「…なんで、ペローナちゃん居ないの?」
暴走したイリスが真っ先に向かったのは、さっきの超大型ゾンビーーー『オーズ』が出てきた場所だった。
「居るのはナスだけか…ねぇでかナス、ペローナちゃん知らない?」
「…お前は『逃げ足』か。俺を相手に傲慢な態度な奴だな」
「??ペローナちゃんは?」
「キシシシ!!知らねェよ、何で俺がお前の質問に答えてやらなきゃいけねェ?その辺探しゃ見つかるんじゃねェか?…ふあ〜…」
「ペローナちゃんは??」
オーズの死体を保管していた、超特大冷凍保存庫。
それを上から見下ろせる位置の足場で、壁にもたれかかりながらイリスの問いを適当に往なしていた“王下七武海”『ゲッコー・モリア』は、まるでロボットの様に同じ質問を繰り返してばかりのイリスに眉を寄せる。
「…まさか、隠したの?」
「はァ?」
「私からペローナちゃんを、奪って、隠して!!!自分の物にしようとしてるの!!!?」
「何を言ってやがる、元々あいつは俺の配下ーーーーーッぐォっ!?」
イリスの蹴りがモリアの腹に突き刺さる。
そのままバランスボールの様に何度もバウンドを繰り返し吹っ飛んだモリアは、途中で体勢を立て直してギロリとイリスを睨んだ。
(このガキ…なんて速さだ!“影”が間に合わねェとか、そんなバカな事があるか!)
「どこ!!!ペローナちゃん!!!」
「ッ!?」
次の瞬間には背後に現れたイリスに、後ろから横顔に薙ぐような蹴りが襲う。
そしてそれを避けることも、“影”と交代することも出来ないまま受けて壁に頭からめり込んだ。
「ねぇ、私さっきから質問してるでしょ?早く答えてよ!」
「ぐ…!」
ドゴン!頭を更に押し付けられてモリアは更に壁へとめり込む。
モリアは信じられなかった。昔、とある海賊に敗北してから自分より上が居るということ自体は知っていた。
だが、こんな小娘に手も足も出ない程…自分は弱かったのか?それとも、長く“影”とゾンビに任せてきたのもあって体が鈍っているのか?
…正解は、そのどちらでも無いとモリアは思う。
青キジから逃げた?バカを言え、そんなタマじゃないだろう。…コイツが強過ぎるんだ、と。
「ハァ…ハァ…!ぺ、ペローナなら、
「なんだ、そこに居るなら居るって言ってよ」
モリアとて心ない男ではない。この怪物がペローナを殺しに行くような奴なら多少の抵抗はしただろうが、どうもそんな感じではなかった。
むしろ、居場所を教えなければいつか自分が殺されてしまうと直感で感じ取ったのだ。
思惑通りイリスはそれを聞いてからモリアに対して一切の興味を示さず、来た時と同様に宙を蹴って目的の場所へと向かって行った。
そのすぐ後、息を切らした麦わら帽子の少年がこの場に現れ、モリアは対応の面倒臭さにため息を吐いたのだった。
一方、ルフィを除く一味はそれぞれ自身が倒すべき敵と対峙していた。
ゾロはブルックの“影”が入った剣豪リューマ。
今までのゾンビも同じで、ホグバックが作った死体に、モリアが人から奪った“影”を入れる事で絶対服従のゾンビを生み出す事が出来る。
肉体より“影”の人格に影響される為、リューマはブルックのような、オーズはルフィのような、そしてシンドリーも皿嫌いの女性のような立ち振る舞いをするという仕組みだ。
フランキーはブルックと共にゾロvsリューマの戦いを近くで見ている。
サンジはイリスを含めたナミ、ミキータ、ロビンの捜索。
当初はアブサロムを引き受ける予定ではあったのだが、ウソップが何気なく放った“火薬星”で呆気なくダウン。原因は空を駆ける怪物にあるのだが…。
そしてウソップがペローナを引き受けていた。
ネガティブ・ホロウが唯一効かないウソップは、彼女にとって天敵であり、逆にウソップ以外に引き受けられる人が居なかったというのもある。
ナミ、ミキータ、ロビンは何とかあの状態から復活し、仲間と合流する為に動き出していた。
上階で激しい音が聞こえているのは、ゾロとリューマの戦闘音だ。とりあえず3人は音が聞こえるそこを目指して行動を開始した。
***
「ハァ…ハァ…!くそ、冗談じゃねェぞあのネガっ鼻!ただでさえ恐ろしいのがもう1人居るってのに…!」
現在、ペローナはとにかくウソップから距離を取る事を優先していた。というのも、彼女はホロホロの実の能力者であり、ネガティブ・ホロウの様な精神攻撃や特ホロなどの爆破攻撃以外にも『幽体離脱』が可能なのだ。
幽体離脱を使用したペローナは、ゴースト故に敵の攻撃は一切通らず…逆に自身の攻撃を一方的に敵へぶつける事が可能となる。
ただしこの技にも弱点はあって、幽体離脱した後の本体がどうしても無防備になってしまうのだ。
つまりペローナが狙っているのは、距離を稼いでどこかに隠れ、幽体離脱を行なってウソップを一方的に倒す事だった。
後ろから追いかけてくるウソップの後ろを、更にクマシーが追いかけてくれているおかげでウソップの注意は自分から逸れている。この様子なら逃げ切る事も、隠れて能力を発動させる事も容易ーーーーーーー。
ドォォオオンッ!!!!
