「――――
もう何本目かわからないボトルを手に、禊はそう言って話を締めくくった。
そこから、しばらくは沈黙が続いた。
聞こえてくる音があるとすれば、禊の酒を飲む音、あるいは榛名がカウンターでグラスを磨く音くらいのものだった。
その他は、まるで呼吸することさえ遠慮しているのではないかと思える程に静かだった。
「…………」
この時、より重要なのは話をした側ではなく、話を聞いた側の沈黙だった。
話をした側が、自分の話した内容に驚くことはない。
禊の語りぶりも、酒気を孕みつつも熱を帯びてはおらず、聞く者の内心に訴えかけるようなものでは無かった。
カナエは、表情を動かさなかった。むしろ、自分より他の面々の反応を見ている気配さえあった。
しのぶはそんな姉の視線を感じつつも、何かを考え込んでいる風だった。
カナタも沈黙している。ただしこちらは、カナエのそれよりは不信の色合いが強く見えた。
要するに、禊の話そのものに懐疑的。もっと言えば、信じていない様子だった。
「もう1つ、教えて貰ってもいいかな?」
炭吉が、声を発した。
酒気のせいか、赤い顔――伝票に追記されていく数字を見て蒼くなったりもするが――をしているが、意識ははっきりしているようだった。
首の代わりにグラスを傾けて、禊は先を促した。
「きみ達は、いったい何者なのかな」
しかし結局のところ、そこに行きつく。
先程の禊の話が真実であれ、あるいは虚偽であれ、煉獄瑠衣という現実は消せない。
むしろ今の話を仮に真実とすれば、禊達は煉獄瑠衣の仲間である。
もしもそうだとすれば、彼女達は――――。
「……人間」
「え?」
「人間って、どうして死ぬと思う? 怪我とか病気とかは考えなくて良いわ」
その場に、戸惑いの空気が広がった。
しのぶが小さく手を上げて、言った。
「それは、寿命、という意味ですか?」
「まあ、そうね。じゃあ、寿命って何?」
「何って……」
しのぶは戸惑った。
寿命の意味を問われても、寿命としか答えようがないではないか。
そうありありと表情に浮かべるしのぶを見て、禊は言った。
「寿命って言うのはね、要するに老化ってことでしょ」
老化。人間なら誰もが避けては通れない現象だ。
どんなに長生きな人間でも、いずれは老い、衰え、そして死ぬ。
だが、もしも。
「
それが、彼女達。
「私達は、
煉獄瑠衣との
◆ ◆ ◆
血鬼術『
対象の身に流れる血液の
それが
煉獄瑠衣の血液は変質しない。酸化も糖化もせず、けして劣化しない。
故に対象が人間の場合、鬼になることなく、限りなく不老に近い状態にすることが出来る。
「つまり、きみ達は……人間なのか」
「そうよ。病気もするし、斬れば死ぬわ。まあ、抵抗力も免疫も物凄いから病気にならないし、多少の怪我ならあいつが治してしまうけれどね」
「それ、人間って言うの?」
カナタのツッコミは、こんな時でも冷静だった。
「さて」
コン、と、グラスを置いて、禊が身を乗り出すようにした。
彼女が見つめていたのは、炭彦だ。
美しい年上の女性に覗き込むように見つめられて、炭彦は顔を赤らめた。
――比例してカナタの機嫌が悪くなったが、それはそれとして。
「アンタは、どうしたいの?」
「え……」
「今のわたしの話を聞いて、どう思った?」
「僕が、どうしたいのか。どう思ったのか……」
問われて、炭彦は考え込んでしまった。
彼が即答できなかったのは、戸惑ったからだった。
何に戸惑ったのかと言えば、今の禊の話が、
炭彦の中の瑠衣と、今の話に登場した瑠衣が、どうしても一致しなかったからだ。
禊の話は、少なくとも数十年は前の話だ。
人が変わるには十分な時間だし、炭彦には想像も出来ない時間だ。
それに実のところ、炭彦は瑠衣のことをまだ良くは理解していないのだ。
(僕にとって、瑠衣さんは……優しい人だ)
あの公園で出会ってからずっと、瑠衣は自分に優しかった。
呼吸を教えて、強くなるように促してもくれた。
そして犬人間の時や珠世クリニックの時には、救ってもくれた。
