神経を研ぎ澄まし、少しの変化も見落とさない覚悟で塔の内部を走る事数分、ミキータが1つの扉の前で足を止めた。
「ナミちゃん、この部屋の中から音がするわ」
「音?」
「何かしら…シャワー…?」
明らかに怪しい部屋の前で話し合う2人だが、考えていてもイリスが離れていくだけだ。
コクリと頷きあって勢いよく扉を開ける。
「…ビンゴ。居たわ…CP9よ」
薄いカーテンの向こうで女体のシルエットがシャワーを浴びているのが分かる。
こんな塔に居る女など…CP9の紅一点、カリファしか考えられない。
「…あら?案外来るの早かったじゃない。少し待ってもらえるかしら、今裸なの」
「キャハッ!嫌、よ!!」
ふわっと飛び上がってカーテンを飛び越えたミキータが1万キロに体重を変化させて勢いよく落下した。
やはりカーテンの向こう側に居たのはカリファで、彼女はミキータの攻撃を難なく避けて手早く着替える。
「もう…ゆっくり着替えさせてもくれないのかしら?」
「悪いけど、ゆっくりしてる暇はないの。あんたの持ってる鍵…何がなんでも貰うわよ」
完成版の
それを見たミキータが宙へ飛び上がり、また一気にカリファへと落下した。
「またそれかしら、そんな単調な攻撃に…」
「キャハッ!だったら、避けてみなさい!!」
ボッ、とミキータのブーツから風が吹き出し、一直線にカリファへと落下していた軌道を大きく変化させて背後からカリファに蹴りを放つ。
予想外の挙動に一瞬反応が遅れたカリファは慌てて構えを取った。
「…!!
ガン!!!
「ぐ…っ」
「あら、当たったわ。フラついてるけど…単調が何だっけ?キャハ!」
「そ、の靴は…!」
くるりと回転してゆるやかに着地を決めたミキータが、ブーツをトントンと鳴らしてナミの隣に並ぶ。
「
ナミの
空島のシャンディア達や神兵を見本にミキータの両靴に
要は、使いこなせば空を自在に、それこそ蝶の様に舞い蜂の様に刺すを体現出来るという訳だ。
「データには無かった力の様ね…!だけど、もう油断しないわ」
「どうかしらねッ!!」
激しく風を纏ってミキータが飛び出し蹴りを横薙ぎに放つ。
カリファはそれを屈んで躱し人差し指を立てた。
「しなる
「キャハ!私の攻撃に“間”は無いわよ!」
カリファが屈んだ事で空振りに終わったミキータの右足から風が勢いよく噴出する。そうしてもう1度くるっと回転してカリファの
「!!厄介ね…!」
「厄介なのは私だけじゃないわ!」
ミキータの背後からナミが飛び出し、カリファに
そこからバチッと電撃が発生した。
「サンダーボルト・テンポ!」
「くっ…
一瞬にして2人から距離を取ったカリファが、自らの行動を責めるように唇を噛んだ。
この2人…舐めてかかってはいけない。
新しく手に入れた“悪魔の実”…その力を
「やっぱ…簡単には当たらないわね」
「キャハッ、私も隠し球見せちゃったし、気を引き締めないといけないわ」
「フフ…!どれだけ気を張った所で、元々の身体能力が向上する訳でもないでしょう!
2人が視認できない速度で頭上に移動したカリファが、まるで鞭のようにしなる衝斬撃を飛ばすが、ミキータがナミを抱えて横に飛び上がり回避した。
「身体能力なら、この靴で上がってるわ!」
「なら…!」
再度
その直後、ナミはミキータに掴まっていられなくなり手を離し地面に落ちてしまった。
「ナミちゃん!…これは…!」
「フフ、驚いた?」
ミキータは自分の体を見て驚く。いや、自分だけじゃない…ナミも同じだ。
自慢のボディラインは平坦なのっぺりに変化し、あり得ないほど肌がすべすべに変化していたのだ。しかも上手く力が入らないときた…これは…!
