魔法少女ぶらぼ☆マギカ   作:Ciels

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Under Pressure
少女の導き


 良く手入れされた薔薇園だった。まるで絵画の中から飛び出たようなこの場所は、美国織莉子の実家……常に鳴り響く都会の騒音すらもこの薔薇園では気にならない。

 高級そうなテーブルの上に差し出された、これまた装飾の凝ったティーカップを手にとる。そして、一口中身の紅茶を口に含んだ。うむ、マミの紅茶も美味しいが、この紅茶も中々に美味だ。

 

「故郷を思い出すね」

 

 嘘だ。ヤーナムで飲んだものといえば女王アンナリーゼの血くらいだろう。あの血もまた、素晴らしいものだ。身体の底から温まるような……きっと人柄が出ているに違いない。今度、女王に謁見しなければ。穢れた血を差し出さなければ。

 

「異国の方と御見受けしますが」

 

 優雅に紅茶を飲みながら買ってきたクレープを頬張ろうとする私に、織莉子は言った。私は頷いて、クレープを今度こそ食す。

 甘いクレープに落ち着いた紅茶の組み合わせは最高だった。うーむ、しかしそうなるとしょっぱいものも欲してくるな……人間とは欲深いものよ。

 

「大英帝国さ。ま、私はその片田舎と言うべきか僻地と言うべきか……そこの出身だけれどね」

 

Well......Your Japanese is very fluent.(とても流暢な日本語ですわね)

Where did you learn that language?(どこで習得を?)

 

 ピタリと私は食事の手を止める。綺麗な発音の英語だった。少しばかりアクセントに訛りはあるが、日本人の中ではかなり上手い方だろう……ちなみに私が見滝原で一番英語が達者だと思うのは早乙女先生だ。

 

Yharnam. I lived there before I came here......(ヤーナム。ここに来る前に住んでいた。)

for a long time. I learned it there(日本語はそこで覚えたよ)

 

 嘘も嘘だ、日本語は上位者になってから、短い期間で覚えた。

 それに……ヤーナムでの出来事は長いなんてもんじゃない。私からすれば、あのヤーナムでの狩は私の全てだ。それ以前のことは全く覚えていないのだから。今となってはどうでも良いが。

 気の遠くなるほど、私はあのヤーナムにて時間を繰り返した。それは同じく時を戻す少女、暁美ほむらの比ではない。

 

「そうですか……でもおかしいですわね。貴女の英語には郊外特有の訛りが一切ありませんわ」

 

 人形ちゃんのように美しい声で、しかしトゲのある指摘をしてくる。まぁ確かに、ヤーナムの発音は正しく英国的だったからそれも仕方ないだろう。その割にはアメリカ英語も混ざっていたし……思えば、あそこは言語まで特殊だったに違いない。

 

「ヤーナムは少し特殊でね。僻地だったからこそ訛りもまた少なかったのかもしれない。田舎だからと言って全てが訛るようなものでもないさ」

 

 そう言って私は、空になったティーカップをソーサーに置いた。そろそろ本題に入るべきだろうという合図でもあった。私は薔薇園の奥のベンチに横になるキリカを見通す。どうやら彼女が起きるのも先になりそうだ。

 織莉子は私の対面に座ると、警戒するように私をまっすぐ見た。

 

「聞きたいことがあるんだろう。質問し給え。答えられる事ならば答えよう」

 

 私がそう言えば、織莉子は落ち着いた様子で語る。

 

「どうやって私達の目的を知り得たのですか?」

 

 当たり前だが、彼女は私に最大限の警戒をしている。それはそうだろう、今まで秘匿していた目的がバレているのだから。

 

「啓蒙が導いた。最近起きていた一連の魔法少女殺し……そして最強の魔女。すべて調査し、行き着いた先が君だ」

 

 織莉子の表情が強張る。今私が語った事はすべて事実だ。何も私はまどか達とゆりゆりしたり恭介を血に酔わせていたりするだけの存在ではない。

 苦しむ少女を救済する。それが、私の使命。その中にはもちろん織莉子とキリカも入っているのだ。

 

「この世界に災厄を齎す魔法少女について、貴女はもう見当が着いていると?」

 

 私は頷いた。

 

「もちろん。それでいて、私は君に忠告しなければならないのさ。……彼女には手を出すなよ、織莉子。君が手を下さずとも、彼女が人類の敵になることはあり得ない。私が居る限りね……」

 

 不敵に笑えば織莉子はその端正な顔を顰めた。

 

「信用なりませんわ」

 

「ふぅん……ふふ、君は思っていたよりも感情的な少女だね。キリカが惚れるのも分かる」

 

 でもね、と言って私は立ち上がる。

 

「私の、狩人としての目的は、少女の救済なのさ。ならばその少女達が苦しむ事は望むところではない。私はね、織莉子。全ての苦難を背負った少女が、安らげる世界を目指している。そして私にはその力がある」

 

 啓蒙が、それを提示する瞳が囁く。今すぐにでも織莉子とキリカを殺してその血の遺志を吸い取ってしまえと。しかしそれでは真の救済には至らない。

 なぁまどかよ。君が未来、異なる世界で成し遂げた救済は、意思を無視しすぎていたんだよ。だからこそ、ほむらに拒絶されてしまった。今なお世界を吸い尽くし、彷徨える身となっても君には理解できまい。今の君では……

 

「君の瞳は美しい。未来を見据え、憂い、自らを犠牲にしてまで救世を成し遂げようとするその心……それはかけがえのないものだ。だがね、それだけではいけないのさ」

 

 身を縮こませる織莉子を包むように、私は見下ろした。その瞳で……

 

