ハーレム女王を目指す女好きな女の話   作:リチプ

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150『女好き、英雄と王妃』

オトヒメ王妃は、“愛の人”と称される程心の優しい人だったそうだ。

強盗犯を自ら捕らえ、殴打し、されどその強盗犯の全てを否定する事なく物を盗むしかなくなった民の事情に涙する。そして、その事に気付いてあげられなかった自分を責める程の器量があった。

そんな彼女が国民に掲げる理想こそが、『人間との共存』。国民1人1人に意思を説いて回り署名を集めていたのだという。

 

そしてもう1人…英雄フィッシャー・タイガー。彼は冒険家として国を飛び出し、やがて「聖地マリージョア襲撃事件」を起こし…ハンコック達など沢山の奴隷達を解放した英雄と呼ばれ、同時に大犯罪者ともなった。

これを受けて世界政府と対峙したタイガーを見殺しにはしないと彼を慕う「魚人街」の曲者達が集結し、タイガーの連れ出した元奴隷達とそうでない者達を識別されぬ様奴隷の烙印を覆い隠す“タイヨウの刻印”を全員が体に刻み込み「タイヨウの海賊団」は結成された…と。

 

「そこまでは分かったんだけどさ、魚人街の人達がタイガーを慕ってる理由ってなんなの?」

 

「元々フィッシャー・タイガーは魚人街出身なんじゃ。わしも、そしてアーロンもな」

 

魚人街の事の始まりは、孤児達を預かる巨大な保護施設であった。しかし程なく施設は荒れ始め…管理者達の手に負えずそこは魚人島のはみ出し者達の集まる無法地帯となった。…だからケイミーちゃんは魚人街が怖いって言ったのか。

 

でも、そうやってタイヨウの海賊団が地上で暴れ回れば暴れる程オトヒメ王妃の理想からは遠ざかっていった。

そしてここから更にオトヒメ王妃を絶望の淵に叩き落とす事件が起きる。それこそ正しく「英雄フィッシャー・タイガー」の死。そしてその死因だった。

 

タイガーの死より少し時は遡るが、彼らは航海中、とある島で“コアラ”という人間の女の子を拾ったそうだ。拾ったというか、その島の住人に預けられたと言った方が正しいか。彼女はその当時でいうと3年前のタイガーが起こした奴隷解放の折にマリージョアから逃げ出していた元奴隷で、遠い故郷の島に居る親に会う為に船に乗せて欲しいと頼み込んできた。

始終ニコニコ笑って、人間故に魚人達から大量に浴びせられる罵倒にわずか11歳でありながら涙も流さず、働き続ける。それも全て奴隷時代に染み付いてしまった奴隷の生き方が原因だったのだ。

泣いただけで、少し休んだだけで殺される奴隷達を見てきたから少女もそうするしか無かったのだ。

そんな少女を見兼ねたタイガーは、少女を部屋に連れ込み奴隷の烙印の上からタイヨウの烙印を焼き付け…自分達は天竜人じゃないと目の前で武器を海に投げ捨てた。誰も殺さない、お前を必ず故郷へ送り届けると。

それでその子は泣き崩れたそうだけど…あの、ごめん、この雰囲気崩すのはどうかなって思うから口には出さないんだけどね…?

 

…それってフラグじゃん…!!しかも恋愛!

いいなぁ!!私も、その子にフラグ建てたい!!コアラちゃんって可愛いのかな?会ってみたいんだけど…!

 

「そ、それで?その女の子とタイガーの死に何の関係があるの?」

 

「コアラ自身は知らなかったじゃろうが…最初にコアラを預けてきた島の者達が海軍に通報しておったんじゃ。お頭はコアラを無事故郷へ送り届けた後、その島で待ち伏せしておった海軍に襲撃された」

 

…そういうコトか。

更にはコアラの村の人達もタイガーを捕らえるのに反対する者は居なかったそうで、自分達も海軍に狙われて襲撃に気付いたジンベエ達がタイガーの援護に入って、何とか海軍の軍艦を奪い沖へ逃げ出した時には…すでにタイガーは瀕死の状態だった。

 

血を流し過ぎていた為輸血をすれば生き長らえる事は出来たのだが…タイガーはその血で生き長らえたくはないと叫んだ。

汚らわしい血だ、そんな血に恩など受けない、情けなど受けない。…人間に、屈しないと。

実は、フィッシャー・タイガーは1人赤い土の大陸(レッドライン)を登り聖地マリージョアを襲撃したのではなく…冒険家としての最後の旅でマリージョアに捕まり数年…天竜人の奴隷だったのだ。

 

その時に生まれた心の中の鬼が人間の血を拒絶する。

ただ、オトヒメ王妃の願いが正しいのは頭では理解しているのだと。だけどもう自分は人間を愛せない。本当に魚人島を変えられるのはコアラの様な何も知らない世代だと…だからジンベエ達に頼んだのだ、魚人島には何も伝えるなと、人間達への怒りを伝えるなと。この世には心の優しい人間も沢山居る…だから頼む、とジンベエ達に伝えタイガーは息を引き取った。

 