強く、綺麗で、何より優しい。
そんな瑠衣だからこそ、炭彦は――――憧れたのだ。
「僕は……瑠衣さんと」
だから、わからない。
どうしたいと言われても、答える言葉を炭彦は持たない。
ただ禊の目は、無言を許してくれるようには見えなかった。
だから今、どうしても答えなければならないとすれば、炭彦の答えは1つしか無かった。
「僕は瑠衣さんと、話がしたいです」
瑠衣に会いたい。
それだけが、それだけは、炭彦の偽らざる本心だった。
◆ ◆ ◆
禊は、物凄く嫌そうな顔をした。
有り体に言えば、吐きそうになっているのを我慢しているような、いやむしろ今にも吐きそうな顔だった。
というか、何なら胸を押さえて「おえー」という仕草さえしていた。
「ひっでー女だな」
「いや、だって……あー、正面から見るもんじゃないわね。ピュアっピュアで、こっちが胸焼けしちゃうったらないわ。あ、ありがと」
呆れたような獪岳の声にそう言いつつ、柚羽が差し出して来た紙ナプキンで口元を拭った。
カナタとしのぶなどはドン引きするやら睨みつけるやら、いずれにせよ、禊という人物を掴めていない様子だった。
「で、あいつに会いたいって?」
「え、あ、はいっ!」
自分を真っ直ぐに見つめて来る炭彦に、禊は掌で自分を扇ぐような仕草をした。
実際に暑いのか、パタパタと扇いでいる。
もう勘弁してくれ、と言っている風でもあった。
「あの、瑠衣さんは今、どこに……?」
「は? 知らないわよ、そんなこと」
「ええ……」
完全に教えて貰える流れだと思っていただけに、炭彦はあから様にガッカリした。
それが妙に気が咎めたのか――咎めるような「気」があるのかはともかく――禊は「ああ、もう」と溜息を吐いた。
「男の子がそんな情けない顔をするんじゃないわよ」
そう言って、禊は炭吉の伝票の裏に何かを書き記した。
サラサラと澱みなく書かれたそれは、メモというよりは地図のようだった。
「ここに行ってみなさいな」
「えっと、ここに瑠衣さんが?」
「だから知らないって言ったでしょ。ここに行って、
なお、料金はびた一文下がらない。
ただその点については、炭吉が向こう数か月分のお小遣いについて悩むだけで済みそうだった。
「ただ、まあ、気をつけることね」
残りの伝票を柚羽に渡しながら、禊は言った。
「今のあいつは、アンタの知ってるあいつじゃないわよ」
「それは、どういうことですか」
「
それ以上は、禊は何も語ろうとはしなかった。
思ったよりも話が長時間に及んでいたのか、気が付けば、深夜――どころか、もうすぐ早朝という時間帯になっていた。
話が濃厚過ぎたせいか、あるいは場の空気に当てられたか、不思議と眠いとは感じなかった。
ただ炭彦の中にあるのは、禊の話よりも、やはり瑠衣に会いたいという思いだった。
瑠衣の過去を聞いても、今の瑠衣の状態を聞いても、どうしても実感が湧かなかった。
炭彦にとって、瑠衣は今でも、公園で微笑んでいたあの瑠衣のままだったのだ――――。
◆ ◆ ◆
――――と、言うのが、2日前の話だ。
禊の店を訪問した次の土曜日、炭彦はカナタと一緒に、彼女に教えて貰った場所にやって来ていた。
そして、その場所と言うのが。
「病院……だよね」
「うん。病院だね」
キメツ大学病院。
この近辺で最も大きい総合病院で、最先端の医療設備が整っていることで有名だった。
逆に言うと、それ以外のことは余り知らない。
まあ、大学病院について詳しいというのもおかしな話ではある。
閑話休題。
禊に渡された手書きの地図には、間違いなくここだとあった。
何と言っても、部屋番号まで書いてあるのである。
当初は、マンションか何かかと思っていたのだが、まさか病院だったとは。
「……まあ、それはもう良いよ。ただ」
そして、カナタが視線を向けた先には、もう1人。
「うむ! 実に良い天気だ! ところで今日は誰の見舞いだろうか!」
桃寿郎がいた。
実に
ただそれに反比例するように、カナタは眉を寄せて。
