「オーナー……!ご覧ください、あなたの店が!」
「まぁ……!何て事……っ!」
私が嫁にすると決めた人はどうやらルフィ達が食べてしまったカフェのオーナーだった様で、チョコポリスが慌てた声で見るも無惨な姿となってしまった店を指差し、首を動かして視界に収めたオーナーは目を見開いて口元に手を当てた。
「こんなに
「ん?」
「え?」
今度は腰に手を当て、頬を膨らまして“怒ってます"といった風のオーナー。
あと今更だけど、その肩に乗ってるゼリーみたいなの何??
「あっ、もしかして賞味期限による解体業者でしょうか!?これは失礼しました!でも困るよ君達、作業中は看板を出しといてくれなきゃ。まだお客も居たしねェ」
「……もしかしなくても、助けて貰った?」
ナミさんがこっそり私に耳打ちしてくる。そのウィスパーボイスだけでご飯を何杯でもお代わり出来そう。
「……ただの善意って事はねェだろ、仮にもその店のオーナーらしいじゃねェか、普通はキレてもおかしくねェ」
今度は逆側からペローナちゃんの囁き声が……!あふん、昇天しそう……こんな状況だけど。
「それでは本官はこれにて!」
「ええ、ご苦労様!皆さんもお騒がせしてごめんなさい!」
オーナーが周りの野次馬達にそう告げれば、それぞれ安心した様に散っていった。
……耳が幸せって事だけじゃなく、確かに少し怪しさはあるよね。ここはもう敵地だし、考えたくないけど情報が漏れてたりする可能性だってゼロじゃない。助けてくれたのは敢えて信用させる為とか……、いや、そういうのを考えるのはやめよう!だって折角可愛い子なんだし!
「あ、そういえばこの度のご結婚、おめでとうございますプリン様!」
「ひょぇ!?」
プリンちゃんって言うんだ!可愛い名前だね!!すっごい可愛いね!!!あーーー可愛いねーーーーー!!!!
で、なんだって?けっ、け??け、なんだっけ!?
「ナミ、イリスが凄い顔してる」
「あの子可愛いから、内心で嫁にしようって考えてたんでしょ。それにしても初めてじゃない?略奪愛」
「寝取るの前提かよ、相手も運がねェな」
ナミさんもペローナちゃんも正気!?言っとくけど私はどれ程可愛くても人のパートナーは奪わないからね!?そのパートナーにひどい事とかされてて別れたがってるとかなら遠慮はしないんだけど……。
「式も近いのに店回りとは、勤労も程々に……!皆、あなたの幸せを願っていますよっ!そういえば、サアヤ様からのご祝儀を受け取られたとか!あの方から直接何かを頂けるとは流石ですね!」
「えへへ、ありがとう!」
……ん?沙彩??
***
─プリンの家─
「いやー、プリンっていうのか、名前!ありがとう、助かったよ!」
「そんな!気にしないで?私の方こそお礼を言いたいのよ、あんなに美味しそうに食べてくれるなんてパティシエ冥利に尽きるものっ」
そんな訳で私達は現在プリンちゃんの家にお邪魔していた。正直、私とナミさんが揃って顔を合わせてる時点で正体がバレてもおかしくないんだけど……。
あと、プリンちゃんは沙彩と繋がりがあるらしい。ご祝儀を貰うくらいだから相当近い関係なんだろうけど……。
「チョコ作るの好きなのかー、ミキータと同じだむぐっ!?」
「ルフィ!名前を出すのは不味いぞ!」
「あんたもね……」
何だか色々と諦めた風のナミさんがため息をつき、飴とかクッキーとかチョコとかで出来た椅子に腰掛けた。
「ルフィって……まさか、麦わらのルフィ!?本物!?じゃあそっちの子はあの女王で、隣の人は正妻!?」
「チッ……おい、どうすんだ、どうせ嫁にしねェのなら口を割らない程度に痛めつけるか?」
物騒なペローナちゃんの案は当然却下させて貰うとして、実際問題、正体がバレてしまったのは不味い。何もしなければ彼女は私達の事を言いふらしてしまうだろうし、そうなれば潜入も何も無くなってしまう。そういう意味ではペローナちゃんの言ってる事も理に適ってると言えばそうなんだけど……。
「じゃああなた達って、サンジさんのお仲間……?」
「え?そうだけど……」
「……まさかプリン、あなた、結婚するって……」
「うん…!そのサンジさんと!」
え?
ええ!?この子がそうなの!?
あれ?じゃあ私もしかしてプリンちゃんを狙っても大丈夫って事……!?いやでも、プリンちゃん本人がサンジに惚れてた場合は……いやいやでも、まだ付き合ってないし!この婚約も破棄されるのは決まってるから、私の事を好きになってもらえば良くないかな!?
「で、でも、ママの傘下にも入ってないあなた達がどうやってタルトの検問を通過したの!?」
「タルトの検問……ああ」
ペコムズが上手いこと誤魔化してたあれかな。
それよりも、サンジの婚約者って事は当然プリンちゃんはビッグ・マムの娘なんだよね?気配は……正直、強者のオーラは無い、かな。四皇の娘だからってその子まで凄く強いって訳ではないと。
「何故ここへ来たの!?こ、殺されちゃうわよ!?ここはもうママのナワバリで……ママはとても恐い海賊!でも知ってる……っ、あなた達も恐い海賊!」
「……!」
文字通り目を回して混乱しながら取り出した包丁の切先をこちらに向けてくるプリンちゃん。
……んん?でもなんか、包丁の構え方が妙に小慣れてる様な気が……ま、お菓子作りが仕事みたいだし当然か!
