魔法少女ぶらぼ☆マギカ   作:Ciels

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世界を売った少女

 

 

 

 「本当に、いいの?」

 

 

 その問いに、友であるさやかは頷いた。彼女の眼前にはまるで夢の微睡の中で漂うように瞳を閉じる恭介がいる。さやかはそんな彼の額を撫でるとそっと笑った。

 愛情を隠さず。惜別を隠さず。されど運命には抗わず。彼女は最期まで正しく騎士であり続ける。例え友が愛に歪もうとも、彼女は信じた者のために戦い続ける。その手には、確かに光り輝く月光の聖剣が握られていた。

 

「私の遺志は、確かに恭介が紡いでくれたよ」

 

 それにさ、とさやかは振り返り、背後の親友に笑いかける。

 

「正直、嬉しかった。ちゃんと私の祈りが届いて、恭介は最後まで私のために抗おうとしてくれた。それだけで、私は満足だよ」

 

 さやかは聖剣を恭介の腕に抱かせる。やはり真に導かれた少女から離れた聖剣は、本来の輝きを失ってしまうが。それでも良い。月光に魅入られずとも良いのだ。それ以上の物を、彼に託せたのだから。それはさやかの我儘な呪いかもしれないが。

 それで良い。過ぎた願いだったのだ、彼女には。今ならば分かる。美樹さやかという少女の抱く恋心は、因果によって成就しないのだと。彼女では幸せにできない。

 

 だから、親友である神は謝った。それは狩人と対峙した時のような口先だけの歪んだ上位者ではない。ただ一人の、友を案じる少女がいただけ。

 

「ごめんね。どうやっても、上条くんが救われてさやかちゃんも救われる状態にはできなかったの」

 

「大丈夫だよ。私は救われたよ」

 

 その言葉が本心であるとさやかは啓蒙されるまでもなく理解できた。一番神と長くいたのはさやかなのだから、その心を理解できないはずもない。

 

「まどか。あんたこそ、本当に後悔してない?」

 

 故に問う。分かりきった事でさえも、聞かねばならない。これから崇め共に戦う戦友として。

 

「凄く強欲で、それでいて魔法少女を救済するなんて、きっと普通の人じゃできないよ」

 

「私は後悔なんてしてないよ」

 

 すぐに、強い意志でまどかは答えた。それは上位者ではなく、さやかが知っている一人の友達である鹿目まどかの瞳をしている。故に信じるのだ。この友の望む結末を。例え想い人が禁忌しようとも。

 ただ一人、本当の神を知る者として支えるために。

 

 さやかは呟く。

 

「本当はね。私、ただ恭介のバイオリンを色んな人に聞いて欲しかっただけなんだ」

 

 月光に魅入られた少女は淡々と独白した。

 

「でもマリアが恭介を狩人にして、恭介がバイオリンよりも狩りにお熱になった事を恨んじゃいないよ。マリアもマリアなりに、私を救おうとしてくれたんだよね」

 

 散々歪みあった彼女達だったが。死してようやく、かの上位者であり狩人の遺志を読み取った。それはただ、虫や精霊によって齎されたのではない。真に理解しようと心を開き、そして瞳を得た証。思考の先に辿り着いた、ヤーナムが本当に求めるべきもの。

 少女は理解したのだ。思考の次元を引き上げて。

 

 まどかはさやかを後ろから抱きしめる。それは一見さやかを慰めるものであったが。違うのだ。それは独占に過ぎない。

 

「大丈夫。マリアの遺志を理解しても、まどかから離れようとは思わないよ」

 

 安心させるように彼女はまどかの腕を握る。どこまでも独占欲の強い寂しがり屋。それを理解していたから。

 

「それに、恭介には仁美がいるんだもん。あんな良い子、もったいないくらいだよ」

 

「さやかちゃん……」

 