ぐいーん、と、炭彦の頬を引き延ばした。
「どうして彼がいるの?」
「いだだだだだだだだだ」
桃寿郎とは特に待ち合わせたというわけではなく、途中でたまたま会ったのだ。
どれくらいたまたまかと言うと、登校中にばったり会うくらい――つまり、カナタとの待ち合わせに遅れまいと走っている最中――にたまたまだった。
カナタからすれば、午前中に用事を済ませて待ち合わせ場所に来てみれば、何故か桃寿郎がいたというわけだ。
「あのさ、何しに来たかわかってる?」
「わ、わああええるうううう」
ぐにぐにと、炭彦の頬は面白いように伸びた。
しかし実際、桃寿郎の存在は想定外だった。
もちろん
そしてこの弟は、知ってか知らずか、
何の運命力か知らないが、それにしてもタイミングというものがあるだろう。
「むう、炭彦を責めないでくれ! 俺が勝手について来たのだ! 大丈夫だ、見舞いの間は俺は部屋の外に出ていよう!」
そして、先に言われてしまった。
そう言われてしまうと、無下に追い返すことも出来なくなる。
どうしたものかと――弟の頬をぐにぐにし続けながら――しばし考えて、カナタは溜息を吐いた。
◆ ◆ ◆
「しっかし、マジで良い趣味してるよな。あの女」
そう言ったのは、今日も今日とてカウンターで勝手に店の酒を飲む獪岳だった。
相も変わらず、酔っているのかいないのかわからない顔でグラスを仰いでいる。
そんな彼を見て苦笑を浮かべているのは、犬井だ。
彼はひょいひょいと獪岳から空いたグラスを取り上げながら、言った。
「良い趣味って?」
「あれだよ。一昨日にガキ共に言ってたろ。
「ああ、言ってたねえ」
ちなみに回収したグラスは、榛名が「程々にしてねぇ」と言いつつ洗い場に持って行っていた。
お店の酒を飲むだけに飽き足らず、客用のグラスまで圧迫していたのである。
まあ、だから遠慮するような性格ではないわけだが。
「良い子たちだったじゃないか」
「その良い子ちゃん達に、あの場所を教えてやったんだろ。良い性格してるぜ」
半身で後ろを見れば、例の常連客――青葉と談笑している禊の姿があった。
それはもう綺麗に微笑んでいて、とても他人を陥れるような人物には見えなかった。
「いやあ、別に陥れるつもりってわけじゃないでしょーよ」
「どうだかな。そうじゃなくても、面白がってるだけなんだろうぜ」
そして獪岳は、懲りる気配もなくお酒に手を伸ばしていた。
獪岳の手からお酒のボトルを守りつつ、犬井は顔を近づけて、囁くように言った。
「で、旦那は何が気に入らないんだい」
「あ?」
「いや、何。余計なお世話かもしれないけど」
その時、一瞬、獪岳の表情から全ての感情の色が消えた。
「感傷的になっちゃってるのか、と思ってね」
「…………バカ言ってんじゃねえよ」
心の底から嫌そうな顔をして、獪岳はそう言った。
まったく話し相手を選べないとは面倒なものだ。
老いない肉体のせいなのか、精神もまた当時から変わらないのが厄介だ。
尤も、精神の老いが進めば肉体の老いよりより厄介なことになるわけだが。
不意にそう思った自分自身に、獪岳は意外なものを感じた。
意外を感じる自分自身に、はっとした。
それに比べて、と、目の前の男を見る。
「てめえは、
「まあ、ねえ」
犬井は、微笑んだ。
「
意味が分からねえ、と獪岳は言い。
だろうねえ、と、犬井は笑うのだった。
◆ ◆ ◆
「ここか」
病院の受付で説明を受けた後、炭彦とカナタはある病室の前に来ていた。
桃寿郎もついて来ているが、こちらは遠慮しているのか、今は静かにしていた。
じろっとカナタが視線を向けると、わかっている、と頷いて、扉横のベンチに腰掛けた。
ここで待っている、という意思表示だった。
次いで炭彦を見ると、こちらはやや緊張している様子だった。
しかし、その目には意思の強さを感じる。
そして、自分への信頼感も感じた。
尤も、それ自体にはカナタは内心で安堵していたのだが。
(もしかして、それが心配だった?)
