鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第91話:「蜘蛛」

 作戦自体は、シンプルなものだ。

 と言うより、シンプルなものにならざるを得ない。

 何故ならば、鬼殺隊は超常の存在に対して、たった1つの方法しか持たないからだ。

 

 ――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』。

 膨張を続ける肉体に、斬撃を叩き込む。

 深い傷は期待できない。だから、手数の多い型でとにかく斬る。

 切り刻む。

 

「とにかく、攻撃を続けてください!」

「一方的にか!?」

「一方的にです!」

「そいつぁ良いなァ!」

 

 ――――雷の呼吸・参ノ型『聚蚊(しゅうぶん)成雷(せいらい)』。

 肉塊の周囲を跳び回り、まさに稲妻の如き速度で切り刻んだ。

 瑠衣と獪岳の斬撃によって、肉が裂ける音と血飛沫が上がった。

 口が無いので、悲鳴が上がるわけでは無い。

 しかし痛覚はあるのだろう。ウゾウゾと蠢いて悶えていた。

 

「…………」

 

 それを、瑠衣は眉を動かさずに見ていた。

 一方的。そう、これは一方的な攻撃だった。

 何しろ肉塊には手も牙も無いのだ。一方的になるしかない。

 反撃の手段が、あの肉塊には無いのだ。

 

 全員で、ひたすらに攻撃する。

 当然だが、再生はする。それも凄まじい速度だ。

 ただし再生と言っても、元の形の通りに治るわけでは無い。

 元の形など、もはやあってないようなものだからか。

 

「うーん」

 

 攻撃の後、犬井の傍に着地した。

 肉塊の様子を観察していたのだろう。

 顎先に手指を当てて、小さく唸っていた。

 

「どうしました?」

「いや、うーん。何だろう、様子がおかしい気がする」

「様子?」

 

 聞き返すと、犬井は頷いた。

 目を細めて、蠢く肉塊を見つめている。

 そう言われて、瑠衣も改めて肉塊を見つめた。

 

 仲間達の攻撃を受け、そして再生している。

 日輪刀による斬撃でも、ダメージ自体は少ない。

 だがそれは、元の状態がそうなのだから不思議なことではない。

 しかし、それでも。

 

「何かが、おかしい」

 

 犬井は、何か違和感を感じている様子だった。

 彼は何かを()()()()

 瑠衣にはそれがわかった。

 ただそれを上手く言語化できないので、何か、という言い方しか出来ないのだ。

 

(何か……何だ。何かを見落としているの……?)

 

 だから瑠衣も、斬撃と再生を繰り返す肉塊を見つめた。

 そこに何かの見落としがあるのではないか、と、そう思って。

 瑠衣は、視つめた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 何かが起こっている。

 それはわかっているのだが、上手く言葉にすることが出来ない。

 今の炭彦の状態を表現するのであれば、そういうことになる。

 彼もまた、いやこの場にいる誰よりも良く()()()()()炭彦だからこそ、余計にそうなってしまう。

 

「何かが、動いてる……?」

 

 不気味に蠢く肉塊の中で、さらに何かが蠢いている。

 今さらだが、あの(おぞ)ましい肉塊を視ていると、何かに似ている気がしてきた。

 何だろう。いったい何に似ているのだろう。

 

 その疑問は、次の瞬間には氷解した。

 楕円形の塊。その内側で蠢く何か。

 そこから連想されるものを、炭彦は口にした。

 

「…………卵?」

 

 口にしてみれば、なるほど、と思った。

 確かにあれば、卵のように見えた。

 硬い殻にこそ覆われていない――いや、弾力のある肉と無尽蔵の再生力が「殻」そのものなのか――が、卵の()()は、あんな風に視えるのかもしれない。

 卵をレントゲンやX線とかで透視すると、あんな風に見えるのかもしれない。

 

「え、でも……卵って、ことは?」

 

 そんな印象を受けてしまったせいだろうか。

 急激に、嫌な予感がした。

 肉塊は瑠衣達の攻撃を受け続けて、そして傷を負い続けて、嫌な音を立てて血を噴き出し続けている。

 

 今にも、死んでしまいそうだ。

 一方的。そう、一方的に攻撃している。

 傍目には、そう見える。

 だが炭彦の眼には、別のものが視えているのだった。

 

「卵、だったら。じゃあ、()()って」

 

 そう。あれが卵だとしたら、当然、連想されるものがある。

 肉塊()の中で蠢くもの。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 すぐには言葉に出来なかった。

 

 だがそれは、無理もないことだった。

 だって、そうだろう?

