「………あのー」
「………」
「えーっと……」
「………」
……どうしよう、モネが本気で怒ってる。話しかけても答えてくれないし、目も合わせてくれない。私からそそくさと離れたかと思えばこんな状態になってしまったんだけど、ほんとにどうしよ…。
「大丈夫、照れてるだけよ」
「ベビー5……ッ!!」
ギロ、とモネがベビー5を物凄い形相で睨んだ。なお、顔は真っ赤である。
「恐らく、自分の心と向き合い、初めての恋心という物を自覚して羞恥心が抑えられないといった所でしょうか」
「なるほど」
「なるほど、じゃないわ…!!」
モネみたいな大人なお姉さんって人でもそういう事になるんだね。可愛いから別にいいけど。
「じゃあ改めまして、モネ…私の嫁になってくれる?」
「この流れで?なる訳が…」
「あ、じゃあいいや」
「へぁ?」
予想外過ぎたのか、モネから出たとは思えない声がその口から発せられる。直後に不安気に揺れる瞳が何とも愛らしい。
それだけで彼女の本心を察するには余りあるけれど、どうやらモネ自身はそれを口にはしない様だった。…やっぱりなんだかんだ言っても、長年仕えてきたドフラミンゴをあっさり裏切るのは難しいか。ベビー5は……まぁ、ちょっと特殊だよね。
「なってくれる?なんて、そんなの受け身だよね?うんうん…やっぱりこの場合は…」
少し離れてるモネへの歩み寄って、腕を取る。
「今から私の嫁としてよろしくね、モネ。勿論、拒否権は無いから」
「…なら、仕方ない、わね」
まだ少し複雑そうな顔だけど、しっかりと嬉しさも滲んでいるから今はこれで良いだろう。これから素直になればいいし、これからもっともっと私の事を好きになって貰えればいい。
…とにかくこれでパンクハザードから狙っていたモネを嫁にする事が出来た訳で、私のテンションもモリモリ上がっております。
「あれ、イリスー!お前いつここに来たんだ?」
「女王屋!…ベビー5、モネも一緒か。そっちの女は…」
お、ルフィとローも王宮に到着したみたいだ。やっぱり私を除いた1番乗りはルフィ達だよね、叶が居ないのは意外だったけど。
「モネはこの通り助け出したから、もう鳥カゴの事は気にしなくて大丈夫だよ。そんでもってこの人はシャルリア、事情は後で説明するけど、彼女も私の嫁だから」
「シャルリア…?名前だけで言やァ……、いや、こんな所に居る訳がねェ…」
「初めまして、ロズワード・シャルリアと申しますわ。…いえ、2年前のオークション会場で会ってはいますので、お久し振りです、が正しいのでしょうか?」
「……………は??」
ローが説明を求める様に私の方をガン見してくる…!いやローだけじゃなかった、モネもベビー5もだった!!唯一ルフィだけが首を捻って、「誰だこいつ?」と空気に合わない事を言っているけど。
「事情は後で話すから!今はドフラミンゴでしょ?」
「…分かっているのか?その女を抱えるって事ァ…この世界の闇を」
「そんなもん、全部薙ぎ払って先に進むよ。良いから早く上に行ったほうがいいんじゃない?」
天竜人だろうがなんだろうが、彼女は私の嫁なんだ。文句があるならその全てを捩じ伏せてやる!そうしたらいずれ文句も出なくなるから問題無い!
…ナミさんに言ったら呆れられそうだけど。
「…麦わら屋、お前は…とんでもねェ爆弾を抱えている事に気づいているのか?」
「バクダン?何言ってんだ?」
「…いや、もういい」
目を瞑り眉間に皺を寄せながら、目元を片手で覆って大きくため息をつくロー。色々考えるのはやめた様で、視線をドフラミンゴの待つ最上階へと向けた。
「俺達はこのままドフラミンゴの下へ向かうが…お前達はどうする?」
「私はいいや、戦えないシャルリアを危ないとこには連れて行きたく無いし、このまま王宮から離れるよ」
そう言えばローは納得した様に頷き、ルフィと共に上の階へと登って行った。登るって言ってもローの能力で瞬間移動したんだけどね。るーむ?とかなんとか言ってたけど一体どんな能力なのやら。
2人を見送った後、私達も王宮を出て花畑の方へやってきた。この4段目の台地はひまわり畑の中に王宮が建っているので、王宮から出れば一面ひまわりで埋め尽くされていてなかなかに壮観…なのだが、今は色々と台無しである。
というのも、その花畑の中心で片足の男ともう1人の男が死闘を繰り広げているのだ。剣と剣がぶつかり合い火花を散らすその光景は、ひまわり畑とは少々不釣り合いに見える。
「…お」
片足の男の背後に視線を向ければ、そこにはレベッカちゃんとロビン、それから叶が決闘を大人しく見守っていた。
ロビンと叶はレベッカちゃんを守る様に前に出ており、恐らく戦闘の余波などがレベッカちゃんに届かない様にしてくれているのだろう。
…なんだか真剣そうだし、事情を知らない私が能天気に「やーやー」って話しかけるのは違う気がしてその場からそっと距離を取った。
…それにしても、あの片足の人、どこかで見た事ある気が…する様な?
にしてもあれだよね、工場破壊する為にドレスローザに乗り込んだ筈が、巡り巡って…だかどうかは分かんないけどドフラミンゴそのものを叩く事になってるとは。
殆どコロシアムに居たし、あそこから出てからも目の前のするべき事をして来たってだけだから、なんというかイマイチしっかりと状況が分かってないんだよね…。
まぁ、状況なんて分かんなくてもいっか、なんたってこの地で私は4人も嫁を見つけたんだ!しかも叶とも和解出来たし、エースにも会えた。控えめに言っても素晴らしいと思う。
「あ、いたいた!こんな所に居たんだ、探したよ私」
その時、後ろから“私”が声をかけて来た。…って、あれ?デリンジャーは??
