魔法少女ぶらぼ☆マギカ   作:Ciels

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誰が為に、我が為に

 志筑仁美が、魔法少女の素質に開花した。この事実を告げられたのは放課後、無人の教室に私が呼び出しを受けた後だった。

 私を呼び出し、そう告げてきたのは他でもない白百合マリア。彼女は制服を歪な程に着こなして、同じはずなのにまるで彼女だけがお姫様のドレスを着ているよう。そんな、不可思議で暴虐な程に神秘を滲ませた狩人と名乗る少女は自分の机の上に腰掛けながら。

 まるで私を嘲笑うかのように口元を緩ませていた。

 

「どういうつもり、白百合マリア」

 

 そう尋ねれば彼女はクスクスと笑い、逆に問いかけてくる。

 

「どう、とは?」

 

 私は手にした鞄に隠した9ミリ口径の拳銃をいつでも取り出せるようにフラップを開けながら静かに憤る。

 

「惚けないで。貴女が彼女にキュゥべぇを見えるようにしたんでしょう」

 

 威圧するように言えば、しかし彼女は全く動じない。サラサラとかかる前髪で瞳は見えないが、それでもあの射殺すような視線が私を突き刺しているという事は分かる。彼女は、はっきりと私を見ているのだ。

 白百合マリアは相変わらず口を緩ませたまま、しかし明確な意思を持って告げる。

 

「透き通った水に垂らす血は、いつしか薄まった血へと変わり果てる。私は志筑仁美という少女に、ささやかな贈り物をしただけさ」

 

 悪びれもせずに言う彼女に、私は堪えきれずに隠し持っていた拳銃を向けた。引き金に指をかけ、いつでも撃てるぞと撃鉄を親指で引き起こす。いくら彼女が強かろうが、変身前に私の能力を以ってすれば瞬時に殺害できる。

 前の戦闘において、彼女が私の時間停止を強制的に打ち破って見せた原理は分からないが、それでも一時的には止まっていたのだ。ならば一発くらいは叩き込めるはずだ。

 

「分かっていないな、ほむら」

 

 彼女は机から降りると動かずに私と対峙した。動じず、騒がず。しかし私の動きをじっと見詰めて。観察するように。まるで彼女が潜ってきた修羅場を思わせるような動きだったが。

 私も数多の戦いを潜り抜けてきた。前回は情報量の少なさに苦戦したが、今回はそうはいかない。

 

「狩人とは……その飾りに意味を持たない。ただ獣を狩り、狩り尽くし、そして夜明けを待つ存在だ」

 

 彼女の目が輝く。

 

 

 ━━宇宙。そう比喩するのが妥当であろう。彼女のくっきりとした二重の瞳に映るのは宇宙だ。まるで彼女の頭の中には宇宙があるのではないかと錯覚するくらいには、綺麗な宇宙がそこにはあった。きっと魔法に違いない。

 

「仁美に素質を与えた理由か?ふふ、簡単じゃないか……仲間外れは良くない。良くないなぁ。あは、あははは」

 

 気味悪く笑う白百合マリアの言葉を理解できない。気がつけば私の心には恐怖が芽生えていたのだろうか、なぜか銃を握る手が震えていた。空いていた左手で右手を包み込むように拳銃を握る。震えを誤魔化すように。

 彼女はゆっくりと、確実にこちらへと歩みを進めた。引き金に籠る力が増すが、それでも私は何故だか引ききれなかった。

 

「恐怖を抱く事はないさ……私はね、ほむら。皆を幸せにしたいだけなんだよ」

 

 慈悲を含んだ笑み。でも私にはそれが素直に受け取れない。

 

「……訳がわからないわ」

 

「いいさ、今はそれで。だが覚えておく事だほむら。今の君には、助っ人がいればいる程いいのだろうから。私はそれを助けたに過ぎないのさ」

 

「あなた、どこまで……」

 

 私が問い詰めようとした時だった。教室の扉が勢いよく開かれ、血相を変えた魔法少女姿の巴マミがやってきたのだ。

 思わず私の視線がそちらへ移る……刹那。

 

「ははッ!」

 