 誰だって、()()()()()()()()()()()()()と言われれば困るはずだ。

 ましてそれが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「瑠衣さ――――……!」

 

 それでも、言葉にしようとした。

 警告しようとした。注意を、呼びかけなければと思った。

 けれどそれは、ほんの一瞬だけ遅かった。

 

 それもまた、仕方のないことだ。

 何故ならば、内部で蠢く程に()()していたのだから。

 そこまで()()()()()()から気付いたのだから、間に合わなくても、仕方が無かった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ()()()()()()()()()()()

 表現するのであれば、そういうことになるのだろう。

 変化は、外観上は急激に起こった。

 ウゾウゾと蠢くだけだった肉塊が、一瞬、大きく膨らんだのだ。

 

(――――何だ!?)

 

 最初に動きを止めたのは――そのあたりの反応は流石と言うべきか――獪岳だった。

 先程まで一方的な攻撃を愉しんでいたのだが、ピタリと止まった。

 肌感覚は優れた男だった。粗野なように見えて、その実誰よりも慎重だった。

 その男が、肌の粟立ちを感じて止まったのである。

 

 何かがある。と、仲間達に即座に伝わる。

 一種のレーダーのような役割を意図せずして果たしている。

 禊などは「カナリアかしら」と茶化すかもしれないが、幸いにして、今この場でそう言うことは無かった。

 

「あらぁ」

 

 とは言え、と、榛名は思う。

 目の前で、あの肉塊は確かに奇妙な変化を見せている。

 大きく膨らんだかと思えば縮み、そしてまた膨らむ。

 それを繰り返すと、表面に罅のようなものが生まれていった。

 肉の表面に罅割れ。おかしな表現だが、そうとしか説明が出来なかった。

 

(慎重策を取っている余裕。実は無いのよねぇ)

 

 理由は明白。瑠衣の限界が近い。

 瑠衣の『爆血』も、使えてあと1回というところだろう。

 しかも瑠衣の弱体化は()()()()()()進んでいる。

 時間が経てば経つ程に、こちらが不利になっていく。

 

 だから、ある程度の危険を覚悟して突っ込むしかない。

 問題は、その役割を誰がやるかだ。

 獪岳はやらないだろう。禊もそうだ。犬井は、良くわからない。

 もちろん、大将(瑠衣)にさせるわけにもいかない。

 

(わたしが)

 

 と思った矢先、傍を駆け抜けていった者がいた。

 

(柚羽ちゃん)

 

 見るに見かねて、斥候役を買って出てくれたのだ。

 有難う、と、心の中で思った。

 この形になるのであれば、榛名のすべきことも(おの)ずと決まって来る。

 柚羽の後に続き、後詰の位置でついて行く。

 

 そして、見開いた紫眼を光らせながら、柚羽が先を駆けた。

 柚羽が狙うのは、最も大きい罅割れ。

 肉塊を縦に裂いている、あの空隙だ。

 

(何が出るにせよ。手を出して見なければ何もわからない)

 

 ――――水の呼吸・参ノ型『流流舞い』。

 日輪刀を、空隙に滑り込ませる。

 そして。

 

「瑠衣さ――――……!」

 

 炭彦の警告は、そのタイミングで来たのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 あ、と、誰かが声を上げた。

 ただその声が音として周囲の耳に届く前に、柚羽の身に結果が()()()()()()()()

 柚羽はまず、衝撃を感じた。次いで懐かしさすら覚える灼熱感を覚えた。

 

「柚羽ちゃん!」

 

 榛名が声を上げる。

 それに対して、柚羽は歯を噛んで空中で身を翻した。

 灼熱感はまだ続いていたが、何とか着地しようとした。

 

「……ッ」

 

 しかし、その着地が問題だった。

 いや、着地自体はした。

 したのだが、バランスを崩してガクンと半身が落ちてしまった。

 

 理由は単純で、体の軸線がブレてしまったからだ。

 剣士として熟達の域にある柚羽がバランスを崩すなど、本来は考えにくい。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

(私の、腕は)

 

 腕を失って、バランスを崩した。

 無いと意識できれば修正は可能だが、即座には難しい。

 一方で自分の腕を探せば、それはすぐに見つかった。

 肉塊()の空隙から伸びた()が、だらりと脱力した――まあ、もはや力の込めようもないのだが――柚羽の腕があった。

 

