魔法少女ぶらぼ☆マギカ   作:Ciels

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月光に当てられて

 

 頭が重い。私の取り柄といえば、それはやはり悩みなど感じさせない底抜けの明るさと活発さのはずだ。私が私である事の証明として、今までそうやって私は美樹さやかとして生きてきたのだから。

 でも、今の私にはどうしてかそんな活力は湧いてこなかった。ただ深い微睡の中、私はその身と思考を闇に委ねるだけ……まるで、死人のように。

 

 あの赤い魔法少女と戦い、私はどうなったのか。確かに私はあの自らへの落胆の夜に、一筋の光を見た。それから自分は……思い出せないでいたが、そんな事すらも今はどうでも良かったのだろう。ただ私は、心地よさの中に沈むだけ。

 

 沈むだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 暗く、何も無いはずなのに、私は暖かさを感じた。それはこの心地の良い微睡とは違う……別種のものであろう事を、なぜだか悟る事ができた。

 悟る、のではない。囁くのだ、頭の中の私が。目を開けて真実を観よ、と私の心に。だから私は、その囁きの通りに眼を見開く。

 

 暗い闇の中、その人はいた。気がつけば、闇はどこかへと過ぎ去って広がる風景は何か教会のような建物の中である事がわかる。

 荘厳なステンドグラス。そこから入り込む光は、陽の光ではない。月光だ、眩い月光が私とこの建物内を照らしているのだ。

 

「ここ……」

 

 どこ、と言おうとして、教会の最奥、そこにある祭壇のような何か。造りの立派なその祭壇の手前にいる誰かに気がついた。月光の光を受けて、神秘的に映し出されるその姿は、大きな男の後ろ姿。祈りでも捧げているのだろうか、彼は首を垂れているように見える。

 いつのまにか、自らを支配していた気怠げな感覚は無く。そこにはいつも通りの美樹さやかがいるのみ。ならばその後の行動は早かった。

 

「あの〜、すみません」

 

 ちょっとだけおどおどしく、彼の背後から声を投げ掛ければ、その男は立ち上がった。

 なんと逞しい身体だろうか。白い衣装に身を包む男は、その丈の長い外套を持ってしても屈強な身体を隠す事はできないでいた。2メートルはあるであろう身体が、彼女に振り返ればその顔も見える。

 少し馬面の、しかし整った中年の男性。その彫りの深さを見るに異国の出身である事は想像に難くない。顔つきは厳しそうに見えて、優しくもありそうな、そんな理想的なダンディズムを感じる。

 さやかはしばしその男性に見惚れ、しかし想い他人の顔を無理矢理記憶から呼び起こして顔を横に振った。

 

「あの、ちょっと道に迷っちゃって……」

 

 言いかけて、さやかの横を何かが通った。それは一筋の光。細く、容易く千切れてしまいそうな光は男へと向かうと、そのままステンドグラスを抜けて月光に導かれるように消えて行く。男もまた、その光を目で追っていた。そして言うのだ。

 

「君もまた、月の光に当てられた狩人だと言うことか。異形の少女よ」

 

 荘厳な、しかし暖かみを感じる声色はさやかを現実に引き戻した。

 

「あの、ここって」

 

 尋ねようとして、男は手で彼女の言葉を優しく制した。そして教会に備え付けられた椅子を指差す。

 

「落ち着きなさい。そこに座ってからでも、遅くはないだろう」

 

 にっこりと微笑む男の言う通りに、さやかは言われるがままに座る。男はその後に彼女の横に座った。しかしまぁ、並んでみればその大きさがよく分かる。だが男から滲み出る謙虚さが、どういうわけかその大きさを包み隠しているようにも見えた。

 まるで、その姿は何かに怯えているようにも見える。それが何なのかはまだ幼い少女には分からない。

 

「異形でありながら魔を払う少女よ、聞きたいことがある」

 

