ハーレム女王を目指す女好きな女の話   作:リチプ

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178『女好き、異常事態』

「『ファイア』!!」

 

覇銃(ハガン)!!」

 

ドォン!!

 

私と叶の技がぶつかり合う。さっきからずっとこうして遠距離攻撃のぶつけ合いが続いていた。

叶の技は、宣言通り以前とは比べ物にならない威力、速度で私へと迫ってくる。私も相応に倍加しないと相殺出来ない程だった。

 

観客席への被害は叶の張ったプロテクションという技で押さえているみたいだ。と言っても流れ弾や余波を防ぐ程度のものだろうね。

 

「ロングレンジじゃ勝負はつきそうにないね?叶」

 

「近付きさえすれば勝てると?…まぁ、悔しい事に強ち間違いでもありませんが、そう簡単に近づけさせはしませんよ!『プロテクション』!」

 

「!」

 

突然、私の体を包む様に小さなドームが出現する。こんな風に規模を縮小したりも出来るんだ…!

 

「『スチームファイア』!!」

 

ボッ…!

 

「うわっち!!」

 

あ、足元に炎が出てきた!?しかも段々強く…大きくなって…!!

 

「あっつ!!」

 

熱さ耐性…倍加!これでもう熱くない!…熱くはない、けど…これはなかなかエグい技だと思った。

今、私の視界は一面炎で包まれている。もっと分かりやすく言えば、私を包むドームの中全体を炎が荒れ狂っているのだ。多分外からは私の姿は見えない筈…燃え盛る炎が詰まった透明の卵みたいな見た目になっている事だろう。

 

「ふん!」

 

腰に挿していた剣を振り、ドームを縦に斬り裂いて叶へと前進する。炎に包まれても尚無傷な私に対して叶は驚く事も無く冷静に杖を振るった。

 

「『プロテクション』!!」

 

「また…!?」

 

再度私を包み込む様にドームが形成された。時間稼ぎか?稼がせてあげないよーだ!!

強く拳を握り締めて、私を閉じ込めるドームに向かって拳を振りかぶる。

 

「『ウォーター』!!」

 

「ッ…えっ…!」

 

う、そぉ!?一瞬でドーム内が水で満たされた!?

これは…かなりマズい…!いくら水を克服したからと言って、能力が使えなくなる事に変わりはない!

これによって私の女王化も強制解除させられ、王華も私の中へと意識が戻ってきた。

 

『これ、能力者殺しだね』

 

(ホントにね…!)

 

倍加出来ない私の肺活量なんてたかが知れてる。勿論、2年前に比べれば私の身体能力は劇的に成長しているけど、息はもって後1分が限度だ。じっくり思考出来るだけの余裕がある時間となると更に短く…30秒って所か。

 

確かに凄いよ叶。これ…絶対勝てないじゃん。

 

(2年前の私なら、ね!!)

 

しゃがみ込み、地面に手の平を添える。

じっくりと探る様に…焦らず、慎重に。

 

「ーーー!!」

 

見つけた…!!

 

「っ…やらせません」

 

叶が私の狙いを察知し、させまいと杖を振る。けど残念…!もうやった後だから!

 

私の手の平から、今の私が出せる最大の武装色を放出した。

今している事は、パンクハザードで研究所の床を壊した時と同じ事だった。覇気を地に流し込み、エネルギーを暴れさせて足場を崩す!

…なんて言っても今の武装色なんていつもに比べてば大した事は無い。だけど、2年間あの人達に鍛えられた私の覇気は…倍加しなくてもこれくらい出来るんだからね!!

 

バギィッ!!

