それから数百年もの間、少女は彷徨い続けた。時に懐かしさを感じるフランスから、果ては東欧の白い大地まで彼女は自らの足を使い歩き続けたのだ。
それでも定住することは決して無い。そんな地があるはずも無い。それは魔法少女の宿命なのだろう。永遠に歳を取らぬ呪いにも似た祝福は、当時の人々にとっては魔なるものに等しいのである。それに、未だ各地では社会不満から来るであろう民衆による魔女狩りが行われている時代である。もし仮に、少女が魔法少女と知られでもすれば一大事であろうから。
すべては病に似た呪いを解くため。自らの願いを望み、そして呪われてしまった運命を拓くため。
人が人たり得る年数をゆうに超え、それでもなお自らを見失わない理由は単にそれだけなのだ。彼女の思い出は霞んで行く。年数を重ねる毎に、生きる度に。だが彼女は止まらない。止まってはならない。
自らが倒してきた化け物だけにはなりたくなかったのだ。
身分を隠しながら生きていくのは容易いことでは無かった。今の世のように情報化されていない文明でも、噂というものは広まるものだ。彼女は弱きを助ける正義でもあった。その力を人々に使えば、感謝される事は無くとも迫害はされる。そしてその噂は山を、海を越えて行く。定住する事ができない理由の一つだった。
長く生きていて良い事もあった。様々な人々と、国々の興亡を目にする事ができた。苦しい時代にあっても人々は屈する事なく立ち上がっていく姿を見ると、彼女の今までの正義による行いも悪くはなかったと思えた。そして技術もまた、日に日に向上していくのは見ていて飽きなかった。
戦の主役が剣から銃へと変わりつつあり、噂では少女が古くに仕えたブリテンにおいて産業革命が起こりつつあると聞く。
気紛れだった。長く生き過ぎた彼女の、ほんの気紛れ。呪いを解く手掛かりはまだ見つからぬ。ならば息抜きがてらその技術革新とやらを見てみようではないかと。それに啓蒙思想なるものにも興味がある。なぁに、今いる東欧からブリテンの島国までは一年と掛からぬ。足と馬車さえあれば楽に辿り着けるだろうと。
それはいつか見たオルレアンの聖女、ジャンヌ・ダルクが悍しい人の業に焼かれてから数百年経った頃の事だった。
鹿目まどか。私の友人。そして心優しき素晴らしい少女。おっとりしていて臆病で、しかし強い勇気も持ち合わせた聡明な子だ。異様な因果の大きさを持つ以外は、概ね彼女に対する私の印象はそんな感じ。それは間違っていないだろう。
私は乳母の膝に頭を乗せ、裏庭の芝生に寝転がりながら思考に耽る。私の脳と身体に居つく虫が……俗に言う啓蒙と言う奴が示した未来では、彼女はその膨大な因果故に凄まじい力を持つ魔法少女になるが、同時に最悪にして最強の魔女にもなるのだ。
私のお父様……メンシスの奴らが俗に言う、青ざめた血が警告していた事は、その少女の魔女化についてだろうか。確かにまどかが魔女と化せば、いくら私と言えども危険かもしれないが。それでもたかが魔女、上位者であり狩人である私の敵では無い。いかに人類を滅ぼすほどの存在であろうともだ。仮にヤーナムの上位者連中と獣共が世に解き放たれれば、それこそ世界などとうに滅んでいただろう。
それでも私は狩りを成し遂げた。今でこそ父であるが、青ざめた血を手に入れたし、立ち塞がる獣と上位者はすべて屠ったのだ。慢心では無い。私が負けるわけがない。死ぬ事はあっても、滅する事はない。これはルールだ。
「単純なようで難しい事をお考えですね、リリィ」
頭上の乳母が私の真名を呼びながら、髪を撫でた。細く長い彼女の手は心地が良い。
「アイツは何を見たんだろうね」
「お父様、ですわ。私にもあのお方の考えている事はわかりませんが。酷く焦った御様子でした」
「私の事になると慌てるのはいつも通りだろうに」
