自由とは何か?
私は時々、考えることがある。
人間は誰しも、それこそ古来から自由を求めて来た生き物だ。
そして人間は、実に多くのものから自由になりたいと願う生き物だ。
例えば抑圧。規制。束縛。
それは政治的なものであったり、所属するコミュニティによるものであったり。
あるいは、親や家族や友人、というものも含めることが出来るだろう。
濃淡の差はあれど、一度はこうしたものから自由になりたいと、考えたことはないだろうか?
他に例示するとすれば、そう。
能力、というものもあるかもしれない。
人は誰であれ、自分の能力の限界というものを有している。
その限界のために、欲しいものや望む結果に手が届かない、という経験は誰でも持っているだろう。
そういう限界を取り払い、何でも意のままにしたいと思ったことはないだろうか?
後は――――
あるいは健康、怪我、病気。
すなわち、死からの自由。
それこそはまさに、古来から数多の人間が求めては果たせなかった最大の
「モシモ」
もしも、
あるいは、手に入れることが出来る位置に立ったとしたら?
人間は、どうするだろうか。
私は、どうするのだろうか。
手を伸ばすのか。それとも、目を逸らすのか。
私は、
自由を掴んでほしかった。
何ものにも縛られず、自由な世界を歩いてほしかった。
欲しがって、ほしかった。
「モシモ」
もしも、自分が
私は、どうするのだろうか。
どうするべき、なのだろうか。何かをするべきだったのか、逆に、何もすべきでは無かったのか。
――――考えても、仕方がない。考えていても、仕方がない。
思考の湖に身を浸していても、答えなんていうものは、浮かんで来たりはしないのだから。
だから私は、拾うことにした。
元々、考えることは苦手だった。だから、行動することにした。
行動してしまえば、後はもう、やるだけなのだから。
「モシモ、私ガ――――」
これはそんな、
◆ ◆ ◆
メドゥーサ、という怪物を知っているだろうか。
蛇の髪を持ち、見た者を石に変える魔眼を持つ神話上の存在だ。
『爆血』の炎の中から現れた存在は、まさにそんな容貌をしていた。
急激に長く伸びた髪の毛は、1本1本が紅く燃えて蛇のように波打っていた。
金色の虹彩はいよいよ輝きを強めて、その瞳を見つめていると身が竦むような感覚を相手に与えた。
瑠衣と同じく少女体のままで止まっていたはずの肉体は、数歳ほど成長しているように見えた。
細い輪郭。しかし目元が鋭い。その風貌は、瑠衣の記憶を刺激した。
「……母様……」
煉獄瑠火。瑠衣の育ての母だ。
大人の年恰好になったせいか、本当にそっくりだった。
違いがあるとすれば、顔や身体中に走る黒い幾何学模様だけだ。
剣士の身には一部にしか浮かび上がらないそれが、全身に浮かび上がっている。
「……全盛期ッテサ」
「……?」
声質も、変わっていた。
少女らしさの残る高い声から、落ち着いた低い声に。
そしてそれは、まさに母の声だった。
「人間ノ全盛期ハ、18歳ッテ話ガアルヨネ」
「……? 何の話です」
「
例えば鬼になる時、基本的にその時の年齢で鬼に変化する。
中には肉体が大きく異形化する――手鬼や玉壺のような――場合もあるが、多くの場合は、その時の肉体年齢が基準になる。
ただ鬼の場合、人間を喰らうことで成長するため、全盛期という言葉は実は当て嵌まらない。
強いて言えば、最も多く人間を喰らった時が全盛期と言える。
「デモソレハ身体能力ダケヲ見タ場合デアッテ、生物学的ニハ違ウヨネ」
もちろん個人差はあるが、人間は概ね10代後半に身体能力のピークを迎える。
特に女性の場合は、7の倍数で歳を取ると呼ばれる。
すなわち14歳から21歳にかけて身体能力の向上が終わり、生物として成熟期を迎える。
そしてその成熟期の最後を迎える7の年。その年齢。つまり今の彼女の肉体年齢は。
「28歳。今ノ私ノ肉体年齢ガソレダ」
人間の女性が最も力強く、生命力に溢れ、最も充実する時代。
その年齢にまで肉体を強制的に成長させ、固定化する。