 夢は、醒めるものだ。例えそれが悪夢だろうとも、いつかは目醒めがやってくる。次第に恭介の身体が透けていく。それは彼女と彼の、最後の時間が終わってしまう事を示していた。

 

「例え狩りの中であろうとも。幸せにね、恭介」

 

 少女の呟きは届かない。だがその遺志は、確かに紡がれていた。

 

 月光は薄れて行く眷属の少女の想いに心を痛めたのだろう。かつて白竜と呼ばれ、非道な行いばかりしていた古き者は、神々の歪な愛ではなく、同族に向けた嫉妬心だけではなく。ここでようやく、暗い人間性を持った人の愛を知ったのかもしれない。

 それはどんな啓智よりも暖かく、そして暗い水底のように禍々しく。しかし嫌いではない。不思議な感覚。月光を信じ、闘った者達は皆、殉じていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄の業火が晴れていく。同時に暁美ほむらの意識が明瞭化していくのだ。

 神と対話し、現実に引き戻された彼女は一瞬の出来事に頭の中の瞳が震えた。正確にはその卵が。今までの事は全て幻だったのだろうか。鹿目まどかという少女と、そのために繰り返した無限の時は。そして最後に親友が辿り着いた思考の果て、愛とは。

 それらを脳に巡らせ、思考しようとした時だった。

 

「おい、さやかはどこだ!?」

 

 聞き知った声が隣からした。それは慌てる佐倉杏子。

 

「逝ってしまったわ、円環の理に導かれて……きっと美樹さん、さっきのあの一撃に、すべての力を使ってしまったのね……」

 

 巴マミがその横で、必死に自分を抑えて嘆く。

 

「さやかさん……貴女が逝ってしまったら、上条くんはどうするの……」

 

 緑の衣装に身を包む志筑仁美が拳を握り締めて呟いた。そこでようやくほむらは理解した。ここは友が改変した宇宙の先。友は、その願いをしっかりと叶えたのだ。魔女にならず、その魂は穢れを除かれて救われたのだ。

 それは魔法少女の最高の栄誉。その最期を認められ、女神に救済されるとは、あの青髪の少女はなんと幸運か。そしてそれを成し遂げた友はなんと素晴らしいか。ほむらは瞳と身を震わせた。

 

 

 

 

「ああ、あああああ!あああああさやか!あ゛あ゛あ゛ぁあああああッ!!!!!!」

 

 

 

 気がつけば、晴れた炎の中に黒装束の少年が膝をついて叫んでいた。それは上条恭介。美樹さやかの想い他人であり、しかし最期まで少女の愛は報われなかったようだ。

 少年は月光を模した聖剣を掲げ、発狂する。目から血を流し、身体から血が溢れ、そのうちの幾つかが血の槍となって彼の身体から突き出ている。仁美はそんな彼に駆け寄ると、彼のポーチから輸血液を取り出して突き刺した。

 

「上条くん!落ち着いて!」

 

「志筑さん!僕はッ守れなかった!奪われてしまったッ!ああ!さやかッ!ぐぅああああッ!?」

 

 しかし輸血の量を発狂が上回ったのか、彼は全身から更に血を吹き出して事切れてしまった。そして夢を見る狩人の典型として霧散する。何度目かの死。しかし世界が作り変えられてからの初めての死が訪れたのだ。そしてそれを、仁美は悲しげに見送る。

 その後ろで京子達がさやかの死を嘆いているが、ほむらの耳には届かない。

 

「馬鹿野郎……惚れた男を残して死ぬ奴がいるかよ……やっと友達になれたのに」

 

「それが魔法少女の運命よ。この力を手に入れた時からわかっていたはずでしょう?希望を求めた因果は、この世に絶望を齎す前に……私達はああやって、消え去るしかないのよ」

 

 己の拳に握られたリボンを目にする。それは最後に、最高の友達が残したリボン。やはり彼女はやり遂げた。神となり、少女達の愛を手に入れたんだ!