 白百合マリアが、一気に距離を詰めてきた。手には何も持たず、しかし右手を伸ばしまるで手刀を繰り出すような……あれは危険だ。前に薔薇園の魔女にやってみせた攻撃に違いない。

 瞬時に魔法少女へと変身し、時を止める。全ての音を置き去りにし、私以外が止まってみせた。同時に私の額から冷や汗が溢れる。危なかった、あと数センチで彼女の指先が私の腹部へと突き刺さるところだったのだ。

 

「くッ……」

 

 今のうちに私は巴マミを放って白百合マリアの頭を撃ち抜くことにしよう。そう思って、再度狙いをつける。

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 彼女の瞳は、少しばかり動いた私の目を追っていた。前と同じ、止まった時の中でも彼女は動いてみせたのだ。

 驚いて飛び退く私を、やはり彼女の瞳は追っている。その不気味さは何たるものか。想像もつかない、どうすればこんなにも恐ろしい目ができるのだ。獣を狩るのが彼女、狩人だと?嘘をつくな。その瞳こそ獣ではないか。

 

「私達狩人に時は無い」

 

 すくっと、彼女は姿勢を正して口を開く。獰猛な笑みを抑え、しかし笑みを絶やさず。

 

「明けない夜を狩りに費やし、私の時は狂ってしまった。そこに最早、正常な感覚は無いのさ」

 

 だから、この止まった時の中を動けるのだと。彼女は悠々と語ってみせた。同時にそれは、私に彼女を倒す事は出来ないと告げている。どうやら逃してくれはするようだ。

 

「行き給え。マミはせっかちでね、君は悪い奴では無いと説得はしているんだが……まぁ、そこは君のが詳しいだろう」

 

「私の、私がやってきた事がわかるのね、貴女は」

 

「ふふ、私は少女の味方だからね。味方の情報は……持っておくべきさ。ああほむら、美国織莉子と呉キリカの事は私がどうにかするから気にしないでくれ。君は今までのようにまどかの味方であるべきだ。私も助力は惜しまないさ」

 

 すべてを見透かしたように彼女は言い切ってみせた。時に最大の障害となり得る二人組を、引き受けるのだと。そして……私の最大の目的を助けると。

 何を信じていいかは分からない。だが、使えるものはなんでも使うべきだ。彼女の目的はわからないが、少なくともキュゥべぇの味方ではないようだから。私はすぐさまその場から逃げ出した。

 一目散に逃げる私を、白百合マリアは追っては来ない。御言葉に甘えて、今はまどかを守るためだけに動くことにしよう。時間は有限だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ、と私は時が動き始めたと同時にため息を溢した。なんとも不器用な人間だ、彼女は。私が攻撃をする素振りを見せなければ、瞬時に時など止めようとしなかっただろう。そうなればせっかちで愛らしいマミが出張って言いたい事が言えなくなる。それは本望では無い。

 

「白百合さんッ!……って、あ、あら?今確かに暁美さんが……」

 

 美しい魔法少女姿で惚けるマミに、私は近づく。きっと一緒に帰ろうと相談してきてこの現場を目撃してしまったのだろう。友達ができて浮かれているのはマミらしいが、この子の愛はそのうち重くなりそうだ……それもまた愛らしいがね。

 

「やぁマミ。さっきまでほむらと話していたんだ」

 

「やっぱり暁美さん……!大丈夫だった!?銃を向けられていたでしょう!?」

 

 オカンか君は、という言葉を抑えて私はマミの肩を優しく、しかし強引に抱く。ほう、魔法少女衣装の素材は中々に良いものらしい。肌触りは良いのに、私達の狩装束のように血をすぐに落とせるような素材になっている。是非とも私も一着欲しいものだ……キュゥべぇに言って貰えないかな。

 

「話していただけさ。さ、マミ。せっかくだから一緒に帰ろうか。君の家に寄ってもいいかな?」

 

 そう話を進めれば、制服姿に戻った彼女はもじもじしながら笑った。どうやらほむらの件からは目を逸らせたようだ。

 

「え、ええ。もちろんよ。でも今日は見回りがあるから……」

 

「私も付き合うさ。友達だからね、私達は」

 

