目指すは海の果て 作:ワンピの風
いつものように骨董屋に置物を売りに行った時に、俺はおじいさんが読んでた本に見覚えのあるものを見つけてしまった。
おじいさんが読んでいたページ。ひび割れが走り、半分は赤、半分は青に光る奇妙な梨のイラストが目に入って、思わず二度見した。いいい、今のって……。
「お、おおおじいさん! それちょっと見せて!」
「? 何だ小僧、とうとう本性を現したか」
「いや違うから、ちょっと読ませてもらうだけだから!」
おじいさんから本をぶんど……お借りして、俺はさっきのページを開く。やっぱりこれ、俺が食べた実だ。
これは『マテマテの実』。食べた者をマテリアル人間にする悪魔の実……だってさ。分類は
マテリアルって、確か物質や材料を意味する言葉だったはず。
「何だ、小僧もこの悪魔の実が気になるのか。おれも食うならこの実がいい。便利そうな能力だからな」
「便利だよ実際。クソ不味かったけど」
「あ? 何だって?」
「何でもない」
思わず普通に感想とか言っちゃったけど、おじいさんには聞こえてなかったっぽい。胸をなでおろして続きを読む。
とうやら俺があの日食べた実は、結論で言えばアタリだった。手で触れたものを元にしてイメージした通りの物を創造する、または破壊することが出来る能力。かなり使い勝手がいいし、俺も気に入ってる。いろんなことに使えるしね。
ただ、弱点が一つある。それはズバリ、光だ。
この能力の最大の特徴は、能力発動時に起こる干渉光と呼ばれる光だ。創造する際は青く、破壊する際は赤く光るあれね。あのパチパチ鳴る雷みたいなやつ。
あれ、能力発動中に出したり消したりなんてのは出来ないらしい。だから、対峙する相手に干渉光の色で「破壊」か「創造」のどちらの攻撃が来るかを予測される可能性がある。というか確実にされる。
能力を使う際の
「もう読まないんだな?」
「あ、ちょっと待って。他の実のこととか書いてない?」
「あー?」
おじいさんがどこかに持っていこうとしていた本をもう一度借りて開く。が、他の実の情報は書いてなかった。……というか、これ。どこかの風景や動物の姿が無造作に書かれていたり、かと思えばつらつらと文章だけを綴ったページもある。旅費の計算がされたようなページも。ページを何度も継ぎ足して、一冊の本みたいに革紐を通してある。これはきっと、誰かの旅の記録だ。
「これ、日記?」
「ああ。そいつはおれの日記だよ。おれは探検家だったからなァ。相方と二人、あちこち旅してまわった」
懐かしそうに目を細めて「昔の話だ」と言いながら俺の手から日記を取り上げたおじいさんが、それをカウンターの上に丁寧に置いた。
他に悪魔の実に関する情報があるなら調べておくべきだ。絶対に。
「ね、悪魔の実について書いてあるのはその日記だけ? 他にあったりしないかな」
「実について書いてあんのはこれだけさ」
何だ、そうなのか。がっかりした俺の様子におじいさんは首を傾げていたが、やがて思い出したようにカウンター上に置かれた革袋を掴んだ。
「今回は良い出来だった。お前の金だ。持っていけ」
このおじいさんは絶対に甘いことは言わないから、良い出来だったのは本当なんだろう。褒められたのはちょっと嬉しい。
差し出されたずっしりと重たい袋を受け取る。このおじいさんは口は悪いけど、俺への代金をちょろまかしたりはしない。一度ダダンの知り合いに頼んで、俺が造った置物の相場を見てもらったから間違いない。俺達は悪童として有名だから、おじいさんの俺への対応は本当に意外だった。
「おじいさん、俺が悪ガキだからってちょろまかしたりしないよね。何で?」
「あ? ちょろまかしていいのか」
「いや駄目」
「なら黙ってろ。用が済んだならさっさと帰れ」
「はーい」