父親の慌てっぷりを思い出す。思えば、上位者の赤子になってからあの方はとんでもない親バカだった。実の娘でもないだろうに、事ある毎に気にかけて。上位者としての考えや、当たり前の事を何度も教えてきた。親というものを覚えていない私にとっては新鮮だったが、鬱陶しくもあった。まぁ、嫌いではないのだが。
私は左手を曇り空に掲げた。薬指に嵌められた古めかしい指輪が、手袋の下でも存在を強調している。
「考えていても仕方がないか」
今はとにかく、ワルプルギスの夜を倒す事に集中しよう。きっとほむら達だけでは歯が立たない。どんなに魔法少女を集めようと、かの魔女が災厄をもたらす事は変わりないのだ。
それに、その魔女の遺志も気になる。彼女が何を祈り、どうして絶望したのかを。お友達になろうよ。巨大な魔女よ。
さやかと杏子、そして仁美の三人は来る戦いに備えて魔女狩りに勤しんでいた。目的は生命線でもあるグリーフシードの確保。ワルプルギスがやってくるせいか、ここ一週間の見滝原ではやたらと魔女が出現している。それは魔法少女としては好都合であり、しかし一般人からすれば死を齎す災厄であり。
お互いの利害も一致し、杏子もさやかに対して理解を示した事もあって当初の険悪感は一切なく、三人は良い連携でもって狩りを嗜んでいた。
「今ださやか!」
杏子の多節棍が魔女の集団を拘束し、鎖から滲む血が魔女達を炎上させた。すかさずさやかは月光を振りかざし、その光波で燃える魔女達を消し去らんとするが。魔女の使い魔がさやかの背後から襲い掛かる。
「させません!」
無防備なさやかを守るのは友人であり恋敵である仁美の役割。使い魔をチェーンソーで貫くと、そのまま持ち上げて惨殺してみせた。返り血が仁美に降り注ぐ。とても良い、血に酔った戦い方だ。
さやかの月光の聖剣に光が集まる。まるで少年漫画の主人公のようなその出で立ちは、かつてのヤーナムにおける英雄を見ているようだ。
「でやぁああああああ!」
雄叫びと共にさやかが聖剣を振り下ろす。すると、月光が奔流しその光に飲み込まれた魔女が多節棍ごと消え去った。まさに跡形もなく、という表現が相応しいだろう。
光が消え、カラン、とグリーフシードが数個地面に転がる。杏子はそれを回収すると、自分の分け前を収納して残りをさやかと仁美に投げた。
「火力高過ぎるぞバカさやか!」
グリーフシードを受け取ったさやかに杏子は言う。
「調整難しんだって!あんたこそ、いつの間に炎なんて使うようになったのさ?」
さぁね、とだけ杏子は言ってグリーフシードでソウルジェムを浄化する杏子。そんな犬猿の仲のようで意外と馬が合っている二人を見て仁美は笑った。似た者同士とは彼女らの事を言うのだろう。
「それにしても、この数は異常ですね」
夜のビルの上、周辺を観察しながら仁美は言う。異常とは、魔女の数だ。この日だけで計十体と交戦しているのだからそれはもう異常だ。
通常であれば魔女など一週間に一度戦うか否かなのだから。それがこうも、突然大量に現れた。今現在、見滝原の魔法少女達は三つに別れて魔女の対処にあたっている。一つはさやか達、もう一つはマミとなぎさのチーム、そして織莉子とキリカに……ほむら。正直何を仕出かすか分からない織莉子を信用するほどほむらは愚かではない。つい先日までまどか抹殺のために動いていた彼女達が掌を返してまどかを崇め始めたのだから、警戒もするだろう。
「長い事魔法少女やってるけど、これはヤバイね〜。ふぁ〜あ……」
飄々と言う杏子。そんな彼女のあくびを見て、さやかはムッとしたように言う。
「あんた昼間私のベッドであんだけ寝たのにまだ眠いの?」
小馬鹿にするように言うさやかに杏子は彼女を見ずに口を開いた。
「うっせーなぁ。なんか変な夢見たせいか寝た気がしないんだよね」
「夢……?」
夢と言われて、さやかが気にならないはずがない。思い返すは師であるルドウイーク。まさか彼女も同様に彼を幻視したのだろうか。
「なんかおっかないオバサンがいてさ……よく覚えてないんだけど、まぁ変に頭に残ったせいでね」
「え、オバサン?叔父さんじゃなくて?」