 その周りくどい言い方を聞いて、それが魔法少女を示している事はすぐに分かった。だが本質はわかっていても、この男は魔法少女というもの自体は知らないようだった。

 

「なんでしょう……?」

 

 恐る恐る、この不審者とでも言うべき優男の質問に答えることにする。

 

「君は、その行いが不条理で自らを破滅に追いやるとしても自らの正義を貫く事ができるのかね?嘲り、罵倒されたとしても、君は自らの意志で戦う事ができるのか?」

 

 その質問は、初対面の者とは思えないほどにさやかの覚悟の真意を突いていた。美樹さやかという少女は、正義に生きる少女である。絶望し、その身を貶めても、どんな世界でも変わらない。ただ師と呼べる巴マミのように、自らも人々を守り、大切な人々に平和を齎す存在でありたいと願う魔法少女なのだ。

 一瞬の戸惑いも、どこまでも真っ直ぐな少女は躊躇わずに答える。

 

「私は……戦います。たとえ途中で死んでも、それまでは……だって、私は魔法少女なんだから。私だけの正義を果たします」

 

 その言葉を聞いた男は、しばし驚いたように目を見開いた後、安心したように顔を緩めた。

 

「遺志は、受け継がれるのだな」

 

 男が呟くように言う。

 

「少女よ、我が師が君を選んだ理由が分かったよ。これで安心して、私の遺志を君に託せる」

 

 え、とさやかが首を傾げると同時に男は立ち上がり、小さな少女を見下ろした。

 

「君は、強くありたいかね?」

 

「そりゃもちろん!だってそうしないと、皆に迷惑かけちゃうもん……」

 

 あの赤い魔法少女との戦いで、自らの弱さを痛感した。今のままでは足手纏いも良いところだろう。それではダメだ、もっと強くならなくてはならない。でなければ、自らの大切なものですら手放してしまう事になる。

 俯くさやかに、男は助言する。

 

「強さとは力があれば良いのではないのだよ」

 

 そう言う男の手には一振りの剣が握られている。大きな金属製の大剣だ……さやかの身長など優に越すであろう大剣だった。さやかは呼応するように立ち上がると、自らも魔法少女の姿となって一対の剣を取り出す……それは杏子との戦いにおいて、最後に使用した月光を宿した剣だった。

 剣士に言葉はそれほどいらない。どういうわけか、さやかには男の意図が分かった。それを我々は、啓蒙と呼ぶのだ。

 

「月光に導かれし我が同胞よ。ここは君の夢だ。私は招かれた客に過ぎない……だが」

 

 お互い離れ、剣を構える。男の立ち振る舞いを見れば分かる、それはもう途轍も無いほどの手練れなのだろう。さやかなど相手では無いほどに。

 

「君に教えを施す事はできる。生憎私は老師のように持つ言葉は少ないが……君にもこのやり方が一番では無いかね?」

 

 さやかは頷いた。同時に、男の正体もぼんやりとは理解できるのだ。彼もまた、自分と同じくあの光に導かれた者なのだと。ならば、同じ志を持つ者として弱いままでいるわけにはいかない。

 

「さぁ少女よ、来るが良い。手加減はしてやろう」

 

「へぇ〜……随分余裕だねおじさんッ!」

 

 聖剣のルドウイーク。魔法少女の瞬発力を持って、さやかは一気に間合いを詰める。そして一直線に剣を振るうと、これから師として崇める男はステップで難なくそれを避けて見せた。

 驚愕。なぜあれだけの巨体が、あんなに軽く動けるのだと。驚愕して、さやかは気がついた。

 

「……まず、君は基礎的な動きを身につけるべきだな」

 

 いつの間にか男の大剣で自らの胴は両断されていた。ボトッと上半身が地に落ちると、痛みよりも眠気が意識を襲ってくる。勝負は一瞬で決してしまった。

 男は動かないさやかを見て、少し申し訳なさそうに言う。

 

