ひっきりなしに騒音がゲームセンターの中を飛び交う。前に一度、この場所には興味本位でやって来た事はあるが私はこの空間を好きにはなれない。
そもそも、私は静寂の中で少女達に囲まれながら紅茶を飲むのが好きなのだ。BGMは少女達の姦しい声だけでよろしいのだ。それ以外は邪魔でしかない。だからこの、やりもしないゲームの音声が漏れるこの世界は好きではない。
ただ、唯一この場で私の目を惹きつけて離さないものがある。それはダンスゲームに興じる佐倉杏子だ。
彼女はその細身で無駄のない身体で、難易度の高い曲に合わせてステップを踏んでいる。飛び散る汗は星の娘の飛沫を彷彿とさせて美しい。長いポニーテールが揺れると、杏子の端正な横顔がちらりと見えた。
内なる獣が飛び出る事を必死に抑え、私はただそのプレイを見ているだけだ。杏子がいるのならば、ゲームセンターも悪くはないかもしれない。それに、あのゲームは恭介のステップを鍛えるのにも使えそうだ。
彼女が満点でダンスゲームを終えると、少しだけ息を切らしながら満足そうにお菓子を頬張った。あのお菓子になりたいという欲求を堪え、私は拍手で彼女の遊びを讃える。
「良いダンスだったよ、杏子」
「あんた……狩人、だっけ」
私を見た途端に杏子の目つきが鋭くなった。私は炭酸たっぷりのジュースの缶を彼女に差し出す。
「飲むかい?喉が乾いただろう」
杏子はしばし警戒したように視線をジュースと私とで行き来して見せたが、その細い指がジュースを受け取って見せた。
「貰うよ。もったいないしね」
やはり彼女は良い子だ。普通の魔法少女ならば、一度戦った相手の施しは受けないだろうに。それに、もったいないというのは本心のようだ。このご時世、八百万の概念さえ忘れてしまっている現代っ子にしては見所がある。
私と杏子はゲームセンターのベンチに腰掛けると、お互いジュースを飲みながら休憩する。
「んで?あんたが来た目的を聞かせてもらうよ」
痺れを切らしたように杏子は言った。
「うん。君、ほむらとはもう会っているね?」
「あのイレギュラーって奴だろう?会うも何も、ちょっと前に向こうから話しかけて来たよ。あんたと戦う2、3日前じゃない?」
ちなみにこの事実はほむらから聞いている。それでいて、私は彼女に提案したいのだ。
「なあ杏子、美樹さやかと志筑仁美……あぁ、あの月光の導きを宿す少女と物騒な得物のお嬢様について、君はどう思う?」
杏子は私の質問を受けて少しばかり怪訝な顔をして見せた。だがしっかり答えてくれる辺り、やはりこの娘は良い子なのだ。
「お子ちゃま。私にはわかるね、あいつらどうせ願いを他人に使ったんだろう?」
私は静かに笑う。確かに、そうかもしれない。だがその視点はあくまで杏子のものだ。私は二人の覚悟を笑ったのではない。
「確かに、仁美の祈りは想い他人の成長を願う事だった。だがさやかは違うよ、その想い人に自分達を見て欲しいと願ったんだ」
「それってもしかして、三角関係ってやつかい?ませてるね……ちょっとまてよ、その想い他人って、まさかあの男か?黒いコートの」
彼女は確か恭介を見ていたね。ならば話は早い。私は頷いた。
「ふーん……魔女を殺せる一般人なんて初めて見たけど、なるほどね。まぁ私には関係ないけどね」
「そうかな。少なくとも、彼女達は人々の平和のために戦う事が魔法少女の使命だと思っているようだよ」
パキッと、杏子が咥えていた駄菓子が割れる。鋭い瞳が私の横顔を捉えた。
「君は違うだろう?魔法少女とは、自らのために願いや力を行使すべきだと考えている」
「……それが魔法少女だろ」
ふふ、と私は微笑んだ。
「それも人それぞれだろうね。ただ、人々の平和を願う祈りはまた、呪いも産んでしまう事を君は知っているね?」
ダイレクトに、私は杏子のトラウマを抉りにいった。杏子は私を睨むと唸るように言う。
「おいてめぇ、それ誰から聞いた」
「マミさ。彼女は後悔していたよ、君を受け止めてやれなかったとね」
「はん、大きなお世話だ」