 彼女の肩を撫でれば、少しだけ息を荒くしたマミが艶やかに照れ笑いしてみせた。しかし私がその気にさせてなんだが、彼女は大分飢えているようだな……これは一線を越えるのも遠くはないだろう。人形ちゃんには軽蔑されそうだが。何だかんだ、使者を通して私の動向を窺っているようだからね、彼女は。嫉妬深いなぁ。

 そうして私達は帰路へと着く。今頃まどか達は私の計画した通り、新たな娘に引き寄せられている頃合いだろうか。まぁそれも、マミとのお茶を楽しんでから向かっても遅くはない。むしろ、ちょうどいいくらいさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けが沈む通学路を、三人は歩く。本来ならばこの時間は既に帰宅しているのだが、今日ばかりは美樹さやかの付き添いという事もあってまどかと仁美も青髪の少女と病院へと寄っていたのだろう。だが友達を同伴させた当人はまた酷く落ち込んでいるようだ……理由は、彼女の想い他人にある事は想像に難くなかった。

 一人前を行くさやかが口を開く。

 

「ねぇ。なんで私なのかな」

 

 声には元来彼女が持ち得る元気さは微塵も無い。ただ呆然と、彼女は疑問を同じく宇宙の使者に認められた少女達に投げかける。

 

「恭介、もう腕動かないんだって」

 

「え……」

 

「そんな、上条君……本当ですの、さやかさん?」

 

 さやかは頷かず、ただそうであるとばかりに語る。

 

「それ聞いてから私、願い事決めたんだ。恭介の腕を直すんだって」

 

 でも、とさやかは放課後にあの狩人から言われた事を思い返す。得体の知れない、それでも友達で、ミステリアスだけど頼れる友人を。

 きっとこうなると予見していたのだろう。だから彼女は古くから狩りに身を置く存在としてこれから同じ末路を辿ろうとしている少女に助言したのだ。

 

 ━━きっと今君が真実に目覚めないままに魔法少女になったのであれば、決まっているさ。獣となるだろうね。人でも少女でもない、自分の事を顧みず、されど少年にその事実を告げられずに君は絶望し、獣と化す。私はそれを止めたいんだよ。友人としてね……

 

 彼女の言う言葉は正しいのだろう。そして彼女はまた、願いとは自分のために使うべきなのだとも語った。まるで数日前に巴マミから言われたことの復唱でしか無いが、今ならば分かる。きっと願いで想い他人を救ったところで、自分は見向きもされないだろうから。

 それにだ。ただ闇雲に与えられた奇跡を受けたとして、恭介は成長できない。

 

「でも、それじゃだめ。私は恭介に、もっと悩んで欲しい。いつかその経験が……恭介を助けるから」

 

 青髪の少女は脆くも強い。はっきりと通った芯が根付いている。

 さやかはもう一つ、あの狩人の少女からの助言を思い出す。転校初日に屋上で言われた事だ。

 

 ━━ 物事の一面だけを見ないで欲しい。君は可能性に満ちた少女なんだ。

 

 もっと多様性を持つべきなのだ。それを教えてもらった。だから少女は決める。

 

「私の願いは自分のために使うよ。……ま、結局今のところはまたお悩み中になっちゃったけどね」

 

「強いね、さやかちゃん」

 

 絶望の淵にあったとしても尚立ち上がるさやかを称賛する。一気に元気になって振り返ったさやかが、でしょー!と言うが。仁美だけはそこまで割り切れてはいなかった。

 志筑仁美の想い人。それもまた、さやかと同じく上条恭介である。そしてチャンスを与えられてしまった少女は悩むのだ。少し前のさやかと同じく、想い他人の救済を望むか否か。

 

 遺志とは受け継がれるものだ。かつて最初の狩人、ゲールマンがそうしたように。彼の遺志は私に受け継がれ、そしていつか新たな狩人に受け継がれるだろう。獣を狩り、夜を明け、そして助言者となる事を。

 同じことさ。彼女達もまた遺志を継いだに過ぎないのだ。

 

「私は……そう、思えませんわ」

 

 だから、その遺志を受け継いだ少女は否定した。さやかもそれを否定する事は出来ない。だって、少し前まで己もそうだったのだろう?誰が否定できようか。

 

「まぁ、難しいよね」

 

 さやかが同情すれば、今まで静かだったキュゥべぇが仁美の肩の上で口を開いた。

 