基盤となる肉体が絶頂期を迎えた状態で、瑠花は瑠衣の力を完全に我が物とした。
それが意味するところは、つまり。
「キミハ私ニ勝テナイ」
状況は、絶望的だと言うことだ。
◆ ◆ ◆
煉獄瑠花は、奇跡の存在だ。
鬼の女から生まれた
その瑠衣の中で、意識だけの存在として瑠衣の中に残り続けた鬼の娘。
それが今、青い彼岸花を――瑠衣の口を通して――飲み、さらには瑠衣の体内に巣食い
鬼子の出生。青い彼岸花。そして無惨。
「……ぞっとしませんね」
それを今朝まで自分の身体の中に持っていたと言うのだから、恐ろしい話だ。
ゆっくりと立ち上がり――というより、機敏に立ち上がることがもはや難しい――ながら、瑠衣は変化した瑠花を睨んだ。
なるほど、こうして立ち合うだけで、生物としての力の差をひしひしと感じる。
けれど、そんなことは。
「カンケーねェよなあ」
――――そう言ったのは、獪岳だった。
もちろん、彼もまた瑠花の変化の意味を理解している。
生物として別のステージに立っている、ということを肌で感じている。
そういう感性においては、彼は誰よりも敏感だった。
「お前がどんだけ凄いのかなんて、カンケーねーんだよ」
それでも、彼は
何故か、なんて、それこそ口にする必要はない。
獪岳の表情を見れば、説明の必要など無いからだ。
「気に入らねェ」
嗚呼、と、瑠衣は思った。
同期の彼を、現役時代はずっといがみあってきた彼のことを、想った。
彼はいつだって、
今も、怒っている。
それがわかって、何故か無性に――ほっとした。
「オイ」
そして、もう1人。
「お前も何か言ってやれ」
「……はあ? 別に言いたいことなんて特にないわよ。
特に隠れるでもなく、隠すでもなく、文字通り堂々と、禊もやって来た。
そして「言いたいことなど無い」と言いつつも、形の良い顎に指で触れながら、ふむと考えて。
「でも、そうねえ。強いて言えば……」
禊は、小さく首を傾げるようにして獪岳に視線を向けた。
その意味するところを理解したのか、獪岳も不意に笑った。
意味が理解できなかった瑠衣は、2人の間で「ん?」と、ただ嫌な予感を覚えた。
そして何か不味い気がしたので止めた方が良いかもと思ったが、今までの付き合いの中で、瑠衣の制止が間に合ったことは無かった。
もちろん、今回も同じだった。
「「
2人はほぼ同時に、そう言った。
普段は真逆な癖に、こういう時に限って息が合う。
そして言われた側、つまりは瑠花だが、彼女は2人の言葉を聞くと、
それはそれは、綺麗な笑みだった。
「あ」
と、瑠衣が声を漏らした、次の瞬間。
瑠花から放たれた光が視界を焼き、次いで、衝撃が来た――――。
◆ ◆ ◆
はっ、と気が付いて、桃寿郎は
彼はつい先ほどまで、全速力で駆けていた。
その彼がどうして
いや、
桃寿郎自身、すぐにはわからなかった。
だが頭を打ったせいか、ガンガンと痛む後頭部が彼に何が起こったのかを思い出させてくれた。
そうだ。自分は。
目的地と思しき場所に近付いた時、
「うわっ、うわああああ!」
「し、消防車……いや、救急車かパトカーか!?」
「そんなこと言ってる場合か、まず逃げ……
周囲が騒がしかった。
赤い火の粉が視界の中でちらついていて、頬や肌には熱を感じた。
しかし目の前で起こっていることは、そんなレベルでは無かった。
「
公園、があった場所が、火に包まれていた。
その炎は周辺の建物にまで広がりかけていて、火事に気付いた人々が叫びながら逃げ惑っていた。
そしてその中に、公園が爆発した、というものがあった。
当然ながら、普通の公園に爆発するような物など無い。
つまりこの火事は、爆発は、
その意味に気が付いた人々はさらに恐慌状態に陥り、収拾がつかない程に混乱が広がっていく。
炎の熱と恐慌の中で、桃寿郎は呻きながら立ち上がった。
「炭彦……」
行かなければならない。
彼を突き動かすのは、その思いだけだった。
頭がガンガンと痛もうと、身体が軋もうと、行かなければならない。
不意に何かに気付いて周囲を見渡す。
