転生者だけどDIOに目を付けられました。【没作品】 作:家葉 テイク
「……さて」
両右手の――余計なことを口走りやがってくれたド外道野郎J・ガイルを無事殺したポルナレフは、そう言って私の方へ向き直りました。アヴドゥルと花京院も同じく警戒しています。
……ヤバいです。非常にヤバいです。まさか完璧と思われた桜子さんの作戦に、こんな隠された穴があるとは思ってもみませんでした。J・ガイルはよく考えればエンヤ婆の息子。私の事を聞いていても不思議ではありませんでしたね。
ホル・ホースももっと早く銃撃してくれればよかったものを……彼のスタンドは『マジシャンズ・レッド』とは相性が悪いですから、此処は私が主体になって切り抜けなければなりません。というか、私のスタンドも彼とはあまり相性がよくないんですけどね……。
まずさしあたって、『バーニン・ブリッジ』で、
「待て待て、あんまり厳しい感じのはナシで行こうぜ。な?」
――なんて思っていたところで、ホル・ホースが間に割って入りました。
「ホル・ホース? そう言やあーおめーもさっき、『それしきのことを知ってねーとでも』って言ってたよな。おめーも桜子がDIOの手先だって知ってたのか?」
「正確には、DIOの手先の振り、だがなあ」
そう言って、ホル・ホースは私の前髪を持ち上げます。
「あっ馬鹿……!」
私は一瞬頭の中が真っ白になるくらい焦って、ホル・ホースの手を払いました。
「いきなり何をするのですか! 桜子さんのおでこは誰にも見せられない神秘の領域なんですよ‼」
「ってて……悪い悪い、だが、今ので見えたろ?」
「あ、ああ……? 傷がある以外には普通の額に見えたけどよ……」
「ああああ! もう! よくも! 見せましたねえ! この‼」
「いでっ、いでで……! ごめん! 悪かった! スマン‼」
わたしは思わずカッとなってホル・ホースを殴ります……が、手が届かない。くう、フィジカルの差……! こればっかりは桜子さんを以てしても如何ともしがたいです。スタンドは、流石に暫定敵のジョースター一行の前で全部見せる訳にも行きませんし。
まあ、多少殴って気分は落ち着きましたが……額の――顔の傷なんて、女の子にとっては恥部に等しいのですよ。それこそ夫になる人くらいにしか見せたいものではありません。女好きを標榜してるわりにデリカシーがないですよコイツ。
「……つまり、『肉の芽』はついてねェーっつってんだ。この桜子は、DIOに出会ったが『肉の芽』をつけられないように上手く立ち回って『仲間の振り』をしていたのさ」
「なんだと⁉」
「それは本当ですか!」
ホル・ホースの説明(まあ一〇〇%真実ですが……)に反応したのは、肉の芽を植え付けられそうになって必死こいて逃げ去ったアヴドゥルと、逃げられず肉の芽を植えられてしまった花京院です。
まあ……並のスタンド使いでは信じられないでしょうね。……ふふん。スタンド使いの中でも選良である私くらいしか、DIOの『ザ・ワールド』を相手にして交渉なんて真似はできないでしょう。例外は承太郎の『スタープラチナ』くらいでしょうか。
「ええ、事実ですよ。肉の芽を植えてこようとするDIOを上手く出し抜いて、金銭で雇う契約を結んだのです。桜子さんは歴戦のネゴシエーター顔負けの交渉術を持っているので」
「まあコイツの交渉術はともかくとして、そういう事実があんだ。その話を聞いて、おれはJ・ガイルへの復讐の旅の仲間にこいつを加えたってわけさ。おれもDIOの噂は聞いている。スタンド使いを集めている妙なヤツがいるってよお。そいつと正面切って交渉できるってんだから、相当の実力者だってことは分かったしな」
「だが、形ばかりとはいえDIOの部下になっているなら、いったい何故われわれを討伐しようとせず、むしろ味方した? 静観するという選択肢だって、あるにはあったはずだ。われわれに味方するのはリスクが高すぎやしないか?」
ホル・ホースが視線を向けて来るのを感じます。
ええ、分かっていますよ。此処で一つ、カッコいいセリフをキメてジョースター一行の信頼を勝ち取れってことですよね。そのくらい桜子さんにとってはお茶の子さいさいです。