ストレスを解消するように杏子は続け様に駄菓子を食べる。しかし彼女はちょいちょい間食しているのに太らないものだね。私も太り辛い体質だが、マミあたりに知られたらそれだけで怒られそうだ。
そこで、と私は話を続けた。
「君、また彼女達と会ってみ給えよ。君としても負けたままじゃ示しがつかないだろう」
その一言がプライドを傷つけ、また彼女の闘志に火をつけたのだろう。杏子は獰猛に笑う。
「へぇ……あんた、意外と悪い奴だね」
「そうかな。うん、そうだね。私は結構悪い奴だよ。上位者だしね」
星の娘とゴースの遺子以外はろくでもない奴らばかりだしね、上位者というのは。だからこそ上位者なのかもしれないが。
私は立ち上がると、側にあったゴミ箱に空き缶を投げ入れた。さて、私が杏子にしてやらなければならない事はこれで終わり。あとは彼女達がうまくやる番さ。
「それじゃあ私は帰るよ。聞いているとは思うけれど、ワルプルギスの夜もやって来るからその時は頼むよ」
「ああそう。ジュースご馳走さん」
それだけ会話し、私たちはまた日常に戻る。しかし杏子も寝泊りする場所がないならば私の所に来させてやりたいものだ。まぁ、今はまだ無理だが……そのうち、ね。
一人ぼっちは寂しいだろう?
バイオリンの音色が響く。甘く、美しい音色は心を洗うようだ。現にさやかはそれに身を任せ、聞き入っていた。そして友であるまどかもそれを聞いてにこやかに笑っている。
目の前でバイオリンを弾く上条恭介の姿は凛々しい。まるで動く彫刻のようであり、仁美の心も魅了している。でなければ、魔女退治の前にわざわざ彼の家に寄ってバイオリン演奏なんて聞かないだろう。
しかし今日ばかりは、仁美の頭にその音色は届かない。原因はもちろん魔法少女の秘密を知ってしまったからだろう。故に仁美はどこか晴れない顔でただひたすらにその演奏を流すだけ。
演奏が終わると、恭介は二人にまずは謝った。
「ごめんね、本当なら着いて行きたいんだけど。今日のレッスンはどうしても外せなくて」
バイオリニストを目指す上条恭介ならではの予定がある。しかしさやかは笑顔で首を横に振る。
「平気平気!いや〜恭介の演奏聞けたからこの後の魔女退治もバッチリですわー!」
相変わらずの天真爛漫さでさやかは答える。
「上条くん、前よりバイオリン上手くなったんだね」
まどかも上条のバイオリンを褒め称える。それはそうだろう、ただでさえ扱いが難しい仕掛け武器を使うのだ。楽器の一つや二つ、上手く扱えずにどうするのだ。
そうして、魔女退治の前の癒しは終わりを迎える。少女達は平和を守りに、少年はバイオリンを……夜は夢の中で、狩の鍛錬に勤しむだろう。
だが、聡いまどかは見逃さない。緑髪の少女の憂いた表情を。
上条邸を出れば、すでに空は夕暮れ時。太陽が沈めば夜がやって来る……そうなれば狩の時間だ。それは魔法少女とて変わらない。それなのに。
三人は出会してしまった。赤い髪をポニーテールに纏め上げ、薄緑のパーカーを羽織る薄着の少女……彼女は三人を見ると不敵に笑った。
「よう、ボンクラども。これから魔女狩りかい?」
ポキっと杏子の八重歯がお菓子を割る。
「あなたは……!」
瞬時に仁美は前に出ようとしたが、さやかがそれを手で制した。怪訝な顔で仁美がさやかの顔を見てみれば、その表情は非常に凛々しい。ただただ杏子を見つめて力強さを見せつけるのみ。
「そうだよ。それが私達魔法少女の使命だから」
はっきりと言って見せたさやかを、杏子は笑う。
「はっ!それは誰の受け売りだい?マミか?それともあの狩人か?」
杏子はずいっとさやかに詰め寄ると動じないさやかの顔を睨み上げた。その表情には嫉妬が隠れている。
さやかの、月光の使い手としての啓蒙が導くのだ。
「いいか、魔法少女ってのはな、誰かのために願いや力を使うもんじゃないんだよ。自分自身のために使うもんさ」
「まるで教訓だね。分かるよ、あんたが言いたいこと」
唖然とした。まるで同情するように言って見せたさやかに、杏子はしばらく呆けると突然怒りを沸騰させた。