「啓蒙を高めよ。私は魔法少女でもなければ魔女でもない。もちろん宇宙の使者とも繋がりは無い。私は少女の味方なのさ……なぁ、安心し給えよ。救世を成し遂げたいのだろう?ならば私と手を取ろう。君が殺してしまった少女達のためにも……織莉子」

 

 私の宇宙が織莉子を見つめる。底知れない恐怖と狂気が、まだ幼くも賢い織莉子を包み込もうとしていた。

 抗えない何かが、織莉子を支配しかける。だがまだ足りない。織莉子は賢い。そして懸命だ。健気だ。美しい少女はまだ抗えるのだ。

 

「貴女は、一体何者なの……?」

 

 その質問に、私は笑みを持って答えた。

 

「狩人は狩人でしかない。狂った獣を狩り殺し……少女を守るのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美樹さやかは激昂していた。教室について、朝はいなかった目的の人物を見るや否やズカズカと歩いてそちらの方へと向かう。事情を知らない他人から見ても、彼女が何かに怒っている事はわかるほどだ。

 

「さやかさん、待って下さい!」

 

「落ち着いてよさやかちゃん!」

 

 まどかと仁美の制止を振り払い、一人窓際で黄昏る私の前にさやかはやって来る。そして勢い良く私の胸ぐらを掴んで見せた。教室中の視線が集まる。

 怒りに狂った少女を見下ろし、私はそれでも微笑を崩さずに尋ねる。少女はどこまでいっても少女だ、怒りに狂ったとしてもそれはヤーナムの狂気と比べるまでも無い。

 

「どうかしたかい、さやか」

 

「あんた……!恭介に何をした!」

 

 昨日の出来事は知っている。懲りもせず襲ってきた杏子と戦ったさやかと仁美が恭介に助けられた。

 

「彼が望むことを、私なりに叶えたに過ぎないさ」

 

 そう答えれば、さやかは投げるように私から手を離した。崩れた胸元を正すと、さやかは言う。

 

「私、あんたを誤解してた。あんたはミステリアスだけど強くて、頼りになって……私達を導く光だと思ってたのに。違ったんだね。恭介をあんな身体に変えちゃったんだ……あんな、人間じゃ無い身体に!」

 

 はぁ、と溜息をついてから、私は両手を広げる。

 

「酷いじゃないか……私とて、その仲間だ。私も狩人で、彼もまた同じ」

 

「あんな月の香りなんて漂わせてる人間、普通じゃない!」

 

 

 待て。今、なんと言った?

 

 私は目を見開き、逆にさやかに詰め寄った。そして彼女の肩を掴み、瞳を覗かせて尋ねる。

 

「月の香りを、感じるのか?」

 

 笑みが一切消えた私など、彼女は見たことがなかっただろう。さやかは気圧されたようにたじろぎ、頷く。

 

「あんたもそうじゃない……恭介から全部聞いたよ。あんたが、マリアが契約を持ちかけてきたって」

 

 何か、さやかから感じる。精神を研ぎ澄まし、脳の瞳のその先、暗い宇宙で彼女を覗き。

 光の糸を、私は見てしまった。

 

 

 

 

 ━━ああ、ずっと。ずっと側にいてくれたのか。

 

 

 

 “彼”の遺志を感じる。あの気高い、英雄であり続けた民衆の味方。そして、どこまでも愚かで欺瞞の光に導かれていた男を。

 見捨ててはおけなかった。私はそのまま尋ねるのだ。

 

「さやか、君は月光を見たね?」

 

 そう尋ねれば、さやかは困惑した表情からある種、決意に満ちた表情へと変わり果てた。どこまでもその表情は少女らしくはない。ただ、英雄のような貌があるだけ。

 しかし、なぜだろう。彼女には良く似合うのだ、その貌が。美しいとも思ってしまった。私にはなり得ない、その姿に。

 

「私は見たよ。導きを。だからね、マリア。あんたが違うなら、私が魔法少女の導きになってやる」

 

 暗黒の彼方、宇宙を彼女の瞳に見た。彼女の気高き心が月光を呼び寄せたのだろうか。こうなれば、私が言う事は何もない。

 

「……そうか」

 

 肩から手を離す。それも良かろうさ。だがね、さやか。その道は薔薇で舗装された、険しき道だ。それを忘れてはなるまいよ。

 私は素直に、英雄になりつつある少女に言う。

 

「恭介は泣いていたんだ。君たちに何もしてやれないとね。だから私は、知り得る手段で彼を救ったのだよ」

 

 懺悔するように言う。事実、それは想い他人達に何も言わずに契約させてしまった私の罪でもあった。

 私の目的は少女の救済。このままでは、魔法少女の真実を知った時にさやかと仁美は絶望してしまう。だからこそ、恭介と血の契約を結ぶ必要があったのだ。

 想い他人が人外になれば、悩む必要はないだろう。

 

「そう。でもね、あんた勘違いしてるよ」

 

 強い意志を持って、少女は言う。

 

「私と仁美の願いの根本は、恭介の幸せだよ。あんたは私達からそれを奪ったんだ」

 

「……そうかな。いや、そうは思わない」

 

 燻る火が、反論させた。さやかはこれ以上の議論の余地はないと判断したのか、反転して席へと歩いていく。何も言わず……

 君もいつか分かる。私の行いは正しくなくとも最良だったと。それまでは、私に怒りの矛先を向けるが良い。

 

 そんな折、恭介がやってきた。彼は私を蔑むような目で見ると、一言だけ。

 

「自業自得だな、上位者め」

 

「……やはり男は嫌いだ」

 

 フェミニストではない。だが、男はこうだから嫌いなのだ。

 

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