 

「あは」

 

 ほむらの貌が歪に笑みへと歪んでいく。

 

「あははは、やったーっ!まどか、やったねぇ!私達はやったんだ!愛を手に入れたんだァッ!」

 

 まるで発狂するように笑い友の名を叫ぶほむらを、全員が訝しむように眺めた。異常だった。それなりに仲の良かった友が死んだのにも関わらず、彼女は別の誰かの名を叫んで喜び始めたのだから。狂っている。赤いリボンを握りしめ、それを掲げ、クールな彼女が盛大に笑うのだ。それを狂うと表現せずなんと言う。

 だからマミは首を傾げた。

 

「まどか……?」

 

 杏子は尋ねる。

 

「誰だよ、それ……?」

 

 だがほむらは笑うだけで答えず。ただ狂信者のように神を讃えた。だが良いのだ。真に神を知り得るのは、一番の愛を向けられている自分のみで。それ以外など取るに足らない。

 いつか迎えに来てくれるその日まで、ほむらは鹿目まどかの狂信者であり続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの河川敷で、ほむらは足を止めた。すぐ傍では小さな子供が地面に絵を描いている。それは偶像。暁美ほむらという狂信者が最も喜ぶ行為の一つ。そしてそれを描くのは彼女の最愛の家族の一人。ほむらはしゃがみ込み、慈悲の笑みを見せて子供の頭を撫でる。

 

「まろか!まろか!」

 

 無邪気な子供が絵を指差して神を呼んだ。それだけで達してしまいそうな程に心を踊らせながら、子供に抱く劣情を必死に堪えて頷いた。

 

「うん、そうだね。とっても上手だよ」

 

 そう言うと、子供は不思議そうな顔でほむらの髪を縛るリボンを眺めた。その子は知っている。そのリボンを大切に髪に結んでいた少女を。そしてそれが大切な人であることも。

 そして開きかけた瞳に導かれるまま、子供はその手をリボンへと伸ばし━━

 

 

「ダメだよタツヤ。女の人の髪を引っ張るのはダーメ」

 

 

 現れた彼の父親に抱き抱えられ阻止された。神の名を呼び暴れる子供に父親は諭す。それはどこにでもいる幸せな家族の一瞬。だがほむらには。

 母親が未だしゃがみ込むほむらを案じる。

 

「すみません、大丈夫でしたか?」

 

 ほむらは立ち上がり、

 

「いえ、こちらこそすみません。お邪魔してしまって……」

 

 神の家族というものが、どれほど偉大なのかは歴史を振り返れば分かるだろう。ほむらはそのまま崇め讃えたくなる気持ちを押し殺し、返答した。そして無邪気な子供に問いかける。

 

「まどか、だね?」

 

 子供はキョトンとした顔をほむらに向けた後、無邪気に笑って肯定した。やはりまどかは正しい。そしてその弟である彼もまた、瞳に溢れている。この世界で知るはずもない神の真名を覚えているのだから。

 奇跡の具現。彼こそ生きた聖遺物。

 

 

 

 

 

 

 父親と子が離れ、夕焼けに染まった河川敷で遊んでいる。ほむらと母はその近くで、二人を眺めながら会話をしていた。

 

「ほら、その……あの子が一人遊びする時の見えない友達ってやつ?子供の頃にはよくある事なんだけどね〜」

 

 鹿目詢子は、その落ち着いた少女に語りかけた。その出会いは何か神秘的だったと後々まで覚えている。少女、暁美ほむらは彼女の顔を見ずに答える。

 

「ええ。私にも覚えがあります」

 

 だから、詢子が持ち得ない答えも少女ならば持ち得ているかもしれないと考えたのだろう。

 

「まどかってさ、貴女の知り合いか、それともアニメのキャラか何か?」

 

