魔法少女ぶらぼ☆マギカ   作:Ciels

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ここから分岐していきます。


Ashes To Ashes
美しい娘達


 

 

 ピシリとカップにヒビが入る。そこから冷めた紅茶が漏れ出すと、織莉子の学生服のスカートに染みを作った。彼女はあっ、と戸惑いながらも服が汚れる事よりお気に入りのカップが使い物にならなくなってしまった事に気を取られてしまった。

 そして番犬であり忠実な僕であるキリカが慌てたように、必要以上に彼女に寄り添う。

 

「大丈夫かい織莉子!」

 

「ええ、熱くはないし平気よ」

 

 それだけ言うと織莉子に対してのみ心配性なキリカは急いで厨房へと布巾を取りに行く。忙しない様子だが、こんなものはいつもの事だ。

 ただ、ちょっとばかり嫌なことがあってそれを補ってくれるパートナーがいて。そんな日常の一ページに過ぎないはず。それでも織莉子はこのヒビ割れを、どうしても単なる事象として片付けることはできなかった。

 何かがおかしい。あの狩人を自称する彼女が現れて以降、事は順調に進んでいるはずなのに。不必要な犠牲が出ずに済んでいると言うのに。

 なのに一体、何がそんなに彼女を不安と焦燥に駆らせるのだろうか。それが分からない。だからモヤモヤするのだ。

 

 狩人の啓蒙というものは、それこそ突然訪れるものだ。ここぞという時に脳に潜む蛞蝓が囁いてくれる。それが良きにしろそうでないにしろ、啓蒙とは実に気紛れな猫のようなもの。

 そしてここで忘れてはいけないのが、神の啓示というものだろう。我々のように物を知らぬ人からすれば、その啓蒙はまさしく神の啓示に他ならぬ。事実、古来より人は人知を超えた知識を啓示として扱ってきたのだ。

 

「これは……予知……?」

 

 美国織莉子がもたらした奇跡に、未来を予知する力が挙げられる。それは過程は違えど、啓蒙や啓示に他ならない。

 少女は見たのだ。その暗い、高次元暗黒の先に待つ救済を。その救済は自身ら魔法少女を救うものであると。そして、救世主の姿を。そこにあの世界を喰らい尽くす怪物は存在しない。ただ、清き心を持つ偉大なる少女がいるだけ。

 そしてその、神にも等しい救世主に立ち向かう━━百合の狩人を。

 

 聡明な織莉子にはその一瞬だけで良かった。ただ、次の目的が見つかっただけだった。齎された結果だけで良かったのかと自身に問いかけた日々がようやく報われたのだと、彼女は清々しい心で受け入れることができた。

 

「織莉子、タオルを……織莉子?」

 

 気がつけば、両の腕を天に伸ばして立ち尽くす少女が居た。気持ちが悪いほどに美しく、彫刻のような聖女の姿。

 美しい。やはり自分の愛した織莉子は綺麗なのだと、再認識はすれどもキリカは思うのだ。

 

 今、彼女の中に自分はいない。これほど彼女を愛する自分は、眼中にすらないのだと。キリカは怖くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が草臥れた様子で夢へと帰ると、恭介が更にボロ雑巾のような格好で墓石の前に崩れ落ちていた。半殺しにされた彼は、なにかと必死に戦っていたのだろう。だが死んではいないからリセットされないのだ、彼はただ、疲れ果ててその獰猛な眼差しを私に向けた。

 

「どこもかしこも……獣ばかりだ……」

 

 奇しくも昔、あの神父が言ったように。恭介はそれだけ口にすると斃れる。死体は残らず、ただ消え去るのみだ。復活しない所を見るに、そのまま現世に戻ってしまったか。

 私は工房を見上げる。何ともまぁ修繕のしがいがあるくらいに破損していた。燃えていないだけマシだが……まったく、どうしてゲールマンは最期には工房を燃やすのだろうか。まぁ良い。

 

 無人の階段を登り、静けさだけが支配する工房の扉を開ける。そうすれば、今回の騒動の主犯がいた。

 美しい娘はただ平然と椅子に座り、紅茶を啜っているだけだ。その対面にはゲールマンと人形ちゃんが同じように椅子に座っている。どうやらこのみとあやかは不在のようだ……マリアお姉様もいないようだから、きっとゲールマンが薔薇園の方へ逃したのだろう。

 

「お帰りなさい、狩人様」

 

 いつものように人形ちゃんが出迎えてくれると、彼女は立ち上がって紅茶が入ったポッドを持ってくる。私は美しい娘の横に座ると、人形ちゃんが淹れてくれたそれを飲んだ。疲れた身体に染みる……まったく、今日はついていない。

