魔法少女ぶらぼ☆マギカ   作:Ciels

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ほぼ会話


恐ろしい白百合

 

 

 死んだようにベッドの上で寝そべっていると、不意に胸騒ぎがした。彼は今にも落ちてしまいそうな目蓋をこじ開けて、夢の中から狩装束を取り出すと急いで着替え出す。

 理由は自分でも分からない。けれども、行かなくてはならないと頭の中の何かが警鐘を鳴らしているのだ。それを我々狩人は啓蒙と呼ぶ。

 啓蒙とは正しく知識なのだ。彼の中の知識が星に繋がり、それを助長しているに過ぎない。ならば必然的にその警鐘は星が抱くものでもある。無視は出来なかった。

 

 日本家屋の豪華な屋敷を抜け出し、夜の街を駆ける。むせるような血の匂いが鼻を擽っている……同時に、月の香りさえも。

 きっといつもの魔女狩りだろう。巴マミを主体とした魔法少女による恒例行事だ。それにあの忌々しい女も加わっているに違いないと。

 

 ならばこの胸のざわつきは何なのだ。

 

 少年は夜を駆ける。ただただ血に寄せ付けられて。そこに答えはあるのだと啓蒙されて。

 だが時としてその啓蒙は自らの存在すらも脅かすものとなり得るものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく言うではないか。灰は灰に、塵は塵にと。ならば君もあるべき場所へと帰るが良いさ。

 私に導かれるがままに。気紛れな月の光じゃ辿り着けない楽園へと。

 "I'm happy, hope you're happy too. "

 なぁ仁美。幸せだろう?苦しいこともない、ただ変わらず少女のままで、深い微睡の中に居られるんだ。むしろ感謝しなくちゃならないよ。私は君に幸せを与えるんだから。

 

 少女が血に飢えた笑みを見せるのならば、私も彼女へと少女に飢えた笑みで応えよう。落葉は妖しく光る。その血を求めるが如く。呪いはただ溜まり、底はないのだろう。まさしくそれは宇宙そのもの。そして……ふふ、まるで私が少女達へ抱く愛のようではないか。堪らないなぁ。

 

「志筑さん……!そんな、どうして!」

 

 怯えたようにマミが叫んだ。その手にはいつものマスケット銃が握られていて、銃口こそ変わり果てた仲間へと向けられているが……震えている。腕ごと、その震える銃が彼女の心を映すように。

 そんなに恐れる事はないのさ。どんなに姿が変わり果てようとも心は変わらない。見た目で人や物を判断するのは啓蒙が足りていない証拠なのだよ。

 

「そんな……キュゥべぇ!どういうこと!?なんで仁美ちゃんが、あんな、魔女に!」

 

 無垢な少女の悲痛な叫びにも似た質問が夜の街に木霊する。まどかの肩から降りた白き宇宙の使者はいつも通りの無表情を持って淡々と質問に答えた。

 

「見ての通りだよ。仁美は絶望し、ソウルジェムを濁らせたんだ。そうなれば希望を生み出す魔法少女が絶望を振りまく魔女になる事だって、納得するだろう?」

 

 そう。それは当然の摂理なのだ。作用と反作用があるように。それこそ光と闇があるように。希望が生まれれば、遅かれ早かれ絶望も生まれるものだ。そこに相違は無い。ただ当たり前の事なのだ。

 だが、それだけじゃ無い。希望は人に生を与えるものだろう?だが絶望は死を与えるものだ。そうやって、すべての事柄は差し引きゼロでうまく動いているんだよ。

 

 キュゥべぇは早口に、ただそれだけを語ってみせた。まどかは涙を流しながら……そして魔法少女という存在を神々しい何かと勘違いしていたマミは、同時に信じていた友に裏切られたと理解して放心した。

 だから、この場で戦えるのは私一人。いつかマミには私の天国に来て欲しいが、それは今では無い。ならば私が守らねばなるまいよ。無論、ほむらが大切にするまどかもね。それは約束でもある。

 

「ああ嫌だわ、皆キュゥべぇに騙されて絶望して……まるでつい先程の私を見ているよう。でも安心してくださいな、巴さん。貴女は今から狩られるのですから、そんな事気にしなくても良いのです。すぐにそこの裏切り者の獣と隠し事ばかりする百合女を殺して……ふひ、狩獲ってさしあげますから」

 

「いつになく饒舌に狩りを語るじゃないか、仁美」

 

 艶やかに魔女の血に酔いしれる少女。あぁ、単なる狂った狩人ではここまで私の心を動かす事は無かっただろう。

 やはり少女とは、それだけで美しい。隣で震えて絶望する少女も、呆けて何も考えられない少女も大好きだ。やはり私のものにしたい。私だけの、少女達に!

