「いいか海賊共っ!タンカーはお前ら海賊チームのもの!これは“正義”と“悪”の境界線、この線からこっちへ入って来るな!分かったか麦わらの一味!」
長い線を地面に引いて境界線とやらを作ったチンピラ海兵達が大きな声でそう宣言してきた。
タンカーって…これか。流石に液体を輸送する為の船だけあって大きいね、サニー号の何倍もあるよ。
「それよりたしぎちゃん、今回の私の活躍どうだった?惚れた?」
「コラコラ女王ー!今入るなと言ったばかりだろ!」
「はぁ?私と嫁との間に境界線なんて必要無いから。海軍とか海賊とか悪とか正義とかどうでもいいから!」
それにルフィも普通に越えてきてるし。
どうやら自ら進んで海軍に捕まる事を申し出た茶ひげと話をしているみたいだった。そういえばジェット部隊も茶ひげと同じ様に軍に捕まるらしいけど、どこだろ、挨拶くらいしておこうかな。
「女王…いや、イリスさん」
「あ、ジェット」
そう考えてたら向こうから話しかけてきてくれた。何人かはガスに飲まれちゃったみたいだけど…ジェットの後ろにはまだまだ沢山の仲間達が残っていた。
「いいの?せっかく自由が手に入りそうなのに軍に捕まるなんて」
「ああ…その方が俺達にとっても都合が良いんだ。どうやら俺達も微量の毒薬実験をされてんだと…。軍に捕まりゃ治療して貰えるってんだから、みんな喜んで捕まるさ。それに…奴に好き放題されるより真っ当だろ?」
「ふふ、そうだね」
シーザー、ベビー5、そしてバッファローと言う名のプロペラ男は縛って岩にもたれ掛けてある。ベビー5だけは解放して欲しかったけど特別扱いは流石に無理だと言われたんだよね…じゃあ隙を見て攫っちゃお。
「イリスさんには俺も含めて部隊のみんなは全員感謝してる。罪を償って…出てきたらさ、俺達絶対あんたに何か恩返しするよ、いや、させてくれ」
「俺からも頼みます!」
「何でも申し付けて下さい!」
「恩返しっても…私は別に何もしてなくない?シーザー倒したのはルフィだよ?」
私がシーザーにした事なんて、最後顔面殴ったくらいじゃない?それもルフィが倒してたやつにトドメ刺しただけって感じだし。
「俺達は全員、あんたのお陰で大事な物を再確認出来たんだ。立ち向かう勇気や、命の大切さを改めて教えて貰った気がした。…シーザーみたいな紛い物じゃねェ…あんたから受けた恩は、返したいと思えるモノだからさ」
「……そ、か。なんかそう真正面から言われると照れるね、はは…」
いっつも恩を返したいなら嫁になって〜とか言ってるから、こうやって茶化す事が出来ない場面は気恥ずかしくなってくるね…。
でもまぁ、返してくれるっていうのなら気長に待っていようかな。
「そういえば、預けてた龍は?」
「ああ、その龍ならそこに……、ん?おかしいな…子供しかいねェ…」
子供?…あ!
「も……モモの助!!?」
その子供を見て、錦えもんが名を口にした。モモの助はあの子龍の名前だから…人間に戻れたんだね!良かった良かった。
「父上ェ!!」
「モモの助ェ!無事でござったか!!ぬ?おぬし、裸ではござらんか!ドロン!」
「お」
ぼん!と服を着てなかったモモの助が一瞬のうちに侍の様な着物に包まれた。錦えもんも能力者なのかな?
ていうか親子だったんだ…この2人。なーんかそんな感じはしないんだけどな…。
「うむ、流石ワノ国の男児、着物が似おうてござる!」
「しかし父上…よくここがわかっ……ぅ」
「ほら見た事か、やっぱりフラフラじゃん。子供が変に意地張って断食するからそうなるんだよ」
倒れそうになったモモの助を支えて錦えもんに預けた。ご飯の段取りは今サンジがしてくれているから、その空腹は最高の形で満たされるでしょ。だってサンジのご飯だよ?断食後にそれは美味し過ぎて死ぬかもしれないよ?