「そんなの決まっているじゃないですか。DIOなんてちっともこわくないからですよ」
そう言って、桜子さんは自信満々に胸を張りました。
……ふふん。桜子さんのあまりの『スゴみ』に、さしものジョースター一行も二の句が継げないようですね。
「一度戦ってみて分かりました。この桜子さんにとってDIOは大した相手ではない、と! それに(J・ガイルを追っていたことになっている)ホル・ホースとの約束もありますし、何より後味の良い方についた方が良いに決まっていますからね」
「………………」
「(アヴドゥルさん、ポルナレフ、ちょっとこの子本当に大丈夫なんでしょうか……?)」
「(お、おれにも分からねー……ただ、かなり頭の回るヤツだってことだけは確かだから、あながち強がりとも……)」
「(だがポルナレフ、それにしたってお前以上に自惚れの強そうな性格だぞ……)」
なんかざわざわ言っていますね。サインを求めるかどうか考え中なのでしょうか? まあ桜子さんはエンターテイナーの道にも長じていますので、サインの一つや二つや三つくらい練習してありますけどね。今日はタイプAの気分です。
「……分かった。二人の言うことを信じよう。疑ったりして悪かった」
「いえ、疑いたくなる気持ちも分かるので、お気になさらず。それでサインはどうしますか?」
「サイン? 何のことです?」
「…………」
「…………」
「…………」
……おかしいですね? サインの話をしていたのでは……?
「うぉっほん。それで、無事J・ガイルは倒せたわけだがよ。おめーら二人はこれからどうするんだ?」
「あ、ああ。おれらはDIOを倒す為に旅を続けるつもりだぜ。身内の仇は討ったとはいえ、やはり諸悪の根源はDIOだしよォー」
「やはりそうか。では、われわれと一緒に旅をするつもりはないか? もし来てくれるなら旅のバックアップもしよう。……実は、われわれの仲間である承太郎の母であり、ジョースターさんの娘であるホリィさんはDIOの呪縛でスタンドが暴走していて、このままだと命がない。だからDIOを討ち、スタンドの呪縛から解き放つために、我々はエジプトまで旅をしているのだ」
私にとってはとっくのとうに知っている事前知識でしたが、ホル・ホースはびっくりして目を丸くしていました。
……ああ、そういえば、ホリィさんが危篤状態だとDIOが知っていたなら、確実に手先を日本に送り込んで、一行を日本に縫い止めようとしますよね。そうしなかったということは、ホリィさんが危篤であることをDIO自身が知らなかったということなのでしょう。普通にどこかに身を隠しているとでも思っていたんじゃないでしょうか。
ですが、私達としてはジョースター一行と旅を続けるわけにはいかないわけです。なぜなら、恒久的に旅を続けているとDIO側に私の反逆がバレてしまうから。別にジョースター一行を害するつもりはありませんが、かといってDIOと敵対するつもりも私にはないのですしね。
「…………」
ホル・ホースが視線を向けて来るのが分かります。どうするのか、というところでしょうね。
「……有難い申し出ですが、やめておきましょう」
つとめて厳かな表情を作って、そう返します。
「あまり人数が多くなりすぎても、今度は却ってDIO側からの脅威度を上げて、追手の数を増やすだけでしょう。正体のわからない敵が二人になるだけで、戦闘は一気に複雑になりますから。それなら分散させてDIOの追手を散らした方が、最終的な負担は減るはずです」
「……それは良いんだがよ、桜子。旅費はどーすんだ? インドに来て早々すられたよな?」
そこで、桜子さんの超絶的演説の腰を折るホル・ホースのツッコミが入りました。本当に無粋ですね。お金ならあるでしょうに。ゴロツキから得た一〇パーセントのお助け料。確かあれだけで一〇〇万(日本円換算)くらいにはなったはずです。世界旅行がいくらかかるか分かりませんが、此処からエジプトまで、ジョースター一行とつかず離れずの位置を旅するのには十分でしょう。
「それなら先程稼いだじゃないですか。ほら、此処に……」
そう言ってポケットを漁って……、
……あれ? おかしいですね?