 

「ぷは!」

 

読み通り、破壊した足場へと水が勢いよく落ちてゆき、ドーム内に溜まっていた水は空になった。

同時に私の能力制限も無くなり、プロテクションを殴り壊して脱出した。

 

「ふぅ…危なかったよ」

 

「……まさかとは思いましたが、水中で覇気を使用するとは…あなたは本当に能力者ですか?」

 

「私みたいな非能力者なんて居ないと思う」

 

まぁ、脱出したって言っても女王化は解除されちゃった訳だけど。

初見殺しの様な技とはいえ、女王化が使えなくなったのはかなりの痛手だった。もうさっきのコンボを喰らうつもりは無いけど、他にも同じ様な初見殺しがあればマズいかもしれない。

 

…流石に叶相手に… アレ(・・)は使えないからなぁ…。というか、使用する機会も無さそうだし。

何とかこの状態で倒すしか無さそうだ。

 

「王華はどこへ?」

 

「王華を召喚させるのには覇気が大量に居るからね、さっきの状態じゃないと呼ぶのは厳しいよ、今はもう私の中に意識だけがあるって所」

 

「……あなたの、中」

 

杖を構えたまま、何かを考え込む様に叶が眉を寄せた。

…初邂逅の時と違って、今は王華の姿も見せている。だから叶の思考の幅も広がっているんだろうけど、だからこそ状況が把握しづらいのかも。

 

「私は…うーん……率直に言えば、王華が殻に閉じこもった事で生まれた人格なんだ」

 

「…?」

 

ますます分からない、という様に眉を顰める叶に、私は頬を軽く掻いて思考を巡らせていく。

今、私も叶も攻撃の手は止まっている。きちんと話し合うなら今がチャンスだ…頑張れ私…!

 

「王華って前世で色々あったでしょ?希望を砕かれる様な最期も迎えちゃって…それで心を閉ざしたままこの世界に転生したの。で、その時に生まれたのが私の人格って訳。2年前に色々あって、私も王華もみんなに…仲間達に、そして嫁達に救ってもらってからは王華もさっきみたいに出てこれる様になったんだ。まぁ、時間制限はあるけど」

 

「…元々はその体は、転生した王華のものだった…?」

 

「そうみたいだね、今では私に馴染んじゃってるから、王華が表に出てくるにはさっきみたいな手順が必要なんだけど」

 

多分、王華がやろうと思えばこの体を乗っ取って、私という人格を心の底に封じ込める事も可能だと思う。何でそんな事が分かるのかといえば、それは私も同じ事が出来るからだ。

つまり、私も王華の人格を封じ込める事は出来る。当然そんな事はしないけどね。そもそも私の考えでは王華と私は別人なんだから、ずっと外に出ていても問題ない様な方法があるのなら喜んで使うよ。

 

その後も私と王華のあれこれを少し話せば、叶は軽くため息をついて持っていた杖を構え直した。ありゃ、何か話の内容に違和感でもあったかな?

なんて不安に思ったのも束の間、叶の浮かべる表情はどこか安心した様だった。私を見る目も今までより遥かに柔らかいモノになっている。

 

「実を言うとですね、王華を呼び、彼女と直に話をした時点であなたの事は信用していました。…そして今、更にその信用は間違っていなかったと確信を持っています。…はぁ、これじゃあパンクハザードの私はとんだ勘違い魔女だったって事になりますね」

 

「あはは…あの時は私の受け答えも悪かったというか…だって私、叶から見れば怪しさ満点だったでしょ?」

 

「ふふ、そう言って貰えると助かります。…では、続きを」

 

「続きって…もう戦う必要ないじゃん」

 

完全に和解…というか、お互いの事を分かり合った今なら、 別に戦う必要なんて無いような気もするけど。

 

「一応今はコロシアム中ですから。この場に居る以上は全力で。…どうですか?」

 

「…なるほど、それはそうだ」

 

なら私も、もう遠慮は要らないね!

叶と分かり合えたのはとても嬉しい。それはただ私が嬉しいから、というだけではなく、単純に戦力強化になるからだ。

この先…間違いなくレイと戦う事になるだろうから、その時に叶の様な実力者が居てくれると助かるからね。

 

さて、じゃあその実力者である叶の力を、今ここで存分に見せてもらおうかな!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

古ぼけた、安っぽい宿の一室。

そこで“彼女”は少し汗を吸った踊り子の衣装を脱ぎ、丁寧に畳んでからカゴの中に置く。

この2年、彼女は沢山の地を渡り歩き、行く先々で誰かを助け、自らを研鑽させてきた。現地で日銭を稼がなければ生きていけない程、困っている人が居ればついお金を差し出してしまう。