「後に世間に知れ渡るフィッシャー・タイガーの死因は、人間に(・・・)献血を拒まれ死亡となる。これはアーロンが報復でコアラの島に襲撃し、その時の中将に捕まった際に話した嘘の供述じゃ…が、奴も真実など口には出来んかったんじゃろう…それを言えばお頭の名誉も傷付く」

 

「アーロンが襲撃?コアラは無事なの?」

 

「村へ辿り着く前に捕まったんじゃ。当時は中将であった…大将黄猿にな。当然アーロンが敵う相手ではないわい」

 

ああ…。

という事は黄猿って当時から特攻役みたいな感じだったんだ。その時の話でもそうだし、シャボンディでもそう。そしてレイの事でも。

そりゃあんなのが先発で出てきたら絶望するわ。

 

ちなみに、ネプチューンとオトヒメ王妃だけには真実を伝えていたらしい。

それでもオトヒメ王妃は負けなかった。先にある次の世代の未来の為、必死にくる日もくる日も駆け回り、署名活動、街頭演説、果ては難破船の人命救助までとにかく幅広く活動した。

しかしタイガーの死は魚人島の人達の胸に深く傷を残し…人間との溝は更に深まるばかりだった。

集まった署名はみるみるうちに数を減らし…やがて署名箱の中は空となるも…オトヒメ王妃は諦めなかった。

 

そんなある日の事、地上で海賊を続けていたジンベエの元に政府から一通の手紙が届く。それこそ正に「七武海」への勧誘の書類であり…ジンベエは魚人島の為…オトヒメ王妃の邪魔をしてしまった罪滅ぼしの為にとその話に乗って王下七武海…“海峡のジンベエ”となったのだ。

 

ジンベエが七武海となった事で、丁度釈放されたアーロンと一悶着あったらしい。

タイガーの言葉を理解し、誰も死なせないと誓ったのがジンベエ。対して人間への恨みが募る一方のアーロンとタイヨウの海賊団にも2つの派閥ができ…アーロンを慕う者が彼について行ったのだ。

その際にアーロンはジンベエに対して「俺を止めたければ殺せ」と言ったそうだが…殺す事は出来なかった。あんな奴でもジンベエにとっては弟分…手にかける事は出来なかったのだろう。

 

…ん?解放したってもしかしてその事?だとしたらちょっとしょうもないというか、ジンベエなんも悪くなくて笑うけど。

 

…で、話はもう少し続き、ある日魚人島に一隻の巨大難破船が流れ着く。その難破船にはなんと“天竜人”が乗っており、それ以外の護衛は海底生物に襲われ死んでしまっていた。つまりその天竜人1人だけが運良く魚人島へと辿り着いた訳だが…当然天竜人はその場で銃を取り出して魚人達に銃口を向け脅す。

しかしそこは既に大将が駆けつけてくれる場所とは遠く離れた深海の魚人島…天竜人を恐れ、屈服する人は1人も居なかった。逆にその天竜人に向けて銃を向け、あまつさえ発砲してしまったのだが…そんな天竜人を銃弾からオトヒメ王妃が庇ったのだ。

子供達が見ているから、銃を捨てて下さいと。だけどそうやって庇ってくれたオトヒメ王妃すらも天竜人は殺そうと銃を向け、その場に居たジンベエも一瞬反応に遅れてしまったのだが…。

 

「その時、しらほし姫の“力“が覚醒し、その場に巨大な海王類が何頭も姿を見せおったのじゃ。その天竜人も、そしてわしらもあまりの出来事に声を発する事すら忘れてしまった」

 

「巨大ってどれくらい?ていうか覚醒って?」

 

「お前さんらの船の3倍は大きい天竜人が乗る船…それの100倍は大きい海王類が何頭も…じゃ」

 

スケールが想像以上過ぎて逆に想像出来ないんだけど。それってつまり魚人島を潰せる程大きいって事じゃん…。

 

「しらほし姫には海王類と話せる力をその身に宿しておる。暴走すれば世界を壊しかねん代物じゃ…」

 

「凄いねしらほしちゃん!自在に話せるの?」

 

「い、いえ…!わたくしも当時の事は良く覚えていなくて…」

 

ああ、無意識の内にってやつかぁ。それにしても海王類に対して使役に近い事が出来るって相当だけどね。

 

…で、その海王類達のお陰で難を逃れ…そして数週間後、治療を終えた天竜人を地上へ送り届ける際にオトヒメ王妃はその船への同行を願った。

オトヒメ王妃からすれば降って湧いたチャンス…世界貴族と直接話が出来るいい機会だったからだ。だけど当然ネプチューン王は強く反対し、ならば自分が行こうと言ったのだがオトヒメ王妃は強いあなたでは意味がない、と言ってその申し出を拒んだ。

私が行って帰ってこれる世界でなければ、地上の安全を証明出来ない、と。

そうしてオトヒメ王妃は天竜人と共に船へと乗り込み…島民達やネプチューン、しらほしちゃん達にとっては100日にも感じる1週間が経った頃…オトヒメ王妃が魚人島へ帰ったきたのだ。

