ハーレム女王を目指す女好きな女の話   作:リチプ

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199『女好き、安城 零とレイ』

「ふわぁ」

 

舷の向こうにだらしなく腕を放り投げる様な体勢で、既に黒く染まってしまった海を眺める。

別に見張りの時間がやってきた訳ではない、現在の当番は叶だから、今もメインマストの天辺で便利な魔法でも駆使しながら辺りを隈なく警戒している事だろう。

私がこんな夜更けに寝室から抜け出してここに居るのは、単に物思いに耽る為だった。……なんというか、どれだけ茶化そうがやっぱりナミさん達が心配なのだ。

サンジが付いているのだから滅多な事は無いだろうけど、心配くらいはさせて欲しい、ていうかする。

 

「んー……」

 

いっそこのまま空を飛び出し、駆けて行けばこの胸の不安も無くなるだろうか。

なんて、勿論思うだけだ。だってゾウはローが持っているビブルカードが示す先にあるのだから、私1人で飛び出したって迷うのがオチだから。こんな事なら嫁全員にビブルカードをどうにかして配っておくんだったなぁ、と後悔。いやまあ、後悔したって仕方ない事なんだけどね?

 

「……っ!」

 

そうやって、ぼけ〜っと同じ景色を見続けていた時だった。不意に背後から気配を感じ、全身の感覚を研ぎ澄ませる。

見聞色の覇気っていうのは慣れれば常時発動を意識せずに行える技術だ。より広範囲となるとまた別の話ではあるが、私は普段からそれなりの範囲を無意識の内に索敵している。……筈だった。

“そいつ”は今、私の背後に事もなげに立っている。つまり、私の見聞色を掻い潜ってそこに居るという事だ。その上、その気配は私の良く知る人物のものだった。正確には少し違うが、同一人物だと仮定できる程には似ていたのだ。何より、現在見張りをしているのはあの叶である。この気配と、私達の索敵すらも乗り越えてここまで近付いてしまった事実。この事から、私の背後に居る者の正体は……。

 

「……何の用かな、“狂神”レイ。……安城さん」

 

「……」

 

ゆっくりと張り詰めた緊張の糸を解く事なく振り向けば、やはりそこに立っていたのは安城零その人だった。

だけど、私の知っている彼女よりも気配が大人しい気がするのは気のせいだろうか。

腰まで伸びる、碌に手入れもされていない様な紫の髪。

全てを吸い込んでしまいそうな程に深い漆黒の瞳。

痩せ細った身体。

……違和感があるのは気配だけだ。やはり外見的特徴はどう見たって安城さんと一致している。

だとすると、今の状況はマズい!こんな場所で戦いなんて起こしてしまえば船を壊してしまう。そうなったら嫁達が危険に晒される事になる……!

 

「……あなたが」

 

「……え?」

 

「あなたが、イリスさん?」

 

…………え??

 

今度こそ、本当に目が点になった。

 

何言ってるの、この人。初めましてじゃないよね?

あれか、私の存在を記憶してなかったって事かな?王華の事しか覚えてません、みたいな。

 

「私がイリスで間違いないけど、あなたは安城零で間違いないよね?」

 

一応確認はしたけど、どう見たって目の前の彼女は『安城零』その人だ。少し腰を落として小太刀に手を添える。いつでも“真・女王化”を発動できる様に意識も巡らせて……。

 

「わたしは、レイ。アンジョウレイとは違う、よ」

 

「は?」

 

この数分だけで一体どれ程驚かされるのか。どう見たって安城さんなのに、当の本人は安城さんではないと言う。

普通に考えればただ人を揶揄って遊んでいるのだろうけど、そもそもで言うならば私との会話が成立している事自体がおかしいのではないだろうか。

青キジから聞いた話や、実際に私がマリンフォードで見た安城零という存在は、こうやって私が投げつけた質問を素直に返す様な人物では無かった筈。

じゃあただのそっくりさんかと言われれば、それは絶対に違うと断言してもいい。何故なら気配がほぼ同じだからだ。見聞色で感じ取れる気配っていうのは、似てる人は居ても同じ人はいない。恐らく、双子だろうとその身からは違った質の気配を放つもの。

 

「イリスっ!!ごめんなさい、何者かの侵入を許してしまいました……!!……っ、こいつは……!!」

 

「叶!侵入者は見ての通りだよ、しかも良く分かんない事言ってる」

 

杖を顕現させて私の隣に立った叶が、私と同じく警戒心を隠す事もなく目の前の彼女と向き合った。

とりあえず手短に状況を説明すれば叶も眉を顰めていた。やっぱり理解はしかねるみたい。

 

