宇宙はどこまでも輝き、暗く暖かみに溢れている。それは深海のように。神々が辿り着けなかった深みの先。故に上位者達は宇宙を求めたのだろう。神々を超え、その微睡に浸かるために。真理へと辿り着くために。
そして星の娘もまた、宇宙に恋い焦がれる。いつか見捨てられ、瞳を持たぬ人間どもの祭壇において嘆いていた時のように。美しい娘は海岸沿いの暗闇の中、一人宇宙を仰いでいた。
否、訂正しよう。彼女は今嘆いている訳ではない。待ちわびている。彼女を見出してくれた青ざめた月の少女を。恋焦がれた白百合を。だから彼女は祈り、待つ。
まさか人智を超えた上位者が、他者の為に祈る時が来ようと誰が考えたであろうか。それは瞳を持つ者であろうが思い至らぬ深淵の先。愛という名の欲望のみが為せる業。
星の娘は組んでいた指を解き、見上げていた顔を降ろす。背後に現れた足音に、心の高揚が掻き立てられるもそれを堪える。今か今かと待ちわび、そうしてようやく真後ろで足音が止まった。
いつか嘆きの祭壇で出会ったあの時のように。あの時は嘆く彼女に一方的な暴力でもって挨拶とされたが。此度の出会いは、抱擁で始まった。
「ただいま、エーブリエタース」
背後からの抱擁と言葉に星の娘は酩酊した。そっと、自らを抱く腕に手を置く。
「遅いわよ、リリィ」
そう言って星の娘は言葉の刺とは裏腹な笑みを背後の少女に向けた。
百合の狩人。月の香りのする狩人。そして青ざめた月。夢の主。白百合マリアと偽った彼女が、いつものように冷静な笑みを浮かべていた。鼻を擽る銀髪から、優しい血の匂いを嗅ぎ取る。
「ずっと見守ってくれていたのだね、エブちゃん」
「そうよ、まったく。貴女と来たらあの胸しか取り柄の無いヒステリー女に気を取られて」
「おや、君が一番なら良いのだろう?マミもまた、私を信じて改変前も後も心を授けてくれたのさ」
しばらく二人はそのままの状態で語り合う。高次元の思考による語らいも、ウィレーム先生やビルゲンワースの学徒達が好みそうな思索の先に行き着く小難しい話でも無い。少女達━━我々はただ、深淵の先に待つ愛を語らうだけで良いのだ。それこそが、人が人であるための条件。神も上位者も狩人も、そして人間も。愛によって人となる。
「織莉子とキリカは強情ね。未だ魔女の結界の内であろうとも目的を見失ってはいないわ」
「だろうね。それでもこの、幸せな日常をそれなりに謳歌していたようだが」
変身バンクで恥ずかしがる織莉子を思い出す。あれで未だ円環の理に執着しているというのであれば、彼女はまさしく名優だろう。
「それと、
ピクッと、私の腕が反応した。
「思い切りやりなさいって、ふふ。あの男、一番この偽りの街を楽しんでいたくせに」
この世界で、仕事から帰って来てはソファーに座り晩飯まで撮り溜めていたサッカーの試合を見ていた父を思い出す。そうだ、全てが終わったら夢にテレビを置こう。そうすれば父も、新たに見つけたスポーツ観戦という趣味を充実させられるに違いない。
会話の終わり間際、私は星の娘の頬に口付けをすると立ち上がる。一度は夢破れた私だが、今度こそ成し遂げよう。
そしてそのための計画は、既に始まっているのだ。
狩人たるもの、いつまでもありふれた日常に使っては居られぬだろう?