 少女は落胆しなかった。その名を知らないのも常人ならば無理はない。ましてやこの母親には元から神秘や瞳など備わっていないのだから。そしてそれを持つのは魔法少女や狩人という異端のみで十分。

 だからほむらは語る。その名の真意を。

 

「神様です。……ふふ、冗談。私もあんまり覚えていないんです」

 

 彼女なりの冗談なのだろうと、詢子は納得した。

 

「そっか〜、私も何かでタツヤと見たのかな〜」

 

 ほむらは何も答えず、次の言葉を待つ。

 

「たまにね。すっごく懐かしい名前だって思う時があるんだよね。……まどか」

 

 そこでようやく、ほむらは母の顔を見た。驚きはしない。だが、嬉しくは思う。ほむらもまた、笑みを見せて頷く。

 

「そうですか」

 

 そこで、まどかというものに対する問いは終わる。次に詢子はほむらのリボンをハッとしたように眺めた。

 

「そのリボン!」

 

 一瞬。期待した自分がいた。

 

「すっごく似合ってる!私の好みにど直球なくらいだよ!」

 

 だが、奇跡とは一度で良い。これ以上の幸運は過ぎたものだ。

 

「良かったら差し上げましょうか」

 

「ううん、こんな叔母さんには似合わないよ〜」

 

「いいえ」

 

 だが、孤独とは心を蝕むものだ。だからほむらは、何かに縋るしかない弱虫なのだ。

 リボンを解き、困惑する女性の頭に半ば無理やり結んでいくと。それはやはり、神の血を持つ一族なのだろう。非常に似合う。自分よりもよっぽど。怖いくらい。

 

「あはは……ね?やっぱり年齢的にキツイよ。そりゃ娘がいれば着けてあげたいけどさ」

 

 高まる狂気と熱意に心が躍り、身体が火照る。だがそれに身を任せては獣と変わらない。自身は理性的で、まどかの信奉者に相応しくあるべきなのだ。そして一番に愛するのはやはり、彼女の娘なのだから。自らの愛は、他人に向けてはならない。

 この想いは、彼女のものだ。死した後も、須く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━We passed upon the stair, (階段を上ると奴がいた。)we spoke of was and when.(そこで昔話をしたんだ)

 

 

 

 

 

 携帯から適当に選曲した音楽が流れる。確かデヴィッド・ボウイだった。ほむらが生まれるよりずっとずっと昔の曲。

 

「ふぅん、確かに君の言った事は、仮説としては成り立つね」

 

 夜、ビルの上にて。キュゥべぇは納得したように頷いて見せた。

 

「仮説じゃなくて、事実よ」

 

 そんな彼にほむらはグリーフキューブを投げ渡す。キュゥべぇは背中の穴にそれを仕舞い込むと反論した。

 

「だとしても証明しようがないよ」

 

 事実、その通りなのだろう。ほむらはそれを理解した上で、絶対的な優位性を握った上で語るのだから。

 

 

 

 ━━Although I wasn’t there, (俺はあそこには居なかったのに)

 he said I was his friend.(あいつは俺を友だと言った)

 

 

 

「宇宙のルールが書き換えられてしまっては僕たちにも分かりようがないし、そもそも記憶を引き継いだ君が語ったのだって僕達からすれば狂人の世迷言さ」

 

 まぁ確かに、と。キュゥべぇは穢れの行き先について何やら考察し出す。そして魔女のことも。きっと魔女システムというものがあれば彼らの悲願にもぐっと近づくのだとも。

 だからほむらは、彼らを嘲笑う。

 

「そうね。あなた達はそういう奴らよね」

 

 

 ━━Which came as some surprise(俺は驚いちまって) I spoke into his eyes,(あいつの瞳に向かって言ったんだ)I thought you died along(一人ぼっちで死んだと思ってたよ), a long long time ago.”(ずっとずっと昔にな)

 

 

「君がいた魔女の世界では、僕らが戦う魔獣なんて存在しなかったんだろう?呪いを集める手段としては手っ取り早いじゃないか」

 