何でもかんでも手助けをすればいいというものではないという事は分かっている。自分のやっている行為は所詮、自己満足の延長に過ぎない事だという事も。

 

「…イリス、様」

 

だけど、やめられない。やめられる訳が無い。

自分だって救いようの無かった人間の1人…いや、人間と呼ぶ事すら烏滸がましいかもしれない。それ程地に堕ちていた存在だったのだ。

それでも、こんな自分でも彼女は手を差し伸べてくれた、道を示してくれた。だから、彼女に応えなくてはならない。自分は…心だけでも美しく、そして強くならなければならない。

そんな思いからこの日まで駆け抜けて来た。救える人は目に入る限りで救い、数多の地を巡ってそこに生きる人を見る。

そして今回はドレスローザ…あのドフラミンゴが治める国という事で不安はあったが、いざ入国してみればなかなか良い国だと思った。…というのは表面上の国を見ての意見であり、豊かな国の裏では一体どの様な事をしているかまでは分かったものではないのだけど。

 

入国して1ヶ月、そろそろ次の地に向かおうかと思った矢先の出来事だった。

……見てしまった。あの人の顔を。

この国に来ているのだ。恐らく、あの時共にいた仲間達も一緒に。

 

会いたい、会って感謝を伝えたい、自分を人に近づけてくれた貴女に、生き方を示してくれた貴女に、…優しいと、そう言ってくれた貴女に。

だけど、まだ早いんだ。自分はまだあの人と会うには汚れ過ぎている。もっと、もっと罪を償わなくてはいけない。

 

「…はぁ、そう心では分かっていても、この地に居るのなら…せめてもう一度お顔だけでも…。だ、ダメです、ダメですわ…心を強く持ちなさい…!」

 

ふるふると首を振って、欲望に忠実な本来の自分が顔を覗くのを無理やり押し込める。

あの頃とは外見も違えば口調も違う。口調はありきたりなものに変え、髪も下ろした事により腰近くまで届いている。それは過去の自分との決別を決意しての事だったけど、そんな事をしたからと言って全てが許される訳ではない。まだまだ先は長いと気を引き締め直した。

 

「…それにしても、何だか外が騒がしいですわね」

 

宿に戻る前はいつもと変わらない雰囲気だったというのに、今は何やら騒がしく感じる。

今日は特に記念日という訳でも無かった筈だ。大きな祭が開催されるというのは聞いていない。精々“魔女”が参戦する事が確定しているコロシアムが賑わっているくらいだった。

 

それに良く耳を澄ませば、騒がしいのは外だけではなく、この宿の中も同じ様に誰かの大声や他にも何かがぶつかる音などが響いていた。

いくらなんでもそこまで来れば異常だと判断せざるを得なく、急いで動きやすいよれた衣服に着替えを終えて部屋を出る。

 

まず目に映ったのは…床に倒れ伏した人の姿。そしてその上に跨り、無表情で顔を殴り続けている男。

 

「……な…」

 

予想だにしない光景に一瞬呆けている間に、馬乗りになっている男が視線を自分に向ける。その瞳に光は無く、明らかに普通じゃない。

男は殴っている手を止め、ゆるりと立ち上がるとゆっくりとした速度でこちらに歩を進めて来た。…その間に距離はそれほど無く、すぐに近づかれるだろう。

 

「っ…!!」

 

何故こちらに向かって来ているのかなんて分かる訳がない。だけど、倒れている男の人を見れば大体何をされるのかは分かる。

彼女の身体能力は別に低くはないが、あそこまで殴られ続けられればまず死ぬのは間違いない。…だが、それでも彼女は背を向けなかった。

視線の先には倒れ伏す男の人。…そう、この後に及んで彼女はまだ、彼を見捨てる事が出来ないでいた。

状況を考えるなら見捨てるべきだと心が叫んでも、恐ろしいのだと頭が警笛を鳴らしても、それでも彼女は“前”へ駆け出す。

何故ならば、ここで“誰か”を見捨てる様な真似をすれば…それは自分の2年間を否定する事になるから。すなわち、自らが認められたいと思っているイリスから遠ざかるからだ。