「は?」
話が食い違う二人。それと杏子、オバサンと言うのはやめなさい。あのお方はそれはもう美人なんだぞ。仮面の下見た事ないけど。私が指輪を渡すくらいには美人だ。きっとそうだ。エブちゃんにはめちゃくちゃ怒られたけど……
その時だった。不意に仁美が裏路地を見下ろすと、魔女の気配を強く感じたのだ。どうやら他の二人も同じように感じたらしい。三人は顔を見合わせるとビルを飛び降り、魔女の気配を辿って行く事にした。
「あれ!誰か襲われてる!」
さやかが指差す先に、使い魔に襲われている男性がいた。使い魔はジリジリと男性ににじり寄っていて、当の男性は慌てたように取り囲む使い魔を見渡し拳を構えている。どうやら孵化したばかりの魔女のようで、未だ結界は張られていない。どちらにせよ、倒さねばあの男性は死ぬだろう。
さやかは落下しながら近くのビルの壁を思い切り蹴ると、男性に向け大きく跳躍した。
「あ!ずりぃぞさやか!」
負けじと杏子も 多節棍をロープのように用いて男性まで急行する。そんな二人を見て、仁美は大きく溜息をついた。
「もう、二人とも血気盛ん過ぎますわ!」
しかし彼女もそこいらの魔法少女では太刀打ちできないくらいには強く。空中で謎のバーストを見せるとまるでブースターが付いているのではないかと錯覚する程に跳躍した。何だかんだ、仁美も狩に酔った魔法少女なのだろう。
仁美にはさやかのような月光も、杏子のような薪の炎もありはしない。だが彼女は一度魔女になりかけ、そして人に戻った特殊な事例だ。神浜という土地ではそのうち当たり前になるのかもしれないが、仁美は自身の魔女を使役できるようになったのだ。
魔女をソウルジェムから呼び寄せると、仁美は魔女に自身を投げさせる事で加速する。あっという間に先行する二人を追い抜くと、勢いよくチェーンソーを回転させた。
「お先ですわーっ!」
颯爽と追い抜いて行く仁美。
「あ!ちょっと!」
「それずりぃぞ!」
負けじと二人は仁美に追いすがるが、それでも仁美の方が速い。仁美はそのまま地面に突き刺すように男性を襲おうとしていた使い魔をチェーンソーで真上から貫く。
ブシャっと使い魔から血が溢れ出て、それでも尚仁美は使い魔を切り刻んだ。
「ああ、今度はなんだ?」
そんなグロテスクな光景を見て、助けられた男性は困ったように驚く。続いてやって来たさやかと杏子も周辺の使い魔を切り刻んでゆく。そこからは一方的な虐殺だった。
杏子が刻み、さやかがバラし、仁美が潰す。その繰り返し。孵化したばかりの魔女も同様に殺されてしまった。
「クソ、物騒な街だ……ヤーナムじゃないんだぞ」
助けられた男性は少女達が化け物を捻り潰す姿を見て思わず言葉を漏らす。その光景は狩というよりも遊びに近い。
そんな男性にこっそりと使い魔が近付く。手にした刃物を彼に向け、突撃しようとして。
「っ、クソ!」
男性は刺される前に使い魔の腕を掴んで、刃物を奪い取った。そして荒々しく使い魔の喉元に刃物を突き刺したのだ。そのまま押し切って使い魔を倒し、とどめと言わんばかりに顔面を踏み潰す。幸い、その光景は彼女達には見られなかった。使い魔が落とす僅かな血の遺志が男性に当然のように流れ込む。
魔女を蹂躙した魔法少女達が男性の下へやってくる。
「怪我はありませんか?」
その問いに、男性はどこかよそよそしく答えた。
「ああいや、大丈夫だ」
魔法少女と魔女は一般的には未知の存在である。その存在に対し、男性は異常なほどに関心を抱いていない。それどころか、早く厄介事から解放されたがっているように見える。
はっきり言ってしまえば不審だ。杏子の長年の経験が、この男性について警鐘をならしていた。
が、この男性について警鐘をならしていた。
「おっさん、外人か?」
言われて、さやか達は暗闇の中で男性を観察する。服装は普通の私服だが、顔付きは確かに日本人のものではない。髭面の、中年の外国人男性だ。
