放課後のバーガーショップ。私達としては珍しく、まどかと二人きりでお茶に興じていた。いや、この場合お茶というのは言葉の綾のようなものだろうか。まぁ良い。
頼んだグレープジュースをストローで吸い込み、同じく学生で溢れる店内で暗い面持ちで縮こまるまどかに問いかける。
「話とは、なにかな」
優しい声色で、極めて慈愛的に問いかけたつもりだ。だがまどかは頷くだけで中々口を開かない。そんな彼女を見て、私は一緒に頼んだポテトを口に頬張った。
彼女が言いたいことは察せる。それは友達としての在り方の問題と言っても良い。現代日本においては特段珍しくもない、特に少女ならば誰であろうと感じる感情だ。ヤーナムでは誰も持ち得なかったものでもある。
「魔法少女の事だろう?話し給えよ、私だって魔法少女じゃないさ」
そう言うと、まどかは重い口をようやく開いた。店内の喧騒にかき消されそうな、か細い声で。
「私、このままで良いのかな」
どこか自信が無さそうに、そして縋るように。彼女は問いかけるのだ。
「さやかちゃんも仁美ちゃんも、魔法少女になって、でも私だけそうじゃなくて……願いだって、ちゃんと決められなくて」
ふむ、と言いながら私は再度ジュースを啜った。そして俯いた深い桃色の瞳を見詰めながら私なりの答えを示す。
「君は君さ。命を投げ捨てるくらいの願いが無ければ、魔法少女になんてならなくて良かろうよ」
それは、魔法少女システムを逆手に取って暗躍している私からの本心でもあった。少女は純粋で、己に真実であるべきだ。自らを偽れば偽る程、美しいその魂は老いていく。老いは悪いことではないが……少なくとも、年齢相応の老いであるべきだ。
詰まるところ私は、少女達に多大な負荷をかけてまで私の天国には来て欲しくはない。そうなってしまった少女達だけが救われれば、それで良いのだから。
まどかはそれでも煮えきらず、また問いかける。
「でも、卑怯じゃないかな。あれだけ戦いを見せられて、怖い思いをしてるって知って……それで私だけ魔法少女にならないって」
「そうかな?私がさやかや仁美なら、そうは思わないね。狩りは狩人に任せれば良い。君は君にしか出来ない事をすれば良いのさ……それが使命というものだ」
ヤーナムの民がそうであるように。いくら獣に満ち溢れていても、それを狩るのは狩人で良いのだ。餅は餅屋、という言葉があるだろう。
「それとも何かね、君はさやか達を哀れみ、そのせいで魔法少女になるのかい?」
「そんな言い方……!ないと、思う」
いいや、と。私は心優しき幼い乙女を否定する。
「誰しも使命を持って生まれる。そしてさやかや仁美は、今や魔女を狩る魔法少女としての使命を持ったのだ。まどか、君はその使命を貶めようとしているんだよ……それはあまりにも残酷だ」
その身を獣に堕とし、それでも理性を取り戻し、狩人として、英雄として立ち塞がった男を思い出す。彼はその命の最期まで教会の狩人であり続けた。
自らが正義と信じた教会に裏切られ、縋っていた師が何の変哲もない虫であったと知っても……それでも、誇りだけは捨てなかった。初めて対峙した時は分からなかったが……今では分かる。彼はただ使命に忠実であり続けたのだ。狩人達を導く身として、私をあの場で試したのだ。
あの時、彼は確かに聖剣のルドウイークだった。月光に映る醜いはずの貌は、百合に浸かった私ですらも惚れさせる。
「君の気持ちも分かる。何もしてやれない自分の無力を嘆いているのだろうさ」
まどかはまた俯いた。彼女の頬を、私の手がそっと触れた。
「君は美しい。他人を思い遣れる心がある。その心だけでも、彼女達は救われている。さやか達も……ほむらも」
「ほむらちゃんも……?」
笑顔で頷いた。真相を知るにはまだ早いが、それでも安堵はさせてやらねばなるまい。
納得と理解は程遠いだろう。だが、同時にそれをこなす必要はあるだろうか。そんな事ができる人間はいないだろう。なら、少しずつで良いのだ。そうして人はその啓智を高める。今はまだ、まどかはそれで良い。
私達はそれから少ししてお開きにすると、互いに帰路へと着いた。
