ちなみに作者としては誤字報告なども有り難いです。
誤字報告でなくとも、ここはこういう表現の方がよかった。なんていうような些細な事でも言ってくれる方は大好きです。
横抱きにしたカヤお嬢様を器用に背に負う。おんぶというやつだ。
もちろん、こうしなければまともに戦うことすらできないからである。
「私と戦うと?」
「できれば、戦いたくはないんだけど」
頬を冷や汗が伝う。
私は自分の事をそれなりに強いと評価しているし、目の前の執事風海賊野郎と一戦を交えようがすぐにやられるなんてことはあり得ないと断言してもいい。
が、それは私一人で挑んだことを前提とする。つまり、背に大きすぎる弱点を背負った今…まともに逃げることすらできない状況に陥っているのだ。
「なんか勝ち誇った顔してるけど、あなたの海賊団は全滅してるし、私を含めて私の仲間達はみんなあなたの計画を知っている…既に詰んでいると思うけどなぁ…」
ニヤリと笑う。当然強がりだが、例え強がりだろうと強気の態度を崩すわけにはいかない。
それは私自身のプライドの問題もあるし、相手に心的有利を与えたくないからだ。
「…そうか、使えないゴミ共だ」
そんな私の心情を知ってか知らずか、クロはそれでも笑って見せた。
張り付いたような仮面の表情は消え去り、今では彼本来の“海賊”としての顔だ。
自らの武器で顔を傷付けないよう、掌で眼鏡をクイ、と直す仕草一つを取っても彼がどれだけ闘争の本能を持っているかが伺えるだろう。
「余裕の顔が消えただけでも潰した甲斐はあったかな?」
「勘違いするな、使えない奴らが使えなかった所で問題はない、そういう時の策も当然練ってある」
「それは何とも気になる…、ね、って…あれ?」
今まで目の前で話をしていたクロが消えた。
瞬きはしていない、急に、何の前触れもなく消えたのだ。
「これで、少なくとも俺ではなく、お前の方が詰んでいたということが理解できたか?」
「な…ぁ…!?」
何の前触れもなく。あぁそうだ、つい今、何の前触れもなく消えた筈のクロが、何の前触れもなく私の隣に姿を現し、首筋に爪を押し当てている。
「くっ…」
咄嗟に能力を使って脚力を十倍に強化し、クロから距離を取った。
首筋からはツー、と血が流れ、私の全身から溢れ出す冷や汗と混じり合い薄まっていく。
「ほう…なかなか速い。だが、それではこの俺に追いつけねェ」
悔しいが、確かにその通りだった。
私の切り札である
ルフィやゾロなら持ち前の勘や、並外れた動体視力で捉えることはできるかもしれないが、私にはそのどちらもないから不可能だ。
「だが、これでわかっただろう。俺はこの場でお前を殺し、その上でカヤに…そうだな、『俺の思い通りに動かないようなら、村人全員を殺す』とでも言えばどうとでもなるだろう。本来ならこのようなリスクの高過ぎるマネはしたくなかったんだが…使えねェやつらに少しでも期待した俺もバカだった」
「…へぇ、そんなこと、させるとでも?」
「何をいう、させるさせないの問題ではなく、俺がすると言ったからには当然結果はついてくる」
「なるほどなるほど…結果っていうのは……私に、まんまと逃げられるっていう結果かなッ!!」
ガンッ!!と十倍強化で地面を踏みつければ、大地が揺れ、地面が裂ける。と言っても勿論小規模だが、これくらいのものでも足場が不安定になればそれだけでいい。
目論見通りクロはうまく体勢を整えられず自慢の速さを一時とはいえ失った。せっかくのチャンスだ、今後二度と通用するわけもない…逃げるなら今しかない!