「くっ…悪魔の実…!」
ブーツの風を使って移動するミキータにはあまり効果がないかもしれないが、それが出来ないナミには痛手だった。
すべすべ過ぎる体のせいでミキータがナミを抱える事も、逆にナミがミキータに掴まる事も出来そうにない。
「一体なんの…!」
「それを見極めながら戦うのも、対能力者の醍醐味なんじゃないかしら」
試す暇は無くとも、既に独自で試し終わった技を使用する事は出来る。
カリファは自分が優位に立った確信を抱いて妖しく笑った。
「っ…なんかあんたの腕に泡が付いてるし、“アワアワの実”の全身泡人間ってトコかしら?いや、そこまで単純じゃないか…!」
「た、例え能力が分かったとしても、あなた達に勝機がある訳では無いわ!無礼者っ!!無礼者っ!!」
どうやらナミの適当な推理は正解だったようで、見るからに取り乱しているカリファにしらーっと冷めた目を送るミキータ。ついさっきまでの余裕の表情は何処へやらである。
「泡なら…」
ミキータがナミに近づいて左手を翳し、そこから風を発生させる。
「…!どうやら、その風が出る変な機能は靴だけじゃないみたいね?」
「キャハ!バレちゃったわ…!だけど、あなたの能力はこれで完封したって事でしょう?」
ナミの体についていた泡が全て剥がれ落ち、体も元通りになる。
ミキータ自身の体も風を当てて元に戻した。
ちなみに、手に付けてあるのは
「泡なんだから風で吹けば飛ぶ…!何なら水があれば1番ね」
カリファの頰に一筋の汗が流れる。
どうも相性は最悪みたいだ。これならいっそ能力を使用しない方が勝ち目はあるかもしれない。
「ところであなた…手錠の鍵は何番かしら?2番だったら嬉しいのだけれど」
「…良かったわね、私の鍵は…2番よ!!」
言葉尻に勢いをつけて、またも
「2番…!だったらこの戦い…私達は絶対に負ける訳には…」
「いいえ、この私に勝つなど有り得ない…!
ドス、とナミの肩に背後からカリファの指が突き刺さる。
鋭い痛みに顔を顰めて肩を押さえ、後ろに向かって
「厄介なのは、その靴とグローブ…そしてあなたの持つ棒…だけど私の姿が見えなくちゃ意味は無いでしょう?」
「っ!?」
「ミキータっ!…っ、きゃっ…!」
今度はミキータの目の前に姿を現したカリファがミキータの顔を平手突きして吹き飛ばし、それに気を取られたナミの隙をついてミキータの隣へと蹴り飛ばした。
「能力が封じられようとも関係ない。私には“六式”があるの…あまりCP9を舐めないことね、お嬢さん達」
「ごほっ…!く…!
「…!姿が…!」
その場にいても見つかるだけなので音を立てず少し横に移動して立ち上がった。
「…ミキータ、あいつの防御を貫ける攻撃……ある?」
カリファに悟られない様小声で、しかしその瞳には既に勝利のビジョンを浮かべてナミはそう言う。
「ええ…あるわ。私にすら制御不能な“とっておき”よ。…何か手があるのね?」
「ええ…!よく聞いて…!まずーーーー」
ーーーーーーーー
「どこに消えたのかしら…?…見えないのなら、無理矢理にでも出てきて貰うわ!
ゴォッ!と何度も放たれる刃が部屋中を所構わず斬りつける。この中のどれか1つでも敵に当たれば、その時の血飛沫で居場所は割れて勝ちは揺るがない物となるのだ。
だが、そんなカリファの行動を読んでいたかのように背後から声がかかった。
「…予報するわ。あなたは…雷に体を撃たれた後、激しい嵐に吹き飛ばされ…倒れるでしょう!」
「!…隠れんぼは終わりかしら?」
ナミの声がした背後に振り向けば、そこにミキータが居た。彼女はニヤリと強気に笑ってブーツをトントンと鳴らす。
「キャハ!このまま隠れてても見つかるのは時間の問題だもの、そうでしょ?」
「それにしてはもう1人が居ないようね、声だけかしら?」
「私1人で充分ってコトよ」
「言ってくれるわね、ならあなたを始末した後にでもゆっくり探させて貰うわね?」
「どうぞ、お好きなように」
ぶわ…と宙に浮かび上がり姿勢を低くするミキータに、カリファも
「何も空を飛べるのはあなたの専売特許じゃないのよ」
「キャハッ、元々そんな事思ってないわ!…
ジグザグに移動しながらカリファへと迫るミキータに、彼女も同じような挙動で
「喰らいなさい!1万キロ
「
ぶつかる瞬間に1万キロの重さに変わったミキータの脚と、弾丸すらも上回る威力を誇るカリファの指がぶつかり合った。