1人納得していると、唐突にペローナちゃんがパチン、と指を鳴らした。直後に小規模な爆発がプリンちゃんの包丁付近で発生し、予想外の衝撃に包丁を取り落としている。
「下らねェ芝居はやめろ、ナミやそこのバカは女となると疑う事を知らねェからな。……でも、このゴーストプリンセスであるペローナ様の目まで欺けると思うなよ?ホロホロ……」
「きゅ、急に爆発が……!やめてー!殺さないでーー!!」
「ちょ、ちょっとペローナ!芝居って、決め付けるのは良くないわよ!」
「決めつけてねェ。そもそも、こいつがサンジの婚約者ならビッグ・マムに利用されてるのは間違いねェだろ。立場上は1番怪しいと言っても良い。ここで私達に良い顔していれば、目的の場所までの地図を書くとか提案して罠に掛ける事も出来る」
ペローナちゃんは睨む様にプリンちゃんを見つめる。まるで本心を探っているかの様で、当のプリンちゃんは怯えた様に肩を縮ませていた。
「おいペローナ!プリンはおれ達を助けてくれたんだぞ!」
「ちょっと危機を救っただけでそうやって信じてくれるんだ、取り入る為なら私でもそうする」
「……じゃあもし仮に、プリンが私達を騙す目的で接触してきたのだとすれば」
……あ!そっか、それってつまり私達の入国がバレてるって事になるんだ!
……まさか、シャルリア達に何かあったの……!?
「うーん……ペローナちゃんの言う事も正しいけど、だからってプリンちゃんの口封じなんて出来ないし……、良し、拐おう」
「は?」
プリンちゃんの口から素っ頓狂な音が響いた。
でもこれが1番の方法だと思う。プリンちゃんが私達を騙していたとしても、一緒に連れて行ってしまえばこれ以上の情報は向こうに漏れないし、騙していないのならいないで普通に船上ランデブーだ。
「それに、沙彩の事もゆっくり聞きたいし」
「!」
沙彩の名前を出した瞬間、プリンちゃんは軽く肩を揺らして反応した。
まぁとにかく、船に戻ってペコムズとも相談してみよう。あ、そうだ、食糧を調達しないといけないんだった。
「拐うのは良いけど、プリンが居なくなっても不自然じゃない状況を作る必要があるわ」
「あー……ほら、書き置き残しておいたら良いんじゃない?サンジさんの所に行ってきます、はーと。みたいな」
「それくらいしか出来る事はねェだろうな」
プリンちゃんの意見は聞かず終いだけど、どうせ誘拐するんだから意見を聞くなんてのは可笑しな話だ。
キャロットやチョッパーは一心不乱に机や壁を食べてるし、ルフィも話を聞いてる様で聞いてない感じだけど。
「ちょっと……!待っ……!」
「それじゃあ私、ちょっとプリンちゃん連れて一足先に船に戻っとくね。食糧の調達の方を頼める?」
「ええ、わかったわ」
何やら慌てた様子のプリンちゃんだけど、申し訳ない事に拐うのは確定してしまったので許して欲しいなぁ、なんて。
そうして私は、ひょいっとプリンちゃんを横抱きして裏口からこっそりと家を出た。ここで叫ばれたら私達の犯行がバレてしまうので、倍加は最大の30を使用して跳躍し、一気に空を駆けていく。
「お、おい……っ!!クソっ、息が……っ!」
「ごめんね、下の人に気付かれない速度で飛ばないといけないから」
明らかに喋り方や雰囲気が変わったプリンちゃん。なんだかペローナちゃんっぽい雰囲気……かな?
あと、気付かれない速度って言っても、流石に最初から空を見上げてる人には気付かれると思う。まぁでもプリンちゃんが拐われてると認識出来る人は居ない筈だから多少見られても問題はないんだけど。精々が『なんか速いのが空を飛んでる』くらいの印象しか持たれないだろう。鳥あたりと勘違いしてくれるのが理想だ。
「ほいっと」
今出せる全力で駆けたので当然なんだけど、そう時間をかける事なくサニー号まで辿り着いた。
プリンちゃんの事をペコムズに相談したいんだけど……甲板には居ないっぽい。と言う事は船内かな。
「っく……!私をどうするつもり!?言っておくけど、私に危害を加えれば姉様が黙っていないわよ!!」
「姉様って沙彩の事?仲良いんだ。それにプリンちゃんもさっきと随分雰囲気違くない?」
「……誘拐までされて自分を取り繕える程肝が据わっちゃいないのよ」
自分の性格すらも偽れるのは相当肝が据わっている証拠だと思うんだけど、そこを突っ込んでも話が進みそうにないから敢えてスルーしておく。
「取り繕ってなくてもあなたは素敵だよ」
「……上辺だけしか知らないエロガキが、人の事知った様な口聞くのやめて貰える?」
「じゃあ教えてよ、プリンちゃんの事」
なんて言った所で教えて貰える訳ではないけど、こういうのは根気が大事だと私は知っている。
今すぐには無理でも、私の正直な気持ちをずっと伝え続けていればいつかは伝わってくれる筈だ、それこそ、モネの様に。
だから私は、ナミさん達が大量の食糧を持って帰ってくるまでずっとプリンちゃんに話しかけ続けた。正直かなり鬱陶しそうな顔してたけど私から逃げられないのは理解しているのかその場から動こうとはせず、一応受け答えは『だから?』とか『そう』とかしてくれていたので、性根は優しい子なんだろうな、と思った。
この調子でいつか……というか、サンジを連れ戻してワノ国へと発つまでには堕としたい。だってプリンちゃん、可愛いし。絶対に逃したくないし!