「ナミさん……」
あの後、すぐに部屋へと運んでベッドに寝かし、水を絞ったタオルを額に乗せるなどその他色々とやった。
…が、やはり医療関連の知識がある人がいない。少しでも齧ってるのはナミさん本人だし…。
くそ…私がもう少し早く気付いていれば…。何がちょっと体温高い気がする。だよ…!
「…おそらく、気候のせいよ。
見張り役のゾロ以外はみんなが部屋に集まっており、ビビ王女の言葉に一斉にナミさんを指差した。おいこら、人の正妻を指差すな。
「…確かに、これは笑えない状況ね、…サンジくんの作る病人食なら何とかならないの?」
「ミキータちゃんにそう言って貰えるのはありがてェんだが…それはあくまで“看護”の領域だ、それで治るとは限らねェ。…勿論、最高の食材を使った病人食を作るつもりだけどな」
だが、とサンジは言葉を区切る。
「病人食となると種類がある。どういう症状で何が必要なのか…その
「じゃあ全部食えばいいじゃん」
「そういう事する元気がねェのを“病人”っつーんだよルフィ」
そういえば、この世界に転生してからは病気にかかったことが一度も無かったっけ。
長い無人島生活でその辺の免疫が鍛えられたのか、それとも耐性倍加でも知らぬうちに使用してるのかは分からないけど…。
ただ、前世の記憶もある私としては病気のつらさもよく分かる。
「よ…40度!?また熱が上がった…!?」
ビビ王女が体温計に記された数字を見て焦りの声を上げる。
40って…、ぐんぐん熱が上がってる…、この短時間で…!!
「なァビビ、アラバスタへ行けば医者はいるんだろ?あとどれくらいかかりそうだ?」
「……わからないけど、一週間では無理…!」
名案だとウソップが告げるが、ビビ王女から帰ってきたのは非情な現実だけだった。
つまり、ナミさんの病気をきちんと見てもらおうと思えばこのまま海を彷徨って辿り着いた島に医者がいなければいけないという訳だ。
「病気ってそんなにつらいのか?」
「つらいに決まってるじゃない…!40度の高熱なんてそうそう出るもんじゃないわ!もしかしたら命に関わる病気かも知れない…!」
「ナミは死ぬのかァ!!?」
「ば、バカ言わないで!冗談でもそんな事言わないでよ!」
ルフィがヘタな事を叫ぶからつい反応してしまった。
40度だから死ぬって訳ではないのは日本人、ひいては私と同じ世界で生まれた人には分かる事だ。インフルエンザとかも40行く時はある。
…でも、死ぬケースだってあるし、死ななくても40度の熱がずっと続けば後遺症が残る場合だってある。
ルフィの発言は強ち間違ってもいないのだ。
「まずは…っ、その辺の島にでも入って医者を探さないと…!!」
「……だめよ」
「っ…な、ナミさんっ!?」
突然、ナミさんがむくりと上半身を起こした。
「だ、ダメも何も、ナミさんが危ないんだから絶対だよ!ほらみんな急いで!」
「だめなの!…私のデスクの引き出しに新聞があるでしょ?…それを見れば分かるわ」
「…っ、もう!」
何でこう頑ななの…!
仕方がないので直ぐに新聞を取ってくると、ビビ王女に渡してくれとナミさんが言うので素直に渡した。
「……!!…そんな…」
「ビビちゃん、どうかしたのかしら?」
「…そんな、バカな…!!『国王軍』の兵士30万人が『反乱軍』に寝返った…!?元々は『国王軍』60万、『反乱軍』が40万の鎮圧戦だったのに、これじゃ一気に形勢が!!」
それって…つまり…!!
