この兄弟子をここまで頼もしく思ったのははじめてかもしれない。
「なんとも厄介な治療だった。だが、上々には仕上げて見せたぞ。完全ではないがな。」
仏頂面で長身の神父。妹の話だといずれ倒さなければならないだろうが、今は感謝すべき相手だ。
いつまでも新都のビルの屋上で固まってるわけにもいかないので、士郎の簡単に事情を説明してから桜を教会に運び、治療を受けさせた。
「ありがとう綺礼。感謝するわ。」
桜を救うためにクリアすべき条件は多い。
心臓に寄生してる臓硯の排除。これは私がやったが、臓硯は生きている。このまま黙っているはずがないのだから要注意ね。
聖杯のカケラ。これも臓硯とともに排除した。
そして刻印蟲の除去。これは綺礼がある程度やってくれた。あとは対症療法で騙し騙しやっていくか・・・本人が望むなら思いきって人形師を頼る手もある。体そのものを入れ替えてしまえば蟲に苛まれることなくなるだろう。
だけどまだ問題はある。属性が完全に水になっていたなら良かったが、架空元素が残っているようだ。
貴重すぎる才能が、穏やかに過ごすことを許さないだろう。起源剣で魔術回路を破壊すれば話は別だが、あまりにも危険が大きすぎる。
それでも、とにかくなんとかする。やってみせる。
「もう桜を家に移動させてもいい?」
「問題ないぞ。じきに目も醒ますだろう。」
もう妹を手放すつもりはない。本人が自分の意思で出ていかない限りは。
士郎の屋敷で、私が間借りしている部屋のベッドに桜を寝かせる。
「桜が目を覚ましたら知らせるから、部屋の外で待ってて。」
「ああ・・・わかった。」
なんか上の空ね。・・・ひょっとして綺礼に何か言われた?あの他人の傷口に塩を塗り込むのをライフワークにしてる、悪趣味神父ならやりかねない。
けど士郎にまでかまってる暇はない。
ベッドに目をやると、キョロキョロと桜は周囲を見渡している。
そして私を見つけると後ずさる。無理もないけど、ちょっと堪える。
「起きた?そんなに怯える必要ないわよ。それと、臓硯はもう出ていったから。」
「お爺様が?」
「もう貴女の体にいないわ。刻印蟲も取り除けるのは取り除いたから魔力不足にもなってないでしょ?」
何か迷うというか、躊躇して言いづらそうにしてるわね。
「私のことは好きに呼んでいいわよ。」
「姉さん・・・」
「なに?」
「先輩に知られちゃいました・・・」
桜は顔を覆って静かに泣き出した。
何か気の聞いた慰めでも・・・と思ったが。それは私にできることではないと気づいた。
部屋を出て、正義の味方を呼んでこよう。
凄くシャクだけど。
◇◇◇◇◇◇◇
俺は結局盛大に空回りしただけだった。それにセイバーも巻き込んでしまった。
心臓に寄生していた臓硯を追い出したのは凛。
刻印蟲を取り除いたのは言峰。
俺は何の役にも立ってない。
「なにが正義の味方だよ。」
そう呟いていたら、背後から気配がした。
「桜が目を覚ましたから、慰めてきなさい!!」
ゲシッ!!
「イタッ!!なんでさ!!」
「わからないの!?」
「わかるわけないだろ!?遠坂が行けばいいじゃないか!!」
そもそもどんな顔して会えばいいんだ?間抜けすぎて穴があったら入りたい気分だぞ?
「ダメなのよ!!私じゃ!!私がご立派なこと言えば言うほど桜を追い詰めてコンプレックスを与えるの!!姉さんはあんなに凄いのに私は・・・ってね。」
コンプレックス・・・それはそうだろうけど、なおさら俺にはどうしようもない気がすんだが。
「アンタじゃなきゃダメなのよ!!上手くいかなくても根拠なんてなくても諦めないアンタじゃなきゃ!!アンタはなにがあろうと下向いてちゃダメなのよ!!・・・そういうアンタが桜には必要なの。」
「そんなんでいいのか?それはそれで別の種類のコンプレックスを与えそうだけど?」
「ええ、与えるでしょうね。」
「オイッ!!」
ダメじゃないか、それじゃ。
「それでも一人にしたり、私が側にいるよりマシなのよ。今の桜には私は『存在自体がイヤミ』になるの!!わかったらとっとと行って来なさい!!」
ビシッ!!と扉を指差す遠坂。
恐る恐るノックしようとすると。
「まどろっこしい!!行け!!」
ガチャ!!ドンッ!!
「なんでさ!!」
ゴロゴロ!!
「キャッ!!」
ごめん桜。驚かせて。
「あとは任せた。」
ガチャ!!
強引すぎるぞ遠坂!!
「えーと、あの、・・・なんで桜は土下座してるんだ?」
「ずっと・・・先輩を騙していました・・・」
「その・・・まずは座ろう。」
二人でベッドに腰かける。すると桜は堰を切ったように喋りだした。
「本当はわかってたんです!!先輩は私がいなくても何も困ることなんてない!!私が甘えさせてもらってるだけだって!!でも嬉しくて!!やめられなくて!!私はずるいんです!!」
気にしてない・・・って言ってもなんの慰めにもならないんだろうな、それくらいは俺にもわかる。
今伝えるべきことは・・・
「桜は家族だ。俺にとっての家族っていのは、世間で言うのと少し違ってさ。俺にだって血の繋がった家族がいたんだろうけどさ、そんなの全然覚えていないんだ。俺のいちばん古い記憶は焼け崩れた冬木の街を一人で彷徨い歩いているところからはじまるんだ。」
「それ・・・私が聞いてしまっていいんですか?」
「俺だけ桜の事情を知ってるのも不公平だし、そこから話さないと伝わらないと思うから。」
興味を引けたようだから、たぶん話の方向としては合ってるな。
「燃える瓦礫の山の中で、最初の家族に会った。切嗣だ。立場上は保護者なんだけど、むしろ俺の方が世話したよ。家事がまるでできない親父でさ。」
「・・・幼い頃から苦労してたんですね。」
「苦ではなかったよ。好きでやってたから。そのうち家族が増えていった。藤ねえだ。例によって藤ねえも家事はできないけど。一緒に居れるだけで嬉しかった。・・・困るとか困らないとかいう問題じゃない!!甘えてくれていい!!例えやお世辞じゃないんだ!!本当に・・・言葉どおりの意味で、桜は俺の家族だ。喪いたくない!!」
そう言いながら思わず桜を抱きしめてしまった。嫌がられるかな?だけどこうしていないと、どこかへ消えてしまいそうな儚さを桜から感じたから、そうせずにはいられなかった。
「本当に・・・私が・・・先輩の家族でいいんですか?」
勿論だ、声にならないので何度も頷いてみせる。
理解できたようで、桜は目に涙を溜めて俺の胸に頬をよせてきた。
よかった伝わって。もう空回りもすれ違いもごめんだ。
◇◇◇◇◇◇
つい気になってしまった。
姉さんに嫉妬しないようになったら、今度は並行世界の自分に嫉妬とは我ながら進歩のないことです。
早々に立ち去りましょう。ふたりは結ばれるべくして結ばれ、救われるべくして救われるんです。
私のような、救われなかった不吉な存在はこの場所に相応しくない。
そう思ったのに。
「あの・・・もう一人の桜。もし近くにいるなら出て来てくれないか?」
どうして私を呼ぶんですか?