「…うわァ」
ナミさんの後をつけて、ココヤシ村と呼ばれる村にきてまず目に入ったのが倒れた
比喩でも何でも無く、家が根元から持ち上げられて横たわっているのだ。
魚人のパワーってどうなってんの…。
それにしても、どう言う訳かナミさんが村に来た途端、中央で集まっていた人達がみんな家の中へ逃げるように帰っていった。
残っているのは…うぉ、美人のお姉さんじゃん!!
そんなお姉さんだけはナミさんと普通に接しているように見える。
この村の惨状は気にはなるが、ナミさんが少し壊れた家や荒れた村を見て悲しそうな顔をした後にすぐ歩き出すので慌てて後を追う。どうやらお姉さんもナミさんについていくようだ。
目的の場所は島の端に位置する断崖絶壁の崖だった。周りにはナシの木みたいな大きな木が生えていて、崖の側には木の棒を十字に括って地面に刺した簡易の墓がある。
崖というよりは、この墓がここにきた理由なのは間違いないだろう。
私は近くの茂みに隠れて様子を伺うことにした。こっそりはここ最近良くしてるから慣れたものよふっふっふ。
ナミさんはその墓の前に座って手に持っていた花束を添えた。
「あと…3百万ベリー」
「相変わらず評判最悪だよ、あんた」
「まーね、海賊だもん。でもアーロンは話の分かる奴よ、お金で全て事が運ぶから」
お金…。あと3百万ベリーって?
「あいつとの約束までもう少し!何が何でも1億ベリー稼いで、私はこの村を買うの!」
…いかん、鼻血が。
それはもう飛びつきたくなる笑顔で言うもんだから、思わず茂みから飛び出しそうになったけど、これは重要な情報だ。
1億ベリー…他方もない額の金だけど…今のナミさんの口振りからするともう9700万ベリーは貯まってるってことか。私はお金あったら使っちゃうからなァ…。
ナミさんはそれだけ言うとすぐにその場を離れた。
今はアーロン一味の幹部だから、アーロンの元へ行ったのかな?じゃあアーロンパークか。
…まぁ、私が今用があるのはナミさんじゃないけど。
「や、初めましてお姉さん」
「うわっ、あんた、どっから出てきてんの!?」
茂みから急に飛び出したものだから少し驚かせてしまったようだ。
「いやー、驚かせてすみません。私イリスと言います」
「え?うん…あたしはノジコ。小さいのにお行儀よくて偉いね」
「あの…こんな見た目ですけど、一応19歳です…はい」
「えっ」
案の定驚かれた。私!これでも!あと1年で大人だから!!
「それで、要件なんですけど。ナミさんとはどんな関係で?」
「え?ナミと?…ナミはあたしの妹よ」
「道理で綺麗なわけだ」
うんうんと頷く。
お姉さんは少しポカンとして、ちょっと吹き出した。
「あっはは、あんた中々面白いね、で?話はそれだけ?」
「いや?本題はここからですよ。…今、ナミさんを縛ってる物は何ですか?」
「……!!!」
変に濁さずに、直球で聞いたからかお姉さんが目を見開いて私を見る。
それでも私は言葉を続けた。
「アーロンが関係しているのは分かっています。それで、その問題はアーロンを倒せば終わる話ですか?それともそうではないのですか?」
「ちょっと待って、あんた、どこまで知ってるの…!?」
「そんなに知らないからこうして知ってそうな人に聞きにきたんですけど」
ナミさんのお姉さんなら、何か知っていてもおかしくはない。
「…なんでそんなにナミの事が知りたいの?弱みでも握るつもり?だとしたらあたしはあんたを許さない」
「弱み?それを握ってるのはアーロンですよね、私はそれを何とかしたいだけです。理由は……、」
あれ、これって家族に嫁にしたいからです!!とか言っちゃってもいいの?いや、これまずくない?よく良く考えたらナミさんの家族と喋ってるよ私!!ど、どうしよう…ハッ、て、手土産が一つもない…!第一印象最悪だぁ〜っ!!