「あれ、ナミさんは?たしぎちゃんも居ない…さっきまで居たよね?」
良く見ればローもチョッパーも子供達も色々居ない!…と思ったけど、ローとチョッパーは子供達の治療か。聞いた話じゃ…覚醒剤入りの飴を毎日食べさせられてたんだったね、その上巨人化の実験……子供によくそんな事が出来るな…。
「ナミちゃんなら子供達をあの海兵ちゃんに預けに行ったわ。最初に子供達を救ったのがナミちゃんだから、みんなナミちゃんに懐いてるのよ」
海賊だから、後の事はたしぎちゃんに任せる為に引き継ぎみたいな事をしに行ったって訳だね。それにしても流石ナミさん!最高に素敵だー!!
「お前は今回何してたんだ、あっちこっち動き回りやがって…ジッとしてらんねェのか?」
「心配だからずっと私の隣に居てって言ってるわ」
「い、い、言ってねェだろんな事!!一言も!!」
でも顔真っ赤だよペローナちゃーん。はー可愛い、可愛さの塊。ペローナちゃんの可愛さが留まる事を知らない…!!
「私は…今回なんか動き回ってただけって感じかなぁ。でもそのお陰で叶とも会えたよ!」
「…カナエ…?イリス、その名前は確か…」
考えるように顎に指を添えるロビンに頷いた。みんなには話してある過去の事…叶を見つけたのも話しておこうと思ってた事だし、とりあえず今ここにいるメンバーにだけでも先に話しておこう。
「なんの話?」
「あら、タイミング良いわね、ナミ」
ナミさんも話は終わったのか私達の所に戻ってきてくれたので、嫁達はみんな集まったね。
「みんなが研究所に居る時、外ですっごい爆発音が聞こえなかった?」
「聞こえたけど…イリスがやったんでしょ?」
「ううん、その音は叶の技だよ。この世界にいつやってきたのかは分かんないけど…ここでの叶は私と同じ“四異界”の1人…グリーンビットの魔女!」
「!!」
もうここまで分かったら確定的だ…四異界は全員が転生者、それも私と同じ世界から!
魔女は叶で、超彩は沙彩、そして狂神は零で…女王が私。
「……なるほど、あんたの…王華の知り合いは全員こっちに来てるのね。良いニュースだけど…あれ、でも待って…?確か後もう1人……」
「ミサキが居ないわ」
「そうなの…私達が四異界として纏められたのは偶然じゃ無い…と思う。けど、だったら美咲だけ居ないのは不自然だと思うし」
ナミさんの言葉にミキータが続けて私の不安を言い当てた。
…でも、絶対この世界には来てる筈だ。1人だけ来ていないとは考えづらい。
「そのカナエは?会ったのなら話せたんでしょ?」
「あー…色々あって戦闘になっちゃって…」
「はァ?」
う、ペローナちゃんのジト目が刺さる…!でもそんな顔も可愛いから幸せになっちゃう…!!
「そ、そんな訳で…どうやら叶はドレスローザってトコで私と改めて話がしたいみたいなんだけど…」
「ドレスローザ…新世界では有名な観光スポットね。情熱の国と呼ばれ、過去は平和の象徴ともされていたと聞いた事があるわ」
過去は、か…また波乱が起きそうな国だ。
叶はドレスローザのコロシアム?だかなんだかに出場してって言ってたし、流れに逆らわなければドレスローザにも辿り着くって言ってたから…原作では次に目指すのがドレスローザになるんだろう。
「奇遇だな、次の目的地はドレスローザだ」
タンカーからローが飛び降りて来てそう言う。やっぱりそうなんだ、つまりこれで叶がある程度ONE PIECEの知識があるって証明にもなったね。
「そういえばローさ、私達と同盟組んだんだって?今度嫁達に手を出したら、いくら恩人と言えども許さないからね」
「分かっている、わざわざ厄介な敵を増やすつもりはない」
それなら良いんだけどさ。どうせなら私とナミさんを交換してくれないかな?そうなったら速攻で寝室戻って1人で楽しむというのに!
…ん、凄い良い匂いが漂って来た…!ご飯の用意が済んだのかな?
