魔法少女ぶらぼ☆マギカ   作:Ciels

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これは願いが効いてますね……間違いない
あ、そうだ  ステータスのページに挿絵いれました


助言

 

 

 

 

 僕は、はっきり言って自分が嫌いだ。

 

 生まれた家は音楽関係の名家で、物心がついた時から僕はもうバイオリンの甘い音色に魅了されていた。それと同時に、その音色は僕の運命を縛る楔となったのだろう。

 裕福な家庭、自分で言っては何だけど悪くない顔立ち、学力。きっと色々な人々が欲しいものを、僕は生まれながらに持っていた。

 

 でも、それだけだ。僕にはそれ以外、何もないのだ。

 決定権は無い、流されやすい、唯一命を掛けているバイオリンですら親に決められた事だ。僕で決めた人生の決断など何もありはしない。まるで人形じゃないか。僕はガワだけの単なるマリオネットなんだ。

 そして僕の人生と言っても過言では無いバイオリンの演奏ですら、交通事故の怪我でもうままならない。医者にも言われた、諦めろと。僕の人生だぞ?そんなに簡単に諦められるわけがない。でも現実はとても残酷で。

 今まであんなに感情的になった事は無かった。唯一と言っていい、懸命に支えてくれた幼馴染みでさえも僕は怒りと絶望に駆られて拒絶してしまったんだ。僕は、本当の意味で空っぽの人間になってしまった。僕は、クズだ。

 

 涙さえも出ない。流すべきそれは枯れ果ててしまって、僕は深夜の病室で死んでいるように天井を眺めていた。そうだ、このまま何も出来ずにただ生きていくのであれば死んでしまうのも悪くはないかもしれない。

 そうすれば、すべてから解放されるのだから。

 

 

「自棄になるのは勝手だが。それでは彼女達が報われないじゃないか」

 

 甘くて、それでいて美麗で、しかし冷酷さを感じさせる声色が響く。それは夢のような音色……されど甘い夢では無い。まるで悪夢のように暗く、湿っていて、恐ろしいものだった。

 驚きながら僕は唯一動かせる上半身を使って窓際を眺める。いつの間にか開かれた窓から見えるのは満月。不気味で、それでいて心地良い……まるで永遠に浸かりたくなるような、そんな月。

 

 それと。

 

 

「絶望は人を獣へと駆り立てる……けれどそれに打ち勝つ時。人は、初めて自らの人間性を示せるのさ」

 

 

 後頭部で束ねられた月光に靡く美しい銀髪。あの月の表面のように白く魅惑的な肌。顔立ちは今まで見てきたどんな女性よりも整っていて、同い年かそれより少し上くらいにしか見えないのにも関わらず、官能的。

 惚れた訳じゃない。そんなはずがない。だって、だって。

 

 ━━あんなに赤い瞳が、僕の知る人間であるはずがないのだから。

 

 僕はしばし、いきなり窓際に現れた美しくも恐ろしい女性に心を強張らせた。金縛りにあったように、しかし自分の意思ですら動こうとは思わない。ただ彼女を見続けている自分がいる。

 なぜだろう。僕はこの人を知らない。それなのにどうしてか。この人は、いや人ではない何かに、僕は懇願しなくてはならない気がするのだ。一体何を懇願するというのか?それすらも分からないのに。

 

「そんなに見惚れられては困るな……君には私よりもよっぽど似合う子達がいるだろうに」

 

 そう彼女が言った途端、僕の心身の金縛りが解ける。まるで彼女が今までそうさせていたようだ。

 僕は息を呑みながら、汗を滝のように流しながらようやく言葉を発する。

 

「だ、誰だ……?」

 

 月光から逃れる女性の表情は分からない。ただその白さと血のような赤さが目立つばかり。彼女は腰掛けていた窓枠から降りると、ゆったりとした動作でお辞儀した。まるで簡単な礼拝のようなその動作は、ひどく様になっているように思える。

 

「初めまして、上条恭介くん。私は百合の━━いや、月の香りの狩人」

 

「かり、うど?」

 

 そうさ。彼女はおどおどとした僕にそう告げる。

 自らを狩人と名乗った女性は、その珍妙な服装であるマントのような肩掛けを翻すと僕を指差した。正確には、僕の動かない腕を。

 

