一人、ルドウイークは崩れた教会の中でただ瞑想にふける。考えるはやはり彼の師である導きと、教え子である美樹さやか。そしてあの狩人の事だ。
ここ最近、美樹さやかの精神状態は非常に良いものとなりつつある。それはやはり、志筑仁美という少女が自らの獣を愛によって克服し尚且つ佐倉杏子というある程度信頼できる仲間と出会ったからだろう。かつて月光の狂気に呑まれかけていた時とは程遠い、良い啓蒙を用いながらも狩りに出向くその姿はかつてのルドウイークとも共通していた。
きっとさやかはこれからも困難を乗り越え、良い狩人となるであろう。
だがそうなると彼の師である導きが気になってしまう。導きは一度、さやかを狂気に触れさせたのだから。
かつての導きの月光とは、まさしくルドウイークにとっての導きであった。迷える時、彼の道筋に光の糸が見える。そうしてその光を辿り、彼は狩を成し遂げてきたのだから。
そしてその光の糸はまた、狩人の悪夢へと誘い秘密を守る仲間であった時計塔のマリアへと彼を導き。彼女の口から語られた、信じていた医療教会の汚点と師の正体によって醜い獣へと堕ちた。
獣へと変異した直接的な原因は違えどその真実に誘導したのは導きの月光だ。客観的に見ればルドウイークは裏切られたのだろうし、だが彼からしてみれば師である月光の行いはそれすらも導きの一つであったと思うのだろう。
真実とは所詮、酷く歪なものなのだ。受け取り手によって容易にその姿は変わるのだから。
だからこそ、美樹さやかという少女には自らのように絶望して欲しくは無い。自らがいずれ魔女になるという事実を知ってもなお自らの獣性を振り払える彼女に、ルドウイークは心配をしているのだ。もはや彼女に与えた影響は大きいのだから。
百合の狩人。そして月の香りの狩人であるあの上位者にも関心が向けられる。はっきり言って、彼女は美樹さやかには良い影響は与えないだろう。
ルドウイークが考えるに、彼女が成そうとしている事は悪では無い。彼女が魔女に堕ちた少女のためを想っている事は分かるし、結果的にそれが自身のためになると考えれば実に上位者らしくもある。だが悲しい事に、少女達からすればその行動はいつかお前達の魂を頂くぞと言っているようなものだ。
自らが理性なき獣に堕ち、その先に待つ恐怖を知らぬが故。少女とは無垢なものだ。そんな恐怖を抱いてよい程少女は強くできていない。あの狩人はまさに救いなのだろう。彼が獣へと堕ちたまさにその時に、彼女がいればどれほど救われただろうか。
さやかを通して、彼にふさわしい居場所すらも与えてくれると。ルドウイークという報われなかった英雄にとってそれは救済なのだろうか。
残り三日。ワルプルギスの夜は、街を破壊し尽くすだろう。私はただ狩りを成せば良い。そしてその血の遺志を奪えば良い。それだけだ。なのに。
マミと登校する最中。私の頭は父である上位者からの警告の事で頭が一杯だった。ワルプルギスの夜でもなく、キュゥべぇという種族でも無い。ただ無垢で健気な少女である鹿目まどかに気を付けろと。その事で。
何度も言うが、まどかの魔法少女としての素質は素晴らしいものがある。インキュベーターが手段を問わず纏わり付くのも納得はする。魔力というものが感じられない私ですら、あの因果の塊を覗けばたちまちに脳が啓蒙されすぎて発狂するだろう。上位者が発狂するという事は即ち、もはや世界の理を超越しているのだ。それは分かっている。前に彼女の奇跡とやらにも当てられたし。
だが今の所彼女が契約する理由は無く。ほむらが何度も繰り返した世界とは違い、彼女に直接的な悲劇は降りかかっていない。マミは死なず、さやかは恋に敗れて魔女とならず、杏子も道連れになっていない。織莉子達も彼女を守らんとしている。これ以上無いほど上手くいっているのでは無いかね?
