目指すは海の果て 作:ワンピの風
その日は突然、何の前触れもなくやってきた。俺達は街で食い逃げして、チンピラから金品を奪った。それはいつも通りの、少し殺伐とした日常だった。いつも通りなら、俺達は今頃その日の夕飯を皆で調達するはずだった。
「サボが、父親に連れて行かれた……?」
街から戻った俺を待っていたのは、エースとルフィの暗い顔だった。場所は秘密基地。夕焼けが景色を赤く染めている。
落ち込んだ様子の二人に話を聞くと、ゴミ山にいたエース達の元に、急にブルージャムとサボの父親、そして銃で武装した部下達がやってきて、サボを拘束。そのまま連れ去っていった。二人はその後荷運びの仕事を頼まれたけれど、そんな気分じゃないと言って断ったらしい。
話を聞いている間、すっと指先が冷えていく感覚がした。エースがぽつりと言った。
「……ブルージャムに言われた。貴族に生まれるってことは、幸福の星の下に生まれる事だって」
「………」
「でも、おれはサボがいねぇとイヤだ」
ルフィがぽしょりと言った。
「おれだってそうさ……! でも、おれ達は兄弟だけど……、本当のサボの幸せが何なのか、おれはわからねぇ」
どこまでも突っ込んでいくあのエースが、真剣に悩んでいる。そうだよな。大事な兄弟だもん。俺もいろいろ考えなきゃいけないけど、その前に一つ、聞かなきゃいけないことがある。
「なあエース」
「何だ?」
「……サボは、どんな顔してた? 迎えが来て、何て言ってた?」
声は震えはしなかったし掠れもしなかったけれど、淡々としていた。内心はとっ散らかってるのに、意外と落ち着いた声が出て自分でもびっくりしてる。
目が合う。エースは目を見開いていた。
「サボは、喜んでた?」
「……あいつ、泣いてた」
そっか。サボは泣いてたんだね。
俺が何か言うよりも早く、座っていたエースが立ち上がる。
「迎えに行こう。サボにとっての幸せは、きっと
「うん、そうしよう」
「やっぱりおれ達にはサボがいねぇとな!」
エースとルフィの目に力が戻った。やっぱりこうじゃないとな、俺達は。あと一人、多分フニャけてるであろう兄弟を迎えに行く為、俺達は準備を始めた。
腹が減っては戦は出来ぬ。というわけで、俺達は焼いた肉や魚を頬張りながら作戦会議をしている。
もうすっかり夜は更けていて、揺れる焚き火の炎だけが周囲を照らしていた。とは言っても、月が出ているのでそれほど暗くはないんだけどね。なんだか風情があっていい。サボともこの景色を一緒に見たかったな。
サボの父親は貴族だと聞いている。貴族なら家は高町の方にある筈。高町は全体を高い石壁で囲まれている為、高町に行くには銃を持った見張りのいる検問を抜けないといけない。しかしそれは却下だ。俺達は顔を知られているから、まず通してもらえることはない。
なので、石壁をぶち壊すことにした。
地中にトンネルを造ることも考えたけど、まだ俺の能力にはそこまでの練度がないことと、石壁の重みでトンネルが潰れてしまうかもしれないから却下した。生き埋めは嫌だ。
「三人だと目立つから、高町に入るのは俺だけだ。二人には中心街で騒ぎを起こして、警備員達を引きつけてほしい。その隙に俺が壁を破壊して侵入する。サボを連れ戻したら一緒にそっちに合流して、撤退する」
問題はサボの家を見つけないといけないところだ。少し手間取るかもしれない。どうしても見つけられなかった場合は貴族の家の壁を片っ端から破壊してサボを探すことにした。これでも見つけられなかったら、これからサボが見つかるまで毎日通うことにする。
「それはいいけどよ。ルーク一人で平気か?」
「逃げ回るのは得意だから大丈夫。能力もあるしね」