と、桃寿郎の真意にここに来て思い至った気もした。
カナタと炭彦の喧嘩――と言えるのかどうかさえ、わからない程度のものだが――は、彼らと仲の良い者達には知れ渡っていただろう。
桃寿郎がそれを心配してついて来たというのは、よくよく考えてみれば、十分にあり得る想像だった。
まあ、だからと言って確認するような真似はしないが。
「…………返事がないな」
病室は、個室だった。
病院のかなり奥の病棟にあり、普通の病室とは扱いが異なっている。
しかもフロアの他の病室は空いているのか、昼間だと言うのに人通りもほとんどない。
(妙だな……)
とは思ったものの、何が、というのがわからなかった。
「……? カナタ?」
「あ、ああ。ごめん。……開いてるみたいだ」
ドアは、鍵が開いていた。
と言っても、外鍵で内側からは開けられない造りだった。
それも奇妙と言えば、奇妙な点だった。
「入ってみよう」
ここまで来て、帰るという選択肢も無いだろう。
「……失礼します」
そして、病室の中に入った。
「…………」
病室は、広くはあるが、想定内の内装だった。
個別のトイレと浴室、キッチンがついていて、どちらかと言えばワンルームに近い。
そして入口から見て奥側正面に窓と、窓際にベッドがあった。
ベッドに、人が寝ていた。
それが病室の主であり、禊が会えと言った人物だと思った。
ただこの人物が、
「ねえ、カナタ。あの人って、その……
まるで、枯れ枝のように痩せ細った身体。爛れた肌。そのせいか顔面のほとんどを覆う包帯。
薄い病院着の隙間から僅かに覗く身体は骨ばっていて、血色は「悪い」としか言えなかった。
呼吸音は愚か、胸さえ上下していない。機器の音だけが、彼の生存を辛うじて教えていた。
その機器の数も2つや3つではない。
鼻腔、口、喉、腕、手首、腹部、そして足。
あらゆる場所に器具やチューブを繋がれていて、文字通り「生命維持装置」と言った風だった。
正直なところ、この状態を「生きている」と言って良いのかどうか、カナタと炭彦は悩んだ。
「……ッ!」
しかし、すぐに2人はその人物が生きていることを理解した。
何故ならば、2人が恐る恐るベッドの傍に近寄った瞬間、その男が両目をカッと見開いたからだ。
落ち窪んだ、それでいて血走った両目が、炭彦とカナタをぎょろりと見つめてきた。
◆ ◆ ◆
あの女、と、カナタは思った。
あの女――禊は、きっと
そう。
「オオオ、オ。オオオオオ……!」
ミイラのようだった患者の男が、ベッド脇の炭彦とカナタに縋り付いていた。
かなり体勢が悪く、身体をベッドの外の2人に預けてしまっている形だ。
だから2人が手を放せば、男はそのまま床に落ちてしまうだろう。
そのために、2人は縋り付かれるままになってしまっていた。
「オオオ、オオオ……タ……!」
死んだ魚のように飛び出た目が、ぎょろりとこちらを見つめていた。
その目は明らかに常軌を逸していて、まともに話が通じるとは思えなかった。
「か、カナタ、どうしよう」
「ちょ。オイ……!」
桃寿郎を呼ぶ。ナースコールを押す。
いくつか頭を
情けないことに、軽いパニック状態に陥ってしまっていた。
目の前の男の異常さが、カナタをして冷静でいられなくしていた。
「オ……キタ、ノ……!」
男はしきりに、何かを訴えようとしてきていた。
「キタ……ノカ。ツイニ、ワタ……シ、ノモトヘ。
何を言っているのか、まるで理解できなかった。
カナタでさえそうなのだ。炭彦はもっとだろう。