私はまた十倍強化で地面を蹴って高く跳躍し、門を飛び越えると一直線で北の森へと走る。
一般的な道を使えればよかったのだが、わざわざ整備されている道を使って遠回りをするほどの余裕はない。
「はっ…!あ、あなたは…!?」
突然激しく動いたからか、流石に背負っているカヤお嬢様が目を覚ましてしまった。
とは言え、返事を返している暇などない。
私は森へ入ると不規則に動き回りながら北へ進む。この森は広くはないかもしれないが、多少の目眩しにはなる。クロとは言え一度見逃してしまえば再度見つけるのは困難な筈だ。
「はぁ…はぁ…ここまでくれば、大丈夫かな…」
くねくね不規則に走っていたせいでいまだ森から抜けることはできていないが、ひとまずクロは追いかけてきてないようだ。
とはいえ、あまり楽観視もできない状況だからスピードは緩めるが足は止めないでおく。
私の能力制限もある、何よりカヤお嬢様がこのタイミングで目を覚ましてしまったのがまずい。
「あなたは…!…はぁ…はぁ…、私をどうするつもりですか…!離してください!」
「訳あって離すわけにはいきません、大人しく捕まってて下さい」
背負われてるカヤお嬢様が必死に私から離れようともがくものの、そもそも病弱であり、力などないであろうその腕がどれほど暴れようが私を振り解けるわけがなかった。
ただ、声はまずい。あまり大声を出されてはクロに気付かれてしまう。
「何が…はぁ…っ、もく、てきですか…?」
「とにかく今は、生きて私の仲間と合流することが目的ですかね」
何せバイオレンス眼鏡からの逃亡中なのだ。
「…クラハ、ドールや、メリーに手を出せば…私でも許しませんよ…!」
「あなたが助かるのでしたら許されなくて構いませんが、生憎と手を出してるのはそのクラハドールですけどね」
一瞬目を見開くカヤお嬢様だが、すぐ瞳に涙を溜めて怒声を上げた。
「あなたは…!あなたも…!ウソップさんと同じような事を…、確かに、クラハドールはウソップさんにひどい事を言ったかもしれませんが、それにはちゃんと理由があります!それに、仕返しをするにしてもこんな…!こんな方法って…」
最後は力なく項垂れるように息切れを起こしているカヤお嬢様だが、私はどうしても言いたいことがあった。
あまりお喋りをすると、先ほども言った通りクロに発見されるリスクだけが高まる。だけど、それでも言っておきたいことがあったのだ。
「…カヤお嬢様、失礼ながら、私はそのひどい事を言ったという現場には居合わせておりません。…ですが、ですがね、例え死ねだとか、お前の父ちゃん低収入(笑)だとか散々なことを言われたからと言って…あのウソップが、人を貶めるようなやつだとは思えない」
「……!!」
「私は彼とそんなに長い付き合いじゃないどころか、今日会ったばかり…だけど、そんな私でもわかるよ。…ウソップって人間は、どこまで行ってもお人好しだと」
今回は私が海賊団を倒してしまったが、恐らく予定通り北の海岸からクロネコ海賊団が攻めてきたとあってもウソップは単独そいつらに喧嘩を売りにいっただろう。
それはカヤお嬢様を、この村全てを守るため…自分の命を投げ打ってでも彼は必ずそうした。
「確かにウソップは嘘つきだし、わりと怖がりで鼻が長いけど…本当にカヤお嬢様が思ってるような“最低なやつ"なら…何の関わりもないあなたに、ただ元気になってほしいなんて純粋な願いだけで一年間も話し相手になると思う?」
「そ、…れは…」
「…カヤお嬢様にとっては、辛いことが待ってると思う。だけど…これが現実だよ、向き合わないといけない。…敵は、クラハドール…海賊
それでもまだ信じたくないのか、私の首に回してる腕に少し力が入る。
ただ、今度はウソップを否定するような言葉は出てこなかった。
「…あぁ、しまった、喋りすぎたかな…。ま、どうしても信じられないなら…自分の目で見てみるのが一番早いんじゃないかな?」
「え……?」
私は立ち止まって後ろを振り返る。
出来れば気のせいであって欲しかったが…そんなことはなく、私が感じた気配通りにクロはそこにいた。
「…おい、海賊、カヤお嬢様をこれ以上連れ回すな、お体に関わる重要な問題だ!それと、さっきから聞いていれば私が海賊だと?そんな野蛮なものと一緒にしないでもらおうか!」
「ふん、そこまで見え透いた滑稽な芝居が出来るなら、いっそ役者にでもなって日銭でも稼いでたら?」
ここからは、賭けだ。
私の言葉はカヤお嬢様に届いたかどうか定かではない、もしかしたら、この場でクロを信じ通してしまうかもしれない。
だけど、私は信じたい。
ウソップの勇敢さを?
違う
クロがボロを出すのを?
違う。
私の言葉がカヤお嬢様に通用していると?
違う。
「私は、カヤお嬢様を信じてますから」
「……!」
カヤお嬢様自身を、私は信じる!!
何故か?
私を誰だと思っているのか、私は……"女好きだ"!!