俺の疑問には答えてくれなかったけれど……悪い人じゃないんだよな、この人。
帰って早々に兄弟達に俺の能力について報告した。俺の話を聞きながら、腕を組んで難しそうな顔をしているエースとサボ。この二人は兄になってから一段と団結力が増した気がする。頼み事をしても、昔に比べてやる気が凄い。俺とルフィという弟が出来たから、頼られたいお年頃なのかも。
「光を見ての攻撃予測はおれ達もやってたけど、やっぱ光は消せねぇのか。なら、予測されても対処できる立ち回りが出来るようになればいい」
「海賊として名を上げれば、いずれ能力は知られるんだしな。どのみちいつまでも隠せるもんでもねェんだ。要は、相手に知られていてもそれを叩き潰せるくらいにルークが強くなればいいって話だろ」
サボとエースが交互に言って、拳を俺に向けた。待って、何なのその構え。嫌な予感しかしない。ジリジリと後ろに下がる。
「ルフィ! お前は審判な。今日から二対一での組手もやるぞ」
今なんか聞こえた気がする。二対一? いや能力ありでも勝てない身体能力お化け二人に俺一人は厳しいと思うんだ。
「ええー、審判〜?」
ルフィがつまらなさそうな声を出した。二人ともわかってないな、俺とルフィはいずれ同じ船に乗るんだから、今のうちに連携出来るようにしておくべきだ。
「来てくれルフィ! 的が増えたほうがダメージは分散……将来同じ船に乗るんだから、共闘の経験積んどいた方がいいだろ!!」
「そうだな! よし、おれも……的!? 今的って言ったか!?」
「ルフィ、審判やるならこの干し肉やるぞ」
「審判やる」
「ルフィいいいい!!!!!」
俺の叫びを皮切りに、サボが先行して突っ込んでくる。
「おりゃっ!」
掛け声一閃、斜め下からの蹴りを半身引いて躱す。流れるような拳打をいなし、弾く。
「どうした! 能力は使わねぇのか?」
「こんにゃろー……!」
サボの攻撃を捌くのに精一杯で、手を地面につく暇がない。
何とか距離を稼ごうとして―――不自然に地上の木漏れ日が陰る。反射で横に飛ぶ。
「上っ! から、かよ!」
頭上からの踵落としを横にゴロゴロ転がって避けた。放った張本人、エースが傲然と笑う。
「成長してんだろ、能力! なら今ここで見せてみろよ!」
「そうかそうか、成長しておるのか」
俺の後ろから、この場で聞こえないはずの声がした。い、いいいい今のは幻聴だ、そうに決まってる。
ビシリと固まったエースとサボ。審判役のルフィがあんぐりと口を開ける。
「じ……じいちゃん……」
「おう。三人とも元気じゃったか?」
ゆっくりと振り返る。アロハシャツを着た
「……じいちゃん? もしかしてこの人、お前らのじいちゃんか!?」
「ん? 何じゃ小僧。三人の友達か?」
「ああ! おれはサボ。よろしくな!」
「おお、そうかそうかサボと言うのか」
じいちゃんと会うのが初めてらしいサボが、フレンドリーな様子でじいちゃんに近づいていく。正気か? ジジイの隙を伺っている俺達は、それを黙って見つめることしか出来ない。
じいちゃんも孫達に友達が出来たのが嬉しいのか、機嫌良さそうだ。逃げるなら今、このタイミングしかない。
前回無言で逃げた時は散々な目に遭ったので、今回はじいちゃんが納得出来るような、これ以上ないくらい完璧な言い訳をちゃんと事前に考えてある。過去の自分に拍手したいくらいだ。
「なんか急に走りたい気分になってきた。ばいばい」
「急に腹減ってきた。またな」
「ダダンに頼まれた仕事忘れてた。じゃあな」
それぞれ考えた渾身の台詞を言い残すと、俺達はサボを置いて一目散に走り出した。ルフィとエースも一緒だ。ごめんな
「高町を目指せ! 俺の予想では、あそこまでジジイは追ってこない!!」
「なるべく痕跡を残すな!!」