 そう簡単ではなかった。事実彼らインキュベーターとの関係も険悪だった。故にほむらは契約を阻止するために奔走し、彼らを殺し回った。

 そしてやはり、彼らは人間を理解できない。どうして険悪なのかも、明確な感情を放棄した彼らでは思いつかない感情なのだろう。それで良い。元より上位者とは身勝手なのだから。

 

 

 

 ━━Oh no, not me. (おいおい、それは俺じゃないぜ) I never lost control.(俺はまだ狂っちゃいない)

 

 

 

 ほむらは立ち上がり、自らの魂の宝石を腕に嵌める。

 例え魔女のいない世界であろうとも、それで人間性から生まれる呪いが消えたわけではないのだ。ただ形を変え、深淵に引き摺り込もうとしているに過ぎない。

 

 

 

 ━━You're face to face(お前と向き合ってる奴は)

 

 

 

 キュゥべぇが彼女の肩に乗ると、現れた魔獣を眺めるほむらに呟いた。

 

「今夜はつくづく瘴気が濃いね。魔獣どもが次から次へと湧いてくる。倒してもキリがない」

 

「ボヤいても仕方ないわ。それに、ほら。獣狩りをする狩人は私達だけじゃない」

 

 巴マミが、マスケットを振るい獣を打ち滅ぼす。佐倉杏子が槍を突き刺し獣を焼く。上条恭介が失踪して半ば自棄になっている志筑仁美がチェーンソーで獣を引き裂く。

 ほむらはビルから飛び降りると、死地に向かっていく。

 

 

 ……例えこの世界が憎しみと悲しみを繰り返す、救いようがない世界だとしても。

 

 

 

 着地の瞬間、ほむらは翼を展開して宙に浮いた。

 

 

 

 ……あの子が愛した少女達がいる世界ですもの。

 

 

 

 盾ではなく、手にするのは一つの弓。

 

 

 

 

 ……それで十分。私はあの子の遺志を、その啓智を広めるだけ。

 

 

 

 

 撃ち出された矢は無数に別れ、人間性の獣を打ち滅ぼしていく。

 

 

 

 

 

 ……だから私は、狩り続ける。まどかの事を広めるために。彼女に真に愛されるその日まで。

 

 

 

 ━━With the man who sold the world.(世界を売った男なんだぜ)

 

 

 

 そして神の名は、一人の魔法少女によって永遠に紡がれるだろう。ただ深き愛故に。底を知らぬ愛によって動く、虚の魔法少女の手によって。

 最愛の友は更なる愛を手に入れる。それがほむらが唯一できる、友への手向け。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、彼女は世界の果てでさえも心折れぬ。一人、滅んだ地でさえも彼女は戦い続けるのだ。

 友との約束を守るために。彼女が愛した少女達が、平和に暮らせるように。そしてその愛を、友へと還元するために。無限の時を抗った少女は弓とリボンを携えて狩りに赴く。

 キュゥべぇさえも既にいない。彼女は魔法少女からも切り離された円環の使者。狂信者、信奉者。そしてそれは、少女達の伝説の一つ。

 円環の理を伝え、そこに住う女神を讃え、少女達に説いていく説教者。今や世界中の魔法少女が神の名を知っている。これで良い、これこそが彼女の愛の現れ。

 魔獣の群れが彼女を待ち受けようとも構わない。ただ狩滅ぼし、神の名を広めるのみ。

 

 背中から人間性が溢れる。それは翼。深淵から戻った彼女に、同じく深淵に潜む神から授けられた偉大な翼。しかしそれはおおよそ翼とは言えぬほど禍々しい。黒ずみ、羽など存在しない。ただただ無形の物体が彼女の背中を守るだけだ。

 かつて火の時代、人は天使という存在に見えた。世界の最果てのロスリックや、その更に果ての吹き溜まり。人は人間性を羽化させ天使へと昇華した。

 