「サンジー!今日のご飯は何ー?」
「俺が修行中に学んだレシピの1つ、冷え切って疲れた体に復活系、海ぶた肉入りホルモンスープだ。沢山作ったから腹一杯食べてくれ……と、まずはお前らだ断食親子。何日も食ってねェんなら…まずはスープからゆっくり腹に入れろ」
モモの助と錦えもんの前にテーブルを出して、その上にスープとそれ以外にも肉中心の料理が並べられていく。
お、美味しそう…!スープが特に美味しそうだけど、普通に焼いた海ブタのお肉も良い匂い…!
匂いに釣られてルフィ達もやって来て、もはや境界線など意味ないくらいに海兵と海賊が入れ混じっていた。
「お前腹減ってんだろ?サンジのメシは最高だぞ!!」
「…い…!要らぬ…!!せっしゃ腹など空いておらぬ!!こんなも…」
「ストップストップ、それはサンジが怒るよ?」
スープの入った容器を持ち上げて地面に叩きつけようとしたモモの助の腕を掴み、そっとテーブルに戻させた。
サンジは料理を残すのも好きじゃないけど、1番怒るのは食べ物を粗末に扱った時だからね、今の行為はモモの助の為にもさせるべきじゃない。
「いただき候っ!!」
「!」
ばくっ、と先に料理を口に入れた錦えもんが次々に手を伸ばして皿の中のモノを減らしていく。
「うまい…!!何だ!?力が漲る!モモの助…大丈夫…!大丈夫でござる!これも…これも!何というウマきメシでござろう、一飯の恩に預かろうぞ!実は拙者もこの度命を救われた…この者達は信用しても良いのだ…。おぬし、今日まで何も食わなんだか、よう耐えた!辛かったろう…!…もう、大丈夫でござる。奴らもきっと無事と信じよう!さァ…生きようぞ、モモの助!!」
そう言って涙を流す錦えもんを見て、モモの助もついに限界が訪れたのか小さく何度も頷き…スープをゆっくりと口に含んだ。
間違いなく何か相当な訳アリだよね…空腹が限界を迎えてたっていうのもあるだろうけど、そこまで号泣しながらご飯を食べるなんて余程の事だ。ワノ国…そこで何かあるのだろうか?身も蓋もない言い方をすれば、ルフィがワノ国の住民である錦えもん達と出会った時点で何かはあるんだろうけど。
気付けば海兵海賊関係なしの宴が始まり、タンカーに積まれていた酒やジュースなども持ち出してかなりの騒ぎとなっていた。私は2杯目のスープに口つけている。美味しい。
ナミさんの周りに沢山子供達が集まっちゃったせいで近付けなくなっちゃった…押し除けて通る程鬼でも無いから、この機会にたしぎちゃんとお話ししてこよ!えーっと、たしぎちゃんはっと…。
「居たー!たしぎちゃーん!」
「あ……女王…!」
全体を見渡せる隅の方で、1人静かにスープを飲んでいたたしぎちゃんに近づいて行く。
こんな時にも警戒を怠ってないのは流石たしぎちゃんって感じ!