「哀れなものだね……今まで人生を捧げていた事が出来なくなった途端、君のような人間は消えかけの火のようにちっぽけになってしまうんだから」

 

 いきなりの挑発に、僕は面食らった。数秒して、僕の人生が尽く否定されているのだと理解してしまう。同時に、昼間に抱いていた怒りをも超える何かが、僕の心を支配して表現させた。

 

「だって……だってしょうがないじゃないかッ!」

 

 情けない言い訳だった。分かっているのに、言わずにはいられないものだ。人生を否定されるのだ、それくらいの権利は僕にはあった。

 

「今までバイオリンだけだったんだ!なのにいきなり動かなくなって、もう弾けないって……そんなのあんまりじゃないかッ!」

 

「それで?」

 

 女性は促す。まるで僕が怒りに身を任せることを許可するように。だから僕もそれに甘える。

 

「何が天才だ、何がこれからの音楽業界を担う神童だッ!お前らはいつもそうだ、人を担ぐだけ担いで用済みになったら捨てやがってッ!いつもいつもいつもいつも……」

 

 気がつけば、怒りは悲しみにシフトしていた。枯れたはずの涙が勝手にボロボロと溢れてくるのだ。

 僕は嗚咽しながら、掛け布団を濡らしていく。

 

「さやか……志筑さん……あんなに来てくれたのに……ごめん……僕……もう……」

 

 頭の中は目まぐるしく変化していく。音楽に対する失望や怒りはいつの間にか僕を慕ってくれていた少女達への無念へと切り替わっていたのだ。

 女性はそんな僕の背中を優しく摩った。何かを流し込むような、そんな手つきも今は気にならない。

 狩人の女性は優しく、そして甘いバイオリンのような声色で僕の耳許で囁く。

 

 

「彼女達に、報いたいかい少年?」

 

 

 ただ僕は頷いた。悔し涙を流しながら、言われるがままに。

 女性の誘うような声が、脳を刺激する。

 

 

「なら、そうしようじゃないか」

 

 

 その不思議な提案に、僕は顔を顰めて彼女を仰ぎ見た。宝石のような瞳が僕を射止める。ただジッと、彼女は僕を見て笑うのだ。その冷えた……だが暖かい深淵のような笑みで。

 

 

「私と契約し給えよ。手を動かし、獣を狩り、彼女達に音色を聞かせようじゃないか」

 

 

 甘美な誘惑。その禁忌に、僕は抗う術を持たない。ただ言われるがままに━━されど、今は違う。僕の意思で、初めて僕が心の底からそうしたいと。狩人の誘いに乗るのだ。

 僕はただ頷く。さすれば狩人はより一層口元を緩め、僕から離れた。そうして彼女が取り出すのは一枚の古びた紙と万年筆。年季の入ったものだった。

 

 

「誓約を、ここに。さすれば君は、二度と明けぬ甘い悪夢に囚われるが。少女達に報いる事ができるのだ」

 

 

 本当に。なんて僕は愚かなのだろう。だがそれでも良いのだ、僕は僕の意思で彼女達にまた音色を聞かせてやりたい。それは単なるエゴで、自分善がりの願いだが。

 願いとは本来、そうあるべきだろう?

 

 “誓約書”にサインする。上条恭介と、自らの名を連ねる。すると、彼女はにっこりと微笑んで、その誓約書を懐にしまった。これで本当に……僕はさやかと志筑さんに何かをしてやれるのだろうか。

 僕の不安を察したように、彼女は言う。

 

「素晴らしい。君と私の契約は……これで完了する」

 

 代わりに取り出したのは注射器。充填されているのは血のように見えた。

 なんだか分からないが、僕の中の直感というか本能というか……そういったものが、あの液体から自らを遠ざけろと言っているのがよく分かった。恐ろしくてたまらないのだ。

 だが、それでも進まなくてはならない。僕は誓約書に名を連ね、前へ進むことを決めたのだから。それがどんなに苦しい道でも、やらねばなるまい。

 

