「んん〜〜っ!!美味しい〜〜!!」
片頬に手のひらを添え、ほっぺたが蕩け落ちない様に支えながらつい溢れてしまった大きな口をきゅっと結び直す。
私という存在が受け入れられ(というか諦められ)念願の味見役の地位を獲得した私は、恥も外聞も遠慮も捨て去って用意された料理に舌鼓を打っていた。
「これなに!?このお肉の上にかかってるソース!これすっごく美味しい!」
「それは“アリゴ"ですね、
「へぇ!とにかく美味しい!」
持ち上げればぷるん、と跳ねるお肉の上で、淡黄色の“アリゴ"がキラキラと光る。ていうかこのお肉も凄い!結構焼いてた筈なのに固くないし、むしろしっとりジューシーな味わいでアリゴと良く合う!
「その鶏肉は“コンフィ"で煮てあります。お口に合ったようで恐縮です」
「口に合うなんてもんじゃないよ!今すぐ嫁に来て!!」
どうやらこの料理はサンジ達の明日の朝ごはんらしいけど、朝からこんな美味しいもの食べるって昼と夜はどうなるの。というか、毎日このレベル食べてたの!?……に関しては、私も人の事言えないけど。
「でもこれなら王族の人だって大満足に決まってるよ!」
「それはどうでしょうか……、でも、イリスさんが美味しそうに食べてくれるだけで私は凄く嬉しいです」
軽く微笑みながらそう言ったコゼットちゃんに、ちょっと所かかなり見惚れながらもどこか呆れた感情が浮かんでくる。
なんというか、これ程の料理を自信満々に出せないという事がどうかしているんじゃないだろうか。勿論、コゼットちゃん達の事を言っているのではなく、こうして自信を無くしてしまうくらいには『美味しい』という言葉を用いていないのだろう王族に対して、だ。
「これ、全部食べて良い?」
「はい、勿論です」
味見役といいつつガッツリ食べてるけど、ここの長であるコゼットちゃんの許可は得たので遠慮なくいただきます。
あ、それと、さっき調理中にコゼットちゃん以外の2人にもシャルリアの事を尋ねてみたけど、2人共知らないみたいだった。ついでに敬語はやめて砕けた口調で接してもらう様にお願いもしてある。コゼットちゃんは敬語がデフォらしく、逆に砕けるのが難しいらしいので今でもそのままだ。
2人のうち、クールな印象の黒髪ショートの子の名前はメーア。おっとりとした雰囲気のふわふわロングヘアの子の名前はシエル。……とまぁ、名前を教えてもらえるくらいは警戒も和らいできた様だった。
余談……というには少し大きい話かもしれないけど、さっきメーアが言っていた『パートナーが居る』というのはどうやらシエルの事らしく、じっくり観察していれば2人の仲はかなりよろしく、そして相応に距離も近い。かといってコゼットちゃんを邪魔者の様に扱っている訳では無さそうで、2人の人の良さが伺える。
……というか、コゼットちゃんが短い休憩時間でわざわざ自室に戻ったのはこの2人の為だったのだろう。2人が付き合ってるとは知らなくても、仲が良過ぎるな、くらいには思っていたのかもしれない。お互いがお互いに気を遣い合っていると言う訳だけど、そこに息苦しさや面倒な空気は無いので本当にこの3人は良い関係を築けているんだろうな、と思った。
そんな中に割って入ってコゼットちゃんを取ろうとしてるのだから、流石の私も少し罪悪感……と言っても良いのか、それと似たような感情はあるにはある。でも、だからと言って躊躇はしてあげないけど。
「そういえば、ちょっとだけ気になってたんだけどここって女の子だけなんだね。私、料理人って言えば男の人のイメージが強くって」
なんかもう、料理人=サンジみたいなイメージが強すぎるせいでそう感じてしまっているだけなのだが。
「あぁ〜、それはねぇ、男の人はみんな力仕事に回されるからだよ〜」
敬語を崩したシエルが、間延びした口調で口を開く。そしてそれを今度はメーアが補足した。
「力仕事と言えば聞こえは良いけれど、要は兵士ね。この国の民はその殆どが男で、そして兵士でもある。女は私達の様な料理人や王族に仕える給仕くらいなのよ」
「ええ……私が言うのもなんだけど、それって次世代が生まれないんじゃないの?」
「そういう小難しい事はそれこそ王族が考えれば良い事でしょう?少なくとも私は次世代なんかより、こうしてシエルと共にコゼット料理長の下で働いている今が大切で幸せなのよ」
なるほど……確かに、それを料理人である彼女達が考えるのは無駄かもね。
男が大半で女はごく少数……って事は、始めにコゼットちゃんに出会えたのも奇跡に近かったって事になるし、これはもう運命なのでは?
「コゼットちゃん、やっぱり嫁に来てよ!」
「あはは……」
最早笑って誤魔化し流される始末……くぅ!だけどそんな表情も可愛い!