「…カヤお嬢様、私があなたの執事として、屋敷に仕えてから早三年ですね。毎年のように私の就任記念日を祝ってくれたことや、この土地に不慣れな私に優しくして頂いたこと、感謝しております」
「クラハドール…」
「ご両親の代わりに、あなたを大切に見守るという使命が私にはあります!私は…!く、…私を、信じて下さらないのですか!?」
これで本当にクロがいい奴なら、この言葉にコロッと言ってカヤお嬢様を渡しても構わないが、さっきまで散々言ってた相手だ。私にとっては白々しすぎて呆れた目しか返せない。
だけどそれはさっきまでの話を全て聞いていた私の場合だ。
何を言おうが三年。クロは三年もの月日を費やしカヤお嬢様から信頼を勝ち取った…。ん?と言うことはこの野郎三年間もカヤお嬢様のそばにいたのか……何だろう、ここに来て一番クロに腹立ってる気がする。
「あなたがなんと言おうとも、カヤお嬢様は私の仲間のもとへ連れて行くけどね」
「ほう、海賊のもとへですか、そんなことを私が許すとでも?」
「いーや?でも、私は逃げるからね、そんな危険な
ぴく、とクロの眉が動く。
クロにとってはカヤお嬢様の体に傷が出来ようとも構わないだろうが、クラハドールはそうではない。
ここで躊躇なく振り回せば、それこそカヤお嬢様の心は私へと傾いていくというわけだ。
「…なるほど、人質とは…。野蛮な海賊らしい…姑息な手だ」
「じゃ、そういうことで!」
足元の小石をクロ目掛けて蹴飛ばす。
クロはそれを爪で軽く弾くが、私はその隙をついて駆け出していた。
見つかってしまったのなら、真っ直ぐ一直線に走り抜けるのが最善だ。
もうすぐで森を抜けることができる、ルフィ達と合流さえ出来れば、羊顔の執事さんからカヤお嬢様へ事情を説明できる筈だ。
「仕方ない…逃げられるよりはマシだ」
「あ…ッ!!?」
あともう少し、ほんの少しのところで追いつかれてしまった。
最悪なことに、やつは爪を振りかざしている。その軌道のまま爪を突き出せば…間違いなくカヤお嬢様をも貫いて私に届くだろう。
「…あなたは…よくもそんな事が出来るなッ!!」
グリンっ!と体を急回転させ、乱暴なのは百も承知でカヤお嬢様を側に放り投げる。
「きゃっ…いっ…た…ぁ…!な、にを……、ぇ…クラ、ハドール?」
……しまった。
もう、三分経っちゃったか。
「ごふ…ッ、あー…、これはまずい…、がはっ…」
腹の底から迫り上げるものを吐き出すと、それは血の塊のようだ。
私がカヤお嬢様の盾となるため身代わりになった瞬間、
結果、私の何の能力補正もかかってない腹部に爪が突き刺さってしまった。
「…ちっ、結局こうなってしまうのか、俺も少し腕が鈍ってしまったようだな」
ずぶり、と生々しい音をたてて爪を引き抜くと、腕を振るって爪から血を払い落とす。
同時に、私はふらふらと数歩よろめいた後、カヤお嬢様に背を向けて膝をついてしまった。
「あ…ど、どうしてクラハドール…!ここまですることはないじゃない!ねぇ!答えて!!クラハドールッ!!」
「はァ…っ、ふ…っう…!カ、ヤおじょう、さま…っ、まだわからないの…っ?…はやく、この先の海岸、へ…!!」
「お前一人ならともかく、病弱な小娘一匹にこの俺が逃げられるような醜態を晒すわけがねェ…いい加減、諦めるんだな」
今にも泣き出しそうなカヤお嬢様だが、それでも今の発言を聞いてまでクロを信じ抜くほど盲目でもないようで、初めてクロを、執事クラハドールではなく、海賊…
「…ぐ、はやく、逃げてッ!!」
何とか立ち上がってカヤお嬢様を背に庇う。
力を入れるたびに激痛が走り、何なら血がお腹から吹き出てるが…。
「…に、逃げません…!」
「な、何を…!」
私のお腹を見て!こんなんじゃクロとまともに戦うなんて無理だから!
絶対これから死ぬって人間と、どうして一緒にいようとするの!それに私がこうなったのはあなたを逃すためなんだから逃げてくれないと死んでも死に切れないよ!!
「くっはっはっはっは!!滑稽だなガキ、変な能力で強化されてた身体も元に戻り、反動で能力も使えねェと見える。腹に穴は空いてる、その上そうなる原因を作った本人はお前の決死の覚悟を踏みにじる!これは傑作だ!!」
「…確かに、その通り…私は、この人の覚悟を踏みにじってるのかもしれません…!でも、それでも逃げられない。私を守るために…こんなになってまで抗ってくれた…!最後まで私を信じてくれた人を見捨てて逃げるなんてできない…!」
最後の方は咳き込んでしまっていたが、それでもカヤお嬢様は私を抱きしめて叫んだ。
この決断を、人の決意を無駄にする行為だと言う人もいるだろう。
でも、カヤお嬢様の想いを聞いて…それは違う、と思った。
…だって、これってつまり死ぬなら私と一緒ってことじゃない?実質プロポーズだよね?やばい。抱きしめられてるし、おっぱい当たってるんだよね。
「フン、何を惚けているのか知らんが、もうお前の相手は飽きた…死ね」
振り下ろされる爪に、叫ぶカヤお嬢様。
…それと、伸びてくる腕。
「っ!?」
バキ!とどこからか伸びてきた拳がクロの顔面に当たって吹き飛ばした。
その光景を見た直後…私の中の緊張の糸はぷつりと切れて再度膝をつく。私が体勢を崩したことでカヤお嬢様も同じように地面にへたり込んだ。
「イリス!お嬢様も無事か!?」
伸びた腕の張本人である我らが船長、ルフィ様が来てくれたみたいだ。
よかった…これでクロはどうとでもなる…。
「あ、あの!この方の傷が酷くて…!」
「え?だ、大丈夫だよ、いやほんとは大丈夫じゃないけど大丈夫だから…」
「イリスっ!お前腹穴空いてんじゃねェか!…そうか、あいつにやられたんだな」
なんだかルフィの雰囲気が変わったような気がした。
…なんだかんがいって、船員がやられたら怒るんだな、ルフィって。
あぁ…いや、なんかもう、ほんと…安心…し、た…ーーーーーー
そうして、私は意識を手放した。