「わたしは、わたし。アンジョウは、アンジョウ。アンジョウはわたしの中で眠ってる、の」

 

「ほら、こんな事言って……。……ん?眠ってる?」

 

「そう。でも普段は違、う。わたしが、アンジョウの中で、眠ってる、から」

 

途切れ途切れに、言葉が間違っていないか確認するかの様に辿々しく彼女は紡いでいく。

 

「お話、きいてくれ、る?」

 

「誰がっ!!今度はどの様なクソッタレた愚行を思い付いたのか知りませんが、生憎とその手には乗りません!」

 

「……イリス、は?」

 

叶が早急に会話を切りたがっているのを察したのか、彼女は私を指名して確認を取ってきた。

私としては、叶の対応が正しいと思っている。今すぐ彼女の望む対話とやらを蹴って、叶のテレポートでどこかの無人島にでも転移して2人で叩くべきだと。

だけど、心のどこかでは今の状況に違和感を感じている私も居た。

 

「叶、出来るだけ人気の少ない場所へテレポート、頼める?」

 

「はい、では行きます!『テレポート』!!」

 

シュン、と私達3人の姿が甲板上から消え去った。

次に目を開ければ、そこは手入れの届いていない天然の浜辺だった。暗闇耐性を倍加して辺りを見渡せば、見た事も来た事もない無人島だというのが分かる。人の気配もしないし。

 

「一瞬過ぎて、移動した!って感じがしないね」

 

「アンジョウ、でも、今のスピードを出すのは、不可能だ、よ」

 

まあ、テレポートだから速度なんて超越しちゃってるからねぇ。

早速戦闘を開始しようとしている叶を止めて、一歩だけ安城さんと距離を詰めた。

叶に転移をお願いしたのは、単純に騒ぎが起きてもあの船に被害が出ない様にする為。私が安城さんに感じた違和感……その正体を突き止める為に、まずは戦闘ではなく会話を試みたかったから。

 

「それで、安城さんとあなたはどんな関係なの?」

 

「アンジョウ、は、自分の事を、てんせい、しゃ?とか、言って、た。わた、しの体に、魂が、ひょうい……?とか」

 

「「は?」」

 

私と叶の声が重なる。

ちょっと待って欲しい、流石にその情報は予想外過ぎる。

幾らなんでもそれをすぐ信用するのは難しいというか、衝撃が大きいというか。

なんせその話が本当だとすれば、安城さんは私と叶、それに沙彩とも違う転生の仕方だという事になるし、幾らなんでもこの『レイ』って人が不憫過ぎるだろう。

 

「フザけているのですか?安城零。良くもまぁその様な戯言をペラペラと述べられるものですね」

 

「わたしが、イリスに会いたかった、のは、アンジョウが、イリスを、殺したいって言ってるか、ら」

 

「そうですか、奇遇ですね、私もあなたを殺したいと思っていますよ」

 

「叶、落ち着いて」

 

叶にとって安城さんとは自分を死に追い込んだ人物だ。感情的になるのは仕方ないかもしれないけど、今は躍起になっても仕方がない。

とはいえ、油断をする訳じゃないけどね。だってこの人凄く怪しいし。

 

「今日、は、久し振りに、外に出られた、の。アンジョウ、が、寝たか、ら」

 

「安城さんが寝れば意識が入れ替わる……なら、毎日外には出られるんじゃないの?そりゃあ、夜しか出歩けないのは残念だと思うけど」

 

「アンジョウ、は、能力で、自分の活動時間、を、伸ばしてるか、ら」

 

「活動時間……何日も寝ずにいられるって事かな。……うん、じゃあ、()()、あなたは私の敵か味方か、ハッキリと教えてくれないかな?」

 

「イリス…!?何を……っ!」

 

正直に言ってしまえば、私の中ではもう彼女と安城さんの存在がどうしても一致しなくなっていたのだ。

叶には見えていないのかもしれないけれど、この暗闇の中でも私には能力のお陰で彼女の瞳がしっかりと見えている。

……不安げに揺れる、幼い少女の瞳だ。外見は既に成熟しているけれど、その瞳だけは幼いままで。そしてそれは、あの“狂神”には無いものだった。

 

「味方だ、よ。イリス達に、は、アンジョウ、を……殺して、欲しい、の」

 

幼い印象とは裏腹に、出てきた言葉は物騒なモノだった。

というか、殺す、か……。人を殺す、それは私が今まで遠ざけてきた禁忌だ。遠ざけて来たって言っても結局の所私は海賊な訳で、多分、直接的には無くても間接的に誰かの命を奪ってたりするかもしれないけど。