「僕としては、君たちが悩むことを否定しないよ。ただ、願いが決まったら僕に言ってくれさえすればいい」

 

 淡々と言い切るその白き使者に、誰もが不可思議な嫌悪を抱いた。まるで願いさえ決まればそれでいいと言うような。

 

 そうして夜が来る。獣狩りの夜が。陽は沈み、来たるは闇と月夜が照らす世界。血生臭い、汚物に塗れ狩りが支配する世界へと変貌する。

 

 最初に見つけたのはまどかだった。ふと、明かりのない工場付近にぞろぞろと人が集いつつあったのだ。

 その人々の年齢層や服装がまばらで、どうにも不審である。おまけにその中に、見知った人物もいるのだからスルーするわけにもいかない。

 

「せ、先生!?」

 

 さやかが驚く。虚な瞳で工場へと向かう人々の中に、彼女達の担任である早乙女先生がいるのだ。

 三人は先生の元へと駆ければ、すぐに異変に気がついた。先生の首元には、見知ったマーキングがされていたのだ。

 

「魔女の口付け……!」

 

「どうしようさやかちゃん!」

 

「な、なんですの?」

 

 一人事情が分からない仁美にさやかは説明をする。とにかく今は彼らをどうにかしなければならない事は理解してくれたようだ。

 

「ねぇまどか、マミさんかマリアの携帯分かる!?」

 

「え、え、分かんない!」

 

「あー私もぉっ!交換しとけばよかったぁ!ていうかマリアは携帯すら持ってないし!」

 

 それは仕方ないだろう、私も携帯ショップに行ったら品物の到着まで一週間はかかると言われたのだから。

 その時、先生は教え子達の存在に気がついたようで、ホームルームで時折見せる自嘲気味な狂気を見せつけながら言った。

 

「あぁら皆さん。ダメですよぉ、こんな時間に出歩いちゃあ。でも、そうねえ、どうせ男なんて頭の悪い奴らばかりだし、皆さんも悪い男に引っかかる前に先生が救済してあげましょうかぁ?」

 

「先生!振られたのがショックなのは分かるけど何もそんなにならなくても……」

 

「アアアアアアアうるさいッ!美樹さん、貴女はまだ中学生でしかも身体もそれなりにエッチだからいいですけどね!先生みたいに四捨五入すればアラフォーなんて言われる存在にはもう夢も希望もないんですッ!」

 

「え、エッチって……」

 

 ついに先生は邪魔しないで、と去ろうとする。だが仁美は彼女の前に立ち塞がり、急な腹パンをお見舞いしてみせた。

 ドスっという鈍い音と共に先生が崩れ落ちる……失神したようだ。

 

「申し訳ありません」

 

 謝る仁美にさやかとまどかは引きつつも安堵した。これで身内の人物が死ぬのを避けられたのだから。

 

「でも、でも!他の人を止めないと!」

 

「あんなにいっぱいいたら流石の仁美も厳しいか……なら私があいつらを追うよ!近くに来ればテレパシーで状況も伝えられるでしょ!」

 

「危険ですわさやかさん!」

 

「そうだよ、無茶だ!きっと彼らが向かう先に魔女がいる事は間違いない、マミを待つんだ!」

 

 混乱する少女達。だが仁美は意を決したように呟いた。

 

「なら、私もさやかさんとあの方々を追いますわ。まどかさんは巴先輩を。キュゥべぇ、いざとなったら契約をしましょう。それなら誰一人死ぬ事はないでしょうから」

 

 冷静な判断に二人と一匹は黙った。しばし考えた後に、さやかは決断する。

 

「分かった。まどか、マミさんを呼んできて」

 

「え、ええ……もう!分かったよ!絶対に死なないでね!」

 

 そう言って駆け出すまどかを二人は見送ると、工場を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甘い幻想を抱くのは少女の特権だろう。それ自体に罪は無い。少女であるならば、むしろ夢を見るべきなのだ。それこそ少女足らしめる。

 だが、狩となれば話は別だ。そこに男女や老若の差はありはしない。獣を狩るか、或いは。あまりにもシビアな世界が広がっている。

 数刻前までは勇敢に獣を狩っていた狩人が、今ではその身を裂かれ餌と成り果てたり……その身を獣に貶めたり。そういう、甘い幻想など何処にもありはしないのが狩りというものなのだ。

