「んん……んぅ?……朝?」
聞こえてきた小鳥のさえずりで目を覚まし、目を開けると若干眩しいと感じる光が視界に入った。
目をパチパチとしながら上体を起こして窓から外を見てみると、すっかり太陽が顔を出していた。
とりあえず今は何時なのかと、ルフェイは部屋の中を探して時間を確認できるものを探してみる。すると、枕元におそらく目覚まし時計と思われるものが目に入った。
手に取って確認してみると、その時計は短針が7。長針が12より少し前にあった。
(まだ7時……)
いつもなら魔法の特訓や勉学に励む時間ではあるが、まだ身体が怠い。寝起きだからというのもあるのだろうが、昨日の疲労が回復したわけではないのだろう。
こういう時ぐらいはゆっくり休もうと、時計を置き、ベッドにもう一度横になって毛布を身体に被せる。
ふかふかで暖かい感触に心地良さを感じながら目を閉じる。
「むにゃむにゃ…………って違う!!そうじゃないよ!!ここ何処!?」
目を閉じた約3秒後。重大なことに気づいて眠気が一気に吹っ飛んだルフェイは跳ね起きて思わず叫んだ。
そうだ。よくよく思い出してみれば、昨日の自分は公園のベンチで寝ていたはずだ。枕も毛布も、こんなふかふかなものじゃくて自分が身に着けていた帽子とマントだったはず。
自分が身に着けていたものは?
ここは何処なのか。
いやそれ以前に何故自分はこんなところにいるのか。
予想外の展開にしばらくの間混乱して目をグルグルさせながら頭を抱えていたルフェイだったが、すぐに落ち着きを取り戻して冷静になろうと胸に手を当てて大きく息を吸い込んで深呼吸する。
「すぅ……ふぅ……よし」
冷静になったルフェイは、先ずはここが何処なのか確かめようと周囲を見渡す。
しかし、特にこれといったものはない。
勉強に使いそうな机と椅子。
自分が寝ていた就寝用のベッド。
本などもあるが、魔導書などではなく、漫画や小説だ。
魔力の反応や仕掛けなどは一切ない。
裏のことは何も知らない普通の一般人が使うような部屋だ。
ついでに言うと、自分が身に着けていたものも部屋の隅に置いてあった。隠す気なんてないというように分かりやすく、まるで見つけてくださいと言わんばかりに。
自分をここに連れてきた者が何を考えているのか分からないが、とりあえずそれらを返してもらおうと、ルフェイは先ずマントに手を伸ばし、すぐに対象を大剣へと変えた。
足音が聞こえ、気配と共にこの部屋に近づいてきていた。さっき思わず叫んでしまったからその声を聴いたのかもしれない
しかもその気配には違和感がある。人間ならまずないだろう違和感が。
(人間じゃない)
足音と気配が扉の前で止まった。
何が起こってもいいように警戒しながら大剣をギュッと握りしめる。
だが……。
コンコン。
「ごめんなさい、起きてるかしら?起きてるなら返事をしてもらえるとありがたいのだけど」
「……へ?」
ノックされて声を掛けられるとは思わなかったルフェイは呆けるような声をだしてしまった。
「あ、はい、起きてます」
声からして女性。それも気遣うような声をかけられて敵ではないのかな?と思ったルフェイは相手を刺激しないように大剣から手を放して返事をする。
警戒が解けたわけではないからその場から動いてはいないが。
扉が開き、入ってきたのは思った通り女性だった。
腰まで届くロングの紅髪に青い瞳。女性としては身長は高く、ルフェイよりも20㎝程高い。スタイルも悪くなく、寧ろ男女関係なく釘付けにしてしまいそうなほどの美貌だった。
「目が覚めたのね。良かったわ。あなたを見つけた時は大分弱ってたけど、その様子だと動けそうね」
「あ、あの、あなたは?」
「私?私はリアス・グレモリー。あなたなら言わなくてもわかるだろうけど、人間じゃなくて悪魔よ」
「……グレモリー。……悪魔」
「安心してちょうだい。別にあなたをどうこうしようってわけじゃないわ。さっきも言ったけど、昨日の夜にあなたを見つけた時に大分弱ってたから、このままだとまずいと思ってこの家に運んだのだけど、余計なお世話だったかしら?」
「い、いえいえ!そんなことありません!寧ろ助かりました!」
