ハーレム女王を目指す女好きな女の話   作:リチプ

226 / 251
219『女好き、鼈、双月に届かず』

時は、イリスが(シエスタ)女王化(クイーンエクスティア)を使用する少し前まで遡る。

 

象主(ズニーシャ)がジャック達に攻撃され、その背に乗る者は皆、地震など比ではない程の強烈な揺れに襲われていた。

だけど、皆から離れた開けた場所に居る2人に限ってはそんな揺れなど関係ないとばかりに涼しい顔をしている。

 

1人は、『魔女』叶。

 

そしてもう1人は、『カン十郎』。──否、『黒炭カン十郎』だ。

 

叶は得意の魔法で宙に浮き、カン十郎は()()()鳥に跨って空を飛んでいる。

普段のどこか間の抜けた表情をしている絵ではなく、カン十郎の乗るその鳥は羽毛一本をとっても繊細で、まるで絵から生まれたとは思えない程に鮮やかだった。

 

「良い腕です。それ故にあなたが裏切り者なのが惜しいと感じます」

 

「ほう……()の本名に気付いていたりと警戒していたが、まさか力を隠していたのまでバレていたとはな。やはり貴様は危険だ、今ここで潰しておく」

 

「20年前からやって来たのなら仕方ないんでしょうけど、その無知は己を滅ぼしますよ。まして、あなたの場合は空っぽですからね」

 

「!そんな事まで知っているのか。まさか、俺以外にもスパイが居るのか…?」

 

叶が言うように、カン十郎は裏切り者であった。

ワノ国の『将軍』から送り込まれたスパイであり、己の役が完成されるなら死すらも厭わない狂人。類稀なる絵の才を持ち、何十年と錦えもん達を騙し続けた役者。

その名も、黒炭カン十郎。

 

主君であるおでんが死のうと心は動かず、共に笑い合ったあの日の思い出も彼にとっては心に留める価値も無く、また、真の主人である『将軍』に対する忠誠も特に無い。

彼が望むのはただ1つ、『完全な役者』。その為ならば討たれようとも構わないとすら思っている彼は、だからこそ空っぽであった。

確かに彼はスパイではあるが、スパイとしての行動と責任を果たしているだけであり、そこに何ら感情は混ざっていない。ただ与えられた役を演じ、いずれ来たる“結末”まで空っぽの己を動かすのみ。

 

そんな彼ならば、普段であれば叶が己の正体に気付こうとも気にも留めなかったのかもしれない。だけどこうして皆の目を盗んで人気(ひとけ)の無い場所へ呼び出したのは、何故かそうするべきだと思ったから。自分の感情が動いたのは久しぶりだったので、衝動に身を任せて行動に移しただけに過ぎない。

 

だが幸いな(残念な)事に、己の正体に気付いているのは眼前の非力そうな少女ただ1人だけ。

おかしな(まじな)いを得意とする者だとは分かっているが、実力を発揮した己にただの呪い師が敵う筈も無い。手早く“処理”し、海にでも捨てておけば問題無いだろうと考える。

まさかこの混乱の最中、己と少女だけが場を抜け出したと気づける者など居やしまい。突然の失踪に周りは慌てふためくだろうが、それこそ己にはどうでもいい話だ。と、カン十郎はそう分析した。

そう、分析してしまった。

 

「ではとりあえず、あなたがこの先改心しようがしまいが、この場では拘束しておきますね。出来ればあまり抵抗しないでくれると助かります、弱い者いじめは好きじゃないので」

 

「カッカ!本物の強者を知らぬから、そこまで驕る事が出来る」

 

「そうですか、じゃあ良かったですね、今からそれを知る事が出来ますよ」

 

叶が手を翳し、その掌に光が集う。やがてその光は1本の杖となって現れた。

戦闘力でイリスに及ばずとも、それでも彼女は四異界。『この世界の者とは思えない規格外の強さ』を意味するその肩書きを得ている彼女が、()()()()()()である筈も無いのだ。