にも関わらず、月の魔物は私に警告する。鹿目まどかに気をつけろと。
「……どうしたの?考え事しているようだけど」
ふと、マミが少しばかり心配そうに言葉をかけてきた。うむ、と私は頷くと。
「父とはまったく、娘に嫌われるものだ」
「え?」
「気にしないでくれ」
彼女が気にしても仕方が無い。これはある種の親子問題だ。いや、問題にすらならぬ。月の魔物は過保護だ、あれだけヤーナムにおいて私に狩りをさせておいて、牙を向けておきながらいざ私が赤子となれば不器用ながらも凄まじい愛を向けてくるのだから。いくら赤子を欲していたとは言えまったく理解できん。
そうして通学路の美しい並樹のある道を愛人と歩いていると。さやかと仁美、そしてまどかが私達を待っていた。これは珍しい事もあるものだ。最近はすっかり嫌われてしまっていたのだから。
だがどうも……単に私達と登校したいようには感じられぬ。啓蒙を用いずにもそれだけは容易に分かってしまった。ならば何用か。
「やぁ、三人とも。ほむらはいないようだね」
それにキュゥべぇも。これは珍しい。キュゥべぇなど、呼んでもいないのにいつもまどかのそばにいただろうから。
私が挨拶すれば、マミもそれに倣った。そしてぎこちない様子でさやか達も礼儀を通す。だがなんだこの不快感は。いくら少女に蔑ろにされても気にも留めないのに……この時ばかりはどうにも気に入らない。
「何かあったのかな?」
私はいつもの笑みで彼女達に問う。すると少しばかり彼女達は互いの顔を見つめあって、さやかが口を開いた。
「実はね、その……あんたに会いたいって人がいて」
「会いたい人?」
見当もつかなかった。私はこちらの世界に来てから日が浅い。知り合いも数少ない。何だろうか、告白か?男なら断り、少女であれば受け入れるのみだが。それはそれでマミが嫉妬する。
そんな事を考えていると、さやかが並樹の方へ向いて声をかける。
「あの、来ましたよ」
啓蒙が、私に警鐘を鳴らした。何か嫌な事が起きると。虫の知らせでは無い、啓蒙が知らせる何かは絶対だ。特に私の脳に居座る瞳とは、そういうものだ。
誰かが、並樹の後ろから出てくる。まるで隠れていたように。
髭のある男。それなりに歳の。見たことのない姿。
それでも私には分かる。姿など関係が無い。その溢れ出る月の香り。それはまさしく。
「……なぜここにいる」
私は宇宙を宿した瞳をその男に向けた。男は少し躊躇ったような、どうすれば良いか分からないように言葉を詰まらせながら何とか声を出す。
「その、ンン……久しぶりだな、リリィ」
私の父。厳密に言えば、上位者としての祖である青ざめた血が、人の姿に扮してそこにいた。同時に私は精霊を握りしめ、父親に向けて勢い良く突き出した。
刹那、エーブリエタースの先触れが腕から現出して月の魔物へと向かっていく。
「ちょっとアンタ!」
さやかが聖剣だけを出現させて触手を切り払い、その男を守るように立ち塞がった。神秘には神秘を。上位者の一部である触手は、上位者の啓智である月光によって容易に切り捨てられるものだ。
「出会い頭に父親に攻撃する奴がいる!?」
「退くんださやか、そいつは君が思っているような奴じゃ無い」
「で、でもお父さんなんでしょ?ダメだよマリアちゃん!」
私の肩をまどかが押さえる。マミは状況が理解できていないらしく、お父様!?あ、挨拶しなきゃと慌てている。
と、臨戦態勢に入っているさやかの肩を月の魔物が叩いた。
「いや、良いんだ。君は下がってて良い」
そう言うと、月の魔物はさやかを優しく退かせる。私はいつでも落葉を現出させられるようにしながら、彼の動向を伺った。腐っても上位者だ、きっと人間の姿を取っていてもそれなりの事はできるだろうから。