 

「心地良いだろう、血の味とは。蕩けてしまいそうだろう、血に酔うという事は。ならば君は私の夢に来る資格があるッ!」

 

 まどかが横で何かを言おうとした。きっと、私が言った事に対する質問だろう。だがそれを許さないのもまた私だ。落葉を握り締め、チェーンソーを熱り立たせる仁美へと突撃したのだ。

 私は、常に全盛期だ。命を散らし、その血の遺志を奪って自らの血肉と変える。そうする事によって常に狩人として強くあれるのだ。無慈悲で、血と狩りに酔った━━正しい狩人に。そしてそんな狩人が扱う武器もまた、尋常ならざるものではない。

 

 落葉の一撃を喰らえば痛覚を遮断できる魔法少女とて即死するだろう。この刀は呪われている。血を吸い、命を狩り取ってきて悍しいものが根付いてしまっている。だからだろう、同じように血に酔った仁美はその刃が迫るや否や、自らの魂から分離させた怪物を用いてきた。

 

 魔女。あるいはそれに近い何かは、回転ノコギリと化した腕で落葉を受け止めた。甲高い金属音が連続して鳴り響けば、堪らず私は飛び退く。理由は、落葉の耐久度の急激な低下にあった。ノコギリの回る刃を受け止めるのは得策ではない……のもあるが、それ以上に仁美の魔女の特性であろう異様な金属疲労が落葉を困らせているようだ。

 ならば、ここは初心に帰ってこの子を使うとするか。

 

 私は落葉を渋々夢へと放し、代わりに一つの大振りの鉈を手にした。

 懐かしき獣狩りのノコギリ鉈。無骨なそれは、正直に言って今の私が好む形と戦い方をしていない。だがヤーナムに来て狩人として初めて夜に身を投じた時に贈られた得物だった。個人的な思い入れは大きい。

 材質的な面だけを見れば落葉もノコギリ鉈も耐久性に優劣は無いのだろうが……それでもこの分厚い刃だ、細くて芸術的な落葉よりは物持ちは良い。

 

「まったく、古狩人といい君といい……どうも血に酔う者達は五月蝿い狩り道具を好む傾向にあるな」

 

 言って、私はノコギリ鉈を変形させないまま仁美の魔女に打ち付ける。同じように鍔迫り合いが発生したと思えば、私は強引に彼女の操る魔女を押しやった。

 仁美の表情が歪み、私を睨みながら飛び退いていく。それを追撃せんと私はエヴェリンの引き金を即座に引き絞った。

 

「やはり貴女は野蛮ですわ」

 

 チェーンソーで防御する仁美が言葉を吐いた。

 

「ふふ、それは頂けないな」

 

 笑い、私はステップで彼女の正面まで近付くと銃をホルダーに納め、代わりに可愛らしい蛞蝓を手にする……エーブリエタースの先触れだ。素早く迫った太ましい触手は仁美を貫かず、しかし私の意思通りに彼女の四肢を絡めとる。

 

「くっ!」

 

 思わぬ攻撃を食らった仁美に、私はノコギリ鉈を振りかざす。

 

「ダメ、仁美ちゃん!」

 

 まどかの悲痛な叫びも、今の私を止めるに至らない。あの時の奇跡に再現性は期待できないのだろう。

 

 そうして、刺々しいノコギリは少女の胴を裂く……はずだったのだが。確かに血飛沫は舞った。それは嘘じゃない。むせるような血の匂いが鼻にこびり付いたのだから。

 問題は、その血が少女の血ではないという事だ。弟子である少年の、私が呪わせた血だったのだ。

 

 

「ごぉッ、ああッ!」

 

「か、上条くん!?」

 

 身代わりとなって割って入った愚かな弟子、上条恭介が左手に持つ小さなトニトルスを頭上に掲げた。刹那、雲一つない空から落雷が降り注ぎトニトルスへと集束。恭介は目の前の私目掛けて一気にそれを振り下ろした。