「痛みは一瞬。けれど心は……君次第。だから忘れるなかれ。我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う。知らぬ者よ……かねて血を恐れたまえ」

 

 それは教訓のような、しかしはっきりとした警告だった。僕はその言葉を心に刻むと注射器の針を受け入れる。

 深く、針の先端が僕の動かない腕に突き刺さる。そして一思いに彼女は液体を流し込んだ。

 

「我ら人となり、獣を狩り、宇宙に抗う狩人だ」

 

 その意味は分からない。だが次の瞬間には、僕の意識が急激に遠のいて行く。

 最後に見えるのは血のように赤い月と、その月光に照らされる狩人のみ。だがそれで良い。そうして僕は前に進めるのだから。

 

 ━━さやか、志筑さん。待っていてほしい僕は君たちに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の放課後……箱の魔女撃破の翌日。私達は何事も無く、いつものように登校をして授業を受けていた。

 唯一変わった事があるとすれば、先生が休みだった事だろうか。それも仕方ないだろう、何せ魔女に操られ、意識も無く彷徨っていたとなれば教師とて病院にだって行くものだ。

 そして何食わぬ顔で英語の授業を隣で受けるのは、白百合マリア。他の授業では熱心に受講する彼女も、完璧にマスターしている英語となれば船を漕ぐ。

 

「それでここの文法はーーおい白百合!」

 

 呼ばれてハッと目を醒ます。今早乙女先生の代わりに教鞭を振るうのは、この学校では悪名高い意地悪な教師だった。

 

「この日本語を英訳したまえ!」

 

 急に教師が指差すのは問題ですらない文だった。けれど白百合マリアはけろっとした表情で言う。

 

「You can’t get away from yourself by moving from one place to another……これでよろしいですか、先生?」

 

 女性ですら虜にしそうな甘くて凛々しい声色でスラスラと読み上げると、教室中の生徒が感嘆の声をあげた。流石の意地悪教師でも、これ以上何かする事は出来なかった。

 そうしてまた授業は進んでいく。ふと、彼女を見ていたのがバレたのか、白百合マリアと目があった。

 深い緑色の瞳……あの赤さとは無縁の瞳を覗かせる彼女は、悪戯っ子のように笑ってウィンクしてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいね、マリアちゃんが居眠りするなんて。さやかちゃんじゃあるまいし」

 

「ちょっとまどか、なんて事言うのさ!」

 

「なら、ちょっとは起きる努力をしてくださいな。今日だって午前中殆ど寝ていたではありませんか」

 

「仁美まで〜!」

 

 昼時、私達はいつものように屋上で昼食を取っていた。私は何度も欠伸しながら、人形ちゃんに作ってもらったサンドウィッチを頬張る。うん、いつも通り美味しい……ローストビーフか。スーパーで食材を買った甲斐があった。

 

「あら、昨日はあまり眠れなかったのかしら?」

 

 当たり前のように隣に座るマミがちょっとだけ心配すると、私は頷いてマミの肩に頭を乗せた。

 

「夜更かしし過ぎた」

 

「あらあら。いけない子ね」

 

 そう言ってマミは私の頭に頬を擦り付ける。まるで猫をあやすような仕草だが、マミのもちもち肌を直接感じられるのだから良いではないか。

 昨日は死んだり新たな契約に勤しんだりと、それなりに忙しかったから。いくら私達狩人が睡眠を必要としない夜行性だとしてもだ、今の私は見滝原中学校に通うか弱い少女なのだから眠くもなるさ……か弱いよ、私は?エーブリエタースの突進で即死するくらいにはね。そのうち彼女にも会いに行かないと拗ねそうだな。

 

「そういやマミさん、今日私と仁美は見回りパスしてもいいですか?ちょっと用がありまして……」

 

 若干申し訳なさそうに言うさやかに、マミは頷いた。

 

「大丈夫よ。白百合さんもいるし……用って、例の男の子?」

 

 そう言われ、さやかはうっ、と図星を突かれたように、仁美はいつものおっとりした顔で頷いた。ふむ、恋する乙女とは見ていて気持ちが良いものだ。

 それに、今頃もう彼も夢から覚めているに違いない。彼も会いたいだろうから、タイミングはちょうど良いのかもしれないね。

 

