「なんで、お前がここに…っ!!それにどうしてオモチャになってないの!?コロシアムで敗北したってディアマンテ様は言っていたのに!!」
「負けたけど、だから何?ディアマンテはまだやってないけど、トレーボルとシュガーならさっき倒してきたよ。それにさ、あなたが私の事を覚えてる時点で…当然オモチャになってる筈ないじゃん」
角を受け止めながら話し、チラリとその後ろに控えている無数の暴徒達に目を向ける。
…これ程の数の人間にずっと追われていたのか…しかもそれを自分から誘導して、あともう少しで死ぬ所まで来てしまっていた…と。
「まずはあれだね、邪魔だから寝てて貰おうかな」
何人居るかは分からないけど、一般人相手なら女王化が使えなくても関係無い。という訳で放った覇王色の覇気は短パン角と暴徒を洩れなく巻き込んでバタバタと昏倒させていく。
当然シャルリアには向かわない様に調整済みだ。というか今気絶してもらっては困る、言いたい事だってあるんだし。
「ぐ…!離しなさいよ!!」
「おわっ」
グイ、と思っていたよりも遥かに強い力で掴んでいた手を跳ね除けられ、その隙に短パン角は後方へ飛び退いて距離を取った。
「流石に今ので倒れてはくれないか」
「…余裕って顔だけど、そう思っていられるのも今の内だけよ!!」
ドン!と地面を踏み込んで突撃してくる短パンに思い切り蹴りを入れて遠くに飛ばす。
…何だろう、今の攻撃、何か違和感があった。
何といえばいいのだろうか、あまりにも直線的過ぎた…?いや、こいつがそんなに強くないといえば話は終わるんだけど、何だかそうじゃない気がする。
そう、例えるなら…自身のスピードに反応出来なかった、みたいな。
強化系の能力者…?だとすると、自分で強化した身体能力についていけないのはおかしい。実を食べたばかりで能力の性能に振り回されている、と考えるのが自然かな。あの角と、背中に見える背ビレは能力の副産物?それともそういう種族なのか。
「シャルリア、動ける?」
「え…あ、その…」
「後で話があるから、ちょっと離れてて欲しいな。ほら、ここ危ないし」
再度突っ込んできた短パンの顔面に、今度は思い切り拳を打ち込んで地面へのめり込ませた。
…おかしい、さっきよりも固い…?人体を殴った感触がしないんだけど…。
「っ…どうして、私を助けに…っ」
「何でそんな事聞くの?せっかく囮になってくれた優しい人を見捨てる訳ないじゃん。分かったら早く下がって、ね?動けないなら運ぶけど」
「だ、大丈夫ですわ…っ!ひ、1人で歩けます…!」
「?見た目もかなり変わってるけど、口調も違うね、可愛い!」
「〜〜っ!」
耳まで顔を赤くして、よろよろと覚束ない足取りで下がっていくシャルリアの姿を目で追っていると、不意に足元から強烈な殺気を感じて顔を腕で覆う。直後、腕に感じるとてつも無い衝撃に骨も肉も悲鳴を上げた。
短パンのハイヒールキックが炸裂しただけだが、その威力は想像よりも遥かに強かった。さっきよりも明らかに能力が上がってきている…やっぱりそういう系の能力者なんだろうか。
「キャー!!段々慣れてきたみたい!これは確かに恐ろしい力ねェ!!」
フッ、と目の前から敵の姿が消える。え、と思うよりも早く、私の顔面に蹴りが突き刺さっていた。
「ピストルハイヒール!!」
「がっ…ふ!?」
そのまますぐ後ろにあった壁に頭から埋もれた。久し振りの強烈な痛みに意識が飛びそうになるけど、必死にそれらを繋ぎ止めて壁から顔を出す。
見聞色で奴が追撃を仕掛けてくる事を察知していたので、脱出した瞬間に横に飛べば、私がさっきまで埋まっていた壁に蹴りが刺さってその建物はあまりの衝撃に崩れ落ちる。