 もちろん私とて狩人として様々な相手と戦ってきた経験がある。即座に古い狩人の遺骨を砕くと加速して迫る雷撃を避け切った。ヒヤッとしたが、所詮若い狩人の神秘でしかない。当たったとしても、血の遺志によって極められた私の身体を破壊するまでには至らなかっただろう。

 

「上条君!ああ、上条君!どうして……私、こんな獣になってしまったのに、どうして……」

 

 取り乱したように仁美は瀕死の上条を介抱しようとしたが、あの馬鹿弟子はそれを許さなかった。彼女の手を振り払うと、自分に輸血液を流し込んで無理矢理傷を塞ぐ。

 

「君は……獣じゃない」

 

「え?」

 

 恭介は、不器用ながらも僅かに正気を保つ想い他人に言葉をかける。

 

「君が血に酔ってしまって堕ちてしまったとしても……あいつのいいようにはさせない。あの白い上位者にも……君は、君とさやかは、僕のものだ」

 

 思わず拍手しそうになった。最近の若者がマセていると嘆く老人の気持ちがわかったような気もする……いや待て、私はまだ若い。本当の年齢などとうに分かるはずもないが。

 仁美は蕩けるような顔で上条の背中を眺めた。

 

「血ではなく男に酔っていたか……仕方あるまい」

 

 上手いこと言ったつもりはないが、とは言えこれは予想外だ。ルドウイークのように月光の光に充てられて正気を取り戻した者もいるが。まさか想い人に告白されて正気を取り戻すとは。

 ほれ見ろ、あいつら二人とも共同で私を殺そうとしているぞ。

 

「上条、別にとやかく言うつもりは無いがね。君は、私に逆らうつもりかい?」

 

「逆らう?違うな、上位者。元から貴様に従っていたつもりなどない。ただ利用していただけだ」

 

 これだから啓蒙低き人間は。それがどれほど無謀なのか分かって発言しているのだろうか。

 

「マリアさん……私、貴女を信じていました。でも私、気がついたんです。貴女が今まで親切にしてくれていたのは、すべて貴女の目的のためだったんじゃないかって」

 

「仁美ちゃん正気が……」

 

 私は息を深く吐いた。あながち間違いではない。だが、彼女は誤解している。私はノコギリ鉈を夢へと納め困ったように笑った。

 

 

 

「白百合を咲かせるには、何が必要なのだろう」

 

 

 両手を広げ、問いかける。

 

 

「土がいる。水がいる。虫にも注意しなくちゃならない」

 

 

 右手に落葉を。左手にエヴェリンを。狩りには狩りをもって応えよう。

 

 

「私はね、綺麗な白百合が好きなんだ。完璧で、清潔で、甘い百合なのさ。ねぇ、分かるよね。君ならば」

 

 

 今度こそ、仁美は心の奥底から私の言動を理解して見せた。与えた啓蒙は無駄ではなかったか。

 だが、だからこそ怖いものさ。理解するということは……熱を向けられているということを感じるということでもあるのだから。

 ふふふ、仁美。そんなに怖がらないで。大丈夫、最後には優しい世界だけが待っているんだ。恭介だっている。何をそんなに嫌がる必要があるんだい?

 

 

「マリアちゃん……私、マリアちゃんが言ってること、全然わかんない」

 

 

 ふと、まどかが怯えた様子で言った。マミの肩を支える彼女はしかし、理解している。理解していて、分からないと言っている。

 

 

「ふふ、嘘は良くないなぁ……まぁ良い。君もまた、私以外の百合に惚れられた身だろうからね。いつか分かる」

 

 さて、と。私は再度目の前の問題に取り掛かる。仁美はすでに、己から湧き出た絶望を制御できるのだろう。与えた啓蒙はきっと、彼女の中で膨れ上がったに違いない。故に宇宙からの囁きが、彼女を人ならざる者へと変えてしまう事を防いだのだ。

 だって、そうだろう。啓蒙高き者は獣に遠ざかるのだから。だから彼女は人でいられた。

 

「上条、彼女の気持ちを無駄にするなよ……無理だと思うがね」

 

 若き狩人と魔法少女を相手にする。こちらの手を知られた以上、彼らとの戦いは避けられないだろう。だが、それで良い。狩人は本来言葉を持たぬ。今が喋り過ぎなのだ。なら、元に戻るだけなのだよ。




5月下旬まで忙しいので許し亭許して

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