もしも追手がいる場合は、人通りの多い場所を選んで逃走する。能力で足止めも出来るだろうし。
「シンプルに纏めるよ。俺は侵入してサボを救出。エース達は中心街で暴れる。OK?」
「おう」
「わかった!」
言いながら、焚き火で
「……いつも思うけど、俺達の計画って結構雑だよな」
自分で考えといて言うのもおかしな話だけどね。
「わかりやすくておれは好きだぞ。ってあちぃ! あちっ!」
「これに置きな。ほら、水」
熱かったんだろう、ルフィが焼き上がったばかりの肉をお手玉してるのが見えたので、皿代わりの大きな葉っぱを渡しつつ、水の入ったバケツを差し出す。その様子を見ていたエースが笑った。
「落ち着いて食えよ、ルフィ。それと作戦についてはルフィに賛成だ。難しくて複雑よりはいいじゃねえか。救出は明日の夜……日が沈んだ頃くらいでいいか?」
肉に噛みつきながらエースがそう聞いてきて、俺とルフィは同時に頷いた。
「ならこれ食ったら寝るぞ、明日に備えなきゃなんねぇ」
うん、と返事をしながら、俺はむしゃりと魚を骨ごと平らげた。
翌日、俺はエースとルフィと別れ、昼間のうちにある程度の侵入ルートを決めた。中心街の比較的人通りが少ない場所だ。周辺の街灯は既にこっそりと破壊してあるから、夜になればこのあたり一帯は真っ暗になる。人工的な明かりに慣れた町の人にはさぞかし見えにくいだろうな。
時間も着々と過ぎていき、今はもう日が落ちている。そろそろエースとルフィが騒ぎを起こしてくれる筈だ……。
耳を澄まして静かに待っていると、ざわめきが聞こえ始めた。その方向を見れば、遠くで二人が暴れているのが見えた。警備員達を引き連れて離れていくエースとルフィ。ざわめきが遠のいた。ありがとう二人とも!
周囲に人は……いない。よし、待ってろサボ、今行くぞ。
一人気合を入れた俺は、壁を破壊しにかかった。能力を発動して壁に触れる。あっ待ってこの壁、意外と分厚いわ。能力使ってるからかなんとなくわかるけど、多分壁の厚さは5メートル近くある。
「ふっ……んぬぬ!」
石壁全てを壊すんじゃない、穴を開けるだけだ。そう、言うなれば貫通させるイメージだ。破壊を示す雷光の赤が強くなる。音がバチバチからバリバリへと、より低い音へ変化する。
壁に触れている手のひらに意識を集中した。駄目だうまくいかない。くそ、自分が考えた作戦なのに最初から失敗するとか笑えないだろ!
「クソが!
脳裏に浮かんだ中二言語を半ばやけくそに叫んだつもりだったけれど、叫んだ途端ドウン、という鈍い音が響いて呆気なく壁に大穴が空いた。砕けた瓦礫が壁の向こう側に積もっているのが見える。
今ようやく俺はルフィが「ゴムゴムの
そろそろと壁の向こう側に渡る。もうもうと上がる土煙に紛れて物陰に隠れ、周囲の様子を伺った。壁に穴を開けた時に大きな音がしたけれど、夜だからか今のところ人の姿はない。でも、いつ警備員が来るかわからない。
内心ヒヤヒヤしつつ、俺はここらで一番大きな家の屋根に登って高町を観察した。見えるのは過度な装飾が施された無駄にお金のかかってそうな家ばかり。ちょっとげんなりしつつもあちこち見渡していると、何やら空が赤く染まっていることに気づく。その方角は―――
「……ゴミ山、燃えてんじゃん」
呆然と呟いてから、やっと飛んでいた思考が戻ってきた。
……ちょっと待って、あの規模の火事はやばいだろ。あそこには沢山人が住んでる。病気で動けない人も、老人も。まだ幼い子どもだっているのに。エースとルフィが中心街にいることはわかってはいたけど、それでも動揺を抑えきれなかった。
「いたぞ、あの子どもだ!」
下から聞こえてきた声に反射的に身を竦めながら、ここが屋根の上であることを思い出して息をつく。