 がしゃ、と、目の前に日輪刀が落ちて来た。

 柚羽の日輪刀だ。流石と言うべきか、咄嗟に投げていたらしい。

 尤も、日輪刀を掴む腕が無い、という問題があるわけだが。

 それでも、武器を残したという意味は小さくない、と思うことにした。

 

(少しでも情報を)

 

 一番対象の近くにいる自分が、情報を得なければならない。

 そう思い、足先で日輪刀を蹴り上げ、そして口に咥えた。

 千切られた傷口からはボタボタと血が流れ落ちていたが、大きな血管は呼吸で塞いだ。

 

 ――――水の呼吸・壱ノ型『水面斬り』。

 両腕が無い状態では、使える型にも限りがある。

 だからこれは攻撃というより、威力偵察に近い。

 そして威力については、すでに腕を千切られたことで証明しているようなものだ。

 

(これ、は)

 

 再び、肉塊に迫った。

 罅割れが大きくなっており、そこから伸びた腕が自分の腕を掴んでいる。

 そしてその罅割れた隙間の間から、何かの目がこちらを窺っていた。

 そう、目だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(不味い)

 

 一瞬で、イメージ()()()()()

 次の瞬間、千切られた腕のようにされるという確信。

 無数の腕に全身を掴まれ、バラバラにされるという映像(ビジョン)が、柚羽の脳内に強く浮かんだ。

 そして実際、その通りになった。

 柚羽の身体に、無数の黒い腕が伸びて来た――――。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――水の呼吸・肆ノ型『打ち潮』。

 柚羽の身体を掴んだ無数の黒い腕を、日輪刀の刃が打ち払った。

 水の呼吸。柚羽と同じ呼吸だが、柚羽では無い。

 そしてこの場で水の呼吸を遣うのは、あと1人だけだ。

 

「いやあ、今のはヤバかったねえ」

 

 犬井が、日輪刀を片手に、そして片手に柚羽を抱えていた。

 黒い腕の群れを打ち払い、肉塊から大きく距離を取った。

 

「ってえ、いやいやいや!」

 

 しかし黒い腕は、どこまでも追って来た。

 一連を振り切ればさらに一連と、それが何度も続いた。

 その度に犬井は危険な位置にいる腕を打ち払い、後ろへ後ろへと跳躍した。

 それを何度も繰り返す。

 

「お、おおっ、おおおおおっと、っと、っとお。どわあっ!?」

 

 追撃の勢いが余りにも凄まじく、彼は最後には尻餅をついて倒れてしまった。

 黒い腕が迫る。しかも無数に。凄まじい速度、そして威力で。

 直撃すれば、人間の頭など簡単に砕けてしまいそうだった。

 だが犬井は、立ち上がることなくそのままでいた。

 

 そんな彼の眼前で、黒い腕の1つが振り下ろされた。

 しかしそれは犬井には寸でのところで触れることなく、彼の足元の地面に突き刺さった。

 コンクリートで舗装された地面にめり込む程の威力。

 だがそれを前にしても、犬井は日輪刀を持った手で頭を掻いていた。

 

「いやあ、おじさんゾっとしちゃったよ」

 

 黒い腕が、口惜しそうに左右に振れながら戻って行く。

 それを見送りながら、犬井は日輪刀を眼前に縦に構えた。

 

「ひい、ふう、みい、の……20メートルってところかねえ」

「2人とも、大丈夫!?」

「まあ、おじさんは大丈夫だけど」

 

 そこへ榛名が駆け付けてきて、車椅子が倒れるのも構わずに、柚羽に縋り付いた。

 柚羽は意識はあった。口に咥えた日輪刀を放すことも無かった。

 とは言え、とても戦えるような状態には見えなかった。

 

「さて、次はいったい何が出てくることやら……」

 

 肉塊は、もう膨張を止めていた。

 というより、膨張したり縮小したりするような柔軟さを失っていた。

 先程までは、確かに柔らかい肉の塊であったはずだ。

 それがいつのまにか、文字通り卵の殻のように硬くなっていた。

 

 その肉の殻を、無数の黒い腕が()()()()()()()

 罅割れによって生まれた隙間に指をかけ、無理矢理に割っているのだ。

 まるで、自分で自分を喰っているように見える。

 それは余りにも(おぞ)ましく、怖気(おぞけ)の走る光景だった。

 

「う……」

 

