ハーレム女王を目指す女好きな女の話   作:リチプ

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179『女好き、託す』

ロズワード・シャルリア。

その名はこの世界において、ある意味で影響力の強い名前である。

彼女が人前に姿を現す時は、大抵が自分の欲を満たす何かしらの行為をする為であり、例えば気になった人を奴隷にしにきた。逆にあいつは気に入らないから殺しにきた。

この様に、人々は口が裂けても言えないが、彼女も天竜人としての枠を出ない人柄であった。

幼い頃からの教育で自己に対する特別視が止まることを知らず、下々の民に対しては人間だと思わない扱いをし、同じ空気を吸う事すら嫌がって常にシャボンマスクを頭に覆う。

そんな憎き天竜人の1人…そいつに今、民達は溜まった恨みをぶつける事が出来る機会がやってきた。その上今の彼らには理性など殆ど残っちゃいない。つまるところ、彼らがシャルリアを追う様に歩き出すのは必然だったのだ。

 

「…っ」

 

そして今、シャルリアの後ろにはまるで数えるのもバカらしくなる程の人々が押し寄せていた。

この国の民達に危害を加えさせたく無いというシャルリアの思惑は成功したが、民達を狙う筈だった無数の人影は現在シャルリア1人に狙いを定めている。

幸いにもその足取りは変わらず悠然としていて追い付かれる心配は無さそうだが、それでもこの数に追われるというのはなかなか精神的に来るモノがある。

自分を狙わせる以上、彼らの視界に映らなくなる程遠くに逃げる事は出来ない。つかず離れず、この絶妙な距離を保ち続ける必要もあった。

 

(目に映った者を無差別に攻撃する様に操られている…?操られている者同士では争いは起きない。だけどそうなると、最初に見た2人が気になりますわね)

 

生死を賭けた囮作戦を実行中にもシャルリアは現状把握に努める。

今自身を追っている者達は、視界に入る限りでは誰1人として同士討ちをしていない。だけど宿で見た2人は違った。

ここまで情報を整理して、シャルリアの中で3つの可能性が生まれる。まず1つ目は…操られている者に攻撃されれば、その効果がゾンビの様に感染する。

そして2つ目は、殴られている時に丁度操られたか。

 

2つ目に関しては無い…と思いたい。何故ならそれは、遠隔操作でいつでもどこでも操り人形を増やせるという証明にしかならないからだ。

今この瞬間にも自分が操られる側に回るかもしれないという可能性は、出来れば考えたくなかった。

 

3つ目は…同士討ちをしている余裕が無いほど、天竜人である自分を殺したいと思っているから…か。

再三言うが、この世界の人間はほぼほぼ例外なく天竜人に対して何かしらの悪感情を抱いている。当然だ、彼らの横暴が過ぎる行為はマリージョア以外に住む人にとって災厄以外の何でも無い。

 

「あら…あらあらぁ…?」

 

「ッ…!?」

 

突然、真横に人が現れた。本当にいきなり…まるで瞬間移動でもしたかの様に自然と…その女はそこに居た。

狂った笑みを浮かべ、碌に手入れもしてなさそうな紫の長髪を靡かせて隣を走る彼女をシャルリアは知識として知っている。

 

「あなたは…狂神…!!?」

 

「凄いわね!上々よぉ?こーんなに沢山の人形達からヘイトを集めるなんて…どんな方法を使ったのかしら?ふふふ」

 

話を聞く気は無いようだが、口にした内容はシャルリアを驚かせるのに十分な内容であった。何故ならその口振りは、この異常事態に関わっている事を暗に示していたからだ。

…この国に、狂神が牙を剥いている。

 

「…この方達を操っているのは貴女ですか?」

 

「うふふ、ふふ!これなら、もーっと移動速度を上げても平気じゃ無いかしら!それから…ええ、ええ!そうしましょう、その方が楽しそうよ!最上に楽しく!上々気分に!!」

 

話は通用しないらしい。楽しそうに話しているが、こちらの質問には何の反応も示さない。無視しているというより、元からシャルリアの言葉など聞く気もない…という事か。

 

「じゃあね、私はもうこの島を出なくちゃいけないけれど…あなたが最後まで頑張って逃げて、その果てに絶望に呑まれて、そして死ぬ。そんな上々な展開を期待しているわ♪」

 

「…!!」

 

そう言った瞬間、また彼女の姿が掻き消えた。何をしにわざわざ姿を見せたのか…狂った人間の考える事など分かる筈もないが、無視出来ない内容をあの狂気は口にした。

 

“移動速度を上げる”。

 

それはまさか…とシャルリアは軽く後ろを振り返って目を見開いた。

先程までは、通常の歩行速度よりゆっくりと歩いていた筈の者達が…段々と、段々と歩く速度を上げていく。

いや、これはもはや歩いてない、走っている!シャルリアはそう認識した途端に駆け出した。

彼らが歩いているからこそあった余裕も、今や見る影も無し。全力で走ってようやく同程度の速度で…無数の人影がシャルリアに襲い掛かろうとしていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

プルプルプル…プルプルプル…

 

「こんのぉ!何そのデタラメな光線はぁ!!……ん?」

 

叶の放つバカげた威力のレーザービーム、合わせて10本もの数を誇るそれらを必死に避けた丁度その時だった。特に持ち込みが禁止されなかった電伝虫が懐から鳴き響いたのである。

 

「…待った方がいいですか?」

 

「あー…ごめん、ちょっと出るね」

 