 

「『トゥレス・コルプス』」

 

淡い光が叶を包み込む。相手を攻撃するのではなく、これは自身を強化する魔法の1つだった。

所謂身体強化魔法であり、『コルプス』『ドス・コルプス』『トゥレス・コルプス』『アルタ・コルプス』の4種類存在し、左から順に効果が高くなっていく。

パンクハザードでイリスとの肉弾戦の際に使用したのは『ドス・コルプス』であり、それだけで素の肉体は脆い叶を大幅に強化させていた。

それだけに、今回使用する『トゥレス』の効果が窺い知れるだろう。

 

「『ブースト』!!」

 

「ごほァ…!?」

 

重ねて『速度強化魔法』を使用し、一瞬でカン十郎の目の前まで移動してそのままの勢いで腹に蹴りを打ち込んだ。

イリスを相手にするならば、この程度の身体強化魔法は些か中途半端が過ぎるだろう。だが、相手がカン十郎ならば十二分であった。

これは彼が弱いから、という訳ではなく、その戦闘スタイルが原因なのだ。彼の能力である“フデフデの実”は、描いたモノをそのままの形で実体化させられるという極めて厄介な能力であるが、それ故に能力発動までどうしても隙が発生する。

同格以下までならば、もしくは多人数戦での殲滅役ならば十分に強いだろうその能力も、今この時においては意味を為していない。

 

「……ぐ、何故だ……!?俺の目は誤魔化せん…!貴様の足運び、体の軸の動き、タイミング、どれをとっても素人に毛が生えた程度!だというのにその速さは、攻撃の重さはなんだ!!?」

 

「好き勝手言ってくれますね……。ですが、その答えは簡単です、能力の相性差ですね」

 

ケロッと言ってのけるが、叶を相手に相性の良い能力など純粋な身体強化くらいしか無いのだが。

火を出しても大量の水で瞬く間に鎮火され、雷を出しても土に逃され、水を出しても凍らされ、中途半端な格闘術はバインド(しばられ)て叩かれる。

汎用性の鬼、対応力の暴力。打つ手が無いからこそ、叶は『四異界』と呼ばれるまでになったのだ。

 

「ところで、あなたは本当にただの裏切り者なんですか?弁明するなら今しかないですよ」

 

「……実は某、二重スパイなのでござる。……カッカ、役不足にも程がある!俺がその程度の二流に収まると思うか!?」

 

「思いませんね、実際にあなたと会って話してみればみるほど、あなたがどうしようもない程に壊れている事がわかって来ます」

 

ですが、と叶は切り替える様に言葉を発した。

 

「どうしようもない程壊れていようとも、それをどうにかしようと努力する事は出来ます。死で役が完成するとあなたは思っているらしいですが、結局それは逃げでしかない。真にあなたの(人生)を完成させたいのならば、あなたはスパイという道に流されるべきではなかったんです」

 

「流された?誰がだ!己の道は己で選び進んできたつもりだ!確かに、彼奴等の下へ忍び込んだのも、長い年月をかけて友としての信頼を得たのも上からの指示ではあるが、それを受け入れたのは他ならぬ俺自身だ!」

 

「……まぁ、あなたがそう思うなら構いませんが。……あ、ちょっと喋り過ぎましたね、時間切れです」

 

その言葉にカン十郎は眉を寄せて言葉の意図を図ろうとしたが、自分の中で結論を出す前にその身を持って思い知らされる事となる。

 

まず第一の異変として、ゾウの揺れが収まった。カン十郎のビブルカードでゾウまでやって来ていたジャックがしくじったのかと懸念するが、ジャックの強さをある程度は知っているカン十郎からすれば失敗したとは考えづらかった。

次に、思わず飛び跳ねてしまいそうになる程の強烈な『覇気』の波動が辺り一帯に振り撒かれた。カン十郎には知る由もない事だが、これはイリスが象主(ズニーシャ)を従わせる為に放った覇気の余波である。

 