それは何よりも、今の自分から言わせてみれば死ぬよりも怖い事。

 

「ぁああああ!!!!」

 

恐怖を掻き消す様に叫んで歩いてくる男へとタックルをし、思っていたよりも抵抗なく後ろへ倒れる男から視線を逸らして倒れていた人の方へ向いた。

しかしその瞬間、彼女は振り返って脇目も振らずに走り出した。階段を降りて、出入り口の扉を強引に開けて外へと飛び出す。つまり、一瞬前の思考とは真逆の“逃走”を選択した。

そしてその理由は…倒れていた男が起き上がっていたからである。ただ起き上がった訳ではない。その瞳は馬乗りの男と同じく光が無く、自分へとゆっくり歩を進めるその姿も瓜二つ。

…つまり、助けようとした男もまた、何かが可笑しかった。

 

「き、急に何が起こって…!!これは、一体…」

 

外に出れば安心などという筈もなく、喧騒は外からも聞こえていたのだから当然ではあるが、宿を飛び出した先の光景も異常なものだった。

逃げ惑う人々に、それをゆっくりと追いかける人々。

追いかける側は先程の男達同様に瞳に光が無く、その足取りも緩やかだった。もはやアレが人なのかどうかすらも怪しい所だ。精巧な人形だと言われた方が納得出来るくらいには表情に揺らぎが無いのだから。

 

「…しかし、このままではこの国の人々が…!!」

 

見れば、瞳に光が無い人々もこの国の住民だった。見覚えのある顔の人も居る、世話になった人も居る。

…やはりこれは、“悪魔の実”が絡んでいるに違いないと結論づけるしか無かった。それもかなり大規模に効果範囲を広げられる厄介な能力者…これはもう、自らの手に余るのは間違いない。

 

「…っ」

 

だが何度でも言おう、彼女はそんな理由で退く事を良しとしないし、出来ない。

まだ彼らに心が残っているかどうかは知らないが…もし少しでも心が残っているのなら、この場に居る操られているだろう人々の意識を自分1人に集中させる事は出来る。その為の手段がある。

 

「すぅぅ……、…あなた達!!!止まりなさい!!!」

 

道を駆け抜けながら叫び、注目を集めていく。操り人形と化した人達が、それでもまだ多少なりとも自我があるのなら少しくらいは気にしてくれるだろう。

結果は願い通りで、彼らは視線だけを彼女に向けた。だがその足は止まらない。だけど関係なかった。意識を逸らすことは出来る…なら、必ず彼らは自分だけを狙うようになってくれるに違いない、と。

この世界に住む人々の心の中には、絶対と言ってもいい程の存在が君臨している。彼らが欲しいと言えば伴侶だろうと差し出さねばならないし、死ねと言われれば死ぬしかない。故に、必ず逆らってはいけない存在が。

 

(…ふ、本当に、とんでもない程腐った外道ですわ…)

 

自虐する様な笑みを浮かべて、すぐに顔を引き締め直す。

この存在には確かに逆らってはいけない。だから何をされても彼らは従うしかない。

だが、従うのはあくまでも表面上だけだ。その心の中まで従わせる事など出来る筈もない。

…そう、今の彼らに理性なんてものは存在しない。

つまり…憎い存在には、タガが外れるだろう、…と彼女は考えた。

 

「私が誰だか分かりますか?知っている方は?見た事がある方は?名前を聞いた事がある方は?もしある、というのなら、今ここに私は存在していますわ!憎き絶対主に鉄槌を下せる絶好のチャンスですわよ!!————私の名は、ロズワード・シャルリア!!!さぁ、民達よ!護衛を1人も連れていない天竜人です!!殺したって誰も気づきませんわよ!!!」

 

それだけ言って、彼女は…いや、『ロズワード・シャルリア』。一般的には“シャルリア宮”と呼ばれていた女は人の居ない方向へと走り出したのだった。

 

 

 

 


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