 ふと、美しい娘が私を無機質な表情で眺めている事に気がついた。私は一息入れてから、

 

「やぁ、久しぶりだね……エブちゃん」

 

「あら。ようやく挨拶したと思えば貴女……随分と血が少ないわね」

 

 事実、私は発狂してから血を補充していなかった。

 

「なら君の血を私にくれるのかい?」

 

「嫌だわ。貴女、そうやってすぐに女の子を口説くんですもの。あの城に閉じ込められた哀れな女といい烏羽の狩人といい……でも、そうね。私貴女の事好きよ。だって良い啓蒙を持っているもの。半分人間だけれど」

 

 そう言って美しい娘は私の手を握る。暖かな温もりが肌に伝わってくる。私はその手を、自身の頬に擦らせた。

 

「私の弟子が迷惑をかけたね」

 

 至福の一時だった。こんなにも美しい少女の温もりを感じられるなど、やはり私は幸せものだろう。エブちゃんは少しだけ表情を困らせると、

 

「しっかり犬には首輪をつけておきなさいな、野蛮ったらありゃしないわ」

 

 そう言って私の上に跨った。ゲールマンはにっこりと笑ってその様子を眺めている。スケベ爺め。貴様に百合の良さは分かるまい。

 私は彼女の腰に抱き付くと、その豊満な胸に顔を埋めた。決して彼女は薄着ではないが、着ている服の素材は薄いものだ。ダイレクトにその柔らかさが伝わってくる。

 

「飢えてるわね」

 

「いつだって少女と血に飢えているのさ……」

 

 お姉様もこれくらい私を受け入れてくれていればいいのだが。まぁ、お姉様は私と同じで胸があれだし。

 と、扉の隙間からこのみとあやかが顔を赤くして覗いているのが見えた。というより目が合った。ちょっと刺激が強かったのだろうか。まぁ良い、いつか君達ともこうして愛し合いたいものだよ。

 

 しばらくこうしてエブちゃん成分を補充していると、向こうから話しかけてくる。

 

「それで、貴女の計画はうまくいっているのかしら。その様子では苦戦しているようだけれども」

 

 私は顔を胸に埋めたまま、首を横に振った。

 

「くすぐったいわ。何かあったのね。どうやら古い奇跡のようなものに当てられたみたいだけれど」

 

「難しいものだね、少女達とは」

 

「あら、珍しく……いえ、事女の子相手では貴女は悩みっぱなしだもの。乳母も心配していたわ。こんな月の支配者の置き土産に籠らずとも、こちら側に来れば良いのに」

 

「やる事を終えたらね。私は百合ハーレムを築くまで高次元暗黒に逃げるつもりはない」

 

 たとえまどかの因果が増え続け、私の手に余ろうとも。

 エーブリエタースは私の頭をそっと撫でると、自慢の銀髪に口づけする。上位者の口づけ。それが意味するのは、更なる啓蒙を授けるという事だ。私は恍惚とした表情を隠しながら、ただその啓智に震えた。

 やはり美しい娘は正しい。一人動く私に安定した安らぎを与えてくれる……

 

「好きよ、狩人。でも辛くなったらいつでも私に言いなさいな。貴女は私のつがいなのだからね。ハーレムも、私が一番ならそれで許すわ」

 

「……う、うん」

 

 でも、ヤンデレだ。それだけがネックなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は震える。一人、高級そうなベッドの上で心の寒さに震えながら。

 朝の陽気は心地良いものだ。それが春先ならば尚更人の心を暖めてくれるだろうが。今の彼女にとって、その陽の光は自らの罪を暴くであろう業火の炎に等しい。毛布に包まり虚な瞳を空虚に向ける。でもだめだ、すぐに自らが気付いてしまった過ちが脳を行き来するのだ。

 

 志筑仁美は確信してしまった。自らの祈りによって得たソウルジェムの秘密を。この宝石は単なる魔法少女のシンボルではない。文字通り、自らの魂そのものの具現化なのだと。

 佐倉杏子との第一回の戦いでその事実を疑い、昨日の鹿目まどかの祈りによって確信へと変わった。仁美は魔法少女故に、感じていたのだ。あの時、まどかの奇跡によって齎された効果によって、一時的にだが倒れた魔法少女達のソウルジェムとのリンクが切れてしまっていた事に。

 

 それだけならばまだ良い。仁美は聡明だ。私が齎した啓蒙もそれに拍車をかけているのだろう。

 だからこそ、気がついてしまった。魔女と魔法少女の関係性。魔法少女が流れ着く成れの果てを。魔法少女は、いつか魔女になるのだと。

 

