百合で織られた檻の中で、私はあの子と再開した。
桃色の長髪を、床を超えて途方の無い宇宙にまで垂らす魔法少女の女神。彼女達を救うべくその身を捧げた少女。その正体は、暗く暖かい人間性を理解し我がものとした貪欲な百合の花弁。
その少女は檻の外から、鎖で繋がれた私の手足をゆっくりと捕食するように撫で回す。それはなんとも魅惑的で、性的で、しかし争い難い優しさがあるもので。一撫でする度私の人間性が眠りにつきそうになる。
私は決して心は折れず、ただ狩に挑むだけの狩人。そして少女達を愛する白百合の花。それだけを胸に、この全てを得たい少女の誘いを断っていた。
あぁ、これが夢へと誘われる前の私であればとっくに心の全てを持っていかれていただろう。あの古い友のように。
「君は、世界を売った少女だ」
私をいたぶり楽しむ女神に、私は告げる。
「自らの世界と引き換えに、こんなにも壮大で手に負えないものを手に入れた。すべての愛など手に入れられるはずもないのに、それでも君は求めてしまった。結果、君は世界を売らざるを得なくなった。大切な人達と会う権利を手放してしまった。愚かだよ、瞳を得た者というのは。君も、私も、人を超えたというのにどこまでも人間らしい誤ちを犯す。本当は、そんなもの求めていないのに」
そうして私は自らと目の前の少女を嘲笑する。
「まるで、スカボローフェアのように。決して我々は真に望むものに到達する事は無いのだ」
黙って私の話を聞いていた少女は、ゆっくりと私に太陽のような瞳を向ける。
「そうだね。でも、それでも追い求めるものでしょう?探求者というものは、ね」
屈託の無い笑みで。かつて見滝原で見えたあの優しい笑みで、彼女は言った。
真実など、知りたくも無いはずなのに。それでも人というものは追い求めずにはいられないのだ。
人間性とは愛ゆえに探求する。愛とは言葉にできぬ。言葉にできぬからこそ、神々は人間性を恐れ、人々は内に潜む人間性を危惧しながらも探求した。
未知とはなんと都合の良い言葉か。己の知らぬ事を追い求める姿はまさに生きがいそのもの。そしてその本質に触れた時こそ、後には退けぬのだという事に気がつかない。
それは正しく、原罪なのだ。人が人として形を持った時より生まれし愚かな罪。それが人を苦しめ、時に助く。そうして人間は成長してきた。だから神々には理解できぬ。人間の底に眠る好奇と炎を。
「つくづく人間の好奇心というものは理不尽だねぇ」
そして感情が人間性の一端であるというのならば、感情を持たぬインキュベーターに分かるはずもない。人というものがどれだけ危険で、暖かいのかを。
真実に到達したほむらに、一匹のインキュベーターは嘲笑うようにして語り、目させる。
本来の彼女を。本当の見滝原で永遠の眠りにつく暁美ほむらの姿を。友から賜ったリボンと弓、それをしかと身につけ安らかに死ぬ彼女の肉体。
同時にキュゥべぇは自身らの目的も語る。まるで自らの計画通りに進んでいると誇示するように。すべては掌で踊っていたと言わんばかりに。
穢れきった魂を遮断し、円環の理を観測するための演劇。それが、この偽りの見滝原。ほむらはまんまと魔女の存在を彼らに明かしてしまったのだ。知らずのうちに、友を危機に合わせてしまっていた。
心の弱さが露呈した。誰も知らぬ、覚えていない。鹿目まどかの事を。自らの世界を売った少女の事を。自分以外のすべてが忘れ去ってしまった事に我慢ならなかった彼女は、宿敵であるはずのキュゥべぇに明かしてしまっていたのだ。信じるはずがないと侮り。
そうしてこの偽りに現れた登場人物の中で、キュゥべぇ達が知り得ない者は。円環の理である。故に鹿目まどかは、ほむらを救いに来た女神である。
唯一誤算だったのは、まどかとほむらが結界の作用で自らの目的や存在を忘れてしまっていた事だろう。
円環の理であること。魔女であること。しかしそれはキュゥべぇにとっては記号でしかない。
「おかげさまでこんな茶番にも付き合わされた。当初は小百合リリィも疑っていたが、彼女は魔法少女とはまた異なる存在だ」
「……狩人」
「その通りでもあるし、違うとも言える。彼女は高次元暗黒に潜む上位者さ。そして彼女の一家もまた、同じような存在だね。ま、僕には関係が無い。彼らの目的は大体掴んでいるからね」
さぁ、とキュゥべぇは赤い瞳を輝かせ提案する。
「まどかに助けを求めるといい。君が真実に辿り着き均衡を失いつつある今なら届くはずだ。そしてまどかも自身の存在理由を思い出すだろう」