目的の物は足元に落ちていて、ほっと息を吐いた。
それを掴んで、足を半ば足を引きずるようにして駆け出した。
「お、おいキミ。危ないぞ!!」
そんな声を振り切って、桃寿郎は燃え盛る公園の中へと跳び込んだ。
炎に焼かれた空気のせいで、肺が痛んで咳き込んだ。
口元に手を当てて、目の端に涙を浮かべながら、桃寿郎は辿り着いた。
「おお……!」
そこで彼は、まるで神話のような光景を見た。
炎の怪物と、それと戦う剣士達の姿を。
◆ ◆ ◆
――――風の呼吸・壱の型『塵旋風・削ぎ』。
火焔の中を、瑠衣は駆けた。
火の粉が頬を叩き、熱風が眼球を焼く。
だがそれでも、瑠衣が刃先を狂わせることは無かった。
「……これは、髪の毛……!?」
寸分狂わぬ突撃の刃は、しかし瑠花に届くことは無かった。
日輪刀の刃に巻き付いた髪の毛――紅く燃える、瑠花の髪――によって、攻撃を止められてしまった。
そして瑠衣にとって、動きを止められる――脚力を活かせないという展開は、最も悪い展開だった。
「……!」
そして瑠花が、瑠衣の眼前に掌を向けた。
意思は明白だった。
しかし刀を手放すわけにはいかない。
だから瑠衣は日輪刀を握ったまま、全身に力を込めた。
「オラァッ!」
――――雷の呼吸・参ノ型『
小さな、しかし激しい連撃が、瑠花の腕を
それはまるで金属の棒でも打ち合ったかのような、武骨すぎる音だった。
斬撃が通らずに打撃に終わったのだ。
(硬ェッ! 鉄の塊でも殴ってるみてえだ!)
獪岳の攻撃を受けても、瑠花の腕はびくともしなかった。
瑠衣の拘束は解けない。
獪岳は舌打ちして、着地と同時に反転しようとした。
「アンタは温いのよ」
――――欺の呼吸・壱ノ型『石跳び』。
分解した短槍の穂先を殴りつけて、禊は瑠花の顔面を襲った。
腕などという悠長なことを言わずに直接急所を狙いに行くあたり、性格が良く出ていた。
しかしそれも、先程の獪岳の攻撃と同じ状態に陥った。
やはり、鉄の塊のような防御力に攻撃を防がれたのだ。
ギリギリと槍が軋み、禊がいくら力を込めても皮一枚破ることが出来ない。
普通に言っているが、これは異常事態である。
かつての上弦の鬼――いや、鬼舞辻無惨でさえ、斬ることも突くことも出来た。
「カウンターノ技デ先制シチャ駄目デショ」
もう一度言うが、異常事態だ。明らかにおかしい。
ついさっきまでは、瑠花も他の鬼と同じように斬れる相手だったはずだ。
実際、禊が一度は喉を貫いたりしていたではないか。
(おいおいマジか、こいつ……)
(つまりコイツは、今この瞬間に
(
そしてこの時、3人はほぼ同時に同じ
しかしそれをそれぞれが次の動作に活かすよりも数瞬早く、瑠花の方が先に動いた。
身を沈めて3人の視界の下に潜り、熱気と共に紅い髪が蠢いた。
まず日輪刀に巻き付いていた髪が伸び、それでも手を放さなかった瑠衣ごと持ち上げ、そのまま地面に叩きつけた。
獪岳と禊はそんな瑠衣には構わず、左右から瑠花を襲った――――が。
2人が前に跳んだ直後、禊の腹部と獪岳の胸部には、それぞれ瑠花の踵と掌が打ち込まれていた。
「ドーン」
それで終わらない。
崩れた3人ともを、異常に伸びた髪の毛で絡め取り、縛る。
そしてそのまま、先程の瑠衣のように地面に叩きつけた。
何度も。
――――何度も。
◆ ◆ ◆
人間が地面に叩きつけられる音に、炭彦は身を固くしていた。
目が乾いて痛みさえ感じる程だったが、瞬きをすることも出来なかった。
浅い呼吸を繰り返しながら、目の前の出来事を見つめていることしか出来なかった。
普通に考えれば、当たり前のことだ。
「う……あ……」
炭彦は、剣士では無い。
とは言え、透き通る世界への入門を果たした彼は、並の剣士相手なら問題にしない実力をすでに備えてしまっている。
そしてだからこそ、瑠花の恐ろしさがわかってしまった。
瑠衣達3人は、それぞれに最善の動きをしていた。
透き通る世界を通じて観察していた炭彦には、それが良くわかる。
しかしそれが、まるで歯牙にもかけられていなかった。