 

「やぁ仁美。どうしたんだい、学校へ行かないなんて君らしくないね」

 

 

 絶望の淵にある少女の下へやってくるのは、宇宙の使者。そして、彼女を絶望の未来が待ち受ける魔法少女へと変えた悪魔。仁美はキュゥべぇを見た途端、ベッドから飛び出てその白い身体を握り潰した。

 生物なのか疑ってしまうほど、その身体には体液が存在しなかった。ただの白い、綿菓子のような肉。可愛らしい形が一気に肉塊と化し、仁美はその悍ましさに吐き気を催した。

 

「う、うぐ、おえ」

 

 なんと、この世の真理の醜い事か。時に知らなければ良かった事など沢山あった。それでも真理を探求するのは啓蒙高き我ら狩人の性。

 

「まったく、酷いじゃないか。出会い頭にボディを消耗するなんて。暁美ほむらじゃあるまいし」

 

 だが宇宙より来たりし者に恐怖など存在しない。淡々と、彼はまた現れる。その異様な光景に仁美は戦慄した。

 キュゥべぇは仲間の死骸をその場で余す事なく食すと、短いゲップをしてから言う。

 

「その様子だと、君は魔法少女と魔女との関係について気がついたんだね」

 

 悪びれる様子もなく、ただ告げる。

 

「なぜ……なぜ言ってくれなかったんですか」

 

 私達はいずれ魔女になると。

 

「聞かれなかったからね」

 

 当然の事だと、少女の気持ちを鑑みる事はしない。

 

「第一、そんなに嘆く事かな?君は絶望していた上条恭介に希望を与えたじゃないか。もし彼がこのままでいたのであれば、きっと自殺していたに違いない。でも君がその身を捧げて奇跡を齎した。なら、その代償も支払うべきだ」

 

「貴方の目的は、一体」

 

 宝石のような瞳が怪しく光る。

 

「宇宙の存続だよ」

 

 そうして、彼は。彼らは、自らの目的を語る。危機にある宇宙。宇宙のエントロピー問題を解決するために、少女達の感情エネルギーを利用している現状。必要なエネルギーは、魔法少女が魔女に転移する際に発生するものが一番多い。

 故に彼らは求める。少女の絶望を。絶望の先に待つ、莫大なエネルギーを。仁美はそのスケールの大きさに圧倒され、改めて途方も無い目的の為に産み落とされた自身に絶望した。

 

「騙したの、キュゥべぇ」

 

「騙した?君達はいつもそうだ、事実を告げればそうやってこちらを勝手に非難して。だから言ったろう?僕たちは君達が望む奇跡を与えたんだ。なら、こっちもメリットを求めるものだろう」

 

 決して、キュゥべぇは間違ったことを言っていない。だがそのやり方は未熟で多感な少女達に受け入れられるものでは決して無いものだ。

 技術を高め過ぎて哲学的な思想を捨て去った上位者の末路のようなものだ。私達、真に啓蒙高き上位者ならばこうはならなかったろう。中途半端なのさ、君達は。

 

「こんなの、あんまりだわ。ゾンビになってしまったようなものじゃない」

 

 態とらしくキュゥべぇは溜息をついてみせる。

 

「君達は戦っていて何も思わなかったのかい?昨日もその前もそうだけど、本来人間があんなに肉体的損傷を負ってしまったらあんなに機敏に戦えないだろう?それはあの白百合マリアも同じさ。最も、彼女も僕達と種族は近いものがあるけどね」

 

 その言葉に耳を疑った。あんなに自分達を思って行動してくれるあのミステリアスな少女が、宇宙人と同じだと?

 キュゥべぇはそれを意に介さず、ただ続ける。

 

「じゃあ、そうだね。実際に君に本来の痛みを知ってもらおうか」

 

 と、宇宙の使者は机に置かれた仁美のソウルジェムに前足を触れさせた。

 

 

 

 

 

「おッ!?ごっ、ええええ!!!!!!あガァッー!?」

 

 

 

 途端に仁美は腹を押さえてその場にのたうち回る。味わったことのない痛みが、彼女の内臓を襲った。まるで腹の中に手を突っ込まれ強引に引き裂かれたような痛み。ただの少女が耐えられる痛みをとうに超えている。

 キュゥべぇがまたソウルジェムに触れると痛みは消える。だが余韻は。彼女の身体に確かに残っていた。

 

「それは白百合マリアがよく行う……内臓攻撃とでも呼べば良い攻撃さ。流石にそこまで損傷を負ってしまえば魔法少女でも動けなくなるだろうけど、回復魔法を使えばすぐに元通りになるだろう?ほら、便利じゃないか」