 愛とは人間性の極地。故に愛を極めたほむらは天使として、獣を借り続けるだろう。

 

 

 頑張ってと、声がした気がする。

 

 

 本当は、その一言が欲しかったから。ほむらは最期まで戦うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まったく、皆人使いが荒いよ」

 

 洒落たトップハットを被ったキュゥべぇが眉をハの字にして悪態をついた。感情を露わにしてテーブルの上に腰掛けると、そのまま項垂れるように横に伏せる。

 そのすぐそばに座っていた女性はテーブルの上のカップを持ち上げると、中身を一気に飲み干した。そして空のカップをキュゥべぇの横に置く。その様子をキュゥべぇは流し目で見ながら尋ねた。

 

「僕の分は無いのかい?」

 

 その問いに男は淡々と答える。

 

「お前に紅茶の味が分かるのかしら?」

 

「失礼だな。仕事終わりの紅茶は実に紳士的な一杯だよ」

 

 女性は鼻で笑った。何が紳士だと言いたくもなるが、それは彼なりの個性らしいから取り上げないでおこう。女性は後ろの薔薇園を振り返って声を上げる。

 その視線の先にいるのは宇宙を見上げる人形。

 

「ねぇ、人形。紅茶のおかわりを。この上位者もどきにもくれてやりなさい」

 

 人形は宇宙を見上げるのをやめると振り返り、一礼した。人形がゆったりとした動きで台所へと姿を消すと、女性はため息をこぼした。頬杖をつきながら翠の瞳を眠たげに上下させると見もせずにキュゥべぇに問う。

 

「それで、首尾はどうかしら」

 

 尋ねられて、キュゥべぇはすくっと四足で立ち上がり赤い瞳を女性に向ける。

 

「どうやら総体は暁美ほむらの言葉を信じて大規模な実験をするようだ」

 

「命知らずね」

 

 まったくだね、とキュゥべぇが頷く。彼は背中のポケットから煙管を取り出すと徐に火をつけて吸い出す。今や立派な個として狩人の夢に居座るのは、あの日感情を持ってしまって織莉子達と戦い抜いた一人のキュゥべぇだ。

 そんな自称紳士のキュゥべぇが吐き出す煙をもろに浴びて女性は嫌がるように手を右往左往させた。

 

「ちょっと、レディの前でそんなもの吸わないで」

 

「良いじゃないか、君は特に何をしているわけでもなく狩人の夢に居座っているんだろう?戻るはずもない百合の狩人を待ちながらね」

 

 でも僕はちゃんとそれなりに仕事をこなしているよ、と自慢気に言うとまた煙を吐き出した。その面の何とも憎らしい事か。

 

「それで?時期が来れば君達も動くんだろう?」

 

 話題を変えてくるキュゥべぇに嫌気が差しながらも女性は答える。

 

「もちろん。あの子は完全に神に奪われた訳じゃないわ。その証拠として狩人の夢は問題無く機能しているから」

 

 狩人の夢。それは元来、月の魔物が生み出した夢に過ぎないが。それ以降は月の魔物を打ち倒し、自ら上位者となった百合の狩人の所有物。故に完全に彼女が滅びればこの夢は目醒めて消えてしまうはずだ。

 それにも関わらず女性、星の娘や人形達は今もこの夢で生活している。

 

「そりゃ結構。僕としても、あの使者達さえ居なければここは良い住処だからね」

 

 ふと、星の娘は夢に来たてのキュゥべぇを思い出す。同族だと思われて当初は使者に揉みくちゃにされていた頃が懐かしい。

 

「それで、星の娘。結局彼女の救出には誰が向かうんだい?」

 

「全員よ」

 

「……何だって?」

 

 あまりの即答にキュゥべぇは耳を疑った。

 

「僕もかい?」

 

「そうよ」

 

