は思った。
杏寿郎には、日輪刀の補給が必要だ。
折れた刀で
「……って、ヤベッ!」
杏寿郎の方に気を取られて、自分の方の反応が遅れた。
そしてその遅れを見逃す程、禊は優しい女ではなかった。
鋼糸を通して飛来した日輪刀の
「ぐあっ、畜生!」
右肘に、3つ目が突き立った。
大いに舌打ちした宇髄は、左の刀を口に咥えて、その場で短槍を引き抜いた。
そしてそのまま、苛立ちのまま打ち付けて砕いてしまった。
クスクスという女の嗤い声が、風に乗って聞こえて来た。
「あら、酷いじゃない。人の持ち物を壊すだなんて」
「うるっせえぞ、この性悪女が! こちとら忍だぞ、こんなもん屁でもねえんだよ!」
「むう! 大丈夫か宇髄! 無理をせずに一旦下がると良い!」
「うるっせえ! いや油断した俺が悪いんだが、お前に言われると滅茶苦茶ムカつく!」
「なんと!」
「……何ヲトンチキ騒ギエヲシテイルンダイ、オ前ラ」
唐突に開戦した落とし前戦争。
戦線は広がり、戦火は拡大し、収まる気配を見せない。
夜が深まる中で、戦争の決着は未だ見えず、さらに続いて行くのだった――――。
最後までお読みいただき有難うございます。
書いてて思ったんですけど、やっぱり1人を囲んで殴るのってずるいと思うんですよ(え)
原作の無惨様なんて袋叩きだったじゃあないですか(え)
そういうの、少年誌でやっちゃあいけないと、僕は思います(えええ)
それでは、また次回。