痺れを切らした帝国側はついに王国の姫を誘拐する。
彼女の尋問を任された帝国の陸将は彼女の牢を訪れ――
ネタバレしますと、この話は王国のお姫様と帝国の将校がお互いに好きって言わせようとする恋愛攻防戦です。
――それは一体いつから始まったのか。
技術力に富んだ公国と国力に富んだ王国、二大国による戦争は少なくとも百年は続いている。
始まったきっかけも今となっては分からず、お互いに物資と人員を浪費するだけの無益な戦いを延々と繰り返していた。
公国の将校たちも、王国の大臣たちも、それぞれの国民も――きっとなんで戦っているのか分かってはいないのだ。
お互いに先祖がそうしてきたからそうしている、そのくらいの感覚なのだ。
「全く、嘆かわしいものだな」
「……何がですの?」
「我らが公国には先見の明を持った人材がいないということが、だ」
「あら、それは王国も同じでしょうに」
「私は王国の人間ではないのでね。そちらがどうなろうと知ったことではない」
「む……確かにあなたに王国のことを考えろというのは筋違いでしたわね」
薄暗い一室。
朝か夜かも判然としないその部屋で、一組の男女が話していた。
一方は硬質そうな黒髪を短く刈り込んだ体格のいい青年。
もう一方は絹糸のようなプラチナブロンドを長く伸ばした華奢な少女。
青年の鋭い目つきにも全く動じず、少女は口をもう一度開く。
「では、あなたはどのような人材を求めているのですか?」
「そうだな、まず野心がない者が望ましい」
「ふむふむ」
「ああ、頭がいい奴でなければ。せめて私の話についてこれるようでないと」
「ええ、ええ」
「それから男ばかりでは意見が偏ってしまうから女がいいか」
「なるほど?」
「白人で金髪碧眼。今の公国議会には余りにも色がない」
「はあ」
「それに、それなりの容姿が欲しい。くだらないが、社交界には見目というのも要求されるものだ」
「全く同意しますわ」
「そうだな、姫と言われるくらいの容姿があれば十分だろう」
「姫、ですか……」
「おや」
にやり、と。
獲物を見つけた鷲のように鋭い目つきで少女を見やる。
「貴女のことだと勘違いさせてしまったかな、姫?」
「あら、
「そんなわけないだろう。貴女は王国の人間。そもそも考える余地がない」
「……ええ、そうですわね」
――いや。
公国籍さえ取ってしまえばあとはどうにかなるのだが。
その国籍取得の方法といえば……
「例えば――ええ、例えばの話ですけれど。私がこの国の人間と結婚すれば、問題は解決しますわね」
「そうだな」
「でも、そうですね。私もその辺の有象無象と結婚する気はありませんし、いくつか条件がありますわ」
「ほう。一体王国の姫はどんな男の趣味をしているのやら」
「まず、自分の事だけでなく国の未来を憂うような方がいいですわ」
「ふむ」
「あと、心の優しい方がいいですわね。私の雑談にも快く応じてくれるような」
「ああ」
「黒髪黒目。私ずっと憧れてましたの」
「ほう?」
「それに、私を娶るのですからそれなりの地位の方でないと」
「中々言うな」
「せめて陸将くらいは欲しいですわ」
「陸将か」
「あら」
にっこり、と。
恋も知らない乙女のような可憐な笑みで青年を見つめる。
「勘違いさせてしまいましたか、閣下?」
「いやいや、まさか」
「しかし閣下も陸将のお一人……勘違いしてもおかしくはないでしょう?」
「私など父から引き継いだだけの男。陸将とは名ばかりさ」
「百戦錬磨の名将が何を仰るかと思えば……」
「それに、私は仕事ばかりで家庭を持つなんてとてもではないが考えられないな」
「その割には私に会いに来ているような気がするのですが」
「これも仕事だからな」
「家のことも仕事と捉えば両立も出来そうですわね」
……。
小部屋に静寂が満ちる。
「……そ、そろそろ時間だ。これで失礼する」
「……え、ええ」
赤くなった顔は何を考えてのものか。
きっと結婚した後の生活を想像してだろう。
「……また、来てくださいますの?」
「……他の仕事がなければ」
「期待せずにお待ちしていますわ」
「ああ」
公国の陸将と王国の姫。
彼らが結婚するのはまだまだ先の話。
お互い好き同士なのにじれったくなるような恋愛が好きです(隙自語)