このみは庭を整備するがてら、持て余した暇を工房の掃除に充てる。それはいつも通りの光景だった。そもそも、この狩人の夢の住人達は汚れに無頓着過ぎるのだ。
最初の狩人であるゲールマンは年老いているから掃除などさせられないし(獣を掃除する時は別)、時計塔のマリアは身長が高くて美人であるが故に話し掛け辛い。彼女の模倣品である人形ちゃんも、これまた人形であることの宿命か手先が不器用で手伝わせれば何か壊す。新しい住人である毬子あやかは何というか、そもそも漫才のネタを作るのに忙しいらしい。
ならば、夢の主たる狩人は。彼女こそこの工房を汚す原因だ。
読んだ本は読みっぱなし、弄った武器はその辺に散らばり、溜まりに溜まった呪いを放出させている。血のような石もいろんな種類が散らばっている始末。
「でも狩人さんも忙しそうだし……」
ここ最近、主である百合の狩人は忙しなく外界を駆け巡っている。その目的が、彼女が言う天国に繋がるものであることは理解してはいるのだが……と。
おもむろに拾い上げた月光の聖剣をボックスに片付けようとした時に、このみの足元に使者が現れた。彼らは総じて三角巾を被り、その手には掃除用具を手にしている。
「あら使者さん、手伝ってくれるの?」
笑顔で問い掛ければ、使者はいつも通りの唸り声で答えた。どうやらそのつもりらしい。今も手にする聖剣を引っ張っている。
彼らの気持ちを有り難く受け取り、このみは聖剣を手放す。すると聖剣は使者達が現れた空間へと消えていく……これは片づけられたのだろうか。しかしまぁ良いと。このみはそのまま彼らと掃除を続ける。
聖剣は確かに片付けられた。夢の底、境界線へと。そして今、夢に繋がるような場所は。
見滝原。少女達がやって来た街。その境界線へと、聖剣は追いやられる。その輝きにかの狩人の遺志を宿して。導きの光を携えて。
さやかと仁美は夜の公園を探索する。この時間帯に外を歩き回る中学生はいない……ましてやこんな、清廉な少女など。理由はもちろん、魔女退治に他ならない。
今日はマミも私も用事が有り、パトロールは新米二人だけだ。それもまた経験だと、ベテランであるマミは納得した結果だったが。
「ここら辺に反応あるね〜」
やる気十分なさやかがソウルジェム片手に魔女の反応を探す。そも、なぜこんな人も出歩かない時間にパトロールをしているのかと言えば、仁美の習い事が原因だった。なにかと忙しいお嬢様では、この時間に抜け出すのがやっとらしい。
「本当にごめんなさい、こんな時間まで付き合わせてしまって……」
「いーのいーの、さっきまで家でぐっすり寝てたし、宿題も終わらせたし!そ、れ、に!明日は恭介が久しぶりに登校してくる日だからちゃんと街の平和を守らなくちゃね!」
いかにもさやからしい言い分だった。それだけ、彼女は慈悲に溢れている。そして健気である。
いつか、私の下に来る日が待ち遠しい……が、彼女には想い他人がいるから望んだ展開にはならないだろうさ。それで良い、恋とは自由にあるべきだ。
しばらく探索すれば、公園の奥深くにその反応はあった。これは使い魔ではなく、魔女の反応だろう。
そして公園が結界に変貌すれば魔法少女としての使命が始まる。即座に変身し、各々の得物を取り、現れた魔女に対峙するのだ。
が。
「おらァッ!」
突如として、魔女がさやか達以外からの攻撃を受けて撃沈する。視界外からの一撃……まさしく忍殺とでも言えようか。その一撃が、魔女の頭をカチ割って文字通り粉砕して見せたのだ。
困惑するさやかと仁美を差し置いて、謎の襲撃者は勢い余って地面に刺さった槍を引き抜く。さすれば、結界は消え去り外灯に照らされた公園のみがあるだけだ。
「な、何なの!?」
さやかが剣を構える。すると襲撃者は赤い衣装を翻して彼女達を見据えた。口にはチョコでコーティングされたお菓子……手には物騒な槍。佐倉杏子だった。
「へぇ……新米がいるってのは本当だったんだ」
整った顔から獰猛な笑みを滲ませて、そう喋る彼女は味方ではなさそうだ。それはそうだろう、昨日の一件で嫌と言うほど思い知らされた。
「魔法少女……?」
仁美が呟けば、杏子は槍に着いた血を払って言うのだ。
