ハーレム女王を目指す女好きな女の話   作:リチプ

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88『女好き、取引と別れ。決意の2人』

「……ッ!!!?」

 

ガバッと勢いよく上半身を起こして、胃の底から湧き出る衝動を抑える為に口を塞ぐも意味はなく、結局床にびちゃびちゃと夥しい程の量を嘔吐する。

 

「はぁ…はぁ…っ!…ぁ、あぁあああああ!!!!!」

 

床に額を何度もぶつけて、痛みに逃げる事で狂いそうになる心を何とか持ち堪えた。

視界が歪み、心が悲鳴をあげる…。あり得ない程の心拍数に、全身から吹き出る嫌な汗。

 

みんな…みんな…!ああ…私、忘れてたんだ…みんなを、私の、責任を…!!

 

「かな、え…さあや……み、さき…!!ぐ…ぅううう!!」

 

私は、みんなを忘れて自分だけ幸せになってたんだ!!!自分の世界から逃げて、こんな所にまでやってきて、美咲との約束を良い様に捉えて自分だけ…のうのうと!!

 

だと言うのに結局、今度はナミさん達をも危険に巻き込んでる…!世界は、私を見逃してくれてなどいなかったんだ…っ。姿形を別人に変えようとも、住む世界が変わろうとも…私を見つけて、どこまででも執拗に絶望を与えてくる…!!

 

今回の青キジの件が全てを物語っている…!

原作ならここまで絡んでこない青キジが、“私”という異物が混入した事で表立って動き始めた。

…今のみんなに、青キジを倒せるだけの力なんてない…!また、私は…大切な人の命を…!!

 

今までだってそうだ。アーロンだって、クロコダイルだってエネルだって…今回のルッチだって…私なんて必要なかった。

ただ、それを私が利用して、恩を押しつけて…。麦わらの一味だけで充分な戦いを私が横から掻っ攫って!!

 

結局私は、前世でもこっちでも、異常者(イレギュラー)なんだ…。

 

…私が、みんなを危険に晒したんだ…!!

 

「急に起きたと思えば、一体どうした?床が汚れちまったじゃねェか」

 

「青キジ…」

 

…はは、そりゃ、この人に敵うわけないよ。

記憶を取り戻した今となっては、青キジから逃げ出すっていうのがどれ程困難か…よく分かる。

 

“大将”という肩書きの大きさ、それから実際のこの人の強さも…私は全てを思い出したのだから。

私が無謀だったって事も分かった。そしてこれから先の“死”も…逃れる気は無い。

全てを思い出して、美咲達を思い出して…私はそれでも大丈夫だと言える程前向きな人間ではない。

 

………だけど、

 

「…青キジ」

 

「なんだ」

 

だからと言って…!!

 

「…青キジ、私と……取引をしよう」

 

「あん?起きて早々何言ってんの、そりゃ無理だ」

 

私が…ここで引く訳には行かない…!!

…誓ったでしょ、私。

 

…どんな手を使っても、みんなは私が守ると。

もう…私の身勝手に巻き込まれて、そして死んでいく大切な人を見るのは…嫌だから。

 

 

「無理じゃない。私から出す条件は…私以外の一味に手を出さない事」

 

「…はァ、俺がそれを飲むメリットがあるなら話は別だが、お前にそれ程のモンが提示出来るとは…」

 

いいや、今の私には…これとない取引材料がある。

 

口元を拭って、真っ直ぐに青キジを見据えた。

私の瞳から何かを感じ取ったか、はたまたただの気まぐれか…青キジは口を噤んで私の言葉を待つ。

 

「私は、この世界の未来が分かる」

 

「…ああ、もういいや、話すだけ無駄ーーーー」

 

「例えば、青キジ、あなたが海軍に対して…いや、大将“赤犬”…サカズキに不信感を抱いている事も知ってる。今は分からないかも知れないけど、それが原因でこの先…大きな事件が起こるよ」

 

「ーーー!!」

 

私の世界で描写された事しか分からないとは言え、逆をいえば描写されている情報は鮮明に分かる。

青キジは目を見開いて私をジッと見つめ、数秒間お互い視線を逸らさずに睨み合っていた。

 