胸ぐらを思い切り掴み上げ、先ほどとは比べ物にならないほどの狂気を向ける。
「知ったような事言うんじゃねぇッ!」
怒号が飛ぶ。その光景に仁美は変身して撃退しようか悩み……まどかは困惑して慌てふためきながら何とか彼女達のいざこざを止めようと割って入った。
杏子の手を振り払うと、さやかを守るようにしてまどかが立ち塞がった。
「もうやめてよ!同じ魔法少女じゃない!」
「同じじゃねぇッ!こんな……こんな甘い考えの奴と一緒にするなッ!」
杏子の手が怯えるまどかに触れそうになる……その瞬間。
「やめなよ」
さやかの手が、杏子の腕を掴んだ。怒りに震える杏子はさやかの目を見上げ……驚いてしまった。
宇宙のような瞳。見た目では分からないのに、その青髪の少女の瞳の奥に広大な宇宙が広がっているような感覚に陥った。
杏子は底知れぬ不安に心を擽られ、強引に手を振り払ってその不安すらも拭った。そして宣言する。
「場所、変えようぜ。てめぇらに現実を教えてやる」
それは再戦の宣告。さやかは何も言わず、ただ後ろの仁美と目を合わせた。仁美は渋い顔をしながらも頷く。まどかはただそれを見ていることしかできなかった。
それは、ワルプルギスの夜がやって来る9日前の事だった。
久しぶりに……いや、実質ほんの三日ぶりだ。マミと二人きりで気に入った屋台のクレープを食べながらフラペチーノなるものを嗜んでいた。
昨日といい、別の少女と紅茶を嗜む機会が多かったからマミと二人でお洒落に少女らしく楽しむのも良いだろう。
今は夕暮れ時。きっと今頃、杏子は二人と接触しているだろう。それで良いのだ。この接触は皆の成長へと繋がる。私は少女の成長を喜ぶものだ。
「最近放課後は何をしていたの?全然お茶にも魔女退治にも来てくれなかったじゃない」
ふと、マミが妬いたように頬を膨らませて言ってきた。私は口元に着いたクリームをぺろりと舐めると不敵に笑って言って見せる。
「秘密は甘いものだろう?ふふっ、女はミステリアスな方が素敵だろう?」
いわば、誤魔化しだ。だがそんな誤魔化しは案外ちょろいマミにはよく効くものだ。彼女はもう、と困ったように言うと納得して見せた。マミよ、私は心配になるぞ。
しばらく私達がお喋りと甘味を持って少女らしくしていると、突然の来訪者がやって来た。寡黙だがその実燃え上がるような使命を帯びた少女、暁美ほむらである。
マミのやや後ろに突然現れた彼女は、ズイズイこちらにやって来る。その姿を私はいつもの微笑で歓迎し、マミも鋭利な感覚によって彼女の存在に気配のみで気がついた。
「暁美さん……」
マミが警戒して立ち上がろうとするのを、手を握って抑えた。少女らしい驚いた小さな悲鳴を上げるマミは可愛い。
「やぁほむら……君が言いたい事は分かるよ」
十中八九、杏子の事だろう。私の行いが彼女の計画にヒビを入れた事は想像に難くない。その証拠に彼女の表情は珍しく怒気を含んでいる……その表情もまた良いものだ。
「余計な事をしてくれたわね、白百合マリア」
「杏子の事は心配せずとも良いさ。今宵の邂逅は彼女達の成長に必要なのさ……それとも何かね?君の計画とやらはそんな些細な事柄でお釈迦になるようなものなのかね?ならば計画を一から練り直した方が良い、むしろイレギュラーを取り入れるくらいでなけれはなるまいよ……啓蒙を高めよ」
「ふざけないで。今美樹さやかと志筑仁美は彼女と争いになっているわ。この時期に無駄な消耗は許されない」
「許されない……ふふ、なぁほむら。許されないだと?この私に、君は警告するのかね?それは無謀と言うものだよ」
「え、何?佐倉さんまた……」
私とほむらのやり取りを、マミは困惑したような表情で見ている事しかできない。なるほど、今日は喧嘩と困惑が行き来する運命にあるようだ。
私は立ち上がると、制服からいつもの狩装束へと切り替える。仕方がない、彼女を納得させなければまた私は嫌われてしまうよ。私は白き宇宙の使者と違って少女に嫌われる事を良しとしないからね。
