一人、ほむらはマンションの屋上にて黄昏る。屋上から見える夜の街は、絶景とは言えないが中々に風情があるものだ。森は切り開かれ、今やコンクリートジャングルと化した見滝原ではあるが外灯やビル、そして車の光は街を眠らせない。
ビルから抜けた夜風が彼女の髪を撫でる。美しく長い黒髪が靡き、乱れた髪を彼女は手櫛で掻いた。
「帰ったと思っていたけれど」
一人では無い。ほむらの背後には、いつもの狩装束の私がいた。銀髪と羽織り物が同じように靡くが、私は気にせずほむらの背後に微笑を向けた。
「君とはあまり親睦を深められなかったからね。この際だ、今のうちに話しておこうと思ったんだ」
その言葉に嘘偽りは無い。私は少女が大好きで、ほむらは少女だ。ならば私がほむらと話したいと思うこの気持ちもまた自然。
だがほむらは常に一人で戦ってきた。故に警戒を解こうとするはずもない。その相手が、自らの過去を明かした相手であっても。その気持ちは分かる、私も同じだった。シモンに対しても、最初はアイリーンにも警戒していたんだから。
それで良いのだ。
私はほむらの隣に陣取り、同じ風を浴びる。眠らぬ夜景を見ながら、私は言葉を紡いだ。
「私もヤーナムで狩りをしていた時、君と同じように絶望で心が折れそうになった事がある」
それは在りし日の記憶。それもまだ、狩人になりたての頃のものだ。あの頃の私は純粋に血に酔い、ただ無慈悲であるだけの狩人でしかなかった。何も覚えておらぬ、ただ青ざめた血を求めてヤーナムを駆け巡る傀儡でしかなかったのだ。
そんな夜を思い出しながら。
「貴女が?」
ほむらが不思議そうに尋ねてくる。確かに今の私からでは想像もつかないだろうが。
「何体獣を殺せど、町中を狩り尽くせど夜は明けず……話せるような人々には嘲りと罵倒を受け、それでも助けられる命は助けようと努めた。だが何度繰り返しても……幾人かは助けられなかった」
あの老婆と偏屈な男を思い出す。彼らもまた、父の被害者だ。元の性格もあるのだろうが、月によって獣性が高まり攻撃性が増す。秘匿を破り、赤い月がやってくれば彼らは正気すらも失ってしまう。その繰り返し。
あの獣と化しても人間性を保つ男も、出来れば救ってやりたかった。禁域の森で死体を貪り血の遺志と虫を取り入れながらも、まともに話せたあの男。結局は生きるために人々を食い殺す運命にあったが……私が彼を招いた事で、オドン教会が血塗れになった事もあった。
「何度もやめてしまいたいと思った事もある。狩りを成就させても時は繰り返すんだ。意思を捨て、獣に堕ちたらどれほど楽かとも思ったよ。それでも私は狩りをやめられなかった」
「その時、貴女はどうしたの?」
その問いに答える前に、私は左手を月に伸ばしてそこに嵌められた古い指輪を眺めた。
「この指輪が言うんだ。諦めてはならないとね。私自身、この指輪の記憶は無い。ヤーナムに来る前の事は何一つとして覚えていないんだから」
「記憶喪失?」
「そうさ。今の私はヤーナムで生まれ、狩りと共に育った。私の縁はずっと昔から抱く少女への憧れだけ。狩りを成就し異形の存在へと昇華し、この世界へ侵入してもなお、それだけは変わらない。空っぽな奴なのさ」
どうやらほむらには情報量が多過ぎたようで、何を尋ねていいのか分からないらしい。
「他の世界から来たの?」
「まったく別の世界、別の時空。遥か古の時代から。この世界に来て色々学ばせてもらった。世界が異なるから何とも言えないが、技術や価値観から計算してこの時代よりも百年以上は古いだろうね」
そう……と言うほむらは何か納得しているようだった。どうやら私の服や武器を見ているようだ。なるほど、確かに私の武器は君達からすれば骨董品だろう。華やかさも、この時代の物とは趣向が違う。
「貴女に一つ……聞きたいの。貴女は人間でも、魔法少女でもない。キュゥべぇも見えるし、奴らも貴女の事を知っているようだった。一体何者なの?」
ほむらの脳裏に浮かぶのは、私が来てすぐの事……狙撃銃で私を監視していた時の事だ。私の濃厚な狂気に当てられた彼女は目から流血していたな。確かに、あんな事ができるのは人間ではない。話しても良いだろう。彼女は話を言いふらすような人間でもない。
「上位者。ヤーナムではそう呼ばれていた」
「上位者……?」
私は頷く。
「ヤーナムで言う、神のような存在だ。もっとも……上位者とは、単に君達からすれば啓智を授かった宇宙人程度の存在だが」
キュゥべぇもまた、そうだろう?と私は付け加える。彼も厳密には異なるが上位者の一派である。彼らは我々とは異なって新たに個体を設けられるし、技術的な啓智以外では遥かに劣るが。そもそも彼らは哲学的な要素を嫌う傾向にある。現実主義と言えば聞こえは良いが、哲学とは現実を仮定する上で最も重要だとは思わないかね?