今もまた、瑠衣達は髪の毛に絡め取られて地面に叩きつけられ続けている。
「や……やめ……」
最初こそ何かしらの反応をしていたが、それもだんだんと弱くなっていた。
コンクリートや岩でこそないが、固い地面に叩きつけられているのだ。
反応が弱くなるのは、弱っていくのは、当たり前だった。
死んでしまう。当たり前に、そう感じた。
「やめろ――――」
敵うわけがない。どうにかできるわけがない。
しかしそれでも、炭彦は立とうとした。
立って、止めに入ろうとした。
「だいじょうぶ」
そして、そんな炭彦の手を取って、禰豆子が止めた。
彼女は相変わらず衰弱したままだったが、止める力は、不思議と強かった。
「ね、禰豆子さん。大丈夫って、でも!」
「だいじょうぶ、だよ」
「……っ」
禰豆子の微笑みが余りにも優しくて、炭彦は口を噤んだ。
禰豆子は横たわった姿勢のまま頭だけを動かして、戦いの様子を眺めた。
「良く視て」
言われて、炭彦は顔を上げた。
そこには、相変わらず地面に叩きつけられる瑠衣達がいた。
良く視ろと言われても、何も変わっていない。
「誰も、
また言われて、しかし今度ははっとした。
そして事実、その通りだった。
瑠衣も、他の2人も。
いつ死んでも、意識を失ってもおかしくない衝撃の中にありながら、日輪刀だけは手放していなかった。
「瑠衣さん……!」
一瞬、瑠衣の目がこちらを見た。
そんな気がした。
◆ ◆ ◆
最終的に、地面の方が根負けした。そんな風だった。
あるいは全身から流れ出た血が滑って、ようやく瑠衣は地獄から解放された。
顔面から、地面に落ちた。
普通ならそれだけで悶絶ものだが、幸か不幸か痛覚はもうまともに機能していなかった。
「……随分と、好き放題……して、くれて……」
地面に手をついて身を起こそうとすると、頭からボタボタと垂れた血が手の甲を濡らした。
いや、両手はすでに――と言うより、全身で血に濡れていない箇所はもはや無いので、今さら新たに血を被ったところで同じことだった。
こちらはもはや不死身ではないのに、思う様に痛めつけてくれたものだ。
周囲もまた、完全に破壊され尽くしてしまっていた。
人間大の塊を何回も、あるいは何十回も叩きつけていれば、公園など跡形も残らないだろう。
遊具も樹木草花も根こそぎ吹き飛んで、地面は罅割れ陥没して月面か何かのようだ。
おまけに、周囲は大火事。
こうなってしまっては、もうこの公園が元の姿を取り戻すことはないだろう。
「我が姉ながら……風情が、ない、なあ……」
必死に受け身を試みたことが功を奏したのか、身体はまだ動いた。
とは言え、もはやまともに動く箇所の方が少ない。
考える頭と、利き腕と利き足。心臓に肺、脊椎と背骨。
それらを最低限のダメージで庇うのが、精一杯だった。
それと、日輪刀だ。
「やれ、やれ」
日輪刀を杖代わりにして、膝を着いた。
視界が赤いのは、眼球の血管が破裂しているせいか、あるいは顔面を濡らす血のせいか。
「さて……」
それらには構わず、瑠衣は瑠花を正面に見据えた。
追撃、の素振りは無い。
余裕か、油断か。あるいは他に何があるのか。
しかしそれらについては、瑠衣はあえて考えなかった。
「あの硬度……」
考えるのは、なぜ日輪刀を通さない程に硬化できるのか、ということだった。
その正体については、何となく見当がついていた。
何しろ
だから何をすれば同じ効果が得られるか、という風に考えることは、不可能では無かった。
「あの硬度を、抜くには」
とは言え、1人では厳しい。
そう思って、左右を見た。
そして、吐息のように小さな声で、言った。
「……手伝って……ほしいんですけど……」
答えは、大きな声で返って来た。
「「嫌(よ)(だね)」」
そんなあ。
◆ ◆ ◆
掌を確認すると、禰豆子に刻まれた『爆血』の痣が少し薄くなっていた。
時間なのか、発動回数なのかはわからない。
元々、借りものの血鬼術だ。自由自在
ただ直感として、あと使えて――。
「あと、2回ってところです」