 

 淡々と告げられる。だが仁美にはもう反論する余裕は無かった。ただ転がり、息を切らしてその声を聞くだけ。

 

「まぁいいさ。魔女を倒してくれさえすればそれでね。今日も魔女は出るだろうから、魔女退治に勤しんでくれよ仁美」

 

 それだけ言うとキュゥべぇは立ち去る。仁美はそれから、長い時をその場で、その姿勢で過ごしただけ。夜になればまた狩りの時間がやって来る。仁美は、絶望しても獣を狩るしかないのだ。

 少女である為に。生き残る為に。かつての同胞を、屠るしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━かつて私が見た導きとは、欺瞞だったのだろうか。

 ルドウイークはいつもの夢の中で一人考える。ただベンチに座り、祈るわけでもなく。自らが師と崇めたものの存在について考えるのだ。

 ここは美樹さやかの脳に潜む夢の中。故に彼は一部始終を見ていたのだ。彼女が導きの光に心を奪われ、半ば獣と化してしまったことを。

 

 ルドウイークは英雄である。

 獣に悩める民衆のために立ち上がり、医療協会の剣として数多の獣と戦った。仲間を集い、鍛え、共に戦い。その中には確かに民衆からの嘲りと罵倒はあれど、彼はそれらの為にも傷つきながら、喪いながら戦った。それは正しく英雄と言って差し支えはない。

 

 同時に、彼は聖剣である。

 彼だけに与えられた秘する導きの剣。それは彼の心の縁で、師で、信仰だった。途方も無い獣と対する時はいつでも月光は彼を導いてくれた。人々に嘲られ、罵倒されても月光を信じ心は折れなかった。だからルドウイークは英雄でいられた。

 

 だからこそ、彼は導きの月光の正体を知ってしまった時絶望した。なんて事はない。月光の糸なんてものはそんな美しいものでは無かったのだから。

 虫。連盟と呼ばれる狩人達が呼ぶ、その汚れの亜種。それこそ月光の……いや、月光が齎した導きの糸の正体。獣の病の正体に通じるもの。それこそが彼が縋っていたものだった。

 それから獣に堕ちるのは、長くは無かった。

 

 美樹さやかは正義を重んじる少女だ。例えそれが論理的でなくとも彼女は自らの正義のために戦うだろう。英雄となる素質を持つ、素晴らしい少女であることは間違いはない。

 だからこそ、彼は疑問を抱く。師である導きの月光は、何故彼女を暴れさせたのだろう。それはかの者が少女に与えた試練なのだろうか。

 

 答えは出ない。もう彼には、自らが師と定めた者を信じることはできない。

 獣と同じく、狩るべき対象であった上位者。その考えを信じることは彼にはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仁美ちゃん、どうしたんだろうね」

 

 隣でお弁当を食すまどかが浮かない顔で言った。さやかも同じく、どこか友を心配する表情で頷く。だが、察してはいるんだろう。彼女は鋭い子だ。月光という後ろ盾はあるだろうが、それを除いても彼女は美しい。

 

「昨日の一件から、ちょっと様子がおかしかったものね」

 

 マミがサンドイッチを握りながら言う。彼女は私を見ると、眉をハの字にして私に語りかけた。

 

「そう言えば、もう身体は大丈夫なの?」

 

 私はマミの作ったサンドイッチを食べると頷く。ちなみにさやかは少しばかり私を警戒しているが、それ以上に杏子を敵視しているせいでお昼ごはんを一緒にすることは許可してくれた。

 

「血が湧き出ただけさ。よくあるんだ」

 

 主にメンシスの悪夢とかでね。

 

「ご、ごめんね。私昨日起きた事、よく分かってなくて」

 

 しょんぼりするまどかに笑顔を向ける。

 

「気にせずとも良いさ。それより、今日はどうするんだい?」

 

 是非とも狩りに赴きたいが。最近は夢に少女を引き込む隙が無いからね……どうやらエーブリエタースが狩人の夢に住み着くつもりのようだが、できれば人間の少女も来て欲しい。彼女はその、啓蒙が高すぎる。

 

「魔女退治には出かけるつもりよ。でも……できれば志筑さんのお家にお見舞いに行きたいわ」

 

 それは素晴らしい。確かに、彼女の心をケアしてあげなければなるまいよ。絶望しっぱなしの少女は見ていて心が痛む。

 それにだ。事実を知ってしまったんだろう。なら、その秘密を共有してもらおうじゃ無いか。そろそろ潮時だろうよキュゥべぇ。

 

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