「理由は?」
「あ、い、いや〜、その…」
ジーっと私を見てくるお姉さん。段々とその目に不信感を募らせつつあるのが見える。
「あーーーもうっ!!好きだからですよ!!私が!ナミさんを嫁にしたいからですよ!!そんな人にお邪魔虫が付いてる現状がゆるせないんですっ!!わかったら早く教えて下さいよっ!!この美人ッ!!」
「それって罵倒のつもりなの?…まぁ、その言葉が嘘じゃないって言うのは、あんたの目を見たら分かるよ。何というか真っ直ぐ過ぎるね、ナミには勿体ないくらい」
何言ってるのこの人、私にナミさんが釣り合わないんじゃなくてその逆でしょどう見たって。
「…それじゃ、経緯くらいは話してあげる。でも…話すだけだよ、聞くだけ聞いたら大人しくこの島を出な」
「嫌ですよ?あ、話は続けてどうぞ」
「……ふぅ」
お姉さんの額に青筋が浮かんだ気がした。ナミさんならゲンコツ物だったね。
「ナミの親が、アーロンに殺されたのは知ってる?」
「海賊ってことしか知らなかったけど、何となく分かってはいました」
「そう、ナミと私は、あのアーロンに親を…母親を殺された…!」
8年前、ナミさんがまだ10歳だった頃の話だ。
当時のナミさんは、今より少し悪戯っぽくて貧乏だったのもあるが時には万引き何かをしていたらしい。
その時よく盗んでいたのが、航海術を学ぶ指南書やそれに類する物。
当時からある程度の地図を描けるようになっていたナミさんは、自分の航海術で世界中の海を旅して自分の目で見た“世界地図”を作るのが夢だったそうだ。
その時に夢の話を真剣に聞いて、そして心の底から応援してくれていたのも母である『ベルメール』さんだった。
「でもある時、ちょっとした事であたしとナミは喧嘩しちゃってね、今思えば…本当に小さな事だった…」
「お姉さん…」
お姉さんは涙を流す。
ナミさんとお姉さんはベルメールさんに拾われた所謂拾い子だそうで、ちょっとした喧嘩が起こった際、ナミさんが言ってしまった『本当の姉妹じゃないのに』という言葉にベルメールさんが怒ってしまいナミさんと軽く口論なったそうだ。
口論だけなら良かったのだが、ナミさんは喧嘩の流れそのままに家を飛び出してしまう。
しかし、やはりベルメールさんは良い母親だったのだろう。口論の原因としてはナミさんに非があるのだが、ナミさんが言った言葉が本心ではないと見抜いてたベルメールさんがお姉さんにナミさんを迎えに行ってあげてと言ったのだ。
「そしてあたしはナミを連れ戻しに出たの、場所は簡単だった、ナミが行く所なんてゲンさんの家しかないからね。…でも、…っ、そんな時にあいつらが来た…ッ!!」
ゲンさんとは、頭に風車の玩具をつけた駐在の男性らしく、昔からナミさんとお姉さんの父親代わりのような存在だったとか。
アーロンは島に来た直後にある法令を出した。法令と言っても名ばかりの恐怖で塗り固めたただの脅迫だ。
これから毎月大人一人10万ベリー、子供一人5万ベリーの金を払えと言ってきたのだ。
払えなければ死を意味するが、幸いなことにベルメールさんやナミさん達が住んでいた家は村から見えない位置にあったため村にきた魚人達に気づかれない可能性もあったのだ。
「でも、見つかってしまったんだ…。ベルメールさんが、ナミとの仲直りの為に作ってたご飯の煙が…家の煙突から出ててね」
そしてベルメールさんはアーロンに見つかり、戦いに発展するも相手にならなかったそうだ。
元々海兵だったらしいベルメールさんでも軽くあしらう程の実力をアーロンは持っていた。
そんな彼女にアーロンは金を求める。貧乏な家だったベルメールさんは、へそくりを足しても10万ちょっと…つまり、どうやっても足りなかったのだ。
しかしそこでまたまた幸運だったのが、ナミさんとお姉さんはまだアーロン達に見つかっていなかったのだ。