隠れた屋根からそっと顔を出すと、複数の警備員達が一人の少年を追っているのが見えた。鉄パイプを持つ、特徴的な帽子を被った金髪の少年。間違いない、サボだ。あちこち逃げ回ったのか、息を切らしている。
「エース、ルフィ、ルーク! ゴミ山から逃げろォ〜〜〜!! 逃げてくれ〜〜〜ッ!!!」
どれだけ叫んだのか、サボの声は枯れていた。苛立ったように、追手の警備員が怒鳴る。
「諦めろ! あの光景を見ればわかるだろ、そいつらはもう焼けて死んでるよ!!」
「うるせぇ! おれの兄弟がそんな簡単に死ぬわけねぇ!!」
「そうだぞ、勝手に殺すな!」
屋根から飛び降りてクッション代わりに警備員を踏みつけると、その衝撃で警備員は気絶した。目を丸くしたサボがポカンと俺を見る。
「サボ! 探す手間が省けたよ」
「ルーク!? お前、なんで」
「説明は後! 逃げるぞ!」
「お、おい、そっちは検問じゃないぞ! 高町は検問からじゃないと出られない!」
「知ってる!」
高い壁を造って追手を邪魔しつつ、中心街と高町を隔てる石壁の元へ走る。最初に穴を開けたところを遠目で見ると、結構な人だかりが出来ていたから、そこから少し離れた場所へ向かう。
「おいルーク! エースとルフィはどうした!? ゴミ山にいたりしねぇよな!!」
「大丈夫、二人は中心街にいる! ってかあの火事やばいだろ、なんだよあれ」
「偉い奴が来るからこの国の汚点を消すって言ってた! 『可燃ゴミの日』って言って、住んでる人ごとゴミ山を燃やすって……!!」
「イカれてんな。……ひとまずここから中心街に行こう!」
「ここからって、どうやって? というかルーク、お前どうやってここまで来たんだ?」
追手は全員撒けた。壁の前で立ち止まった俺をサボが戸惑った目で見ている。
「こうするのさ。
少しの気恥ずかしさを押し殺して、壁に両手を当てて叫ぶ。イメージが固まってきたのか、スムーズに能力は発動した。
「なっ……!?」
ドウン! という轟音と共に大穴が開いた壁を、サボがあんぐりと口を開けて凝視した。
「ルークお前、いつの間にこんな……」
「まあ、成長期だからね。それよりサボ」
「何だ?」
これだけは、どうしても聞いておかないといけない。俺達はサボを連れ戻そうとしてるけど、サボの意思をまだ聞けてなかったから。
「もしも、サボが家に……両親の元に戻りたいなら、今が最後のチャンス。俺達は兄弟だ。だから、サボの意思を尊重したいって思ってる」
「ルーク……」
「でもその、サボがいなくなったら、皆釣るの下手くそだから魚を食べられる機会が減るし、組手も二体二で出来なくなるし、エースもルフィも寂しがると思うし……だからえっと、つまり……行かないでほしい」
そう言うと、サボが目を見張った。
しまった、つい本音を溢してしまった。尊重したいとか言っておいて、これは駄目だろ。……でも、しょうがないよな。だってずっと一緒にいたんだから。寂しいのは当たり前のことだよ。
「あのなあ、ルーク」
呆れたようなサボの声がして、いつの間にか俯いていた顔を上げる。
「両親の元に帰りたいんだったら、今おれはお前と一緒にいないよ。おれの居場所はお前たち兄弟のところだ。だから、そんなに不安そうな顔しなくていい」
「―――
壁にさっきのとは比べ物にならない大穴が開いた。サボが目を向いて叫ぶ。
「なんでそうなった!?」
「ごめん嬉しくて能力が滑っちゃった。今なら何でも破壊出来そうな気がする」
「わかったわかった、お前が嬉しいのはわかったよ、だから落ち着け」
「うん。じゃあ、二人と合流しようか。丁度向こうから来てくれたみたいだし」
大穴の向こう側で、エースとルフィが手を振っているのが見える。サボは二人を見て嬉しそうに笑った。