桜子さんのポケットの中にしまっておいた一〇〇万がありませんよ? おかしいですね……そう簡単に落とすような大きさのものではないはずなのですが……。
「……さっきのタクシーですられたんじゃねーか?」
「…………そんなはずはありません。多分ホル・ホースのポケットにしまったのです。ホル・ホースが持ってるはずです」
「っつーか、荷物全部すられたんだから一〇〇万のうちいくらかは着替えやらパスポート再発行やら生活必需品やらに回さないといけねーよな。そんなんでカネ残るのか? っつーか、パスポートがなけりゃ俺達この国に足止めだよな?」
「……………………………………………………」
……。
「……あー、えーと、もう一度聞くが、わたし達と一緒に旅をする気はないか? ……どーしてもついて来てほしいんだ。頼む」
「…………どうしてもと言われてしまっては、仕方がありませんね。そこまで言われてしまっては、断るのも気が引けます。旅費は絶対にどこか、今はちょっと出せませんが肌身離さず持ち歩いているのですが――どうしてもと言うのであれば、旅費とかその他諸々の工面とかしてくれるのであれば一緒に行ってあげないことも、ないですよ?」
「……おれからも、頼む。どうかついて行かせてくれェ……」
力なく頭を下げるホル・ホースに、三人が同情的な視線を向けて来ました。
「……なんですかその目は。この桜子さんがマヌケにも二回もお金をすられたと思っているのですか? いいえ、それは間違いです。一度目は哀れな乞食にお金を恵んであげただけ、二度目はタクシーをなるべく速く此処に到着させる為に、最大限急がせたチップとして支払ったにすぎないのです。必要経費なのです」
「さっきと言ってることが違うじゃねーか」
「細かいことを気にするんじゃありません。ハゲますよ」
……そんなことを言いながら、私は考えます。
この状況、一見するとDIO側にわたし達が裏切ったと思われるピンチな状況ですが……実はそうでもないのではないでしょうか。DIOは『貴様見ているなッ』の後に念写のスタンドを使ったことはなかったはずです。多分。きっと。少なくとも思い返す限りでは。……確かあのスタンドはジョナサンのスタンドですから、身体に馴染むたびに使えなくなっているのでしょう。
ということは。ということはですよ? ……追手をいちいち再起不能にして事情聴取不可にしていけば、我々がジョースター一行と一緒に旅している事実は気付かれないのではないでしょうか。確か、イギーも結局最後までSPW財団の助っ人だってDIO側から認知されてなかった気がしますし。多分。
とか何とかやっていると、
「おォーい! ポルナレフ! アヴドゥル! 花京院! 大丈夫か!」
陽気そうな老人の声。幅広帽をかぶった、筋骨隆々な姿……インディ・ジョーンズみたいな、という形容がぴったり当てはまる、おじいちゃんというよりはおじさん。
ジョセフ・ジョースター。
目下、私にとっては最大の獲物です。
「ジョースターさん! それに承太郎も!」
ポルナレフが駆けて来る二人に手を振って出迎えます。別れる時にはかなり言い争っていたようですがもうすっかりそのことは頭から抜けてるんでしょうね。おめでたい頭ですが……ジョセフと承太郎の表情からしてそれは快く受け取られているようですね。私はムカつくことがあったなら絶対に謝らないと許しませんが。
……ねえ、ホル・ホース。
「…………」
「……うっ、何だよその目は……。デコ見たことならさっき謝ったろ? 悪かったよォ~悪気があった訳じゃなかったんだ。もうしねーから機嫌直そうぜ、な?」
「……ふん、次はありませんよ」
「(意外と根に持つタイプだぜ、コイツ……)」
「何か言いましたか?」
「いや! 何にも‼」