「……なるほど、そりゃ、戯言だと一蹴するには早計か。俺は確かに…現海軍の在り方、それから同じ立場のあのバカ(・・・・)に良いイメージは抱いちゃいない。それにこの事を誰かに話した覚えもねェ…」

 

やがて、ため息をついて場の雰囲気をリセットした青キジが降参だとでも言うように手を上げて首を振った。

まだだ、もう1つ…青キジを信用させる情報を出して…完璧に信じさせてやる。

取引の土台に立つ為には、まず信用させなければ話にならないんだから。

 

「未来だけじゃないよ、過去だって分かる。…そうだね…、…オハラ…ロビンの故郷がバスターコールで地図から消える時…あなたはそこに居たね」

 

「…ニコ・ロビンから聞いたか?」

 

「まさか、列車で私とロビンのやり取りを聞かなかったの?そんな事話してるように見えた?」

 

更に付け加えるように、私は続け様に情報を投げ続ける。

何がなんでもこっちの要求は飲んでもらう。

 

私は、確かにこの世界の異物かもしれない。

本来麦わらの一味に存在し得ない…いや、この世界にすら存在し得ない存在で…その上、こうして世界の辿る道そのものを変えた。

それは勿論、私が居る事で起きた“本来なら有り得ない”青キジとの邂逅。

…私のせいでこいつを呼んでしまったのだとしたら、私は…私を犠牲にしてでもみんなを助ける…!!

 

「ハグワール・D・サウロ。彼の事もほんの少しなら知っているよ。自分を犠牲にしてロビンを助けた…あなたの親友」

 

「!!…よく知ってんじゃないの…ほんじゃあついでに未来の事も喋っとくか?」

 

「バカ言わないで、ここからが取引だよ。…私を連行して、檻の中で拷問した果てに未来の情報を吐かせて…そして殺したって構わないから、だからみんなには手を出さないで」

 

今ならまだ間に合うんだ…!もう、前世のような…私の無謀な行動1つでみんなを危険に巻き込みたくない…、死なせたくない…!!

みんなの夢を…これから辿る未来を潰すのは、もう…沢山だ!

 

「なかなか良い条件だ。だが、未来が見えるというなら何故お前は俺に捕まってる?海列車にニコ・ロビンが乗せられる前に…いや、政府がニコ・ロビンに接触する事すら防げた筈じゃねェのか」

 

…やっぱり、そこを突いてくるか。ここは適当にそれっぽいウソでもついておこう。

 

「見える未来は断片的にだけ。今回の件は見えなかったの…さっき倒れたでしょ?あれが未来予知の前兆ってとこ」

 

「…まァ、それでもその能力は破格だろう。見聞色を極めれば未来が見えるとは言うが…どうやらそういった類でも無さそうだしな。…そう言えば魚人島で似たような未来予知をする人魚が居ると聞いた事がある、それと同じ類か?」

 

シャーリーでしょ。違うよ、私は占いじゃないし。

でも何とか、青キジを信用させる事が出来た。知る筈のない青キジの不信感とサウロの話が決定打になったのだろう。

 

「手を出さないのは青キジだけで良いよ。CP9には好きにさせといて」

 

「…つーことは、麦わら達はニコ・ロビンを奪還できると?」

 

「そうだね、じゃあも1つ信用してもらう為に言っておけば…ここに居るCP9は全員麦わらの一味によって倒される。ロブ・ルッチも例外じゃない…間違いなくルフィが倒すよ」

 

「…ほォ…確かにそりゃ、想像も出来ねェ与太話だと思える…。良いだろう、その話に乗ってやるよ。…仲間の為に命を張るってのァ…嫌いじゃねェんだ」

 

…海軍大将のくせに、一海賊の気持ちを汲むっていうのか。

やっぱり青キジはよく分かんない…結局ONE PIECEが完結する前に死んだし…青キジが敵なのか味方なのかも良く分からないんだよね。

 

「異世界から来たって言うのは信じてくれた?」

 

「それを信じる奴ってのはよっぽどのバカか、そういう神に仕える敬虔な信徒か…もしくは……、ま、いいや」

 