ともかく、私は自らの正体を明かした。これで秘密などもう無い。私の目的も知られている以上、ほむらも尋ねることなど無いだろう。
「なぁ、ほむら。一つ……狩人の助言者として君に助言する事がある」
そして。私は彼女に言うべき事がある。
ほむらは凛々しい顔でこちらを向いた。
「君のまどかに対する想いを、捨てるなよ。君は正しく、そして幸運だ。あの少女はきっと、どんな理由でも君を赦してくれるだろうから」
宇宙からの啓蒙が囁くのだ。ほむらの闇は、きっと彼女が受け止めてくれるのだと。そしてほむら自身は、この戦いが終われば自らの愛を秘匿してしまうと。そんな事は許されない。許してなるものか。少女とは、純粋で美しくあるべきだ。容姿など問わぬ、ただありのままを表現すれば良い。
私が少女に求めるのは、真にそこにある。
「君は美しいのだ、君の想いは恥すべき事では無い。姿を眩ます事も無い」
そう言うと、ほむらは驚いたような顔をして。次に俯いた。
「無理よ。私、本当ならまどかに会わす顔なんて無いもの。それぐらい、酷い事をしてきた」
「それは君が決める事じゃ無い。まどかが決める事さ」
自らを罰する事を咎める事はしないが、他人の因果を背負う必要はないのだ。それを履き違えてはいけない。
真、魔法少女とは哀れな生き物である。
身の丈に合わぬ希望を生み、抱えきれぬ絶望を放出させて後始末を後進の者たちに押し付けるのだから、哀れと言わず何と言えば良いか。更にその後身に愛すべき誰かが居た時など、最早直視出来ないものだ。そうなれば、また新たな絶望が彼女達を襲い、魔女を産む。何ともよく出来たシステムだ。
そしてそんな、システムの一人であり哀れな落とし子の一人である織莉子もまた魔法少女の逝く末を案じる少女である。
そもそもの彼女が抱いていた目標とは、人類の救済だ。いずれ来たりし最悪の魔女を、犠牲を払ってでも孵化前に倒す事。それこそが本来の彼女の目的。しかし今や彼女の思想はとある少女によって塗り替えられ、新たなる意思の下道を進んでいる。
「あと少し」
夜の薔薇園に佇む織莉子。夜空に浮かぶ月に祈る彼女の姿はまさしく聖女であり、彼女を崇拝するキリカの目には神にも等しく映っている。しかし皮肉かな、彼女が祈りを捧げる月を代名する狩人は、憎むべき女神の敵となり得る者。信仰とは神にとって力にも等しく、人々が祈りを向ける度神共はその力を増していく。
そして確かに織莉子は美しく、また正しい魔法少女だ。彼女が見た未来のビジョンでは鹿目まどかは魔法少女を救済する聖女となる。人類の敵が一気に救済の女神へと変貌したのだから、啓蒙に溢れた織莉子が崇拝しないはずも無し。
だが、何かに縋ると言うことは脆くなると言う事でもある。信じた者に裏切られた時、またはそれらが死に絶えた時、人は絶望するだろう。
ルドウイークのように、獣に身を落とすだろう。
背後で織莉子を見守るキリカはその事を啓蒙されている。故に心配でならないのだ。想い他人が絶望し、死よりも惨い事にならないか。可能性など多分にあり得る。
旅の終わり。正直な話、命の危険を何度か感じた少女と娘の一月半の長旅は佳境を迎えていた。それは発展と治安の悪さが反比例したロンドンから離れた地……聞き慣れぬ土地へと赴いた所で、娘から言われたのだ。
もうじき、目的の国へと入ると。
別れとはいつも唐突にやってくるものだ。それが死であれ否であれ、少なくとも少女に関わった者達は総じて突然居なくなったものだ。それは遠い昔、まだ少女が魔法少女として純粋に使命を全うしていた頃の話だ。
だから少女は、慣れていた。突然の別れも、死別も含めて。きっと少女は笑顔で娘を送っていけるだろう。そしてまた一人、呪いを断つ旅に出掛ける。なるほど、かつて友が言っていた人間の狂気の定義とはまさしく自らの事であると理解した。
狂気の定義とは、異なる結果を期待して何度も同じ結果を繰り返す事だ。少女は自嘲する。まさしく自らの運命ではないか。
大きな街が見える。ロンドンと同等か、しかし古くからの趣も感じられる街が。娘曰く、そこは通ってはならないそうで。なんでも今までの刺客は全てその街からやって来ていたらしい。
娘の目指す場所はその隣にある。夕暮れの陽に照らされながら少女は馬を引く。その馬の上では、娘が陽の眩しさに目を眩ませていた。