「これで、アラバスタの暴動はいよいよ本格化するわ…。3日前の新聞よそれ…。ごめんね…あんたに見せても船の速度は変わらないから不安にさせるよりと思って隠しといたの…。……わかった?イリス」
「……わ、かった、けど…でも…」
「そういう事よ。分かってくれたならいい」
そう言いながら起き上がろうとするナミさんを、腕で押さえつけるも軽く微笑まれてしまう。
「イリス、心配しないで、40度なんて人の体温じゃないもん。きっと日射病か何かよ、医者になんてかかんなくても勝手に治るわ…」
「…でも」
「あんた、ここで船を止めればビビが悲しむのよ。…それで本当にいいの?」
……。頭では分かってるんだけど…。
「…ダメ、寝てて。航海なら私がする」
「私がやんなきゃ誰がこの船を進ませられるのよ、そんなに心配しないで大丈夫だから」
トン、と私を押してナミさんは外へ出て行ってしまった…。
強情な所は魅力的だけど…こんな時くらい…。
「…このままじゃ、じきに戦争になる…!それだけは阻止しなきゃアラバスタ王国はもう終わりだ…!クロコダイルに乗っ取られちゃう…。もう、無事に帰りつくだけじゃダメなんだ…一刻も早く帰らなきゃ……
「……ビビ王女」
背負ってるものが、大き過ぎる。
ナミさんはこの事を分かっているから、ああして自分は大丈夫だと気丈に振る舞っているのだ。
「おいてめェら!出てこい、仕事だ!」
「!!う、うん!」
ゾロの号令で考え込んでしまったビビ王女を残しみんなで甲板に出る。
ナミさんからの指示で南へ一杯舵を取るとのこと。
「ナミさん、本当に大丈夫?」
「平気だって言ってるでしょ」
「…本当に?」
「本当よ」
その際ナミさんに話しかけ、聞くまでもない体調の事について尋ねるとやはりこういう答えが返ってきた。
平気な人間が、ふらふらと覚束ない足取りで顔真っ赤になどするか。
「……ナミさん」
「…みんなにお願いがあるの」
「!ビビちゃん…?」
私がナミさんに追撃をかけてやろうとした時、部屋からビビ王女が出てきてミキータが首を傾げる。
さっきまでの迷いのある表情は消え、何かを決意したような顔だ。
「船に乗せて貰っておいて…こんなこと言うのも何だけど、今私の国は大変な事態に陥っていて…とにかく先を急ぎたい、一刻の猶予も許されない!!…だから、これからこの船を“最高速度”でアラバスタ王国へ進めてほしいの!!」
「…当然よ!約束したじゃない…!」
力無く、ナミさんは強がりだと誰が見ても分かるような返事を返す。
だけどビビ王女は、そんなナミさんに微笑み返してからまた私達を見て言った。
「…だったら、すぐに医者のいる島を探しましょう」
「!」
「一刻も早くナミさんの病気を治して、そしてアラバスタへ!!それがこの船の“最高速度”でしょう!!!」
「び、ビビ王女〜〜っ」
ギャン泣きでビビ王女の胸に飛び込んだ。この王女、器大き過ぎるよ…!!
「そうだよね…それ以上スピードは出ないよ!ね、ルフィ!!」
「そぉーさっ!それ以上は出ねェ!」
そうと決まれば、ナミさんを寝かせないと…!!
「ごめんなさい気を遣わせて…!ムリしないでナミさん…!」
「…!悪い…イリス、ビビ…やっぱわたし…ちょっとやばいみたい……」
「もう…!」
そう言ってふらつくナミさんの体を支える。
私が何度言っても聞かなかったくせに!…本当に自分が情けない…!!
「何だありゃーーっ!!?」
「で、でっけーサイクロンだァ!!」
「ちょ…ちょっと待って、あの方角は、さっきまでこの船が向かってた方角だ…」
「キャハハ…ナミちゃん、やっぱり凄い航海士ね」
ビビ王女の驚愕の声にミキータが同意する。
そりゃそうだよ、ナミさんだからね。
「それじゃ、このまま南へ医者探しに行くぞ!!」
「「うおおおおおおっ!!」」
ナミさんの為に、一味が一団となる。
何でもいい、医者が居てくれるならどんなところだろうとナミさんを連れて行ってみせる…!!
***
暫く船はアラバスタを指す指針を無視して医者探しに入った。
そして、丁度1日が過ぎた頃ーーー。
「おい、お前ら…海に、人が立てると思うか?」
天候は雪。物凄く寒いこの環境で、ゾロが海に立つ人影を発見したという。いやぁ、流石にこの世界とはいえど、それは……って立ってるーーーッ!!
なんか、ちょっと小太りのピエロが厚着しましたって感じの人が海に立っていた。
この世界、海に立てるのなんて能力者くらいのものだけど…その能力者は海水が弱点だからなぁ…。
「よう、今日は冷えるな」
「そ、そうだね、雪だし…ねぇルフィ、ウソップ」
「うん…冷えるよな、今日は」
「そうか?」
「へ?」
話しかけてきたからとりあえず返事はしたけど…自分で言った事を自分で否定するなよ…。天邪鬼な人なのかな?
「んな…っ!?」
ドゴォォオオッ!!という音がしたと思ったら、急に海中からメリー号より遥かに大きくスイカのように丸い船が姿を見せる。
さっきの厚着ピエロはその船の見張り台に乗ってただけみたいだ。
近くにいたメリー号はその船が出てくる時の荒波をモロに受けてしまったから、ナミさんが心配だ。
「ナミさん!」
「大丈夫よ、イリスちゃん。ナミちゃんは私が」
部屋まで戻ると、ミキータがベッドごとナミさんを持ち上げて揺れからの影響を無くしてくれていた。
「ありがとうミキータ…!助かったよ、…でもほんと何なんだろうあの船」
その船は、球状の天辺から蕾が花を開く時のようにパカッと割れていく。次第に中の船が姿を見せ、王冠を被ったカバの船首像やこれまた王冠を被ったドクロの海賊旗が出てきた。
「驚いたか!!この“大型潜水奇襲帆船”『ブリキング号』に!!」
「くそ…何でこんな時に…!!」
ナミさんが一大事だと言うのに、何なの一体!!