森に逃げ込み、立ち止まらずに走り続ける。目指すのはゴミ山を越え、中心街を抜けた先の高町だ。俺の予想では、あそこまでじいちゃんが探しに来ることはほぼ無い筈。海軍の英雄と言えど、貴族の暮らす町で暴れることは出来ない(そう信じたい)。
その時、背後からじいちゃんの怒号が響いた。
「まずいぞ、
俺の想定ではあと10秒は持ちこたえてくれる筈だったのに! エースが鬼気迫る形相で怒鳴った。
「止まるな! 恨みっこなしだバラバラに逃げろ! 他がやられてる間に助かるかもしれねェ!!」
頷きあって、それぞれ別の方向に別れる。捕まったら、なるべく時間を稼ぐ。これは俺達の約束だった。一人でも多く仲間を逃がす為の。
数秒後、
「お、おれ腹が減ったんだってじいちゃん! さっき美味そうなイノシシがいたから一緒に―――み゜ッ」
―――ルフィがやられた。静かになった森にギリ、と俺が歯を噛み締めた音が鳴る。次の犠牲者はエースか、それとも俺か。
「……捕まるわけにはいかない。何としても辿り着くんだ」
「ほう。どこへ行くつもりじゃ?」
「!?!? ―――クソぁ! 早すぎんだろが!!」
横向いたらじいちゃんの顔がドアップになってた。どんなホラー映画だよ、怖すぎて一瞬呼吸が止まってた。畜生、痕跡を隠しながら逃げてきた筈なのに、何で見つかったんだ。ダミーの痕跡まで造ったのに!
ここまでだ。その場で足を止めた。俺はもう助からない。だから、今からはエースが逃げるための時間を稼ぐことだけを考える。
じいちゃんの腕には白目を向いたルフィが抱えられている。次は俺の番だと考えると震えが止まらない。
「クソじゃと? ルークお前、今じいちゃんに向かってクソと言うたのか?」
この瞬間、かつてないほどのスピードで俺の脳みそが働き出した。この危機を乗り越えるために俺の脳みそが弾き出した答えは―――
「「草生えすぎだろ」って言ったんだよじいちゃん。やだな、俺がじいちゃんに向かってクソとか言うわけないじゃん。酷いな、俺傷ついたよ」
「おおすまんな。儂の聞き間違いじゃったか」
「あはは。じいちゃんってばボケるのはまだ早」
「―――とでも言うと思ったのか?」
「――ッッ!!」
恐ろしいスピードで落ちてきた拳骨を本能で回避する。巻き起こった風が俺の髪を逆立たせた。じいちゃんを相手にした時、頼りになるのは本能だけだ。
「お前達はいつもいつも、儂の顔を見る度に逃げ出しおって……」
「俺は急に走りたくなっただけだし、ルフィは急に腹が減っただけだよ。じいちゃんだってよくあるでしょ、そういう時」
「確かにしょっちゅうあるが……それで騙されると思っとるのか? 儂は悲しいぞ」
くそ、この言い訳は駄目だったか。てか、会うたびに殴るんだから逃げられて当然でしょうよ。何で孫達に逃げられてるのか、もっと自分の行動を振り返ってほしい。
「俺も毎回殴られて悲しいよ」
「そうか。どうやら儂の愛は通じておらんようじゃな……」
「暴力という名の愛ならいらない」
そろそろエースはゴミ山くらいまでは辿り着いただろうか。冷や汗を拭う。目を細めたじいちゃんが、大きなため息をついた。
「今はそうかもしれんな。だがしかし、お前も大人になればわかるじゃろう。儂の愛の大きさをな―――どれ、そろそろエースを捕まえにいかんとな。エースの気配は……あそこか」
! またこれだ。何故か毎回、どこに隠れていてもじいちゃんには居場所がバレる。気配がどうのこうの言ってるけど、じいちゃんは能力者じゃない。海で泳いでるの見たことあるし。たしか「ハキ」がどうのこうの言ってた気がするけど、それは今はいい……今の俺に出来るのは、一秒でも多くの時間を稼ぐことだけだ。
「簡単には行かせな―――ぱみんっ!!」
ごめんエース、無理だったわ。頑張って逃げて。
目で追うことの叶わない一撃。頭部に走った衝撃に、視界が一気に暗くなった。