力は能力分も合わさって完全に五角。ここからは…経験が物を言う。
「“間”は無くとも、“隙”はあるようね!」
「っ!」
ミキータの足を掴んで地面へと急降下し、勢いよく床に叩きつけ、更に壁際まで蹴り飛ばして
激しい衝撃にミキータが突っ込んだ壁周辺に埃が舞い散り、彼女がどうなっているのかは確認出来ない。
「念の為、心臓を貫いておきましょうか……、っ…、これは、なんのつもりかしら」
「…すぐに、分かるわ…!!」
ミキータを吹き飛ばし、少しの隙が出来たカリファを今まで隠れていたナミが羽交い締めにする。
だがカリファは焦ることはない。それは勿論、その程度の拘束などそれ程意味はないと思っているからだ。自分は超人…対して相手は奇抜な武器が無ければただのか弱い女の子。すぐにでも振り解けば…。
「随分余裕だけど…お生憎様、航海士の天気予報は聞いておくべきだったわね!」
「…!!まさか…!!」
「天候は、雷!」
バッとカリファが上を見上げれば、そこには大きな雷雲が今にも落雷しそうな程帯電しながら漂っていた。
ナミとて黙って大人しく隠れていた訳じゃない…じっとこの機を伺っていたのだ。
「安定した気圧配置の中ーーー、所による雷雲により発生した雷が、あなたを撃ち抜くでしょう…っ!」
「何を…!そんな事すればあなたも」
今すぐナミを振り解いたとしても、ナミごと
つまり、この攻撃は避けようがないのだ。
「…私の体なんて、どうだっていいわ…っ!!貰うわよ、あんたの鍵…!!サンダーボルト・テンポ!!!!…ーーっぁあ!!!」
バリバリッ!!と雷が2人に落ちる。
部屋全体に余波である電撃の火花が飛び散り、想像以上の激痛がナミに襲いかかった。
「ぐっ…!!」
ぐらりと揺れる視界を、持ち前の超人的忍耐力で何とか堪えたカリファが前に2歩程ふらつく。
それでカリファが離れた事によって、ナミは地面に前向きに倒れた。
「はァ…はァ…!あ、危なかったわね、もう少しでーーーー」
「ーーーー天候は、嵐」
「ッ!!?」
いつの間にか、カリファから少し離れた前方にミキータが立っていた。
彼女は体の至る所から滲み出る血を構う事すらせず右手を背後に突き出し、構えを取っている。
カリファは本能で感じ取っていた。
それは、闘いの中で生きてきた“戦闘本能”であり、人間として当然に備わっている“危険本能”。
その2つが全力で警笛を鳴らしている…
「吹き荒れる暴風の様な乙女心により、お邪魔なお馬さんは吹き飛ばされて意識を失うでしょう」
ゴォ!と右手から風が吹き出す音が聞こえて、慌てて
足元を見れば、カリファの片足をナミが両手で必死に掴んで押さえていた。あれ程の規模の落雷…カリファですらギリギリ耐えられた威力のものをナミが耐え…かつ、その瞳はメラメラと燃える炎を途切れさせない。
それは正しく…正妻の意地。
「嫁パワーにご注意下さい…!!1万キロ…!!」
「まっ…!!」
「
爆音と共に飛び出した制御不能の
当たる直前に咄嗟に「
空いた穴からはガラガラと音を立てながら瓦礫が崩れ落ち、その攻撃の威力を分かりやすく物語っている。
「はァ…!ふぅ…、…悪いわね、お腹蹴っちゃって。だけど…私達も止まれないのよ。でもあなた美人だから、イリスちゃんの嫁候補には考えておいてあげるわ…って、聞こえてないわよね」
ミキータの右手グローブに仕込まれた切り札…それは“
通常の移動では使わない、完全な超攻撃特化用装備…その
既に意識のないカリファの腹から足を退けて、急いで鍵を探す。
何とか胸の谷間に隠してあった鍵を見つけて、ミキータは元の部屋に駆け足で戻り倒れているナミに肩を貸した。
「ミ、キータ……、あいつは…」
「倒したわ!ナミちゃんの落雷のお陰よ…!鍵もほら」
「…よし、ちゃんと、2番ね…!」
頷き合って、ナミは大丈夫、と1人で立つ。その体は既に満身創痍だが…止まらない、止まれる筈がない。
…絶対に失くしたくない人を、取り戻すまでは。
2人は急いで部屋の外へ飛び出して走る。
あんな、訳の分からない別れなどごめんだと、2人は再び心に炎を灯して最愛の人を追いかけるのであった。
愛する人を失いたくない嫁の想いと、愛する人を守りたいイリスの想いが交差する時…
ーーーーーー後の歴史に名を刻む闘いが、始まる。