「そんなに言うならばほむら。是非とも彼女達を見学しに行こうじゃないか。どうするねマミ、君も来るかね?」
私がそう言えば、マミは慌てたように立ち上がった。
「ちょっと!一からちゃんと説明してちょうだい!」
「道中、ね。さぁ行こうか。導かれた少女の成長も見たいしね」
その女性は、夢にやって来るや否や勝手に百合の狩人がいつも座っているフカフカのソファに腰掛けた。
客人の女性は美しい。流れるような金髪に、グリーンの宝石のような瞳。そして、ちょっと民族的な衣装。だがそれ以上に、何か神秘的なものを感じるのだ。まるで見たことのない神様を見ているような、そんな奇妙な錯覚だ。
このみはその客人の対応を、住人である人形と丁重に行っていた。あやかはその性格上接客には……向かないのだろうか?意外にも彼女はお喋りだから今のところ夢の中でのコミュ力が一番高いが……
とにかく、命ぜられた少女は自らの淹れた紅茶をトレーに乗せ、その女性へと運ぶ。
緊張はしていた。何せ、あのゲールマンと時計塔のマリアが会いたくないと言っている相手だ。
「紅茶をお持ちしました」
粗相がないように、低姿勢で女性に紅茶を差し出す。すると女性はそのやや眠たげな瞳を少女に向けてため息をついた。
「本当、人間と言うものは低次元な事を考えるものね」
「はい?」
思わずこのみは聞き返す。同時に自らが何か粗相をしてしまったのではないかと慌てた。
女性は顔を背けると、憂鬱な表情で勝手に言うのだ。
「自ら望んで美しさを手に入れたのに、どうして後悔するのかしら。少し考えれば分かるでしょうに……ま、だから人間なのだろうけど」
直様その言葉の意味を理解した。自分の願いの事を言われているのだ。どういう理由でそれを知ったのかは分からないが……きっと、百合の狩人と同じく啓蒙というやつなのだろう。
それ故に、このみは無視できない。自らの命を賭した願いを否定されたのだ。例えその愚かさが事実だとしても……それを否定できるのは、同じく魔法少女のみ。
「ちょっと!何なんですか!」
「何って……ああ、貴女人間だものね。ごめんなさい、配慮が足りなかったわ」
その態度に心底怒る。何だこの女は。何故こんなに上から目線で接せられなければならないのだ。
またこのみが反論をしようとして、後ろから伸びた手が彼女の肩を優しく押さえた。振り返れば、あれほど会うのが嫌だと言っていた老人、ゲールマンが優しい微笑みで頷いている。
彼の頷きに身を任せ、このみは身を引いた。失礼しますとだけ言うと、彼女は工房の中から出て行く。
ゲールマンはぎこちない動きで近くの椅子まで移動すると、痛む脚を押さえながら腰掛けた。
「あまり年頃の娘を傷つけないで頂けないかね、星の娘よ」
キラキラと光る女性の瞳が、ゲールマンを捉えた。
「低次元の宇宙に囚われた人間が悪いの。さぁ、百合の狩人を出して頂戴な。私、あの子に用があるの」
ゲールマンは困ったように笑うと、首を横に振る。
「申し訳ないが、彼女は今出かけていてね。君が良ければしばしここで待っていてくれないかな」
「ふぅん……人の身から上位者になった半端者が、私を待たせるのね」
初めて無表情の星の娘は顔を歪めた。ゲールマンは年老いた柔らかい表情の中に、狩人らしい視線で女性を睨んだ。
「たとえ星の娘と言えども……我が弟子をバカにするなよ、上位者風情が」
鋭い、針のような殺意を星の娘に向ける。最初の狩人は老いてなお、いや老いたからこそ獣を超えている。対して彼女はちらりと老人を流し見るだけ。
だが、それは宇宙の瞳。人は持ち得ない禁忌の神秘。それはゆっくりと老人の内に潜む狂気を高めて行く……
二人はしばらく見つめ合う。その冷戦を止めたのは、星の娘だった。
彼女はため息を吐いてぐだっとテーブルに突っ伏した。どこまでも気紛れなのは上位者の特権だ。
「もういいわ。待つ。だからその不快な目で私を汚さないで」
「そうかい……なら、それで良いさ」
身体から溢れそうな狂気を抑え、老人は咳払いした。同時に星の娘のお気に入りが戻って来るのを心から懇願するのだ。
エブたそ