「やぁみんな」

 

 と、そんな時。白き宇宙の使者がやって来た。相変わらず猫なのか犬なのか分からない姿で、無表情を貫く彼はマミの目の前まで来るとちょこんと座る。

 

「困ったな、マミの隣は僕だって昔から言われているのに」

 

 言葉の割にはそうでもなさそうなキュゥべぇ。私は頭を預けたまま笑う。

 

「男の嫉妬は見苦しいよ、友人」

 

「友人になったつもりも無いし、嫉妬もしていないけれどね……まぁいいや。ところで皆に伝えたい事があってね」

 

 ジョークの一つも理解できないとは、同じ上位者とはいえ擁護はできないよキュゥべぇ。まぁ彼らは思考よりも生産性を取った種族だし、私も元より友人だとは思ってはいないが。

 

「ちょっと、近いうちに見滝原に厄介な……うーん、凶暴な……まぁ、気難しい魔法少女がやって来そうなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢は巡り、終わらないものだ。

 

 雨となり、山に染み込み、川となり、海へ流れ。そしてまた繰り返すように……ヤーナムという悪夢もまた、繰り返す。狩りが永遠に続くということは素晴らしい事であると同時に忘れてはならない。

 かねて血を恐れたまえ。狩人とは、血に酔いしれど取り憑かれてはいけない。狩りに酔いしれど囚われてはいけない。そんな、僅かに残る人間性を癒す場こそが狩人の夢なのだ。

 悪夢が続くならば、ここで良い夢を見ればいい。少なくとも私はそうして来たのだ。そしてこれからは、少女達の安息の場となる。

 

「どうだい、調子は?」

 

 私は相変わらず車椅子に座る老人に話しかける。彼はしばし答えなかったが、それも老いから来るもの。

 

「ああ……君か。彼は良い狩人になるだろう。血に酔い、無慈悲で、狩りに勤しむ良い狩人に。まるでいつかの君のようだ」

 

「やめたまえ、老師。昔の事は黒歴史なのだからね」

 

 あんな面白味の欠片も無い狩人など、今思い返してもゾッとする。今の私は百合に酔い、甘く、少女に惚れ込む狩人なのだから。

 そんな私のことを笑うように、ゲールマンは喉を鳴らした。そして彼は、狩人の夢に設けられた花園を杖で指差した。

 

 そこには、白い装束……医療教会特有の狩装束に身を包み剣を振るう少年と、それに対峙する一人の麗しい女性の姿が。

 啓蒙高い皆にはこう言った方が分かるだろう。時計塔のマリア、と。今、上条恭介は偉大なお姉様に稽古をつけてもらっている最中だ。

 

「お姉様は狩でも美しい……」

 

 華麗に特別な落葉を振るうマリアお姉様を見て私はうっとりと見惚れる。ゲールマンはなぜか誇らしそうに笑みを浮かべた。

 

「そうだろう……私が、見出したのだからね」

 

「やはりウィレーム先生は正しかった」

 

「百合の狩人よ、あまりウィレーム先生を穢すなよ……」

 

 狩人となった少年は、ボロ切れのようになりながらも戦う。すべては愛する少女達のために。その身を狩人に貶めてまで。それはもはや、執念だろう。

 

 

「くぅッ!」

 

 ステップで斬撃を回避するも、スタミナ管理がうまくいっていない恭介は連撃には対応し切れていないようだ。彼の狩装束に血が滲む。輸血しようものならエヴェリンの追撃によって阻まれてしまう……ああ、昔を思い出す。

 

「少年、甘いな……もっと体力に注意を払え」

 

「言われなくても!」

 

 少年の苦難は続く。だが、それも悪くは無いだろう?少女達と共にいるための代償だと思えば、安いくらいさ。

 だから恭介、かねて血を恐れたまえ。それを忘れた時、君は彼女達に狩られてしまうのだから。

 

 

「お花畑が……」

 

 

 隣でこのみが荒れる花畑を絶望した表情で見詰める。ちょっとだけ悪いとは思いながらも、私は彼女から顔を背けた。

 




上条君、君も家族だ
ステータスに狩人の挿絵いれました
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