 ()()過ぎる炭彦は、口元を押さえてしまった。

 気持ちは良くわかると、瑠衣は思った。

 何しろ、あの肉の殻から出てこようとしているものは、それ程に悍ましい化物だったのだから。

 かつて鬼舞辻無惨を前にした時でさえ、ここまでの嫌悪感を抱きはしなかった。

 

「まあ、それはそうでしょうね……」

 

 ふ、と笑って、瑠衣は言った。

 

「これが、同族嫌悪、というものなのでしょうか」

 

 ()()()()()()()()()()()

 瑠衣が、そう思った時だ。

 ()()は、生まれた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ()()が表に出て来ると、まるで花が(しお)れるかのように、黒い腕が力なく倒れていった。

 そして黒い腕を踏み潰しながら、()()は瑠衣達の前に進み出て来た。

 空気が、冷たかった。周囲の気温が数度は下がったような、そんな気がした。

 

「これは、また」

 

 犬井が感嘆とも取れる声を上げる。

 長い人生――文字通り長い時間を生きたという意味で――の中で、色々と見て来たが、()()はその中でも群を抜いている。

 かつて見てきた鬼と比較しても、()()()()()()()()

 

「ハハ……()()()()()()()

 

 それを見上げながら、獪岳が笑った。

 もはや笑うしかない。まさにそんな反応だった。

 そして獪岳の言った通り、それは巨体だった。

 全長数メートル…いや十数メートルはあるだろうか。

 人間が人形サイズに見える。

 

「えっと……クモ、に見えるわ、ねぇ」

 

 榛名が告げた通り、そもそもそれは人間の形をしていなかった。

 四対の脚が、胴体と思われる部分から伸びていた。

 それらの脚は鉱物のように硬く、鈍い光沢を放っていた。

 金属の蜘蛛。表現するとすれば、そうなるだろうか。

 

「あ、あれは……?」

 

 そして誰もが、それを()()と表現する。

 何故ならば、まるで船の舳先のシンボルのように、頭部があるべき胴体前部に、女の上半身が磔にされていたからだ。

 両腕を左右に広げたその姿は、文字通り罪人のようにも見えた。

 女の顔は、伏せられていて見えない。

 だがその容姿は、瑠衣に良く似ていた。

 

「……あまり、良い気分はしませんね」

 

 と、瑠衣が呟いたせいでもないだろうが、それが反応した。

 ()()()()()

 しかし、磔の女は顔を伏せたままだった。

 

 金属じみた黒い光沢を放つ表面に、突然、無数の目玉が現れたのだ。

 それも一つ二つでは無い。複眼だ。それも全身、隈なく、だ。

 血走った無数の目玉が、ギョロギョロとあたりを、瑠衣達を見つめて来た。

 そして、さらに次の瞬間だった。

 

「Aa――――――――ッッッッ!!」

 

 絶叫。声ですらない。ただの音。

 耳をつんざくような、周囲の空気を揺さぶるような、そんな大音量が、()()()を覆った。

 その声だけで、建物の一つ二つは破砕してしまいそうだ。

 

「へえ、まあ」

 

 巨大な蜘蛛女(アトラク・ナクア)とも言うべき怪物を前にして、禊は言った。

 

「悪くないじゃない」

「いや、その感想はおかしいと思いますけど」

 

 呆れたように言う瑠衣に、禊は「ふふん」と胸を反らして見せたのだった。

 ガチン、と、日輪刀の槍が音を立てた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「AAAaaa――――――――ッッ!」

 

 空気が震える。

 磔の女の口は閉じているのに、どこから音を出しているのかわからない。

 全身に出現した目玉は、周囲にあるものを1ミリたりとも見逃すまいと忙しなく見つめ、睨んでいる。

 叫び。視線。そのいずれも、瑠衣には覚えのあるものだった。

 

「ああ、本当に……アレは、私そのもの、ですね」

「アンタの感傷にはこれっぽっちも興味ないわ」

「悲劇のヒロインってか? 今さら過ぎてウケるな」

「もう少しオブラートに包んでくれませんかね」

 

 ふう、と息を吐いて呟けば、辛辣な反応が左右から返って来た。

 元より同調や同情など求めたりはしていなかったが、それにしたって辛辣だった。

 まあ、それはさておくとして。

 

「ンなことより、喚くばっかで動かねえぞアレ」

 