「…うわ、かなり痛めつけられてるね…」
「痛みは感じないけどね」
“私”はなんて事ない顔をしているが、そのボロボロの体を見てモネですら顔を顰めている。
…まぁ、右腕が肩から千切れ飛んで、左脚も太腿から下は骨が見えるくらい抉られており、その顔に至っては左上の頭部が吹き飛んでいるのだ、誰でもビックリするだろう。
「ご、ごめん、流石に適当に囮役押し付け過ぎたかも…」
「何言ってるの?元々“私”はこういう役割の筈でしょ、寧ろしっかり仕事を果たしたんだから褒めてくれてもいいじゃん!私はナミさんを守った後に「守らせてごめん」て言われたいの?」
「申し訳ありませんでした、囮役ありがとうございます!…ん?仕事を果たしたって…デリンジャーはどうなったの?」
「ああ…その事について今から説明しようと思うんだけど」
“私”はどう言ったら良いのか考える様に残っている右頬を掻く。
2年前と違って“
だけど今、私に危害を加えそうな人は居ないから急いで“私”から事情を聞き出す必要は無く、黙って次の言葉を待っていたんだけど…。
「デリンジャーなら私が倒しておいたわよ?全く…原作だとハクバにやられてたのに凄く強化されてて焦ったわ」
「…え?」
唐突にその女の人は姿を現した。今の私では視認出来ない程の速度で…つまり、10倍の私よりずっと強い誰か。
緑色の長髪は何にも縛られずに彼女の腰近くを揺れ動き、同色の瞳は軽口を叩きながらも鋭く私を射抜く。
その身に纏う翠のドレスは、ドレスなんだけど戦闘服にも見える。基本的にはAラインに見えるけど、その材質はドレスと言うには硬そうだし、何よりスカートは動きやすい様になのか知らないけど、太腿から下の部位が全周ぐるっと縦に何本も切られていた。水に浮かしたらタコの足みたいになりそうだ。…いや、タコに喩えるのは流石に申し訳ないかもしれないけど。
というか!この人今原作って言ったよね!?
「えっと…あなたは?」
「あら、分からない?」
悪戯っぽく笑う女の人の言葉を、顎に親指と人差し指を挟んで思案する。原作って言葉から、目の前のこの人が前世の記憶持ち…つまり王華関連なのは間違いない。
王華の友達である3人の内の1人である叶とは既に知り合っているし、レイな訳が無い所を見るに、美咲か沙彩のどちらか…だよね。
「うーん…」
『い、イリス!髪の色も目の色も違うけど、この人沙彩だよ!!顔立ちは全く変わってないでしょ!?』
「あ、沙彩なんだ」
流石は王華。正直、あんまり関わりが無い人が目と髪の色を変えたら誰か分からないと言いますか…。
……って、沙彩!?
「へぇ、ちょっと意地悪してみたけれど、良くわかったわね、王華?」
『分からない訳ないよ!!』
「分からない訳ないよ、だってさ」
王華の言葉をそのまま伝えてあげれば、彼女はピクリと眉を動かした後、目を細めてジッと私を観察して来た。えっと…美人に見つめられるのは嬉しいんだけど、何でしょうかね…?
「…あなた、王華じゃないの?」
「あー…えーっと…」
チラッと横目でモネ達を見る。
まぁ…嫁になって貰った訳だし、彼女達に私の事を隠しておく必要も無い…よね。というか、モネとベビー5は沙彩の顔を見て固まってるし。シャルリアは相変わらず私の近くで大人しくメイドみたいに佇んでる訳だけど。今メイド服着てるのは私だけどね??
そんな訳で、叶の時の失敗も踏まえてじっくり慎重に私と王華のこれまでの事を話した。
私が話す度に「うんうん」とか「ほー」とか「そんな事が…」って相槌を打ってくれていたので、全く信じていない訳じゃ無さそうだ。良かった…。
「ーーーーという感じで、今に至るんだけど……えっと、信じてくれるかな?」
「うーん…信じる信じないで言えば、その話で出てきた叶と同じく王華を一目見ない事には何とも言えないわね」
「ですよねー…」
彼女達にとって大事なのは王華の存在だ。私の中でどれだけ王華が叫び散らかそうとも目の前の沙彩に届く事は無い。
…でも困ったなぁ、今日は女王化も真・女王化も使っちゃったから王華を呼び出せないんだけど…。
「…女王、どうしてあなたが、『超彩』と仲良くお喋りしているのかしら。いえ、それよりさっきから話に出て来る前世というのは…」
「ああ、私には前世の記憶があってね、沙彩もそうなの。で、前世で私達はこことは違う世界に住んでたから…まぁ何というか、旧知の仲なんだよね」
「は?」
何言ってんだこいつ、みたいな目で私を見てきたモネだったが、やがて考えるのが面倒になったのか頭を振ってため息を吐いた。
ベビー5はあんまり話の内容を理解していない様だったし、シャルリアは変わらず、眉一つ動かしていない。
「イリス様が何者であれ、イリス様はイリス様です。モネ様、その事実は決して揺らぎは致しませんわ」
「ええ、それは分かっているわ。情報を処理し切れないだけよ」
「どんな事情があれ、私を必要としてくれた人なのに代わりはない。そうでしょ?」
「あはは、うん、ありがと、3人共」
エニエス・ロビーの時の私に聞かせたら号泣しそうだ。
まぁ…あの時はあの時で鮮烈だったというか、今でも大切な思い出として胸の中でずっと鮮やかに残っているけれど。