「ああ、まぁな」
「観光には見えないね」
「……人を探してるんだ」
そう言う男性が、だんだん怪しく思えてくる。それになぜだろうか、少しばかり知っているような雰囲気が彼から漂っている。
「そうかい。ちなみにどんな奴を探してるんだ?」
杏子は助けた男性の安否そっちのけで質問を繰り出す。男性は少し警戒した様子で言う。
「女の子だ、お前達と同じくらいの」
「お前って……写真とかはあります?」
さやかが問えば、男性は少し躊躇ってから懐から写真を取り出した。心底大事そうに取り出す様から見るに、どうやら探している女の子は大切な存在のようだが。
「この子なんだが……なんだ、お前ら知ってるのか」
その写真を三人が見るや否や、固まってしまった。しばらく固まって男性の警戒心をさらに高めると、仁美が恐る恐る口を開いた。
「あの、失礼ですがこの方とはどのような間柄で?」
「なに?ああ、そうだな。……俺の娘だ」
次の瞬間、驚愕の絶叫が裏路地に響く。無理もなかった。なぜならその写真に映る少女は、彼女達のクラスメイト。
百合の狩人、白百合マリアその人なのだから。
そんな少女達と男性を、遠くで眺める者もいる。かの偉大なるクソ上位者、キュゥべぇだ。相変わらずの赤い瞳で四人を見下ろすと、彼は一人口を開く。
「あまり好ましい展開とは言えないかな」
すると彼の背後から同じ声色で、同じ声質で返答があった。彼も同じくキュゥべぇの一人だ。ひょこっと現れた彼は、先に見下ろしていたキュゥべぇの横へと腰を据えると言う。
「あの月の魔物が人間の姿を模してまでわざわざこんな土地にやってくるなんて。まったく、上位者はどうかしているよ」
目まぐるしく変わって行く計画に頭を悩ませるだろうキュゥべぇは、しかし感情を持たない。
「せっかく魔女を増やして魔法少女達を消耗させようと思ったのに。これじゃあただ彼女達の養分になるだけだ。まどかとの契約も難しくなってしまった」
ぞろぞろと集まるキュゥべぇ達。ビルの屋上を埋め尽くすほどの彼らは、しかし通常の人間には見えない。
「でも利用はできる。あの白百合マリアの計画通りにもいかないだろうね」
「それでもこちらとしても痛手であることには変わりない」
赤い目の集団が不気味に夜の街を彩る。ワルプルギスが来るまで、あと三日を切っていた。
単なる偶然だった。たまたまブリテンに上陸し、田舎を経由してロンドンにでも行こうとしていた少女だった。一人夜の田舎道を馬で走っていると、馬車が野党に襲われていたのだ。
少女は魔法少女だ。しかし私利私欲の為だけには決して生きぬと誓っている。それは友との約束。せめて誇れる生き方をしようと、自分なりの正義に従って生きているだけ。故に少女は馬車を横転させた野党を皆殺しにした。
少女は正義漢という奴だが、容赦はしない。こと戦いにおいては、一切手を抜かぬと決めている。手をぬけば自らや仲間が窮地に陥ると、過去の経験から得ているのだ。
助けた馬車はどうやら貴族のものらしく、それなりに豪華な装飾が施されていた。護衛の騎士らしきものは奇襲されたのか既に死んでおり、馬車の御者も少女が辿り着く寸前に斬り伏せられていた。生き残りは、中にいる貴族であろう少女だけ。
華奢な貴族らしい少女だった。仕立ての良いえんじ色のドレスが似合う金髪の。少女よりも見た目では少し歳下だろうか。
中から助けてやると、彼女は怯えた様子で少女に助けを縋った。一人ぼっちはいやだと。
もちろん正義感ある少女もこのまま放っておくことはしない。それに、こうして同じくらいの見た目の少女と話すのはなんだか久しぶりだったから悪い気はしなかった。
これも運命なのだろうと。少女は貴族の娘を彼女の目的地まで届けてやることにした。雪の降る季節、貴族の娘が女王になる前の遥か前の事だ。
おっさんの姿はジョエルさんを想像してもらえれば。最近ハマってますので。
こういうのが嫌な方もいらっしゃると思いますが我慢して(届かぬ思い)