月の魔物は両手を広げると、言葉を詰まらせながら何とか口を開いた。
「その……なんだ。別に戦いに来たわけじゃ無い。それに……あぁ、ほら。この姿じゃ父さんは人間と変わらないし、神秘だってほら。使えないだろ?お前じゃないんだ」
まるで反抗期の娘にどう接したら良いか分からぬ父親だった。私は呆れたように首を横に振って、
「なら帰って下さい。貴方と話す事はありませんから」
そう言ってまだ挨拶の文言を考えて浮かれたマミの手を引いて歩き出す。
「ちょっとマリアさん!?お父様に挨拶を……」
「必要無い」
ピシャリと会話を打ち切って歩き出す。
「リリィ!ああクソ……おいリリィ!」
追いかけてくる父親に、私は言い放った。
「その名前で呼ぶのはやめて!私は白百合マリア!」
「ああそうか……ってマリア?おい、やめとけ、またあの狩人を怒らせるぞ」
「別に貴方には関係ないでしょう!」
そう言って私はマミを抱えて走り去る。挨拶ができず文句を垂れそうなマミもお嬢様抱っこされて満更でもなさそうだった。
走り去る私の背中を、月の魔物はただ見ているしかなかった。落胆したように肩を落とす彼に、まどかは恐る恐る声をかける。
「あの……」
「……ああ、すまない。娘とはいつもこうでな。君達もわざわざすまなかった」
そう言うと、父親はその場を去ろうとする。だがまどかは、そんな彼をただ放っておけるほど薄情でも無く。
「あの!マリアちゃん、あんな感じですけど……ちゃんと話してあげた方が良いと思います」
男は止まる。そして言葉を返す事も無く、去るのみ。
幸せな家庭で育ったまどかには、その姿が心に突き刺さった。事情は分からないし、どういう家庭環境かも分からないが。それでもこのままで良い訳がないと思いながらも。それ以上の言葉は持ち合わせない。
これは本人達の問題だ。それ以上でも、それ以下でもない。他人が入り込む余地は無い。
少女はしばらく、その貴族の娘と旅をした。流石にあのドレスは目立つので服を貸し与え、馬に乗り、発展した大英帝国を自らの瞳で確認した。
時に波止場に寄り、農村に寄り、栄えた町に寄ったりもした。どこへ行っても二人の美貌は男を引き寄せるらしく、トラブルは絶えなかったが。それでも貴族の娘には新鮮だったらしい。そんな些細な事も彼女は喜んでいた。
少女もまた、久しぶりの同伴者という事で退屈しなかった。一人で旅をして長い彼女は、久方振りにこんなに話せて。人として大切な何かを取り戻しつつあったのかもしれない。
問題があるとすれば、それは貴族の娘を狙う何者かの襲撃が定期的にあるくらいか。身をやつした者達が、その身の丈に合わぬ武装と力量で全力で殺しに来るのだ。よくよく考えれば、貴族の娘を拾った時に対峙した盗賊連中も同じような者だった。
これは面倒な事に巻き込まれたかも知れぬと思いながらも、それでも些細な事で喜ぶ娘の笑顔を見ては後悔の念も薄れるものだ。細かい事情は聞かぬし、話したくも無いようだったので詮索はしない。少女はただ、降りかかる火の粉を払えばそれで良いのだ。
今もまた、道を塞ぐように敵が立っているでは無いか。ならば剣を取り、正義の魔法少女として願いの結晶である武具を振るうだけなのだから。
少女は娘と旅をする。僅かに芽生えつつある恋を抱きながら、それを表さずに。
どこまで書いたら良いかアンケート取ります。反映するかしないかは気分です(横暴)
-
アニメ本編のみ。あともうちょい
-
叛逆。展開は変えるかもしれません
-
叛逆後も。クオリティ低し(断言)