そして最後だが……。

 

「おっと、中々面白い組み合わせだね。2人でこんな時にこんな所で何をしてるの?戦ってるのなら問答無用で叶の味方をするから先に謝っておくね、ごめん」

 

真っ白の鮮やかな長髪を靡かせてこの場に登場したのは、他でもない王華だ。

ただ、その瞳の色だけがいつもと違う。空の様に美しい色の瞳は、今だけは燃え盛る焔の様な真っ赤に染まっていたのだ。

当然、イリスが(シエスタ)女王化(クイーンエクスティア)を使用したのが原因である。

 

「叶と一緒に居させてくれるのはとっても感謝してるんだけど、だったら(シエスタ)まで使わなくても良いんじゃないかなぁって思わない?ジャックなら女王化でも十分だし、私が実体化出来る時間が減るじゃん」

 

呆れる様に肩を竦めてみせる王華だが、行動に反してどこにも隙は存在していない。それもその筈だ、彼女もまた100倍以上が解放されているのだから。

 

「そういう事情もあるから、とりあえず寝とこっか」

 

「は……?」

 

カン十郎は“後ろ”から聞こえる声に素っ頓狂な声を上げた。それは、今しがた目の前から登場した女のもので。

 

瞬間、カン十郎は振り向きもせず横へ飛び退いた。直後に自分が居た場所で衝撃波が発生している様だが、それを細かく確認をしている暇は無く、首を回す時間すら勿体無いと無我夢中で足を動かした。

着地した後も脇目も振らず森の中へ飛び込んだ。己の失態を悔やむ時間すら惜しいが、それでも今回は事を急ぎ過ぎたと唇を噛む。

死ぬのは怖くない、が、意味もなく死ぬのは嫌だった。こんな所で命尽きても、誰の記憶にも残りはしないのだから。

 

100倍灰(ひゃくばいばい)

 

「────!?」

 

最早声すら出ない程の驚愕に包まれる。

カン十郎は己の実力を適切に見極めている男だ。故に、逃げに徹した自分を捉えるのは容易ではないと自負していた。ここからある程度離れれば自分の絵を描いて分身を作り2人の目を欺こうとも考えていたし、走っている最中も見聞色の覇気で気付かれない様に気配を消していた。だというのに、白髪の悪魔は当たり前の様に己の頭上で拳を振りかぶっている。ある程度離れる余裕すら与えてはくれない。

 

波楼(ハロウ)!」

 

「がはァ……!?」

 

直接殴られてはいない。拳を突き出した際に発生するバカみたいに強烈な衝撃波、それだけでカン十郎はあっさりと意識を手放した。

……といっても、彼を中心として直径5メートル程のクレーターが発生しているのだから“それだけで”というのは間違っているかもしれないが。

 

「うーん、この状態だとやっぱり加減が難しいなぁ。私でも難しいって事は、イリスは尚更って事か〜…」

 

よいしょ、とカン十郎を担ぎながら王華はそう呟いた。その言葉から察せる通り、彼女はイリスに比べて『技術』に秀でている。これは王華が総合的に見てイリスより優れているのではなく、得意分野が2人で分かれているだけだ。

 

「まぁ、『得意分野』って言い方はおかしいんだけど」

 

王華はイリスより『技術』に優れ、イリスは王華より『力』に優れる。

簡単に言えば、王華はイリスの出せる最大倍加率を出せない。そしてイリスは王華程高度に技を使いこなせない。

 

とはいえ、王華にとって今はその様な事はどうでも良いのだ。(シエスタ)の効果時間は短く、いつイリスの中に戻るか分からない以上は早いとこ叶と合流しなければならない。

あと、カン十郎の扱いについても叶と相談したいという思いがあった。

 

「錦えもんは信じてくれるかなぁ」

 

どちらにせよカン十郎の裏切りを錦えもんやその他おでんの臣下達へ知らせる事は決まっているのだが、どう説明したものか、と王華は無い頭を捻って思案するのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。