私、結構面食いなとこあるけど、コゼットちゃんも例に漏れず性格だけじゃなくてお顔が素晴らしい!可愛いよりだし、何よりすぐ頬を赤くする。可愛く無い訳がない。
「ねぇー、シエルもメーアもなんとか言ってよ!なんなら3人同時に来てくれても良いんだよ?勿論、シエルとメーアの2人は嫁って立場じゃなくて、普通に仲間として誘うからさぁ」
「でも〜、私は海賊になりたい訳ではないと言うかぁ」
「ここだって悪の組織みたいなものなんでしょ?ジェルマ66だっけ?それなら私達のとこの方が良いって!みんな優しいし!」
「遠慮しておくわ。シエルとの時間が減りそうだもの」
うぐ、それを言われると返す言葉が無い……!
……うん、ちょっと頭を冷やそう。今更がっつかないというのは無理だけど、引き際は見極めないと本気で愛想尽かされたら泣くし。
「私としては話を変えたく無かったんだけど……サンジってどこに居るの?」
とりあえずここは一旦サンジの話に移っておこう。元々この地にやってきた目的はサンジにあるんだし、本題に戻ったという方が正しいかもしれないけどね。
「サンジ様なら、恐らく3階の客間ですね」
「3階だね、うん、階層さえ分かれば見聞色もかなり絞れるからなんとかなりそう!ありがとね、コゼットちゃん!」
シエルもメーアも当たり前のように情報を吐くコゼットちゃんに若干目を見開いていたけど、すぐに納得するかのように何度か頷いていた。
言っとくけど、脅しなんてしてないからね!?
「……あ、そうだ、1人で行こうと思ってたけど、コゼットちゃんも来る?ほら、王族であるサンジに新人料理人の紹介って感じで」
「うーん……普通は新人さんが王族の方に謁見するなんて滅多に起こらないんですが……」
まぁ、そりゃそうだよね。でもなぁ、まだコゼットちゃんとは色々お話したいしなぁ。
なんとか良い理由見つかんないものかな……いや、そもそも私は新人料理人でもないんだけど。
「料理長、でしたら、新人に城内を案内してあげてはどうでしょうか。その際にたまたま3階の客間に入ってしまうかもしれませんが、職務なので仕方ないでしょう?」
「え、ええ……?仕方ない、のですか……?」
「それにー、今晩と明日の朝食の仕込みは終わっていますしー、ここから先は私とメーアだけでも大丈夫ですからぁ」
「確かに、この状況なら2人に任せてもなんの問題も無いとは思いますけど……」
おお、まさかの所から援護射撃が!
コゼットちゃんも折れかけているし、何故か味方してくれてる2人には感謝しかない。……普通に2人きりになりたいとかかな?邪魔者扱いはしないけど、2人になれるチャンスは逃したくない、みたいな。
まぁ理由はなんであれ、援護してくれたのに代わりはない!このチャンスを無駄には出来ないし、押すしかない!
「ほらコゼットちゃん、2人もこう言ってる事だし、一緒に行こうよ」
「ですが……」
「私、もっとコゼットちゃんと一緒に居たい!新人っぽくコゼットちゃんの腕に抱きつきながら歩くから!」
「それって新人っぽいですか!?」
と、こんな感じで少しの間渋っていたコゼットちゃんだったが、2人の援護と必死な私に根負けして『新人を案内してます風』を装ってサンジの居る3階の客間まで案内してもらう事になった。
というか、ここの雇用制度はどうなっているんだろうか。前世ではまだ高校生だったからあまり詳しくはないけど、普通に考えてこんな簡単に新人として潜入出来るなんておかしくない?
なんて疑問を思った所で行動が変わる訳でも無く、メーアとシエルから予備の制服を受け取り手早く着替える。少しサイズが大きいけれど、これを着る事で更にこの城の者として見られやすくなる筈だ。
そんなあれこれが済み、2人に軽く手を振ってキッチンを出る。前を歩くコゼットちゃんの後ろを大人しく付いていく形だ。
これはどこからどう見ても上司に案内されている新人にしか見えないだろう。私が見てるのはコゼットちゃんのお尻だけど。
「案外バレないもんだね」
「兵士の方が目を光らせているこの城に侵入出来る事がまず異例なんですよ。実際にイリスさんも私に見つかりましたし……イリスさんで無ければその場で叫んでましたから」
「まさか……一目惚れ!?」
「そうではなく……その、ここで叫んではだめだ、と思ったと言いますか。何故なのかは分からないんですけど……直感?」
つまり、一目見て私に敵意が無いって気付いたって事でしょ?流石、人を見る目もあるね。
しかもその後の対応も私にとっては凄くありがたいものだったし……思い返せば思い返す程嫁に来て欲しいって気持ちが強くなるなぁ!