しかし男は、炭彦やカナタが自分の言葉を理解できているかどうかなど気にしていなかった。
あるいは、気にする余力が――見るからに
「……ロ、セ。
「アノオン……オン、ナ。コロセ……コロセ、エ……!」
何度も、何度も、狂った目と声で繰り返した。
もしかしたら、かつては見目麗しい青年だったのかもしれない。
あるいは、かつては美しい声をしていたのかもしれない。
しかし病が進行して、顔は爛れ喉は潰れてしまった。
「コロセ……コロセ……!」
それは、まるで呪詛だった。
「
いや、まるで、ではない。
呪詛そのものだ。怨嗟そのものだ。
それを叩き付けられた2人は、余りの異様さと恐ろしさに、身動きが取れなくなってしまっていた。
「――――
「2人とも、大丈夫か!」
異変を察知した桃寿郎が、そして男の興奮で異常な数字を弾く医療機器の異変を察知した看護師がやって来て、男――産屋敷を引き剥がしてくれなければ、どうなっていたかわからなかった。
◆ ◆ ◆
炭彦とカナタがキメツ病院を訪問している頃、竈門炭吉は営業に出ていた。
と言っても、本題が別にある営業である。
具体的には、胡蝶家を訪れていた。
「いや、ご当主様も変わらずお元気なご様子で安心したよ」
「炭吉のおじ様の前なので見栄を張っているだけですよ。最近は足腰が弱ってきて、よくしのぶの肩を借りて歩いているんですよ」
「それは、また別の意味が隠れている気がするね……」
表向きは、包丁の納品である。
胡蝶家は昔から――文字通りの意味で――竈門家と関わりがあった。
いや、この表現は正確ではない、と炭吉は思った。
より正確に言えば、
かつて
鬼狩り。鬼殺隊。もはや伝説の存在だ。
炭吉でさえ、ほとんど名前しか知らない。
知識も技術もどんどん薄れて、ほとんど残っていないのだ。
「しのぶ君は?」
「学校のお友達と約束があるみたいで、出かけています」
「そうか。元気になったようで良かった」
「はい」
数十年前まではもっと多くの家が残っていたらしいが、戦争とその後の混乱でほとんどの家が消えてしまったらしい。
それでも細々と残っていたが、今では竈門家と胡蝶家の2つだけだ。
名前だけは残っている家もある。煉獄家、不死川家、嘴平家……。
だがどの家も、意図的あるいは意図せずに他家との繋がりを断ってしまった。
「とは言え、もどかしいものだね」
もう一度、繰り返そう。
かつて鬼狩りに携わっていた家々は、2家を除いて
そして名前だけは残っているような家々も、意図的にせよそうでないにせよ
「できることがほとんどない、というのは」
「煉獄瑠衣を目の当たりにして、話に聞いていた鬼も出てきて。でも、
家族は、守る。これは第一だ。
キメツ町の人々も、守らなければならない。これが第二。
しかしそれ以外は、何も思い浮かばない。
煉獄瑠衣とその一党を
「……おじさまのお考えは?」
カナエの言葉に、炭吉は「はは」と軽く笑って。
「息子に一点賭け、かな」
その笑みは、どこか照れている様にも見えた。
◆ ◆ ◆
――――酷い目にあった。
炭彦達の胸中にあるのは、その思いだけだった。
キメツ病院からの帰路、夕焼けの空を遠くに臨みながらである。
文字通り「トボトボ」という擬音が似合いそうな、落ち込んだ足取りで炭彦は歩いていた。
「何だったんだろう」
「……うん」
カナタの口数も、いつも以上に少なかった。
それはそうだろう。
何か話が聞けると思った場所で、あんな目に合ったのだ。
付き合わせる形になった炭彦としては、申し訳ないやら情けないやら、