「見りゃわかんだろ」
カリッとお菓子を齧り、杏子は槍をクルクルと回す。そしてその切っ先を彼女達に向けるのだ。
闘志が、はっきりと感じ取れた。この赤い魔法少女は自分達の見滝原を侵しにきたのだと、嫌でも理解できてしまった。
「他所の魔法少女が来てんだ、やる事は一つ……」
「仁美、来るよッ!」
そうして、杏子は槍を構える。その動きに一切の無駄はありはしない。
「縄張り争いってね!」
有無を言わさず、杏子は後輩達に襲い掛かる。
ノコギリ鉈の一撃を避けると、私は前に踏み込んで両手の落葉を振るった。クルリクルリと回るその姿は踊る様に。されどその遠心力を持って、相手の喉元を掻き切るために。
若き狩人はステップでそれを避けようと下がったものの、思った以上のリーチを誇る落葉の刃先に身体を斬り刻まれた。
「うッ!」
吹き飛ばされ、出血しながらも彼は立ち上がる。そして回復しようと輸血液に手を伸ばした瞬間に、対峙する相手……私の目から放たれる一筋の流星に輸血液ごと手を捥がれた。
自らの身体から分かたれた腕を無視して、彼は次の手を打たせまいとノコギリ鉈を変形させて割と遠くから振るったが。
「はいパリィ」
いつの間にか持ち替えていた私のエヴェリンによって攻撃を中断させられるどころか、体勢を崩されてしまう。
異様な程強化された銃から放たれた水銀弾が恭介の内臓をぐちゃぐちゃに引き裂くと、すかさず私は彼に駆け寄り内臓へ手を突っ込む。
「君の負けだ」
宣言し、そのまま彼の内臓を引き摺り出した。吹っ飛ぶ彼……私の手には血に塗れた臓物が握られている。これぞ内臓攻撃だ。
地面を転がる恭介は、そのまま立ち上がる事なくその身を薄れさせる。要は……死んだのだ。だがそれも一時だけ。今の死は夢でしかない。ならば目覚めるまで。夢で目覚めるとは、何とも哲学的ではあるが。
━YOU DIED━
私が内臓を捨てて手を払えば、夢に復活した恭介が疲れたように膝をついていた。
「はぁ、はぁ、はぁッ!クソ!」
私は笑いながら外套を翻すと、彼に寄る。
「ダメだよ恭介。狩人たるもの、相手の二手三手先を考えて動きなさいな」
そう助言すれば、彼は私を睨みつけた。ふむ、順長に彼の闘争心は育って来ているな。最初なんて少しお姉様が遊んであげただけで根を上げていたのに。
と、私の後ろからマリアお姉様がやってくる。彼にとっては先生だ。
「そこまで。恭介、なぜ負けたのかよく考える事だ……これを使い給え。人形の下で使うと良い」
お姉様は濃厚な死血を恭介に授ける。彼は今の所、獣狩りを体験していない。故に、強くなるには施しが必要だった。足りない血の意思は私が十分に持っているから、それで補えば良い。
恭介は一礼すると、人形ちゃんの下へと向かう。悔しそうに身を震わせながら……
「容赦が無いな、君は」
美しい唇が開かれ、ストラディバリウスのような喉から麗しい声が響く。私は白い顔を紅潮させながら、
「彼には強くなってもらわねばなりませんから……ああお姉様、久しぶりに血が滾りましたわ。私達も一戦如何でしょうか?」
「止め給え。どうせ、私に嬲られたいだけだろう……そういう所だぞ、君は」
はぅん!と身を捩らせる。
「お姉様に蔑まれたッ!ああ!身体に電撃が走りそうですわッ!ああお姉様!お姉様のその真白な肌にむしゃぶりついてもよろしくてッ!?」
気がつけば、マリアお嬢様はため息まじりに踵を返して立ち去っていた。連れない人だ……だが、それでこそ落とし甲斐があるというものだろう?
と、そんな時だった。私の瞳が何かを映したのだ。これは見滝原……それも、魔法少女のものだろう。
そこに映るは青と赤、そして緑の激しい少女達。なるほど杏子め、さやか達とぶつかったようだ。杏子を探していたマミを出し抜いたな。
「ふふ……良いわ、お姉様。お姉様が構ってくださらないのなら、彼女達に満たしてもらいますので」
そう言って私は笑う。そして見下ろすのだ。人形に血の遺志を捧げる、上条少年を。彼には彼の、狩人以外の使命を果たしてもらわねばなるまいよ。
楽しみだなぁ……ヒヒ、ひひひ。
次回、戦闘回
杏子ダルルォ!?(誤字への戒め)