「ふうん」
「あっそお」
誤解のないように言っておくが、禊と獪岳の状態も、瑠衣と大差なかった。
あれだけ地面に叩きつけられれば当然だ。
激しく血を流し、身体中の骨が折れ、筋肉が断裂している。
3人の無事な部分を合わせればようやく人間1人分になるだろうか、という状態だった。
そして目の前には、燃えるような紅い髪を蠢かせる瑠花の姿がある。
もちろん、ダメージや疲労などは無い。
さらに不味いことに、公園の周辺では火災が起きているらしい。
空気中の酸素が減り、徐々にだが呼吸もしにくくなってきていた。
「外部からの攻撃は、あの硬化で弾かれてしまいます」
「見たらわかるわよ」
「あんなん余裕だっつの」
「ええと……」
瑠花がこちらに向かって歩き出すのが見えた。
幸い、投げ飛ばされたおかげで瑠花とは今距離がある。
とは言えもちろん、そこまで時間がかかる距離でも無い。
まして髪の毛の射程距離は相当に長い。
「このままだと、確実に……殺されます。でも、3人で一緒にかかれば」
「言われてるわよ」
「お前だろ」
「ううん……」
今の瑠衣の状態では、いや獪岳も禊も、1人でこの状況を突破するのは困難だ。
このままでは、何も出来ずにただやられてしまうだろう。
禰豆子の『爆血』も、今の瑠花には怯ませる程度の効果しか期待できないだろう。
だから、2人の協力が必要だった。
3人で連携して、同時にかかれば、何とか戦えるはずだった。
そしてそんなことは、2人ほどの剣士なら瑠衣に言われるまでもなく理解しているはずだ。
しかし我の強い性格故か、それで協力してくれるような2人では無かった。
(たしか、昔……似たようなことがあったような……)
もう100年以上前のことだが、思い出した。
今となっては、ただ懐かしいと感じる。
そして感じた懐かしさと共に、瑠衣はそれに倣うことにした。
「はあ……まあ、仕方ありませんね」
嘆息1つ零して、瑠衣は言った。
「2人には、難しいお話でしたよね……連携とか。高度過ぎて」
ビキ、と、何かが軋む音が聞こえた気がした。
◆ ◆ ◆
3人が立ち上がるのを、瑠花は見ていた。
しかしだからと言って彼女が何か対応する、ということは無かった。
する必要が無かったからだ。
瑠衣が『爆血』を使ったことは予想外だったが、それだけだった。
今、瑠花の肉体は通常の強度に加えて、血鬼術によって
髪が紅く燃えているのは、いわばその
そして今の瑠衣達には、この副産物ですら突破することは出来ない。
「逃ゲタ方ガ良イト思ウケドネ」
それは、実は瑠花の本心だった。
瑠花は一言も、瑠衣達を皆殺しにするとは言っていない。
と言うより、彼女の
だからこの場での戦いは、少なくとも瑠花にとっては無駄な行動だった。
「モウ一度言ウケレド。キミ達ジャ私ニハ勝テナイヨ」
というより、戦う必要が無い。
瑠花はかつての鬼舞辻無惨のように、同類を増やすということも無い。
それはかつてその立場にあった瑠衣が一番よく知っているはずだ。
煉獄瑠花には、同類は必要ない。
何故ならば、彼女は1人ですでに完全だからだ。
鬼舞辻無惨のように、あるいは人間のように、不足していない。
充足している。だから、捕食や繁殖のような行為をする必要が無い。
だからこの戦いは、本当に、無駄なのだった。
「……姉さんが、言ったんでしょう?」
その時、立ち上がった瑠衣が言った。
瑠花を真っ直ぐに見つめて、どこか皮肉そうな笑みを口元に浮かべていた。
「
瑠衣のその言葉に、瑠花は一瞬、真顔になった。
純粋に驚いた。そんな表情だった。
しかしすぐに破顔して、頷いた。
「アア、アア。確カニ、ソウダネ。
そういうことならば、と、瑠花は思った。
むしろ機嫌よく、迎え入れるように両手を広げて見せる。
さあおいで、と、それこそ姉が妹にそうするように。
「ジャア、来ルト良イ」
「――――ええ、それじゃあ遠慮なく」
――――欺の呼吸・真弐ノ型『剣弾き』。
瑠花がさらに一歩を進むのと、それはほぼ同時に放たれた。