「ちょっとまた出てくる、ミキータ、ビビ王女、ナミさんを宜しくね」
「キャハハ、任せて」
「イリスさんも気をつけて」
「サンジは来てよね、戦闘になったら居ないと困るんだから」
「お安い御用さ」
揺れが収まり、ナミさんの安全を確認出来た私とサンジは部屋から甲板に出た。
「!……、ふぅ、で?これは何事?」
「襲われてんだ、今この船」
「そうみたいだね」
部屋を出た瞬間に、船の中を無数の兵士の様な格好をした海賊が我が物顔で居座っているのを確認した後すぐ、私とサンジに銃を突きつけてくる。
その中でも一回り大柄の鉄顎太おじさんが前に出て来た。船長か?
「これで5人か、たった5人と言うことはあるめェ。…まァいい、とりあえず聞こう」
ナイフで突き刺した肉をナイフごと食らってるそいつの姿は、正直見てるだけで痛い。
「おれ達は『ドラム王国』へ行きたいのだ、『
「持ってないし、そっちの船に医者はいる?」
「医者か………生憎とうちにはいねェ!だがお前らの船と宝は貰うぞ」
「は?」
だいぶ間が空いたのは何なの?
しかもこの船と宝を貰う?…こんにゃろ。
「ルフィ、ちょっと黙らせようよこの人。今こんなやつに構ってる余裕ないんだからさ」
「そうだな、やるか?」
「すぐにやろう、こうしてる間にも時間を無駄にしてるんだから」
ゴキ、と指を鳴らして小太刀を取り出す。
「貴様!動けば撃つぞ!」
「私になら、好きなだけ撃っていいよ」
雑兵は無視して、鉄顎の元へまっすぐ向かう。
「死ね!!」
周りから銃弾の雨あられに晒されるが、知っての通り私に銃弾は効かないんだ。
「何だこいつ!?…ぐぁっ!?」
「女の子に対して何人がかりだ…紳士の風上にもおけねェ」
「オイコック、あいつを女と同列視するな、貧弱そうな皮を被った猛獣の間違いだろ」
「失礼な、こんなプリティフェイスに向かって何を言うの」
サンジとゾロが周りの海賊達を一掃していく。
ウソップはどこかに隠れて、ルフィは暇そうに鼻をほじってた。
「こ、こいつら強い…!ワポル様!!」
「まァ待て、ちょっと小腹が空いてどうも…」
そう言ってワポルはメリー号を食べ始めた。
何だ?能力者か!?
「こいつ…船を壊す気か!!航海出来なくなったらどうするの!」
「まっはっは!!おれ様には関係ない事だ!死ねェい!」
殴りかかった私に対して、ワポルは大きく口を開けた。
食う対象の大きさに応じて口を大きく出来るのか、私を食おうとしてるその口はあり得ないほど大きく開かれている。
「
「んなァ!!?」
「
自分の持つ小太刀の長さを倍加し、刀の様にしてから横一文字に振り抜き剣撃を飛ばす。
その威力は普段の
「がばァッ!??」
口を押さえて倒れるワポルの頭を左手で掴み持ち上げる。
「口、上手く開かないでしょ?斬ったからね。…今この船が動かなくなったら、ナミさんが死んじゃうかもしれないでしょ。つまりこの船を壊そうとしてるあなたはナミさんを殺そうとしてる訳でしょ?そんなの、許せないよね」
右手をぐっと握りしめ、構えた。
「
「ぐぼォっ!?」
「
「がべっ!グバァ!ごふォ…ッ!?」
やがて、ぴくぴくと動かなくなるまで殴り倒してぽい、と海に捨てた。
これでやっと静かに航海出来る。
「わ、わわわワポル様ァ!!?」
「早くお助けしろ!急げ!!」
「…あなたらも、うるさいな」
「「ヒィィッ!!」」
私が睨むと、海賊達は次々に海へ飛び込むか、船へ急いで戻りやがてメリー号からはいなくなった。
あのワポルって鉄顎も、流石に死ぬまで殴ってはいない。というか私に人を殺す度胸なんて無いし。
「えげつねェなオイ…」
「おれ、イリスを怒らせるのはやめとくよ」
ゾロとルフィのそんな呟きが聞こえたが、無視しておこう。私はそんな鬼女じゃないし!!