 

「だからこそ、彼女達は知るべきなのさ。醜い狩の先にあるものを。私の死をもって……ね」

 

「なに、マリアさん?」

 

 部屋でお茶をするマミが首を傾げる。

 

「いや、マミは可愛いなって」

 

「もう、またそういう事言うんだから」

 

 まどかのテレパシーが彼女を呼んだのは、それから間も無くの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 工場内は絶望に溢れかえっていた。魔女の口付けを受けた人々が各々の事情を呟き、自らの死をもって救われようとしているのだろう。

 その光景はヤーナムに近い。違うとすれば、ヤーナムの民は彼らが獣になった事を知らず、獣を殺し生き延びようと人々を死に追いやるが。今、工場内の人々は死にたがっているという事だ。

 

「ちょっと!洗剤なんて混ぜたらヤバイって!」

 

 さやかが彼らがバケツに混ぜようとしていた洗剤を蹴散らせば、救済を邪魔されたと人々は暴徒と化した。邪魔をするさやかと仁美を各々に追いかけたのだ。

 逃げついた倉庫で、二人は息を整える。だが鍵のかかった扉は暴徒達が押し寄せていて、暴力的に叩かれた扉が音を発てていた。逃げ場はもう無い。

 

「はぁ、はぁ……ナイスですわさやかさん」

 

「まったく君たちは無茶をするなぁ。でもいざとなったら僕と契約できることを忘れないでね」

 

「はぁ、でもヤバイね、もう逃げ場が……」

 

 その時。倉庫内のテレビが一斉に点灯した。映るのは悪趣味な映像。それは、この場が魔女の結界になりつつあると告げていると理解するのに時間は要さなかった。

 

「ああもう!なんでこうなるのさ!」

 

「まずいよ!魔女がもう……」

 

「きゃ!さ、さやかさん!これ!」

 

 気がつけば魔女の小さな使い魔が彼女達を覆い尽くしていた。引き裂こうとしているのか、身体を揉みくちゃにされる。そうして気がつけば、二人は魔女の結界へと迷い込んでいたのだ。

 

 結界内を漂う彼女達は、同じく漂うテレビに映された映像を見て心を動かされる。それらに映るは、彼女達が経験した事柄……その中でも取り分け悪いものだ。

 だがそれよりも、使い魔が彼女達の四肢を伸ばし、引きちぎろうとしている方がよっぽど不味い。

 

「いや!ああああ!」

 

「さやか!仁美、早く契約を……ぎゅ!」

 

 彼女達をサポートしていたキュゥべぇも拘束される。だが、その中でとりわけ仁美だけが冷静に。

 

「キュゥ、べぇさん……契約を……」

 

 仁美は引き裂かれそうな痛みの中で願う。想い他人の幸せを。

 

「あだだだ、それが君の、願いかい?いたたた」

 

 そうして、キュゥべぇは無理やり拘束を解いて仁美に迫った。その口には、輝く宝石……少女の魂の器となるソウルジェムが。

 それを仁美の口へと耳毛で押しやると、変化が起きる。宝石はより一層の光を放ち。仁美を覆った。使い魔達を蹴散らし、まるで神秘の現れとでも言うように。

 

「きゅ、キュゥべぇ!私も、願うよ!」

 

 与えずとも啓蒙を抱く少女もまた、願いを決めた。それはどこまでも自己欲求的で、自己犠牲的で、儚いものだ。

 忙しいと言わんばかりにキュゥべぇは結界を駆け巡る。使い魔を避け、さやかにたどり着くとソウルジェムを精製してみせたのだ。

 

 

 瞬間的に、使い魔達が爆ぜる。二人の新たな魔法少女の攻撃によって。

 彼女達は華麗な着地を決めると、背中合わせに使い魔達に対峙した。

 

 マントを翻し、やや露出の高い青い衣装に身を包むは美樹さやか。その願いは、『恭介に自分と仁美を見て欲しい』。その手に握られるは一振りの長剣と、全てをいなす短剣。古き時代、私たちよりももっと前。かつてあったとされる火の陰りを再現したような武具。それが美樹さやか。