人間ではないことを隠そうともせずにあっさりと正体を明かすこのグレモリーと名乗った悪魔が何を考えているのか分からないが、その言葉に嘘や悪意は感じられず、拘束されたり持ち物を盗まれたりしたわけでもなく、このままじゃまずいというのも本当だったため、とりあえずその言葉を信じて心からお礼を言った。
「そう?なら良かったわ。私たちも今から朝食なんだけど、良ければ一緒に食べない?お腹すいてるでしょ?ていうかあなた、ここ数日何も食べてないでしょ?」
「え?何でわかるんですか?」
「お腹が何度も悲鳴をあげてれば、そりゃあね」
「あぅ」
アハハと苦笑いする女性悪魔。
どうやら自分が寝ている間もお腹はしっかりと起きていたようだ。
恥ずかしさからルフェイは顔を赤くし、両手でお腹を抑える。
グウゥゥゥ……。
「……」
「……」
まさか断るわけじゃないよな?とでも言うようにある意味グッドタイミングで鳴るルフェイのお腹。
ルフェイは赤かった顔をさらに赤くし、女性悪魔は苦笑いしたまま視線を明後日の方向へと向ける。
「……あの、お言葉に甘えてもいいでしょうか?」
「……ええ、もちろん」
ここ数日うるさかったお腹をいい加減静かにさせたかったルフェイはごちそうになることにした。
いい匂いのする部屋…リビングであろう場所に案内され、ここ数日は野宿で家内を見るのは久しぶりな気がしたルフェイが何となくリビングを見渡していると、置かれているソファに座ってテレビを見ている人物が一人いた。
「……ん?おお、起きたのか!思ったよりも平気そうだな。良かった良かった」
ルフェイと女性悪魔…リアスに気付いた茶髪のツンツン頭の少年が嬉しそうに話しかけてきた。身長はリアスと同じくらいに高く、ルフェイから見てもイケメンと言える程顔立ちは整っている。
体格も良く、それなりに鍛えられていることが見て取れる。
「あの、グレモリーさんから事情は聴きました。助けていただいてありがとうございます」
「気にすんなって。俺らが勝手にやった事なんだし。腹減ってるだろ?良かったら一緒に食わないか?俺たちも丁度今から飯でよ」
「はい!いただきます!」
「決まりね。それじゃあ二人共、席について」
リアスと同じことを言ってきたという事は、この少年にもお腹の音は聞かれていたのだろう。
その事に恥ずかしさを感じつつも、数日ぶりにやっとまともな食事にありつけると気分を高揚させて目を輝かせるルフェイ。
少年もリアスの言葉に従ってソファから立ち上がり、各々がそれぞれの席に着こうとする。
「ふわぁ。ふたりともおはよぉ」
突如聞こえてくるまだ眠そうな声。
三人がほぼ同時に足を止め、ルフェイが一番先に…驚くように勢い良く振り返った。
先程少年が座っていたソファには、少年と同い年に見える少女が座っていた。
寝起きだからか、ボサボサで膝まで届きそうな栗色の髪でパジャマ姿の美少女であり、口元に手を当てて呑気にあくびをしている。
(……は……え?)
言葉を失ってただただ硬直するルフェイ。
この部屋に来た時に軽く見渡してみたが、ここにいたのは自分と案内してくれたリアスを除けば少年一人だけだったはずだ。その少年と同じソファに座っていたのであれば見落とすはずがない。
魔力的なものは感じず、音も一切聞こえず、実際に声を聴くまで全く気付かなかった。
「おはようイリナ。相変わらず眠そうな顔ね。今日はお客様もいるんだから、こういう時ぐらいシャキッとなさいな」
「仕方ないじゃん。まだ眠いし、ていうか今起きたばっかりだし」
何の前触れもなく突然現れた少女に内心穏やかじゃなくなっているルフェイとは対照的に、リアスは特に驚かずに少女と普通に会話していた。
チラリと少年の方を見てみるが、こちらも特に驚いているようには見えない。
少女は座ったまま両手を上に伸ばして背伸びしている。
「んん……ふぅ。……で?その子だれ?」
少女の目がルフェイへと向けられる。
目が合ったことでルフェイは動揺して身体が震えた。
周囲から優秀な魔法使いと言われていた自分が全く気付かなかった事から、目の前にいる眠そうで半目の少女はかなりの実力者だと思ったのだが、この少女からは強者特有の圧や覇気等は一切感じず、それが逆に不気味さを感じさせた。
「……誰だっけ?」
「……そういえばお互いに自己紹介してなかったわね。私は一応名乗ったのだけど」
「お客様扱いしておきながら自己紹介しないなんてぇ、ふたりともマヌケだなぁ」