(瑠衣さんのことも、何もわからなかった)
カナタは、禊に騙されたと思っている様子だった。
端から見れば、そう思っても仕方がない。
ただ炭彦は、不思議とそういう気持ちにはならなかった。
あの時の禊には、そういう
とは言え、瑠衣のことが何もわからなかったのは事実だ。
だから炭彦としては、落ち込まざるを得ない。
疲労感と徒労感は、その足取りをさらに重くしていた。
「どうした炭彦、元気が無いぞ!」
ぱあん、と、嫌に良い音をさせて、桃寿郎が炭彦の背中を叩いて来た。
なかなかの力強さに、炭彦がうっと息を詰める程だった。
「正直なところ、事情は良く分からないが――下を向いていても、何も始まらないぞ!」
「桃寿郎君、でも……」
「でも、は無しだ。胸を張れ炭彦! そうすれば、きっと気分も変わるぞ!」
ばしばしと叩く手は、痛いが、しかし温かだった。
こちらを励ましたい、という気持ちが伝わって来る。
桃寿郎のそういうところは、炭彦には無いものだった。
しかも桃寿郎自身に含むところが何も無いものだから、なおさら眩しい。
何となく、元気が出て来るような気がした。
「おお! もう夜だな。早く家に帰って、晩御飯を――うおっ、どうしたカナタ! 急に立ち止まって!」
その時、前を歩いていたカナタが不意に立ち止まったので、桃寿郎と炭彦はその背中にぶつかりかけてしまった。
カナタも別に立ち止まる気は無かった。
ただ歩いていく先、道の真ん中に、誰かが立っていた。
もちろん、ただ立っているだけであれば、別に立ち止まる必要など無いだろう。
しかしそこに立っている女性は、酷く特徴的で、つい目を向けてしまうような、そんな女性だった。
女性、というよりは、まだ少女と言った年頃だ。
少なくとも、見た目はそうだった。
「誰……?」
その女性は、桃色の、麻の葉模様の着物を着ていた。
その上に黒の羽織りを着ていて、しかしそこまでは、古風だが奇妙とまでは言わないだろう。
髪は、艶やかな黒髪。まるで夜をそのまま落とし込んだかのようだった。
しかしそれも、奇妙ということは無い。綺麗だ、と素直に思った。
「あれ? えっと……コロに、茶々丸?」
奇妙な点は、2つ。いや3つ。
まずその女性の足元に、犬と猫がいたことだ。
しかも見覚えがある。珠世クリニックにいた、コロと茶々丸だった。
どうしてここに、と思っている間に、女性がこちらに歩いて近寄って来た。
「……竹?」
女性の首元には、まるでネックレスかチョーカーのように、竹筒のような物があった。
古いものなのか、端の方が少し割れ欠けていた。
そして、目だった。
まるで夜の月や星々のように、夜へ、暗闇へと移って行く中で輝く両目。
その瞳は、良く似ていた。
「――――こんばんは」
透き通るような、声だった。
大きくはない。張っているわけでもない。
しかし、聞き逃すことはない。そんな声だ。
「
不意に、その女性が涙ぐんだ。
それには、流石にぎょっとした。
しかそ女性が涙ぐみながらも微笑んでいるので、哀しいとは別の感情からそうしているのだ、ということはわかった。
ただ、何故だろう。
炭彦は、自分の胸が苦しくなっていることに気付いた。
心臓を握られているかのような、そんな締め付けに襲われたのだ。
目の前の女性の涙を見た途端に、苦しくなったのだ。
「――――
そんな炭彦を見て、その女性は泣き笑いのような、そんな顔で笑ったのだった。
最後までお読みいただき有難うございます。
あーもうめちゃくちゃだよ(え)
それでは、また次回。