このまま何食わぬ顔で一人分の10万ベリーを払えばそれで解決だった。
一つ問題があるとすれば、もうベルメールさんがナミさんとお姉さんの母親ではいられなくなるということだけだった。
当然だ、いずれは見つかり、結局は殺されてしまうだろう。まだ幼い二人の子供には酷かもしれないが島を出てもらうしか道はなかった。
そのままベルメールさんはアーロンに10万ベリーを渡す。
「…それしか、道はないと思ってたのに…!!」
「!!」
アーロン達が金を受け取って帰ろうとした時、ベルメールさんは言った。
ー子供二人で10万ベリー、それは私の娘達の分。私の分は足りないわー
ーゲンさん、ごめんなさい…私…!家族がいないなんて言えないやー
ーたとえ命を落としても……口先だけでも親になりたいー
ーあいつら…私の子でしょ?ー
そうして、ベルメールさんはアーロンに見せしめとして命を奪われた。
命を落とす瞬間も、彼女は娘二人に愛情を向けていたのだ。
だが、悲劇はここで終わることはなかった。
ナミさんが今まで描いてた海図が見つかったのだ。アーロン一味にはまともに海図を描ける人材がいなかったのもあって、ナミさんは一度アーロンに連れて行かれたのだった。
「村にはすぐに戻ってきた…けど、その時にはもうアーロンの一味だったわ」
肩にアーロンの一味の入れ墨を入れて村に戻ってきたナミさんは、アーロンから貰ったという札束を見せつけてわざと村の人から嫌われるよう仕向けた。
自分が助けを求めれば、それだけでみんなが傷付いてしまう。ナミさんにとって、もう誰かが傷付くだけでも嫌だったからだ。
そんなナミさんはアーロンとある約束をしていた。それこそが、さっきの1億ベリーだ。
1億ベリーをアーロンに払うことで、ナミさんと、このココヤシ村は解放される。
だからナミさんは、誰にも手を借りずに一人で戦うと決めたのだ。
「8年前のあの日から…あの娘は人に涙を見せることをやめ、決して人に助けを求めなくなった…!あたし達の母親の様に、アーロンに殺される犠牲者をもう、見たくないから…!!」
「…だからお姉さんは、もうすぐ目標が達成されるナミさんの邪魔にならないように私に島を出ろって言ったんですね」
「まァ…ね。ナミの事を好きだって本気で言ってくれるような奴は、例え女だろうと私は構わない。だけどそれだけであの子の8年間を潰したくないのさ…ごめんね、最低なのはわかってる」
そう言って自虐気味に笑うお姉さんだったが、最低なものか。
私はそのまま目を逸らすことはなく、お姉さんに告げる。
「じゃあ、島は出る。けど近くで待ってますよ。私はもちろん…私の仲間達はナミさんが居ないと寂しくて死んじゃいますし」
ニッと笑うとお姉さんは少し驚いた顔をした後、軽く微笑んだ。
「へぇ、あんた、いいね。ここでアーロンを倒す!とか言い出すようなら絶対ナミをあんたに託す気はなかったけど」
「はは…。私、これでも日本人ですから。そんなナミさんの決意を聞いて変に手なんか出せませんよ。そりゃあ、アーロンはナミさんを悲しませたんだ…ぶっ倒してあげたいって気持ちはあります」
「にほんじん?よくわかんないけど、アーロンを許せないのは私も同じさ…。だから、ナミの8年間は私にとって誇らしくて、同時に凄く情けないね。自分の妹に全部押し付けてんだからさ」
だからこそ、私はナミを見守り続けて、せめてもの心の支えになるくらいのことはしてあげたいんだと言うお姉さんは、自分で何と言おうが立派な姉だ。
「ほら、島を出るなら早くしなよ、お仲間もいるんでしょ?」
「あれ、知ってたんですか?そうなんですよ、まず鼻の長いーーー」
そう言って、話に花を咲かせながら村へと足を進める。
お姉さんとの話は楽しく、ナミさんの幼い頃の思い出話などを聞いて笑う。
このたった数時間後に、自分の一番愛する人を闇の底へと突き落とす出来事が起きるとも知らずに。