誰からかかってきたのかは分からないけど、私にかけてくるって事は急ぎの用事である可能性が高い。既に叶との和解を済ませてある今となっては大会よりもこちらを優先すべきだろうと判断した。

 

「もしもし、誰?」

 

『イリスちゃん、俺だ、サンジだ』

 

「サンジ?どうしたの?」

 

あれ…電伝虫の向こうで何か起きているのかな、大砲の音が聞こえる。

 

『詳細は省いて、とりあえず現状を簡潔に言わせて貰うが…まず俺達は今、ビッグマムの船に狙われている!それから、ドフラミンゴの野郎にモネさんが攫われた!』

 

「え!?」

 

『ちょっと前にドフラミンゴから襲撃を受けてな、何とか撃退は出来たんだが…!』

 

…いや、ドフラミンゴに突然襲撃されてそれだけで済んだのは素直に凄い。私がその場に居なかったのが悔やまれるけど過ぎた事を考えても仕方がない事だ。

モネに関しては後で取り返せば良い、大丈夫、まさか殺されたりはしない筈だ。

 

『こっちの件はルフィに先に連絡した。船に反撃する許可も貰った。“ゾウ”って所に先行する事にもなった。…つまり後はイリスちゃんに頼み込むだけなんだ』

 

「…なるほど」

 

サンジは紳士的な人だ。大体何を考えているのかも分かったし、私もそれを拒む事は無い。

 

『今、サニー号にはナミさんとペローナちゃんも乗ってる。2人の命…今だけは俺に預けさせてくれねェか?』

 

「了解。頼んだよ、サンジ」

 

『やけにあっさりだな…本当に良いのかい、イリスちゃん。俺は一度モネさんの護衛を失敗してるってのに…』

 

「サンジだから良いよ。私はあなたの誠実さを信用してる。私が合流するまで、2人の事お願いね…信じてるから!」

 

あのサンジがナミさん達が船に居るにも関わらず反撃するって結論を下したんだから、状況はよっぽど切羽詰まってるんだろう。どの道私は今すぐそこに駆けつけてはあげられないし、サンジの事を信じるという言葉にも嘘はない。

私が嫁を預けるって言う事がどれだけ大きな事なのか…サンジにはそれが伝わったのか向こうで唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「それに安心して?もしみんな捕まっちゃっても私が絶対助けに行くから!ビッグマムなんてボコボコにしてあげるよ!」

 

『…ははっ、ウチの女王様は頼もしいな。こりゃァ男としてカッコ悪いとこは見せられなくなっちまったじゃねェか』

 

「そんな事気にしなくても、ウチの男性陣はみんなカッコいいよ。…それじゃあ、よろしく」

 

『ああ、任せてくれ。…それから最後に1つ…俺達が船を出す前の事なんだが、何やら街の様子が変だった』

 

…変?私がここに来るまでに見た街はオモチャが生きていたくらいでそこまでおかしくはなかった。

とはいえ、サンジがこうやってわざわざ伝えるくらいだ。用心はしておくべきだろう。

 

「分かった、気をつけるよ。サンジも気をつけて」

 

そして電伝虫を切り、再度叶と向き直った。

さて…サンジは街の様子が変だというのが分かっただけで、何がどう変なのかまでは分からない様だったし…みんなが心配だから早いとこ様子を見に行きたい。

それにモネの奪還も急がないと、自分の死すら躊躇させない様な価値観を植え付けたのであろうドフラミンゴとこれ以上共に居させたくはない。モネには自分の価値をもっと深く知ってもらわないといけないんだから。

 

「ごめん、ちょっと急用が出来ちゃった」

 

「聞こえていましたよ、そういう事なら急いだ方が良いでしょう。そうですね…何とか私に負けるフリをして貰えれば…」

 

「分かった、どうせ八百長に気付ける程の達人なんてそうそう居ないだろうから、それっぽく行かせて貰う、ね!!」

 

今更観客に気を遣っても遅い気もするけど、私は無防備に、一直線に叶へと突撃して拳を振り上げた。

試合中に電伝虫を取り出したくらいだ、叶の作り出したドーム状のプロテクションで何も聞こえないが、外では下手したらそれなりのブーイングが流れたりしていたのかもしれない。

 

10倍灰(じゅうばいばい)去柳薇(さよなら)ァ!!」

 

「っ…!ちょ…当たったらどうするんですか!?」

 

間一髪で私の拳を避けた叶が慌てた様に杖を振るい、私の周囲にいくつもの炎弾を発生させた。

私は無理に殴りに行ったせいで体勢が元に戻らない…事もないが、ここは敢えて歯を食いしばって耐える事を選択した。私の考えは当然、これにわざと直撃して倒れる…という流れである。

 

「『ファイアバレット』!!!」

 

「うぐっ!?」

 

ふ、普通に痛い!!20倍の防御力なんだけど!覇気も纏ってるんだけど!!

 

…とまぁ、予想以上に火力のある炎弾を無防備に喰らい、私はそのまま力無く倒れる様に崩れ落ちた。

あまりにも呆気ない最後に見えるかもしれないが、強者同士のバトルとは得てしてこうなるものだ。…いやまぁ、八百長だけどさ。

ま、あのまま試合を続けても結果は変わらなかっただろう。女王化の使えない私が杖持ちの叶に勝つのは正直言って厳しいし、よしんば試合の流れが上手く行ったとしてもそもそも30倍では叶のプロテクション一つ突破するだけで精一杯だ。

 

…さて、後はこのまま担架で運んでくれたら、そこから出口を探して何とかしますか。

 

 

 


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