土の中か、あるいはそれ以外のどこかか。火の中かもしれない。
しかし
「遠慮ガ無イナア、本当ニ」
死角から飛んで来た短槍。
敵に気付かれずに仕込み、不用意に近付いたところを攻撃する。
なるほど、禊らしい攻撃と言える。
とは言え、それは普通の鬼が相手の場合だ。
瑠花に対しては、死角からの奇襲など。
「――――効かねえよなあ!」
振り向いた先、獪岳が日輪刀を構えていた。
――――
◆ ◆ ◆
雷の呼吸・壱ノ型『霹靂一閃』。
それは雷の呼吸の中で、
基本であり、奥義なのだ。
呼吸は数多あれど、特定の技を、まして壱ノ型を
その証拠に雷の呼吸の他の弐から陸の型はいずれも、連続して斬撃を繰り出したり、相手の動きを拘束するような
全ては相手を削り、
だから他の型を会得できても、壱ノ型ができなければ、雷の呼吸を極めたとは言えないのだ――――。
(……善逸よォ。お前は、
我妻善逸。
同じ師に師事した弟弟子――認めたことなど無いが――だった少年。
もういない。何十年も前に死んでいる。死ぬまでに再会もしなかった。
それでもあの憎らしい顔は、何故か今でも鮮明に思い出すことが出来た。
(ああ、苛々するぜ。何十年も鍛錬しても、俺は結局――――)
壱ノ型『霹靂一閃』の肝は、脚力にあった。
血管の一本まで集中して、足に溜めた力を爆発させる。
そして爆発させた速度の中で刀を抜き、正確に相手の頚を捉える。
それが、それがいかに困難であるか。
(
――――雷の呼吸・陸ノ型『
獪岳の狙いは、瑠花の頚では無い。
この加速の中で一点を狙う技量を、彼はついに習得することが出来なかった。
口惜しさで死んでしまいそうな程だ。
しかしその代わりに、雷鳴のような斬撃を周囲に飛ばした。
速く鋭い無数の斬撃。
だが繰り返すが、獪岳の狙いは瑠花の頚では無かった。
死角から飛来した禊の短槍だ。
短槍の速度に追いつくために、『霹靂一閃』の速さが必要だったのだ。
(刀デ刀ヲ……?)
高速で擦過した金属が、嫌な音を立てる。
ギャリギャリという、耳障りな音だ。
すると不意に、宙を舞う短槍の刃に変化が起こった。
(刃ガ、
赫刀化。
刀を構成する鋼の温度が上がると、日輪刀は色が変わる。
色変わりの刀。その真の意味がこれだった。
そして温度が上がることで、太陽のエネルギーが増幅される。
すなわち、鬼に対して効果が高まるのだ。
「喰らいなさい!」
――――欺の呼吸・真壱ノ型『器械人形』。
赫刀と化した無数の短槍が、四方八方から瑠花に襲い掛かって来た。
並の鬼、いや上弦の鬼であっても、この攻撃には手を焼くだろう。
しかし逆に言えば、
この時、瑠花が感じたのは。
(……今サラ赫刀?)
今このタイミングで、打つ手がこれか?
僅かな、いや、正直に言ってかなりがっかりした。
今さらこんなもので、自分がどうにか出来ると思っているのか。
「今サラコンナモノデ、何ガ出来ルノサ!」
紅い髪の毛が、一気の広がった。
それは鞭のように
熱気が拡散し、爆風の如く周囲に襲い掛かった。
「……っついわね!」
――――欺の呼吸・真壱ノ型『器械人形』!
熱風の隙間を、禊の日輪刀が奔る。
しかしそれも当然、瑠花の髪の毛によって全て弾き飛ばされてしまう。
何度やろうが同じだ。
そう思い、瑠花の目がいよいよ禊や獪岳自身を向いた時だ。
その段になって、瑠花は気付いた。
「……? 何ノ音……」
良く視て見れば、獪岳が禊の日輪刀の1つを踏みつけて地面に固定していた。
反対側は当然、禊が持っている。
そしてその音は、2人の間――その空中から響いていた。
「「跳べ……!」」
「はい!」
禊の鋼糸を足場に、まるで弓につがえられた矢のような姿で、瑠衣がそこにいた。
そして次の瞬間、禊と獪岳の言う通り、鋼糸の反発を利用して、瑠衣が跳んだ。
その手には当然、日輪刀。
日輪刀の切っ先が、真っ直ぐに瑠花の胸を目掛けて突き出された――――。
最後までお読みいただき有難うございます。
また少し遅刻。
腹を切ってお詫びいたします(え)
それでは、また次回。