その手に…1枚の紙を大切に抱えて。

 

すぐにオトヒメ王妃は「ギョンコルド広場」という場所に島民達を集め、その紙を掲げて見せた。

それはオトヒメ王妃が救った天竜人の一筆…「魚人族と人間との交友の為、提出された署名の意見に私も賛同する」と書かれた物だったのだ。

つまり後必要なのはより多くの署名…オトヒメ王妃は地上への移住は夢なんかではなく、もうあと一歩の所まで来ていると説得した。

深海でも生活出来る自分達が、何故この光が届き、空気が存在する場所を選んで生活しているのか。何故子供達は地上の施設を危険を犯してまで見に行くのか…それは一重に、地上を夢見ているからではないですか、と。

だけどそんなオトヒメ王妃の説得に意味など無かった。何故なら…島民達は皆、オトヒメ王妃が無事に魚人島へ帰ってきてくれたならば署名など幾らでも出すと決意していたからだった。

つまりーーーオトヒメ王妃の努力は、駆け回った苦労の日々は…この日、報われたのだ。

実に7年にも渡る苦労は実を結ぶ。何より国民達は…オトヒメという人物が好きなのだ。その日から広場は連日国中から署名を手にした人々が集まった。

 

「…じゃが、……現実は、時に非情じゃった。…いや、残酷過ぎた…!!」

 

顔を伏せるジンベエに、涙を流すしらほしちゃん。

当時次々に署名が集まっていたある日の事…なんの前触れもなくギョンコルド広場で集めていた署名が署名箱ごと燃やされたのだ。

当然兵士達やジンベエはその火を消そうと必死に動き…そして、それは起きた。

喧騒の中に紛れる様に響いた銃声。そして、その場に崩れ落ちたオトヒメ王妃ーーー。

更に最悪なのは…その場に王子達やしらほしちゃんも居た事だった。

フカボシ王子は当然激昂し、すぐにでも犯人に報復する勢いだったがそれを瀕死のオトヒメ王妃が止める。自分が死ぬのは避けられないから、せめて最後くらいは傍に居てくれ、と。

犯人がどこの誰であれ、私の為に怒らないで。私の為に怒りや憎しみに取り込まれないでと言ったのだ。

 

母親が死んでしまうという事実に気が付いた幼いしらほしちゃんが大声で泣き叫び、力が暴走してしまう寸前だったのを、マンボシ王子とリュウボシ王子が泣きながら笑い、歌い、踊りあやして…こうやって妹を守っていくから大丈夫だと…フカボシ王子も燃えた署名はまた集め…しらほしちゃんを命懸けで守るから、だからどうかご安心を、と泣き笑いでオトヒメ王妃に伝え…それを聞いたオトヒメ王妃は静かに…そして安らかに…息を引き取ったーーー。

 

「……。これだけでも、わしら…いや、姫や王子達…ネプチューン王にとっては大きすぎる絶望だった筈じゃろうが…悪い事は重なる物で……」

 

オトヒメ王妃を撃った犯人はすぐに見つかったそうだが…そいつを捕えた時、ジンベエはその者を隠せと命令した。

何故ならその犯人は……人間、だったからだ…。

 

しかし、その時その場に居た兵士時代のホーディ・ジョーンズが広場を見渡せる位置で高々と捕えた人間を掲げ、人間が我が国の王妃を殺した、と叫んだ。

あまりにも残酷なその話に…国民達全員が怒りに震えたという。

ネプチューン王も自ら硬殻塔に閉じこもり殺意を押さえ、そしてその日からしらほしちゃんには例のラブレターが届く様になる。

 

オトヒメ王妃の葬儀は海の森で開かれ…殆ど全てと言っても過言ではない数の国民達が参加した。

狙撃手がまだ潜んでいる可能性もあるからと王子達やしらほしちゃんは参加出来なかった様だが…モニター越しでフカボシ王子が母の意思を継ぎ、また一緒にタイヨウの夢を見ましょう、と国民全員に言葉を投げかけ……そしてその意思は今も、国民達の心に残っている。

 

だからこの国の人達は私達に友好的で、だけどその一方で輸血など血を分け与えるなどの行為を禁ずる様な法律が出来ているんだ。

…そっ、か……、それは、確かに……あまりにも、非情だ…。

簡単にしらほしちゃんを嫁にするなんて言って、しらほしちゃんは私を恨んでないだろうか…私だって人間なんだから、しらほしちゃんが私を恨む理由は幾らでもある。あの可愛い笑顔や泣き顔の裏に…人間への憎しみの気持ちがーーーー、

 

 

「……あるわけないでしょ…!」

 

そうだ…そんな出来事があったにも関わらずしらほしちゃんは私に普通に接してくれた。

今も私やルフィを信じて、デッケンのアホの脅威から必ず守ってくれると疑っていない。…だったら私も疑ってられないよね…!しらほしちゃんの優しさと、純粋で綺麗な心を。

 

気合入れろ、イリス。

 

…ハーレム女王になる為に、何が何でもこの島を縛る差別の呪いと…お別れするよ!

 

 

 

 


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