 

 背後を守るは深緑の衣装に身を包む志筑仁美。所々にフリルや少女を意識させる意匠はあるも、その服装は狩人に似ている。動きやすく、されど防御力は低い。血を払いやすい、実戦的なものだ。武器は大振りのチェーンソー。皮膚裂き、肉を抉る獣狩りにふさわしいものだ。

 ……きっと、啓蒙が。少しばかりの狩人の遺志がそうさせたのだろう。

 願いは、想い人の成長を促すこと。どこまでも彼女は、少年に尽くすのだ。

 

「こっから先は!」

 

「私達の仕返しタイムですわ!」

 

 少女達は武器を構える。モニターにツインテールが生えた魔女を狩るために。

 自らの願いを成就させるために。

 

 KIRSTEN

 箱の魔女、エリー。或いはキルステン。

 魔法少女であるならば、魔女を狩らねばなるまいさ。それが使命。願いの対価、そのうちの一つなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とマミ、そしてまどかが駆けつけた時には既に二人は魔法少女の契約を済ませていた。辿り着いた先で勇猛果敢に戦う二人を見て、私は心躍らせる。

 しかしマミは、やはり複雑な思いでその様子を眺めていた。何だかんだ言いつつ、同じような境遇の少女達を放っておくほど厳しくは無いだろうからね。

 

「さやかちゃん、仁美ちゃん……」

 

 一人先を越されたまどかは呟く。まぁ慌てるな。君は魔法少女にならずとも幸せなのだから。それで良いではないか……なぁ、ほむら?

 さて、私も一仕事と行こうか。痛みは嫌だが元少女にされるのであれば本望だ。箱の魔女……ふふ、一体どんな少女なのだろうか。本来の彼女と会う夢が待ち遠しい。きっと美しいに違いない。少女である事は既に美しいのだからね。

 

 私はマミを置いて駆け出す。獰猛に笑いながら、使い魔には目も暮れずに駆けるのだ。右手には落葉を、左手にはエヴェリンを。いつものように。

 

「マリア!」

 

「マリアさん!無茶ですわ!」

 

 私に気がついた二人が叫ぶ。高く跳躍して落葉を振るうと、魔女は慌てたようにそれを避けた。すぐさま迫るカウンター……彼女はツインテールで、私を引っ叩いたのだ。

 

「うッ!」

 

 痛い。普通に痛い……が。快楽でもある。少女の髪に打たれる痛みは心地が良いのだ。ああ、綺麗な髪だ。今にも食べてしまいたいほど。

 地面に打ち付けられた私は、そのまま無防備に追撃を待つ。やはり魔女は、私を押し潰さんとモニターの身体ごと迫っていた。

 

 さぁ、私を潰し給え!その無垢で、絶望的なほどに少女の身体で!その時私は君を手に入れる!君に宿した遺志が夢へと誘うだろう!

 天国に行こうじゃないか!百合の、百合による百合のための甘い国に!

 

「マリアさんッ!」

 

 マミが邪魔をしようとするも、それは使い魔……厳密に言えば私の使者に阻まれる。あの見た目だ、彼女も無視できないだろう。大丈夫、私は死ねないのだから。

 

 ぐしゃり。箱の魔女は、白百合の少女を押し潰した。彼女の身体を覆うくらいに大きいモニターの下から、血が溢れる。血だけではない、肉が、皮膚が、内臓が。そのどれもが私のもの。

 ああ、少女達の前に私の内側を晒すとは……冒涜的じゃないか。

 

 ━YOU DIED

「マリアーッ!!!!!!」

 

 私の死を引き金に、さやかが目にも止まらぬ斬撃であっけなく箱の魔女を八裂きにしてみせた。止めと言わんばかりに仁美がチェーンソーで画面ごと魔女を貫く。

 甘美な狩りの音色が響いていた。絶望的な死が、結界に漂っていたのだ。

 

 夢へと帰る。血を残し、私の全てはここから消え去るのだ。

 

 

 ━━PREY SLAUGHTERED━━

 

 

 

 

 

 

 

 すべてを終えた少女達は、祝うべきこの場にて絶望をしていた。理由は……ああ、私だな。あんな死に方をしたら魔法少女の誕生を祝うなんてできないさ。

 