『イリス、こいつ…確か名前はデリンジャーって奴だよ。たしか闘魚の血筋がどうこうとか言ってて…だけど悪魔の実の能力者じゃなかった筈…!それにこんなに強くも無かった!』
「へぇ…という事は、もしかしなくてもレイ絡みか」
「へェ、良く分かったわね。そう…この力は『狂神』の力!彼女の力を分けて貰ったのよ!」
…力を分ける。冗談だと思いたいけど、どうやらマジらしいね。
例えば私は、自分以外の人相手に能力は干渉させられない。だけどレイにはそれが出来てしまう。…という事なんだろうけど、それってつまり、どんな人だろうが超一流の戦士並みに強化出来てしまうという事に他ならないんじゃないだろうか。
効果範囲や、強化可能な人数制限なんかも気になる所だけど、それを今この短パン…デリンジャーに聞いても教えてはくれない…というか知らないだろうし。
「本当にあの『女王』ですら取るに足らないなんてねェ!!」
「く…っ!」
顔の横から薙ぐように放たれた蹴りを腕を立ててガードするも、やはりかなりの威力があるのかその衝撃はビリビリと全身に伝わってくる。
レイの能力について、また1つ情報が手に入ったのは大きい。正直、これだけの戦士を量産出来ますとか言われたらたまったモノではないが。
…いや、待てよ…?確か魚人島でジンベエからレイの話を聞いた時、今の状況と似たような話を聞いた様な…。
「…!!」
そうだ!確かジンベエはこう言っていた、国民の女子も老人もみんな達人の様に強くなって、鍛え抜かれた海兵達を国から追い出した!
それが今デリンジャーにかかっている物と同じだとするなら…強化可能な人数はそれはもう莫大な数になるんじゃ…。
「考え事をしている余裕なんてないわよォ!!」
「ぐふ…ッ!」
あーもう!見えない!ていうか女の子のお腹を蹴るってどうなの!?大事なトコなんだけど!!
「困ったなぁ…!」
せめて女王化が使えたら、なんて考えても使えない物は使えないんだけどね!
「キャーーハハハ!!この力ならあたしは若さまより強いわ!!きっと沢山褒美を与えてくれる筈…!何せ厄介な女王を潰したんだから!!」
言いながら、ぐぐ、と頭部の角が大きくなっていく。そんな事も出来るの…と思っていると、今度は歯がボロボロと抜け落ちてそこからサメの様な歯が生え変わってきた。まるでアーロンみたいだ。魚人ってみんなこんな事出来るのかな?
「ビックホーン!弾丸スピア!!」
「────ッ!!」
ズン!と腹部に焼ける様な痛みが走る。
それは、奴の巨大な角で一突きされた物だと気付くのにそう時間はかからず、それに伴って発生する突撃の威力も相まって私は遥か遠くに吹き飛ばされてしまった。
「…げほっ」
あー…これは、マズい。
血を流し過ぎているし、このままじゃ死ぬだろうな。
しかも結構飛ばされた筈なのにもう追いついてきたのか、倒れる私を覗き込んでへらへらと笑っているデリンジャーの顔が見える。
「キャー!瀕死って感じ?痛そうね!」
「そう、だね…結構痛いかも…」
ぴく、とデリンジャーの頰が引き攣った。直後に私を頭のおかしい奴を見る様な目で見てくる。
どう見たって死ぬ寸前って感じなのに、話のノリが軽いから違和感を感じているんだろうか。
「…本当に、困ったなぁ」
どう見たって死ぬ寸前で、未だにどくどくと止まらない血。
多分ナミさんがこの場に居たら、顔色を真っ青に変えて怒った様な表情で泣きながら手とか握ってくれるんだろうなぁ、なんて。
…いや、死なないけどね。
「ねぇ、あなたさ…私と本気で戦った?」
「……どういう意味?正直に答えるなら、本気じゃないわ、まだあたしは力を出せる!つまりあなたは本気でも無いあたしに───」