例えば、インペルダウンでの囚人解放とか。解放した囚人が罪なき人を殺してしまったら、それは間接的な私の殺人になる。

まぁ、考え過ぎても仕方ない事だけど、ね。とにかく私は自分の手を汚したくないという事だ。

……これだけ聞くとただのクズだけど。

 

「なら話は簡単です、今すぐに後ろを向いて、海に向かって歩いて下さい。そうすれば殺せますよ」

 

「それじゃだ、め。溺れた、くらいじゃ、アンジョウ、は、死なない、の」

 

「安城さんは能力者でしょ?」

 

「そ、う。でも、死なな、い。アンジョウ、の、食べた実、は……“ジョウジョウの実”だか、ら」

 

「……へぇ、ジョウジョウ……上々、かな?」

 

ふーむ、と首を捻った。

ここに来てようやく安城さんの食べた悪魔の実の名前が分かった訳だ。まあ、それはレイのいう事を信用するなら、だけど。

そしてジョウジョウだけれど、これに関しては王華と修行中に考えていた候補の中にあったものと同じだった。他にもアゲアゲとか、バフバフとか、とにかく能力向上系なんじゃないかと読んでいた訳だ。

で、ジョウジョウ。これはもう“上々”で決まりだろう。

 

「アンジョウ、は、この能力を、()()()()()って言って、た」

 

「え、ルイジョウ??」

 

上々でジョウジョウじゃなくて、ルイジョウでジョウジョウなの?

……ていうか、ルイジョウってなんだっけ、聞いた事はあるような……?

 

「……累乗、ですか。それが本当だと言う証拠は?」

 

「え?叶、ルイジョウが何か分かるの?」

 

「……??イリスは一応、知識に関しては王華から受け継いでいるんですよね?」

 

「え?うん、そうだよ?」

 

『あはは……。よし、イリス、お願いだから全力で話逸らしてくれない?』

 

何故か王華が焦った様にそんなお願いをしてきた。そもそも話を逸らすって何から?

いまいち意味が分からずに首を傾げていれば、何やら叶が段々と凄みのある笑顔を浮かべ始め、徐々に私へと距離を詰めて来た。

 

『イリス!早く!なんとか逸らして!もしくはルイジョウについてなんか正しい事言って!』

 

無茶言うな!

 

「え、えーっと、ルイジョウ、ルイジョウね、あれでしょ、ルイ嬢!どこかの姫様、的なね、はは」

 

『イリスーー!!それは絶対に違うっ!!』

 

「……はぁ、王華は確かにア……じゃなくて、あまり勉強は出来ない方でしたが」

 

今絶対アホって言いかけたよね?

という事は、アホって言われるくらい当たり前の事なのかな?勉強……つまりルイジョウっていうのは、なんかの教科の単語か!そして恐らく響からして数学だね、これは。うん。

 

「累乗っていうのはですね、同じ数を掛け合わせる事です。“2”の『2乗』だと2×2、“2”の『3乗』だと2×2×2、と言った具合で掛ける数を底、何度掛けるか表す数を指数と言います。今の説明で例えると、“2”が底で『2乗』や『3乗』などが指数、という訳です」

 

『あー、うん、OKOK、完璧完璧』

 

「王華、良く分からないって」

 

『イリス!!?』

 

頭の中に響く王華の声は一旦意識の隅に追いやって、私は“累乗”について考えていく。

安城さんの能力は、累乗を操るものだって事。人を操ったりしてた方法については未だ分からないままだし、累乗を操るのだとしたら少し疑問に思う所もある。

 

「その累乗って、実際どんな能力なの?」

 

「アンジョウ、は、3の、5ジョウ、で……約、240、倍の力……とか……言って、た。良く分からなく、て、あんまり覚えてない、の。ごめんなさい」

 

「……なるほど」

 

私は朧げにしか理解出来なかったけど、叶はちゃんと分かったみたいで頷いていた。レイの醸し出す圧倒的ふわふわな雰囲気に叶も呑まれたのか、すっかり落ち着いて話を聞いている様だし……。

 

「厄介な能力ですね……。要するにそれは、イリスの悪魔の実の上位互換という事になります」

 

「私の……」

 

ただでさえ馬鹿げた能力の“バイバイの実”だけど、“ジョウジョウ”はその更に上を行くらしい。

まあ、それはさっきの説明を思い返せば当然だとも思う。だって倍加は文字通り倍加だ。安城さんがどれだけその『底』と『指数』を増やせるのかは分からないけれど、累乗なら3を10乗するだけで……。

えーー……。

うーーん…………。

 

…………。

………。

 

まぁ、約6万倍?

……いや、流石にそこまでは上げられないと思いたい……うん。

 

 

 


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