 獪岳の言う通り、蜘蛛はその場で叫び声を上げるばかりで、動こうとはしていなかった。

 叫び、睨み、それでいて存在だけは大きくて、無視できない。

 かと思えば、先程の黒い腕のように、()()()()のだ。

 それはまるで、()()()()()()

 

「たださっきの様子だと、日輪刀の効果は薄いでしょうね」

 

 黒い腕もそうだったが、あの金属質な脚や胴体も、闇雲に斬ったところで無意味だろう。

 そもそも、太陽を克服した存在なのは変わらない。

 狙うとすれば、やはり――――。

 

「あの、見るからに柔らかそうな女、だよな」 

「助平」

「ちょっと言い方が気持ち悪いです」

「お前らマジで殺すぞ」

 

 磔の女。

 金属の蜘蛛の中で、女の上半身だけ外に露出している。

 獪岳の言う通り、攻撃するとすればあの部分だろう。

 日輪刀の数も不足している中で、そう何度も硬質な部分と打ち合うことは出来ない。

 

「でも、アレの頚を落とせば死ぬってわけじゃないでしょう?」

 

 禊がそう言った。それもまた、おそらくは正しい。

 まさか、今さら見た目通りの頚が弱点ということはないはずだ。

 磔の女の頚を落とすことには、意味が無い。

 

「端からバラバラにすれば良いでしょ。どれか当たるわよ」

「猟奇的すぎんだろ」

「禊さんって、本当そういうところありますよね」

「アンタ達からバラバラにしてやりましょうか?」

 

 バラバラに、と言うわけでは無いが。

 しかしこういう場面で有効な方法を、瑠衣は1つしか思いつかなかった。

 

()()()で、貫く」

 

 ポツリと呟くように言えば、禊は鼻を鳴らし、獪岳は眉を上げた。

 瑠衣のやろうとしていることを、理解している顔だった。

 だから瑠衣はいちいち確認など取らず、握っていた小太刀を翻して、言った。

 ()()()()()()()

 

「刀を貸してくれますか。炭彦君」

「え?」

 

 きょとんとした顔をする炭彦に、瑠衣は微笑んで見せたのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 生半可な攻撃は、きっと効果が無い。

 獪岳や禊は強いが、瞬間火力という点ではやや劣る。

 犬井や柚羽の水の呼吸も、榛名も、その点では同じだ。

 そして残念ながら、瑠衣の風の呼吸もそうだ。

 

(きっと蜘蛛(アレ)は、見た目通りじゃない)

 

 磔の女の身体も、実際のところ弱点かどうかはわからない。

 突破口には違いないが、確証はない。

 だから、()()()()()()

 一瞬の火力が、すべてだった。

 

 しかし、この場にいる人間の技――自分も含めて――では、その火力が出せない。

 だが、瑠衣は知っている。

 いや、覚えている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、大火力を。

 その、技を。

 

(久しぶりに、()()()()()()()()()()()

 

 今さら、かもしれない。

 ()()を使う資格など、とうの昔に自分で捨ててしまったのに。

 それでも、これしか思いつかなかったのだ。

 目の前の蜘蛛を、煉獄瑠花の成れの果てを、(ほふ)る方法を、他には。

 

(ごめんなさい、()()()。今だけ、この刀……貸してくださいね)

 

 ()()()()

 日輪刀は一度色が変わると、二度と変化することは無い。

 100年経っても、変わることが無い。

 そして今なら、竈門炭治郎の日輪刀が黒色に変わった理由も何となくわかっている。

 

 刀身に、掌を当てた。

 そのまま刃先まで、掌を滑らせる。

 当然、掌は切れる。切れて、血が流れる。

 そしてその血は、燃え上がる。

 

(禰豆子さんの、最後の、『爆血』)

 

 文字通り、最後の一発だ。

 次の補充は無い。竈門禰豆子には、もう何の力も残っていない。

 竈門兄妹が遺した最後の力を自分が使う。躊躇が無いわけではない。

 だが、それでも、あえて思う。

 ()()()()()()()

 

「……一撃で」

 

 日輪刀を両手で持ち、そのままの構えで大きく背中側の逸らす。

 まるでバネを引き絞るかのように、腰を回す。

 全身の筋肉が軋む。

 呼吸で筋繊維の1本まで知覚できている今、それは頭の中に鮮明に響く。

 そのまま、半身を傾けせて、姿勢を低くする。

 

「一瞬で、多くの面積を、根こそぎ、抉り……斬る!」

 