 その返答にキュゥべぇはため息と煙を溢す。どうやら彼としては必要以上の仕事をこなしたくないようだ。かつてはあれだけ契約のために動いていたのに、今となっては宇宙の寿命などどうでもいいのだろう。それよりも個として新たに開花した彼は楽をして生きていたいらしい。

 キュゥべぇは煙管をポケットへとしまうと腹を向けて寝転がる。

 

「あのねぇ、仮に母星の奴らに見つかれば僕だってただじゃ済まない。改変前の宇宙を知った個体なんて、今の彼らからすれば喉から手がでるほど欲しいだろうからね」

 

「あらそう。なら精々死なないように頑張りなさいな」

 

 ふと、その時。彼女達がいる工房の外で爆音が鳴った。ちらりと窓から外を見てみれば、百合の狩人の弟子が聖剣を振るっていた。相手は……最初の狩人と、その弟子。そして薪の王(月の魔物)

 聖剣を携えた少年狩人は傷付きながらも、ゲールマンと時計塔のマリアを圧倒している。ほぼ傍観しながら時折ソウルの矢を放つ普段着の薪の王(月の魔物)は……無傷だが。それでも彼は、ひたすらに成長を重ねていた。

 

 ゲールマンが飛び上がり、大鎌を振るえばその剣圧で旋風が起きる。それは人を吹き飛ばすには十分な威力だが。恭介はそれをすべて見切り、着地するゲールマンへと突撃した。

 すかさずマリアが防御するも、神秘の力を宿す聖剣を受け止めるだけで精一杯のようだ。そして彼女の落葉を弾けば、その胴を蹴り上げて吹き飛ばし、無防備なゲールマンへと光波を飛ばす。

 

「ぐっ……やるじゃないか、少年」

 

 光波によってゲールマンの義足が破壊されると、彼は膝をついてしまった。その隙に恭介は内臓を引き抜こうとして……

 

 突如飛来した薪の王(月の魔物)の黒騎士の大剣によって勝ち上げられる。軽い少年の身体はサッカーボールのように飛び上がり、しかし決定的な傷を負わずに着地して見せた。聖剣で防いだのだろう。

 着地と同時に蛞蝓を握り天へと掲げると、夢の宇宙から隕石が降り注ぐ。それらはすべて薪の王(月の魔物)に向けられた必殺の一撃。

 

 だが薪の王(月の魔物)はそれを意に介さず、左手に金翼紋章の盾を召喚するとまるで野球のバッターのように迫る流星を打ち返してみせた。

 流星が打ち返され、恭介は加速してそれらを回避しながら薪の王に迫る。そして聖剣に神秘を蓄えると剣の射程外から一気に魔力の奔流を放った。

 それは美樹さやかの放ったそれと比べればか細いものだが、獣を殺すには十二分。薪の王(月の魔物)は右手の古老の結晶杖で盾に魔術を施す。

 

 強い魔法の盾。それは一時的に盾を強化し、ほぼすべての攻撃を無力化するロードランの魔術。

 魔力の奔流を盾で受け切ると、薪の王(月の魔物)は一気に恭介へと迫り右手をロングソードに切り換えて振るう。

 

「ッ!」

 

 しかし恭介はバックステップでそれを完璧に回避してみせた。すかさず聖剣を振り上げて薪の王の脳天をかち割らんとするが。

 彼の左手の盾がいつのまにか変化していた。具体的には、小さい剣になっていたのだ。

 

 恭介が振り抜いた一撃は、薪の王(月の魔物)の小さな剣。パリングダガーに弾かれる。これぞ火の時代の秘儀、パリィ。攻撃を弾かれ無防備な恭介の胴へ、薪の王(月の魔物)はロングソードを突き立てた。

 

「油断したな、坊主」

 

 薪の王を睨む恭介を、そのまま蹴り飛ばし同時に剣を引き抜いた。そして楔石の原盤によって強化された神の武器の一撃は、容易く恭介という狩人を即死させてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「野蛮ね」