ほむらは思わずまどかに抱きついた。百合的な展開では無いようだ。理由は、この聖女となり得る少女にあった。
傍らには散弾でズタボロにされたキュゥべぇの残骸が打ち捨てられている。彼らがまどかに何を吹き込もうとしていたのかは、ほむらにとっては火を見るより明らかだった。
「私ね、未来から来たんだよ」
涙を流すほむらとは対照的に、まどかはひどく落ち着いた表情をしていて……それが不気味でもあった。泣き噦るほむらの背中をまどかはさする。
「ずっと、まどかを守りたくて繰り返してきた」
少女の独白を、ただまどかは受け入れた。まるで何を言いたいかなど分かっているかのように。
「お願い……変わろうとしないで。自分を、大切にして」
神に等しい少女に、ほむらは願う。
「私に貴女を守らせて」
まどかは優しく、頷いてみせた。そして狂おしいほどに愛らしい友の身体を愛情を持って抱きしめる。身体の隅々まで食べ尽くしてしまいたい衝動を抑え、彼女の耳元で優しく呟いた。
「大丈夫だよ、ほむらちゃん。私、魔法少女にはならないから」
そうして、甘い嘘をつく。友にとって一番の絶望を与える嘘を。だがこれで良い。すべてはまどかの啓蒙が導くのだ。乗り越えられぬ夜も、今回限りだ。
愛は無限に有限では無い。真に無限であり、その愛は宇宙を覆う。ならばその愛を、少しばかり早めても良いだろう。
「まどか……」
何かを言いたげなほむらの口を、まどかの唇が塞いだ。驚くほむらを他所に、まどかは息を荒げて彼女の口を貪る。何とも情熱的な光景ではないか。
ほむらはその甘い愛を受け入れた。困惑よりも、まどかがもたらす愛の方が大きかった。しばらくして、まどかが口を離せばほむらはもう放心状態である。
「辛かったよね。でも大丈夫」
心の縁であった少女は宣言する。そして深く、もう一度抱きしめた。そんな彼女達の密会を、眺めている者達もいると言う事は今のまどかにも分かる。
一人は月の魔物。側から見れば彼は少女達のイチャつきを眺める変態でしか無いが、その心境は非常に焦りに満ちていた。とうとう彼女が動いたのだと、警戒を高めるには十分な映像だ。
もう一人は、織莉子。彼女は来るべき日のためにまどかが行動を起こしているのだと啓蒙されている。だからその、深い愛情の光景ですら神聖なものに思えてならない。
そして。インキュベーター。彼らは感情を持たぬ。しかし危機は覚える。今の彼らは前代未聞の光景に強い危機感を抱いていた。
「そんな馬鹿な。あれじゃまるで上位者じゃないか!」
「いったいまどかは魔法少女になって何を成し遂げようとしているんだい?」
「訳がわからないよ。上はなんて言っているんだい?」
「変わらないよ。上は今の状況を理解できていないんだ」
啓蒙に溢れ、自ら上位者と成り果てた少女にされた事をキュゥべぇは気がつかない。彼らは感情を持たぬと言ったが、それは総体での話。今この場にいる個体にははっきりとした恐怖が伝染している。
そもそも、キュゥべぇはいつものようにまどかに魔法少女となるよう諭した訳ではない。ただただ、この世の仕組みを教え、決して魔法少女達を騙しているのではないと幼く物を知らない少女に語ったに過ぎない。
それなのに、まどかはまるでその全てをわかっているようだった。食物連鎖、その果てに人間が動物達に成している行いを見せれば心が揺らぐと思いきや、そんな事は一切ない。ただただまどかはその全てを理解し、受け入れ、インキュベーターの存在を否定もしなければ肯定もしなかった。
ただ、彼女は言ったのだ。
━━希望は、希望のままで終わらせたい。そうじゃなきゃ、私と私の遺志が許さないの。
深愛を受け入れた少女の計画は進む。ただ、少女達のために。私とは異なるプロセスで、解釈で。
まどほむすき
どこまで書いたら良いかアンケート取ります。反映するかしないかは気分です(横暴)
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アニメ本編のみ。あともうちょい
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叛逆。展開は変えるかもしれません
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叛逆後も。クオリティ低し(断言)