つまり信じてないって事だね、もう別に良いけど…。

 

「ここにいつまでも居られねェだろ、早ェとこ正義の門通って本部に帰るか」

 

「インペルダウンじゃないんだ?」

 

「そこに入れるかどうかを決めに行くってこった。サカズキあたりはお前の予言を聞くのは猛反対するだろうが…ま、結局そこら辺を決めるのはセンゴクさんさ」

 

「ふぅん」

 

自分から聞いておいて、大して興味も無さそうに立ち上がって先を歩く私を呆れ顔で見る青キジ。

…ナミさんとミキータ、ロビンは大丈夫だろうか…。原作通り事が進んでくれるならミキータも入った事で楽になる筈だけど……。

 

「……」

 

今更心配しても仕方ない…私はもう、直接彼女達を助けることなど出来ないのだから。

 

……そっか、そう考えたら、私はハーレム女王になれないって事か……。

 

……美咲との約束は、今世でも破っちゃうね。…でも、みんなの命と比べられる筈も無い。

私1人の命、夢…それらを諦めるだけでみんなが助かるのなら…。

 

 

「安いもんだよ」

 

…じゃあね、ナミさん、…みんな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

エニエス・ロビー 司法の塔内部。

 

現在、ここにはCP9、ニコ・ロビン、フランキー、青キジ、イリス……そして、麦わらの一味が揃っていた。

ニコ・ロビンはCP9の長官「スパンダム」に連行され、イリスは青キジにロビンと同じ正義の門へと連行されている。最もイリスの場合は連行と言うより「同行」の方が正しいのかもしれないが。

 

CP9…ルッチ達は侵入者である麦わらの一味の迎撃を任せられ、各々配置場所で待機していた。

 

そして、麦わらの一味…その中でもナミとミキータはーーー。

 

 

「あんのおバカ!!どこに居るのよ!!!」

 

「イリスちゃん…!どこに…!!」

 

手当たり次第に内部の部屋を開け、青キジに連れ去られたイリスを探す2人。

てっきりロビンと一緒に居るのかと思えば、なんとイリスは青キジと2人きりだと言う。

 

イリスの書き置きを見て、後から「ロケットマン」という名の暴走海列車に乗ってこの地にやってきたナミ達は、数々の障害を乗り越えてようやく司法の塔へとたどり着くことに成功していたのだ。

 

ロビンの本当の意思も確認済みで、後は2人を救出するだけなのだが…肝心の2人が、特にイリスの姿がどこにも見当たらない。

 

「イリスちゃんの匂いもしないし…!」

 

「それで分かるあんたはおかしいわ。…まさか、もう正義の門に…!」

 

もしそうだとしたら、ナミ達ではどうする事も出来なくなってしまう。

そしてそれは即ち…2度とイリスと会えなくなるのと同義だ。

 

それだけは…何としてでも阻止しなければならない。

 

「…!!ナミちゃん、今、急にイリスちゃんの匂いが…」

 

「だからミキータ、あんたそれで分かるのはどうかして……って、何ですって!?何処から!!?」

 

「このまま真っ直ぐよ!!」

 

ミキータの言葉通りに真っ直ぐ走る。

…ただ、イリスが居るということは青キジも一緒の筈なのだ。連れ戻すのは容易では無いだろう。

 

「…!イリス!!!」

 

やがて大きな空間に出た。何の為にここだけ広くしているのかは定かでは無いが、その空間の端にある下り階段からイリスが歩いてきているのを見つけた。

 

下の階にいたからミキータの謎能力が効果を発揮しなかったのだろう。

やはりイリスの隣には青キジが居て、ナミ達を見つけるなりひゅー、と口笛を吹いてきた。

 

「こんな所まで来てたのか。あんたら、思ったよりやるじゃないの」

 

「あんたなんかに褒められたって嬉しくないわよ!…イリスを離してくれる?」

 

「イリスちゃん!それ、海楼石の手錠?待ってて、鍵を探してくるわ!それとも青キジが持ってるの!?なら今すぐ奪ってみせるわね!」

 