…………反省してないようですね。まあジョースター一行の目の前だからスタンドを使うのは勘弁しておいてやりますか。
「ええと、それでそこの御仁とレディはどなたかな?」
「ああ、J・ガイルを共に倒してくれた方です。彼女達がいなければ、我々はもっと大きな被害を受けていたでしょう」
私達の素性をたずねたジョセフに、アヴドゥルが手で指し示して紹介します。自己紹介するならこのタイミングですね。
「桜ヶ丘桜子と言います。カイロ旅行中にDIOに仲間に誘われた為、ヤツに雇われたフリをして裏切りました」
「ホル・ホースだ。身内の敵討ちにJ・ガイルを探している最中に行き倒れかけてたコイツを拾った」
「ちょっと待ってくださいホル・ホース。行き倒れかけていたとは何の話ですか? 変な嘘を吐かないでください」
「はいはいよー」
非常に不名誉な嘘を吐いてきたホル・ホースに私はすぐさま反駁しますが、この馬鹿は取り合おうともしません。しかもなんかポルナレフ達は納得してる感じです。何ですかその生暖かい目は。この桜子さんが行き倒れなんてする訳ないでしょう。不届きですね。
「DIOを騙して――とは。こいつは驚いたわい。おっと、挨拶が遅れてすまんのう。わしはジョセフ・ジョースター。そしてこっちが孫の空条承太郎じゃ」
「ジョースターさん。此処で共闘したのも何かの縁、二人を旅の仲間に加えたいと思うのですが」
「ほお。わしは大歓迎じゃぞ。カワイイ女の子と一緒に旅できるしのお――っ! ただ、そちらさんの方は良いのか? 見ての通りムッサイ男所帯じゃが……」
「別に私は気にしませんよ。それにムサイというのならコイツで慣れました」
「言ってくれるじゃねーか……」
私が親指でホル・ホースを指し示すと、向こうもひくひくと頬をひきつらせ始めました。するとジョセフが苦笑しながら仲裁に入りました。
「まあまあ。二人とも仲がいいのは良いことじゃが、ひとまずホテルに戻ろう。情報を共有したいし、人が増えるとなるとこの先のアシや旅程にも調整を入れんといかんからな」
私はジョセフの言葉に素直に頷き、花京院が乗って来た車に乗り込んで行きます。女の子であるところの桜子さんは当然ながら助手席です。他の男達は後部座席にもみくちゃになりながら……あ、承太郎が自分から荷台に移動しましたね。もみくちゃよりも荷台を選んだようです。
「…………やれやれだぜ」
これから何度となく聞くことになるその台詞を耳に。
私達を乗せたジープはエジプトへの道を進み始めました。
以上で終了となります。
おそらく、書いていた当時の私はキリのいいところまで書いて満足したのでしょう。
以下、主人公のスタンド能力。(この次のエピソード(VSエンヤ婆)で開示予定だった)
本体名 ―― 桜ヶ丘 桜子
スタンド名 ―― バーニン・ブリッジ
破壊力 ― B スピード ― B 射程距離 ― B
持続力 ― B 精密動作性 ― B 成長性 ― B
内部に『鋭い眼』が浮かび上がった煙状のスタンド。
密集させることでアラビア風の女性型スタンドに変化する。
不定形の為打撃や斬撃には無敵だが、温度変化や化学変化には弱い。
最大拡散時は五〇メートルまで遠隔操作が可能だがパワーは低く、
最大密集時は高いパワーを誇るが射程距離は二メートルまで縮まる。
『火のないところに煙は立たぬ』を体現する能力。
スタンドの煙を収束させると、煙という結果を穴埋めするように、
その煙の状態に応じた過程の『発火現象』を起こすことができる。
『発火現象』の種類は火花のようなものから普通の炎、
果ては爆発まで、『煙の動き』さえ再現できていれば発動可能。
『発火現象』そのものの威力も『煙』の濃さに応じて変化する。
人型ヴィジョンの状態では格闘戦を行うことも可能で、この状態では
強力な打撃が使えるが、反面『発火現象』は火花程度しか起こせない。