「そっか、なら良かった。“その程度”ならうっかり殺してしまうかもしれないからさ。…精々、堪えてね?」
あまりにも状況に合わない言葉に、デリンジャーは逆に言葉を失った。
だけど、彼もなんだかんだ言って歴戦の戦闘員という事だろうか、私の言葉に悪寒でも感じたのか、慌てて足を振り上げて私の顔面を踏み潰そうとし────直後、デリンジャーは宙を舞った。
それは、私が奴の顎目掛けて放った蹴りが原因で。
当の私は、まるで何事も無かったかの様に起き上がっていた。
「
少し赤みのかかった黒髪に、女王化と変わらない背丈に装飾品。
唯一違うといえば、その装飾品の色合いだ。頭部に飾るティアラはティアラだというのに紅蓮に染まり、肩から靡くマントもまたより一層赤みを増していた。
全体的に赤みを増した私の装いは、少し攻撃的に見えなくも無い。そしてそれは何も間違ってはいないのだ。
真、と大層な名前がついたこの形態は、正しく女王化の強化形態。そのあまりに凶悪な性能は、シャンクスをもってしても「使い時を考えろ」と言わしめる程である。
肝心の効果は、私の倍加上限の解放。そして…100倍以下が使えなくなる。
…というわけで、下手な相手に使用すれば加減が全く出来なくなるのだ。因みに真・女王化は女王化使用後のクールタイムを無視して使用する事が出来る。
…代わりに使用後1日は能力に制限がかかるんだけどね。簡単に言うと倍加の最大値が10倍になってしまうというもの。
100倍を超える治癒速度で先程喰らった傷は既に癒えつつあるし、恐らく顎を蹴り飛ばされたデリンジャーはそれだけでかなりのダメージを負った事だろう。
「ぐ…ゥ…!!何よ、その力ァ…!!」
何とか体勢を立て直して地面に降り立つデリンジャーを見て眉を顰める。今のも当然100倍の蹴りだ。それも2年間修行をした私の。
それを喰らって…平気とは言わないまでもまだ戦闘を続行出来るだけの余力がある…と。つまりレイの施した強化はそれだけのモノだという事の証明になる。…そりゃあ黄猿も逃げ出すよね。
「本気よ…本気の力で殺してあげるッ!!!」
直後、またデリンジャーの姿が目の前から消えた。
さっきと違うのは、見失っていないという事。
「あのさ、わざわざ言う必要もないかなって思ってたんだけど、どうやら分かって無さそうだから言うね」
「断頭!!ハイヒールゥゥ!!!!」
ボゴォン!!と私の首目掛けて振られた脚が見事直撃した。直撃した事にニヤリと口元を歪めたデリンジャーだが、その場からぴくりとも動かない私を見てその表情を驚愕に…そして恐怖に染めていく。
「…私の嫁を殺そうとしておいて、無事で済むと思ってるの?言っとくけどさ…私今、ブチ切れてるからね?」
ガシ、とその足首を掴んでそのまま地面に叩きつける。ごふっ、と血を吐き出した奴の体の上に跨って腕を振り上げた。
「目を覚ましたらドフラミンゴによーーく伝えといてよ、私の嫁に手を出すなら、例えあなたでも、その後ろにいるカイドウでも、狂神だろうとぶっ飛ばす、ってね。…じゃあ、よろしく。
「…!!」
「
振り下ろした拳はデリンジャーの顔面に突き刺さり、バキバキと嫌な音を立てながら辺りに衝撃波を撒き散らす。
地面には巨大なクレーターが作られ、軽く地震すらも起きた事で周りの建物が幾つか崩れ落ち、それを見て慌ててシャルリアの気配を探った。
幸い、崩れ落ちる建物の近くにシャルリアは居なかったようで、きちんと安全な所に避難してくれていた様だった。
…2年前と違ってあんまり100倍使わないから、規模が把握出来ないんだよね。これで全力とか出しちゃったらどうなるんだろ…、つ、使い時、本当にちゃんと考えて使おう…。