 長い鍛錬と、永い生で得た力を、ただただ自分のために使って来た。

 今さら剣士を気取るつもりは無い。

 燃やすべき心は、もはや無い。

 無辜(むこ)の人々を守ろうと言う気概も、何も無い。

 

 けれど、責任はあるだろう。

 自分の、そして身内()の不始末に対する責任が、あるだろう。

 それだけは、それだけのためなら。

 自分はまだ、この力を使える。

 

「AAAaaa――――――――ッッ!」

 

 何かに感づいたのだろうか。

 それまで叫ぶばかりで動くことの無かった蜘蛛が、突然、こちらを向いた。

 全身の目玉が瑠衣の方を向いて、丸太のように太い金属の脚が動き始めた。

 コンクリートの地面を貫きながら、蜘蛛の巨体がこちらへと走り出した。

 

「行き、ます!」

 

 しかし、瑠衣は止まらなかった。

 否、止められなかった。この技を、途中で止める力は無かった。

 黒い刀身が、『爆血』で燃える。

 全身の血が沸騰するような錯覚を、瑠衣は覚えた。

 

「『煉獄』――――――――ッッ!!」

 

 これが、正真正銘、最後の一撃。

 瑠衣の人生で放つ、最初で最後の『煉獄』だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「チッ、勝手に始めやがってよ!」

 

 そう言って、獪岳が駆け出していく。

 その背中を、禊は呆れたような、というか呆れて見ていた。

 何だかんだと言いつつ、この男は瑠衣に付き合ってしまうのだ。

 それでいて瑠衣のことを「嫌い」と公言――していたかどうか覚えていないが、したということにしておいて――しているのだから、呆れる他ない。

 

 煉獄瑠衣という少女もまあ「どうかしている」と常々思っていたが、この男もなかなかだ。

 犬井はまだわかる。あれはそもそも瑠衣の味方でも何でも無い。

 榛名や柚羽もわからなくはない。あれはお互いが一番の類だ。ややお人好しが過ぎるが。

 しかし獪岳は、損得とか友愛とか、そういうものでは無い。

 

(面倒くさいやつ)

 

 瑠衣も獪岳も、どちらも面倒な性格をしている。

 もちろん、いちいちそれを指摘してやるつもりは無い。

 別に友達でも仲間でも、きょうだいでも無いのだ。

 ただ、呆れと共に思うことはある。

 

(まあ、無防備に背中を晒してくれちゃってさあ)

 

 瑠衣もそうだし、獪岳は瑠衣に対抗しようとするので自然とそうなるのだが。

 この2人は常に――禊がそうしようとしない限り――先に駆けて行く。

 すると当然のことだが、禊に背中を向けることになる。

 自分で言うのもおかしいが、それってどうなんだ、と思う。

 

 まさか。

 まさかとは思うが、自分を信用してでもいるのだろうか。

 あ、駄目だ考えただけで吐き気がしてきた。

 おえー。

 

「まあ、獲物を取られるのも(しゃく)だし……って」

 

 その時だった。

 視界の端に、あるものが映った。

 蜘蛛を正面に見据えていたので、視界の端ということは、方角的にはほぼ真横ということだ。

 とは言え普段なら、危険でも無い限り無視していただろう。

 

(あれは……)

 

 しかし、()()は目を引いた。

 何故ならば、その少年はとても良く似ていたから。

 100年。何世代も経っているはずだが、容貌はまさに瓜二つだった。

 燃えるような髪色の、あの少年。

 

 煉獄桃寿郎。

 現代に生きる、煉獄家の末裔。

 ただ彼は煉獄杏寿郎の子孫では無い。嫡流はすでに絶えている。

 彼は、()()()寿()()()()()()()()

 

「は?」

 

 そして、どういうわけかはわからないが。

 蜘蛛が、正面の自分達を無視して、桃寿郎へとその目玉の群れを向けた。

 理由なんて知らない。興味もない。どうだって良い。

 ただそれに気付いた時、禊の額に青筋が走った。

 オイ、と、ドスの効いた声が形の良い唇から発された。

 

「わたしの()に、手ェ出してんじゃないわよ――――」

 

 そして、決着の時が来る。

 誰にとっても、決着の時が。

 もう、すぐそこまで迫って来ていた。




最後までお読みいただき有難うございます。

滑り込みセーフ!

次回、決着の時……に、なる、はず(え)

いずれにしても、ハッピーエンドをお約束します(くもりなきまなこ)。

それでは、また次回。
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