「お前に言われたくねえよ」
「貴方に言われたくないわ」
「ちょっとそれどういう意味ぃ?私がマヌケだっていいたいのぉ?」
「正にそうだよ」
「正にそうよ」
「ひどっ!?」
そんな少女と旧知のように平然と話すこの二人もまた同様だった。
「むぅ。……で?結局キミだれなの?」
二人にマヌケ扱いされてぷくぅと頬を膨らませていた少女の視線が再びルフェイに向けられる。
「え?……ええと……」
「明らかに動揺してるわね。まぁ、このタイミングでイリナが来たんだから無理もないか」
「俺らはとっくの昔に慣れたけど、最初の頃の俺らもこんな感じだったけ。あの時が懐かしいよ」
「いやいや、ふたりは声をあげて驚いてたじゃん。しかも面白いぐらいにアタフタして」
「いきなり背後に現れたら誰だって驚くわよ」
「……ていうかこのままじゃいつまで経っても自己紹介できないぞ?」
「それもそうだね。じゃあ改めて、キミはだれ?かっこさんかいめ」
そういえば名乗っていなかった事を思い出して名乗ろうとしたがタイミングを逃してオロオロしていたルフェイに三度視線が向けられる。
不気味さを漂わせる三人に一斉に見られて若干息苦しさを感じながらも、今度こそ自分の名を口にした。
「る、ルフェイ・ペンドラゴンです!」
「ルフェイ・ペンドラゴンか。よし覚えた!俺は兵藤一誠。よろしくな、ペンドラゴン」
「私は名乗ったけど、改めて自己紹介しておきましょうか。リアス・グレモリーよ。よろしくね」
「紫藤イリナだよぉ。気軽にイリナって呼んでくれるとうれしいなぁ」
(……あれ?)
ペンドラゴンという名前は一般的にもそれなりに有名なため、この三人でも少しぐらいは驚くような反応を見せると思っていたルフェイだったが、全くそんな事なくて少し呆然とする。
「けどペンドラゴンって呼びにくいな。ルフェイって呼んでいいか?俺の事もイッセーて呼んでくれていいからさ」
「会ったばかりの人に名前呼びってどうなのかしら?……けど確かにペンドラゴンって呼びにくいわね」
「別にいいじゃん。気軽に名前呼びでさ」
驚くどころか興味なし…普通にスルーされて流されているように感じる。
この三人からすれば大して気にする程でもないのか、いやでもこの三人なら単純に知らないという可能性も何となくだがあるような気がする。
いや、今はそれよりも……。
「あのぉ……」
「あぁ、ごめんなさい。名前で呼んでいいかしら?ペンドラゴンって呼びにくくて」
「あ、はい。もうそれでいいです。私もイッセーさんにリアスさんにイリナさんと名前で呼びますので」
「おぉ、いいねぇ。そうこなくっちゃ」
「よろしくな、ルフェイ」
「はい。よろしくお願いします。それで、あのぉ……」
「「「………………?」」」
俯くルフェイに三人がどうした?と首を傾げる。
そして、いつまで待たせるつもりだというように鳴りだしたお腹を両手で押さえながら言った。
「……ご飯」
「「「……ごめん、忘れてた」」」
「……三人ともマヌケです」
「「「はい。すいません」」」
今だけは自分がこの場を支配できているような気がしたルフェイであった。
♦
風呂から上がり、パジャマに着替えたルフェイは自分に与えられた部屋の窓から星空を見ていた。
時刻はとっくに夜になり、太陽が沈んで暗くなった空には星と一緒に月が浮かんでいる。
お風呂上がりで火照っている身体に当たる夜風に心地良さを感じながら、ルフェイは今日の出来事を思い出していた。
数日ぶりのまともな食事に美味しさと有難味を感じながら四人で朝食を終えた後、これからどうするかについて話し合う事になり、ルフェイは自分の事情を説明してしばらくの間この家に住まわせてくれないかとお願いしたのだ。兄が今何処にいるのか分からないし、あてずっぽうで探しても見つからないまま今回の二の舞になるだろうし、自ら抜けた黄金の夜明け団に今更ぬけぬけと帰る訳わけにもいかない。
情けないことに行く場所も帰る場所もなかったルフェイは恥を忍んでお願いしたのだ。
断られる可能性もあった。彼らにも事情はあるだろうし、朝食をご馳走になっただけでも有難く、もし断られたらこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかないと一人旅に戻るつもりだった。