「ーーーッ!!!な、何だ!!?」
突然目の前の天井が崩れ落ちる光景に目を開けてたじろぐペローナは、一瞬オーズがやったのか?と疑うもその思考をすぐに放棄する。
何故なら、空から
「お、おい…嘘だろお前…」
この島で、そんなダイナミック入場が出来る小さいシルエットの人物など…ゾンビを含めようが1人しか存在しない。
そしてやはりというべきか、煙の中から気持ちが悪い程の満面の笑みで現れたのは……イリスだった。
「見ィつーけた!ペローナちゃん!」
咄嗟に叫びそうになるのをぐっと堪え、まずは冷静になる様努めるペローナはちらりと背後を見る。
…大丈夫、まだネガっ鼻はクマシーと遊んでいる。なら自分は…何とかしてこの化け物から逃げなければいけない。
幸い、攻略法は知っているのだ。捕まった瞬間にネガティブ・ホロウをぶち込んでやればいい。
「ーーーーん!?」
だが、ペローナはとんだ思い違いをしていたと気付かされる事になってしまった。
一瞬の内に、自分でも全くと言っていいほど気付かない程の速さで押し倒されてキスされているのだ。
「ふぁ…んっ…ぁ」
しかもディープなアレである。その上この化け物…キスが滅法上手かった。
何か技を出そうにもボーっとして上手く頭が働かない。
突き飛ばそうにも、そもそも力ではひっくり返っても生まれ変わっても勝てやしない。
滴る水滴の音は、果たして自分の口から出るモノか、相手のモノか。
やがて唇が離された時、ペローナは小さく物足りなさそうな声を出してしまい、慌てて口を結ぶ。
しかし残念な事に、今のイリスはそういう些細な仕草だったり声だったりを見逃しはしない。ソレを聞いた瞬間にニヤリと妖しく笑ったイリスの顔を、ペローナは当分忘れられないだろう…。
そして、ペローナはイリスにひょい、と横抱きされてこの階にある自分の部屋へと連れて行かれた。
元々この部屋はウソップを撒いた後、自身の体を隠すのに使おうと思っていたものであり、決して如何わしい事をする為に隠れたかった訳では無いのだけど。
「ペローナちゃん…可愛い」
「…っ、はっ!流されてこの部屋まで連れてきちまった…!おい!や、やめろ服を脱がすな〜!!」
「なんで?私は今、ペローナちゃんが欲しいんだよ」
「私はイヤだっつってんだろ!女好きの女王が、女の嫌がる事していいのか!?」
「何言ってるの?さっきちゅーして悦んでたじゃん」
「ギャーーー!やめて!忘れさせてーー!!!」
バタバタと暴れるも一向に拘束が弱まる気配が無い。自身のお腹に指を這わせるイリスを睨んだ所でソレは同じ事だ。
このままでは本当にまずい、とペローナの心の警笛が喧しく響く。イリスに大事な貞操を奪われる事への警笛か?…否。
…心が奴に傾きかけている事に対するものだ。
「幸せにするよ、だからペローナちゃんも楽にしてて」
「で、出来るか…!私はモリア様の配下!『ゴーストプリンセス』ペローナ様…んんんっ!」
普段ならともかく、現状のイリスに何を言おうとも意味はない。
残念な事にそれを気付きつつあるペローナは、今も唐突にされたキスに対して反抗心を感じてはいなかった。
それに、元来のペローナの性格からしてイリスに心が傾かない筈もなかった。
可愛いモノには目が無い彼女は、言動はともかく容姿だけを見れば小動物のような愛らしさを誇るイリスがタイプではあったからだ。最も、恋人にしたいという意味ではなく、愛でる…つまりぬいぐるみなどに対する感情に限定される訳だが。
しかし、そんな好み真ん中ドストライクのぬいぐるみが自分を全力で口説きに来ている状況をペローナはそんなに悪い事だと思えなくなってきていたのだ。
それこそが、ペローナの心に響く警笛の正体であり…恐らくもう逃げられないだろう事への証明でもあった。
口付けは徐々に激しくなり、抵抗するのをやめたペローナの服をするすると慣れた手つきで脱がすイリス。
未だに逃げるべきだと囁くほんの少しの抵抗心は、この先へと進みたい特大の好奇心に押し潰されて呆気なく散り…その瞬間、イリスの容姿が一変する。
さっきまでの愛らしい面影を残しつつも、その髪は艶やかな漆黒の長髪へ、背丈は子供から大人へ、顔付きは可愛さを残しつつ綺麗に…本当に同一人物なのかと見紛う程だ。
戦闘用の変化では無いためか、覇王色を使用していないのでティアラやマントは無い。だけどこれはイリスが逃げ足の女王と呼ばれる様になってしまった所以の
「…ペローナちゃん。好きだよ」
「〜〜〜〜ッ!!」
急激な変化に脳内の処理が追いつかず、ペローナの頭が混乱を極めている時にぽつり、と耳元で囁かれた言葉に顔を真っ赤に染めさせる。
正常な判断が出来ない…いや、イリスに出来ないようにされたペローナは…ついにほんの少しの抵抗心も無くなった。
…つまりーーーー怪物のお楽しみタイムが、始まったのだった。
チョロい