「もっと宴の中心に行かないの?子供達も居るのに!」
「…いえ、あの子達が懐いているのは私ではなくあの人ですから。この宴が終われば別れは避けられません、今だけは…楽しい思い出を作ってもらいたいんです」
「…そっか、優しいね」
ナミさんも子供達を預けるのがたしぎちゃんで良かったって思ってるに違いない。こんなにも市民の事を考えてあげられる海兵なんてそうは居ない……のに、何故か私の言葉に顔を俯かせて肩を震わせ始めた。
「……優しい、ですか。…私は海兵です、市民の事を第一に考えるのは当然だと、そう思います。…だけど私は、想うだけで力が足りない…!守りたいと正義感を強く抱いていても、実力が伴っていないんです…!!今回の件でも、その事を強く実感しましたから…」
「…でも私は、たしぎちゃんの様な人が好きだけどね」
「それは、弱い人がって事ですか」
「“弱くても自分を曲げない人”」
私の言葉に、たしぎちゃんが小さく息を吸い込んだ。
ぶっちゃけ、たしぎちゃんはちょっと自己評価が低すぎると思う。こんなに可愛くて、こんなに優しいのに。
「どうやっても勝てない相手と分かってるけど、後ろに居る誰かを守る為に無謀にも立ち向かう。その為の力を得る為に、努力を重ねている。そして…たしぎちゃんが自分でも言ってた様に、他人を第一に思いやる心。…簡単に出来ることじゃないよ、誰もが出来る事じゃない…違う?」
「…それでも」
「それでも強くなりたいのなら…私が教えてあげる」
「え…」
海賊が海兵を?…だから何だと言うのか。たしぎちゃんはこの申し出、絶対受けるよ。彼女は沢山の命を守る為なら、例え海賊と共闘したって構わないと思っている筈だ。
誰かを犠牲にするのは許さなくても、悪と正義の価値観に囚われたりはしない。そういう所も素敵だと思うんだけど…多分自分では気付いてないんだろうな。
「………海兵である私が…あなたに教えを乞うなど……、耐え難い、屈辱です……っ!」
「うん」
「…けど…っ!…弱くて、誰も守れなくて…!何も出来ず、ただ後ろで強い人の背中を見続けるだけの私を見るのは……!!もっと…耐え難い…!!私は、強くなりだい…っ!!」
この2年…いや、それ以前からたしぎちゃんにはこういう気持ちがあったのかもしれない。
スモーカーの後ろで、何も出来ない自分。クロコダイルの時も…確か最後は私に託してくれた。そんな事が続いて今回もヴェルゴだったりモネだったり、結局倒したのは私だった。
「はい、これ」
「…っ…?これ、は…?」
「電伝虫、私と連絡する用ね」
たしぎちゃんから私に向かって「強くなりたいです、教えて下さい」なんて、それはどれだけ思っていても立場上言えるわけが無い。だからここは私が助け舟を出してあげないとね。
「これに電話してくれたら、暇な時はいつでも行くよ。出来れば夜が良いかな。あんまり遠すぎると行けないかもだけど、呼んでくれたらすぐ駆け付ける」
「……海賊のあなたがそんな事をして、一体何のメリットがあるのですか…?私に、何をしろと…?海軍の情報を横流しにしろとでも?」
「?いいよ、そんなの。呼んでくれたらたしぎちゃんに会えるじゃん、充分過ぎるメリットだと思うけど…」
たしぎちゃんはまだ理解してないみたい。私が私である最大の要因…私の強さの源を。
海軍の情報なんて、要るとしてもこれから新たに入隊するかもしれない美女とか、今だとヒナの事だとか、それくらいだ。
「私はハーレム女王になる女だよ?美女と夜な夜な会えるのなら…それこそが最高の報酬だよ。…だから気にしないで、いつでも呼んで?」
「……まだ、信用は出来ませんが…、いえ、簡単に信じる訳にはいきませんが…これは、一応頂いておきます」
お、受け取ってくれた!やったー!たしぎちゃんを堕とすチャンスはまだあるって事だよね!よしよし…こんな素敵な人を逃すなんて出来ないし、これはラッキーだ!
も、勿論修行はきちんとするよ?浮かれて本来の目的を果たせないなんてたしぎちゃんに申し訳ないし?うん。
でも会うとしたら密会って事になる訳だから…ああ、たしぎちゃんと密会…!この響きだけで既にメリット得てる!最高です!!
「えへへ〜、すっごく嬉しい!私からも連絡していい?」
「そ、それは困りますが…必要だと思えば構いません。…それと、お茶をするという約束はこれで果たせた事になりますか?」
「え?……えー!?お茶って…これスープだけど!?デートの事言ったんだよ私は!」
「…ふふ、そういう事なら、その約束はこの先果たされそうにないですね?」
少し意地悪そうに微笑んだたしぎちゃんを見て目を見開かせる。
なんていうか、会話の距離が近くなった…かな?それってつまり少しは心を許してくれた的な…、う、嬉し過ぎる…!!
これから先、この電伝虫が鳴くのを楽しみにする日が続きそうで、私は胸の中が暖かくなった勢いでスープを飲み干すのだった。