 

「野蛮だね」

 

 星の娘とキュゥべぇの言葉が重なる。と、修行が終わるのと同時に人形が紅茶を持って来た。彼女は一礼してテーブルにカップを置くと去り、また宇宙を見上げ出す。

 キュゥべぇは熱がりながら紅茶を器用に飲むと、ホッと一息入れた。

 

「仁美もかわいそうに。恭介が夢で修行三昧になったせいで荒れちゃってるよ」

 

「興味無いわ」

 

 狩人は次元を超え、他の狩人の狩りを助けるくらいだ。ならば例え宇宙を改変されようとも、人の次元を超えた狩人ならば記憶の引き継ぎ程度容易いものだ。

 と、その時。自らの死を無かったことにした恭介が工房へとやって来た。彼はトップハットを被るキュゥべぇと星の娘を一瞥すると、昔では考えられない程に穏やかに挨拶をする。

 

「やぁキュゥべぇ」

 

「やぁ恭介。いつも戦いばかりで飽きないかい?」

 

「そんな事ないよ。月の魔物や老ゲールマンのお陰で日に日に強くなってるしね……さやかを取り戻すためなら何だってするさ。ヒヒ、ヒヒヒ」

 

 イケメンスマイルがマジキチスマイルに歪む。彼はあの時、暁美ほむらに屠られ美樹さやかを奪われた時から壊れてしまった。そうかい、とキュゥべぇが適当な相槌を返すと月の魔物がやって来る。

 

「戻ったか」

 

 彼は涼しい顔で武器をソウルへと変換して収納するとキュゥべぇに話しかけた。

 

「暁美ほむらはどうだ」

 

「君の望んだ通り、もうすぐソウルジェムが濁り切るよ。あの因果の量ではもうグリーフキューブくらいじゃ浄化しきれないだろうね」

 

「他のインキュベーター達の動きは?」

 

「順調さ。暁美ほむらは最期の地を見滝原にするつもりらしくてね、母星の奴らも見滝原に群がっている……例の実験を行うためにね」

 

 そうか、とだけ言って。薪の王はソファーにどかっと座った。そして視線だけを聖剣の修理に勤しむ恭介に向ける。

 

「最後の油断さえ無ければ完璧だった」

 

「でも負けました。貴方に負けるようでは鹿目さんには勝てません」

 

 ストイックだな、と茶化すと月の魔物はソウルからエスト瓶を取り出して飲む。傷は負っていないが、彼からすればこの行為は酒を飲むに等しいのだろうか。様子は酒に酔うジジィだ。不死人の事など分かるはずもないが。

 星の娘は気怠げな目で月の魔物を一瞥した。

 

「そういう態度はやめなさい。リリィに嫌われるわよ」

 

 そう言えば、月の魔物は組んでいた足を下ろす。

 

「ねぇ、貴方の計画上手くいくのかしら?」

 

「らしくないな。思考が足りないぞ」

 

「違うわ。成功の可否を問いてるんじゃない。リリィは戻る気があるの?」

 

「それこそ俺に聞くのは間違ってる。俺はただ、あの子を取り返すだけだ……あの愛に飢えた女神様からな」

 

 そこで話は途絶えた。これ以上彼に何を聞いても無駄だと、星の娘は拗ねてしまったのだ。

 しかし図らずとも事態は動くものだ。それが女神の愛を強く受ける説教者の最期であるならば。必然なのだ。

 

 




途中の曲はデヴィッド・ボウイの世界を売った男。MGS5で使われていたので有名ですね。
次回から新章に突入します。

どこまで書いたら良いかアンケート取ります。反映するかしないかは気分です(横暴)

  • アニメ本編のみ。あともうちょい
  • 叛逆。展開は変えるかもしれません
  • 叛逆後も。クオリティ低し(断言)
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