「マリアさん……」

 

 放心したようにマミが膝をつく。今にもソウルジェムが濁りそうだ。その横でまどかは吐き気を押さえながら嗚咽していた。あぁ……健気な少女が絶望した顔というのもまた美しい。

 

「ひ、マリア、うぐ、ちゃん、うっ」

 

 さやかと仁美は守れなかった友の死を受け入れられない。それよりも、自分達が踏み入れた世界の禍々しさに恐怖さえしている。自分もいつか、ああなってしまうかもしれないと想像すると気が気でなかった。

 死体さえ綺麗に残らない。魔女の結界に取り込まれたものは、そのままなのだから。

 

「あんな、あんな事って……」

 

 恐ろしい死を感じてしまったさやかは呟く。

 

「それが、魔法少女になるという事よ」

 

 背後から暁美ほむらがやって来る。彼女は淡々とした様子でそう告げると、とりあえずキュゥべぇを蹴って彼のそばにあったグリーフシードを拾い上げた。

 

「そうして私達は生きているの。誰かを犠牲にして」

 

 その意味は、今の彼女達には分かるまい。グリーフシードをさやかと仁美の足元に投げると、ほむらはため息を一つ。

 

「受け取りなさい。ついでに、巴マミにも使わせて。ソウルジェムが濁り切る前に」

 

 最早言葉すら出ない少女達に投げ掛けると、ほむらは去る。

 

「覚えておきなさい。これが魔法少女になるということよ」

 

 冷血に、カッコよく。

 

 

 

 

「そうさ。甘い幻想は所詮幻想でしかないのだから」

 

 

 

 

 暗闇から、聞こえるはずのない声が響く。ほむらは心臓が跳ね上がるような錯覚と共に、そちらを振り返る。

 コツ、コツ。革靴の足音を響かせながら明かりへとやってきたのは銀髪の少女。否、狩人。

 

「これで分かっただろう?魔法とは甘いものだと」

 

 白百合の狩人こと、私だった。

 

「さ、白百合さん?」

 

 惚けて私を眺めるマミはまるで赤子のように足元をふらつかせながら立ち上がり、駆け寄って来る。そして思い切り抱きついてきた。

 勢いが良すぎて転びそうだったが、なんとか受け止める……マミの豊満な胸が私を刺激した。

 

「マリアさぁああああん!良かった゛ぁ、生きてたのねぇ!」

 

「おおよしよし、君はあまりにも依存的だね」

 

「マリア、あんた!」

 

 驚くのはマミだけではない。さやかも、そしてまどかと仁美もだ。

 

「悪夢は巡り、終わらないものさ。私もまた、死なず巡るだけ……まぁ死ねないだけだけどね」

 

 そう言うと、皆は安堵したのかその場に崩れ落ちた。ほむらを除いて……だがこれでいい。少なくとも、新たな魔法少女に死を見せつけられたのだから。

 

 この後マミ達にこってり怒られたのは言うまでもない。だがそれすらも、狩りしか知らない私からすれば新鮮で愉しいものだったが……その態度が余計に彼女達の怒りを増長させて、説教は朝まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目を開けて。ゆっくり」

 

 深い微睡の中で、美しい声が響く。彼女は言われるがままに目蓋を開けると、眩い光が瞳を刺激した。

 光に眩む中、目の前の誰かをようやく見る。それは見知った……というより、先程彼女が押し潰した少女。その少女は、まるで死などなかったと言わんばかりに何事もなく。彼女に笑顔を向けていた。

 

「ようこそ……ここは狩人の夢。少女達の天国さ」

 

「え、なにこれ」

 

 困惑する彼女を差し置いて、少女は尋ねる。

 

「君の名前は?」

 

 黒いツインテールを靡かせながら、彼女は言われるがままに答える。

 

「えっと、毬子あやかです」

 

 また一人、少女が天国へとやって来る。宇宙からの使者の支配を逃れ。また、新たなる支配者の下へと。

 私は背後の人形ちゃんの冷たい視線を浴びながら、抱きつきたい衝動を抑えた。

 




駆け足気味なのに1万て、嘘やろ?
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