ナミが改良を加えた完成版(パーフェクト)天候棒(クリマ・タクト)を構え、ミキータがぎゅ、とオープンフィンガーグローブ…指が露出している薄い黒のグローブを引っ張りにぎにぎと拳を開け閉めする。

 

「青キジ、行こう」

 

「あらら…挨拶くらいしねェのか」

 

「………」

 

「ちょ、イリス…!?」

 

ナミ達に視線すら向けず、イリスは何事も無かったかのように歩いていく。

ナミもミキータも、イリスが青キジとしている取引など勿論知らない。だから2人にとってこのイリスの行動は訳が分からなかった。

 

「待ってよ!あんたどうしたの!?ああ、ロビンの事?ロビンなら大丈夫よ、生きたいって言ってたの!だから助けてあげなくちゃ!!そしたらロビンを嫁に出来るわ!」

 

「……嫁は、もういいよ。悪いけど…ナミさんとミキータも私との関係は解消して、私の事は忘れて生きて」

 

「………は?」

 

何を言ってるんだこいつは…とでも言うかのように固まる2人に、イリスは更に言葉を繋ぐ。

 

「もうみんなと会うこともないかな。一味も抜けるよ」

 

「きゃ、ハ…?イリスちゃん…?悪い冗談はやめなさい。流石に私も怒るわよ」

 

「冗談でこんなこと言うわけないでしょ?」

 

「…じゃあ、なんであんたはちょっと前のロビンみたいな事言ってんの!?ウソップとロビンの次はなんであんたがそんな事言うのよ!!ねぇ、やめてよイリス!!」

 

ダッとイリスに向かって駆け出すナミとミキータに、イリスは最後まで目を合わせずに扉の前へと歩いて行き、ガチャ、と開けた。

その先は階段を降りて真っ直ぐに一本道となっており、ナミとミキータは知る由もないが、正義の門手前…ためらいの橋へ行くための近道だった。

 

「青キジ」

 

「ったく、人使いが荒いんじゃあないの?俺はこれでも大将なんだが…… 氷河時代(アイス・エイジ)

 

「きゃ…っ!!」

 

イリスと青キジ、そしてナミとミキータの間に部屋を2等分するかのように氷が割って入った。

分厚い氷の壁に阻まれて向こうの様子すら見えず、音も聞こえず…ナミとミキータはただ唇を強く噛んで今起こった訳の分からない事態に頭を悩ませる。

 

「………っ」

 

がく、と膝をついて氷の壁を見つめるナミの瞳には、疑問と、悲しみと、…そして、怒りが浮かび上がった。

 

「……ミキータ」

 

「なに、ナミちゃん」

 

「…どう思う?」

 

顔だけをミキータに向け、瞳の中に熱を宿したままナミは問いかける。

ミキータはナミの言葉に軽く口角を上げ、右足を振り上げて…。

 

「ふざけないで、かしら…ね!!!」

 

ガンッ!!!

 

ミキータが思い切り踏んだ地面は、彼女の能力で大きくクレーターが出来上がった。

ナミもそれを聞くと不適に笑って立ち上がり、ミキータの隣に並ぶ。

 

「…あのバカの手錠、2番って書いてたわ。つまり私達は2番の鍵を手に入れればいいってことよ」

 

「イリスちゃんは自分の事忘れてって言ってるけど、どうするのかしら」

 

「あんた、分かってて言ってるでしょ。……あんな、初めてあいつに会った時みたいに泣きそうな顔されて…何が忘れて、よ。大方私達を守る為に自分を売ったんでしょ、ロビンと何も変わらないじゃない!」

 

相手が青キジ?関係ない。

世界政府?関係ない!

 

「あいつが自分を蔑ろにするってんなら、私達であいつの価値を教えてあげるわ!その為にも…」

 

「ええ、2番の鍵ね。…急ぎましょう、正義の門を通られたらおしまいよ」

 

2人は走り出す。イリスの目を覚まさせる為に。

泣きそうなあの人を、再び抱きしめて泣いてもいいよと言ってあげる為に。

何度でも好きだと言ってあげる為に。

 

…もう2度と、嫁じゃないなどと今にも消え入りそうな声で言わせない為にーーーーーー。

 

 

 


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