朝日を浴び、露に濡れた花達を手入れする老人の背後。チョキンチョキンと、似合わぬ小さな鋏でその老人は仕事をしている。気がついている癖に、彼はいつも自分のペースを崩さない。その時が来るまで待ち、疲れ果てた使命のために後輩達に献身する彼は、やはり私の師であり眷属だ。
「やぁ、狩人よ。そして月の魔物の娘よ。自らの遺志を取り戻したか」
「らしくない、老ゲールマン。貴方に似合うのはいっそ命を狩り取る大鎌だろう」
私の軽口にゲールマンは年相応に笑って見せた。そして道具を置くとその長身で振り返り、皺くちゃの顔を笑みで歪ませ鋭い瞳で私を眺める。
それはまさしく、最初の狩人。格好こそ用務員のおじいさんで、似合っていたボロボロの帽子も今では麦わら帽子だが。彼は義足でぎこちない歩みを持って私の横を通り過ぎる。
「意外と悪くなくてね、この仕事も。……まぁ良い。君はまた、使命に基づき狩りに励めば良い」
「そのつもりだ。して、ゲールマン。ルドウイーク先生はまだ?」
その問いにゲールマンは頷いた。
「彼もまた、報われぬ者の一人だ。ならば心地良い夢に囚われるのも分かるだろう」
そうか、とだけ。私は離れていく老人を見送る。詰所に帰る彼は道中、少女達に挨拶をされては返している。その姿は最初の狩人らしからぬ気さくな老人だ。
ふふ、師よ。貴公もまた報われぬ狩人の一人のようだな。優しい夢に浸かり少女達に慕われるのは、長い悪夢では無いだろうに。
教室に来れば、やはりさやかは休んでいた。昨日の今日だ、そりゃあ来れるはずも無い。それでもシレッと登校している私と恭介は図太いのかもしれないが。
変化もあった。ほむらの髪がいつもの三つ編みではなく解けている。そしてトレードマークの眼鏡も掛けてはいない……喜ばしい事だ。まどかは三つ編み眼鏡を辞めてしまった事に不満を抱いているようだったが、それでも使命を抱いた少女は美しく輝いている。
「やぁ、ほむら。見違えたよ」
そう尋ねれば、彼女は少しばかり私を睨んだ後にいつもの笑みを見せた。きっと思い出したのだろう。ここに至るまでの全てを。いいや違う、全てでは無いが。
「ええ。……白百合さん、貴女はどうなんですか?」
直球な質問に、私は笑った。やはり彼女の根は変わらない。基本的に無駄を嫌う。定位置である彼女の横に座り、テレパシーで答える。
『君と同様さ』
『そう……世界が改変されても狩人はやはり理から外れているのね。そしてその様子じゃ、円環の理を狩るには至らなかったようね』
彼女は私の結末を知らぬ。故に今でも変わらないまま、少女達の遺志を求める狩人だと思っているのだ。いやそれは変わらないが。それでも敗北し、円環の理に囚われたという事は知らぬ。その呪縛も今では消え去ったが。
『まぁ良いわ。まどかが円環の理になった後、どこへ?』
『夢に。それなりに手酷くやられてね。油断していた訳では無いが、それでもこちらの遺志を根こそぎ持っていこうとするまどかとは相性が悪かったよ』
苦い思い出を包み隠さず話す私を、ほむらは鼻で笑った。
『あんなに貴いまどかに手を出すからよ。……やはり、この世界は偽りの箱庭なのね』
『その通り。あのまどかも、本来ならば存在するはずもない』
『魔女の結界……そんなはずはないのに』
やはり彼女は聡明だ。もう八割は答えを出している。残り二割に気がつくのはそう遠くは無い。しかしその時こそ、彼女は決断を迫られる。
私はそれまで道化を演じつつ、暗躍すれば良い。それこそ上位者らしい振る舞いだ。私は他世界の狩人あがりの上位者とは違う。自らが上位者である事を、忌む事などしないし、上位者を毛嫌いする事もない。それこそ啓蒙が足りぬ。あんな個性の塊を狩るなどと。
『今の私は君と目的を同じとする同志だ。さて、ほむらよ。この後の計画は?』
ほむらはやはり誰も信じない。信じないが、利用はする。彼女は瞳に暗い魂を宿しながら、答える。
『放課後、巴さんと話すわ』
マミにさん付け……なるほど。君は全てを思い出した訳では無いのだね。
『目的はベベか。なるほど、確かにあの子はキュゥべぇ同様異形の存在だからね』
『貴女はどうするの?』
『古い知り合いを目醒めさせなければならない。その為の御膳立てをする』
ほむらは首を傾げるも、無理矢理納得してくれた。私の謎かけめいた言葉も今に始まったことではないと理解しているのだろうから。
そうしているうちにホームルームが始まる。一時間目は英語の授業。担任は早乙女先生ともう一人。頭の中で、かつての死体溜まりで邂逅した獣を見出す。無意識にさやかが連れて来たのだろう。それはある種、誤算だった。
しかしその誤算すらも私の手の内としよう。お父様は私を応援して下さっているのだから、答えなければならない。
それともう一人、話しておくべき人間がいる。円環の理、その血を引くいてはならない人物。あのやかましい解説役と。
どこまで書いたら良いかアンケート取ります。反映するかしないかは気分です(横暴)
-
アニメ本編のみ。あともうちょい
-
叛逆。展開は変えるかもしれません
-
叛逆後も。クオリティ低し(断言)