だが彼らは驚くほどあっさりと受け入れてくれた。渋る様子もなく即答したものだから、自分からお願いしておいて「え?そんなあっさり?」と思わず言ってしまったほどだ。
そもそもこの家は一誠の家であり、リアスもイリナも事情があって半ば居候しているようなものらしい。仕事でしばらくの間は帰ってこないらしい一誠の両親は二人に何も言わないどころか歓迎しているようであり、家事や仕事を手伝ってくれるなら問題ないだろうとの事だった。勿論タダで世話になるつもりはなかったルフェイは積極的に協力することを約束し、こうして一誠の家においてもらっていた。
今日は幸運なことに学校が休みである休日だったため、話し合いの後はルフェイと一誠とリアスの三人で過ごすことになった。イリナは学校は休みだがやるべきことがあるらしく、話し合いが終わってからすぐに帰っていった。何故か普通に玄関から。
一緒に暮らす以上はお互いのことを知っておくべきだと思った三人は自分たちの事を話すことにした。その時のルフェイは驚きの連続だった。
一誠は人間で、神器を…それも『赤龍帝の篭手』という神をも殺せる可能性を持つ神滅具を宿している事。
リアスが四大魔王の一人であるルシファーの妹だという事。
今この場にはいないイリナは教会に所属している事。
そして、三人は幼馴染である事。
思わず口を半開きにしたまま固まってしまった。だってそうだろう、人間同士である一誠とイリナはともかく、何がどうなったら悪魔でそれも魔王の妹が人間と幼馴染になるのか。なんでも『双子の弟』や悪魔が住んでいる冥界に嫌気がさし、実家を飛び出して辿り着いた人間界の公園…昨日ルフェイを見つけた場所で二人と出会ったらしい。帰りたくなかったリアスは迎えが来るまで三人と一緒に過ごし、また会う約束をして一旦別れ、二年ほど前に再会を果たしてこうして一緒に暮らしているという。その双子の弟とやらは嫌な奴なのだろうか?良くは分からないが、リアスが弟にいい感情を抱いてないことはわかった。
次に紫藤イリナだが、イリナが所属している教会って……悪魔であるリアスとは敵対関係にあるじゃないか。悪魔としてどうなのかとリアスに聞いてみたが、本人曰くどうでもいいらしい。そしてそれはイリナも同様のようだ。
そのイリナについても詳しく聞いてみた。気配からして人間ではあるが、朝の件もあり、教会に属している事を抜きにしても明らかに普通の人間ではないと確信していたからだ。だが一誠もリアスも詳しくは分からないとの事だった。確かなのは、気付けばそこにいるという事。そして自分たちの敵ではないということだった。幼馴染の二人にも分からないって、本当に何者なんだあの人。ルフェイはイリナのことがますます分からなくなった。
それなりに話をして昼を過ぎた頃、二人は力を衰えさせないために鍛錬するとの事だったので、ルフェイは二人の力を見せてもらうことにした。神滅具を宿す人間と魔王の妹の実力がどれ程の者か気になっていたからだ。
結論から言うと、二人は……滅茶苦茶強かった。結界を張ってなきゃ街どころか国一つ軽く消し飛ぶんじゃないだろうかというほど強かった。しかもあれでもまだ全力は出してないという。
赤い龍の鎧を纏う人間と全身から生まれ持った種族特有の力を放出させながら戦う悪魔の戦いを(なにこれ?)と自分の中の常識なりなんなりを呆気なく崩されたルフェイは思考放棄してじっと眺めていた。思考していたら頭が壊れそうになったからだ。
しかも、途中で朝のように突然現れたイリナだけでなく、赤龍帝の宿敵である白龍皇や、少し危ない格好をした黒猫まで参戦した時は思わず笑ってしまった。もっとも、その笑いは目の前で起こっていることが信じられずに現実逃避するような乾いた笑いであったが。
とまぁこんな事があり、思い出せば思い出すほどルフェイの目が虚ろになっていく。
視線の先には月があるが、月を見ているというよりも何処か遠くを見ているような気がする。
「私……大丈夫かな?」
自分からお願いしておいてなんだが、この家で…あの人たちとやっていけるのか不安になるルフェイであった。
以下……夜になって帰ろうとするイリナとルフェイの会話。
「あの、イリナさんって何処に住んでるんですか?」
「英国」
「え?」
終わり。