「……とりあえず、また今度来なさい」

 

 さやかは何も言えず、ただ深い微睡の中に身を委ねる。それが目覚めであることは、なぜだか分かっていた。

 かつて聖剣と言われた古狩人。私が悪夢で見えた恐るべき獣、そしてどこまでも人であり続けた男。さやかはこれから強くなるだろう。月光に導かれ、新たな師に教えられ。

 

 

 ━━YOU DIED━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、さやかはようやく目が覚めた。朝の陽気な木漏れ日が彼女の網膜を刺激する。眩しさを疎ましく思いながらも起き上がれば、そこは彼女がいつも寝起きをする部屋ではなかった。

 志筑仁美の部屋。お金持ち特有の広い寝室で、ベッドは豪華で……どうやら戦いで気を失った後、彼女の家に運ばれたようだった。

 

「さやかさん、目が覚めましたのね!」

 

 と、横から声がすれば親友のお嬢様が慌てて駆け寄ってくる。

 

「あぁ、仁美。ごめん、運んでくれたんだ。迷惑かけちゃったね」

 

 謝れば、仁美は首を横に振った。

 

「いいんですの。それよりも、お身体の方はもう大丈夫ですの?」

 

 言われて、さやかはベッド上で身体を軽く動かして異常をチェックする。清々しいだけで何も異常はないようだった。

 

「元気一杯、さやかちゃん復活!いや〜、仁美ん家の高いベッドでぐっすりだったよ〜」

 

 そう言えば、仁美は少しだけ呆れたように、しかし安堵したように困った笑みを見せた。

 

「もう、さやかさんったら……心配したんですよ。上条くんも夜の間ずっと付きっきりで……」

 

 言われて、さやかは驚いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ仁美!恭介もいたの!?何がどうなってるのよ!」

 

 思わぬワードに慌てれば、寝室の扉が開いた。そこから現れたのは……二人の想い他人である上条恭介。だがいつもと様子が違う。違うなんてもんじゃない、どうしたと。

 なんでそんな、春先なのに黒いコートなんて厨二病みたいな格好をしているのだろうか。

 

「やぁさやか、起きたんだね」

 

 爽やかな笑みを浮かべる恭介。

 

「恭介……どうしたのよその格好!」

 

 ああ、と恭介は自分の異常な格好に気がつく。同時にさやかは想い他人の新鮮な格好に見惚れてもいた。それは仁美も同じだろう。

 

「あの後、さやかさんがあの魔法少女を倒した後に魔女に襲われて……上条君が既の所で助けてくれましたの」

 

 えぇ!?と声を上げるさやか。

 

「僕もまた、君達魔法少女と同じように戦えるんだ」

 

 そう言って恭介は、無からノコギリ鉈を取り出す。そしてレバーを起動させ、ジャキン!と勢いよく展開して見せた。

 えらく物騒な武器に、さやかは少し引いた。引いたが、これはこれでカッコいいと、恋は盲目を発動させる。少女とは、実に愚直な生き物なのだ。

 

 ふと。何かの匂いを嗅いだ。

 

 嗅いだことはないが、それでも知っている。そんな不思議な感覚が……まるで頭の中の瞳が警鐘を鳴らす。

 

「これ……月の香り……」

 

 さやかの呟きは、仁美には届かなかった。だが恭介にははっきりと聞こえていて。

 恭介の中に眠る狩人の血が、急激に沸騰しかけた。急いで懐から鎮静剤を取り出すと、彼女達に背を向けてそれを一気に飲み干す。

 

「恭介、あんた一体何になっちゃったのよ……」

 

 眉を歪ませ心配するさやかに、恭介はまた振り返って笑みを見せる。妖しい、血に塗れた笑みを。

 そして言うのだ。自らが成り果てた存在を。これから彼らを狂わす歯車を、機械に入れるように。

 

 

「狩人さ、さやか」

 

 

 

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