闇よりも暗く。炎よりも熱く。ただほむらは明確な殺意をもってキュゥべぇと対峙する。穢れきった魂は、虫の苗床になるには十分である。そして啓蒙とは、輝きとは、導きとは、宇宙に潜む者達の虫である。
故にほむらは啓蒙された。彼らの目的を。燃え滾る魂はこの世界の主。
「まどかを支配するつもりね」
ドス黒い何かが溢れ出す。かつて灰が、ただの使命を帯びた不死であった頃に過去の亡国で見えた深淵。それと同等の闇がキュゥべぇを襲った。
「最終的な目標については否定しないよ」
迫る闇の槍々を避ける。
「道のりは長く険しいものだろう。しかし一度観測できれば干渉もできるというものだ。そして干渉できれば制御もできる。紫外線のようにね」
使い魔である偽街の子供達がキュゥべぇを捕まえ、八つ裂きにする。しかし新たに現れたキュゥべぇが語りを止めるはずもなし。
「そうなれば魔法少女は魔女となり、更なるエネルギー回収が期待できるようになる。希望と絶望の相転移。その感情から換算されるエネルギーの総量はかなりのものだったよ。やっぱり魔法少女は無限の可能性を秘めている」
否。それは側面にしか過ぎぬ。感情を危惧しない者共ではそれすらも分からぬのだ。
「君達は魔女へと変化することでその存在を全うすべきだ」
槍がキュゥべぇを貫く。
「なぜ怒るんだい?暁美ほむらの存在は完結したんだ。君にはもう何の関わりも無い話だ」
殺せど殺せど湧く害獣。けれどその言葉に、ほむらは心を傾け掛ける。
「君はその長く過酷な道のりの果てに。待ち望んでいた少女と再会を果たす」
だから、夢見てしまった。自身が救われる世界を。
ほむらとまどかが手を繋ぎ、無垢な少女のように笑い合い、愛し合う、そんな花園を。あり得ない、そんな光景を。
そんな、理想の自分の首を締め上げる。確実に、必ず殺すために、右手の銃で脳天を撃ち抜く。脳髄は弾け、血は吹き出し、自らを殺す事によってのみほむらは遺志を保つ。
溢れる涙は暗い魂の血と化し鬼のような形相は変わる事なく。理想を殺しきり友との約束を果たす為に友を拒絶した。
「そんな幸福は求めていない」
だから、気がついた。こいつら害獣を殺すだけ無駄なのだと。真に葬るは自分自身。ほむらの呪いは、自らが最期まで抱くべきなのだ。
「そんな……自ら呪いを募らせるなんて……それがどういう結末になるかわかっているのかい?」
キュゥべぇの問いの答えは啓蒙されている。
「あなたは知らないでしょうけど。私の願いはまどかを救うことなのよ」
闇を募らせた少女は両腕を広げた。その顔に先程までの悲痛な怒りは無い。
「なら、このまま私は私を殺して魔女となるッ!そうして魔女として葬られ、まどかは永遠に約束を果たし続けられるッ!願ってもないわ!ありがとうインキュベーター、これは殉教よッ!私はまどかのために消え去るのッ!それって素晴らしい事だわ!約束を守ったまま死ねるのだからッ!そしてまどかも間近でそれを見てくれる!」
「君はそんな理由のために救済を拒むのかい?このフィールドの中で死んでしまったら二度と円環の理とは出会えなくなる。永遠に呪いの中に魂を巡らせたまま消え去る事になるんだ。まどかと会えなくなるんだ」
ああ、愛しい我が親友、まどか。ほむらは心の奥底で、あの眩しい笑みを思い描く。行かないで、行かないで、弱い心がまどかを求める。
黙れ。黙りなさい。そう、呪いのように言い聞かせ。
「それで良い。私は役目を果たす」
そうして、ほむらの魂は暗い微睡の中に消えていく。自分が消えていく様を感じながら。輝きと後悔が交差しながら。それしか思い出せないのだから。
最期に別れを告げられずにごめんと、ただ弱き少女の心を見せながら。
少女達は集う。 まるで定められていたかのように。かつて見えた地で、我々は歪み合いながらも友だった。夕陽に浮かぶは断罪を求める哀れな少女。愛を理解し、愛に殉教し、そして愛を拒んだ魔法少女。
そんな姿を見て、まどかは思わず立ち竦む。
「ほむらちゃん……」
そんなまどかの肩に手を置く。これは友としての役割を果たすため。円環の理と狩人の争いは一先ず高次元暗黒に流しておこう。
「怖がる事はない。彼女もまた、人なのだよ。彼女を受け入れ給えよ、まどか」
この世界で見る初めての魔女に、まどかは怯えていたがしばらくすればいつもの強い眼差しを携えた魔法少女へと戻っていた。本質的に、彼女はやはり円環の理だ。目的を見失おうとも、彼女はやはり魔女を救済しようとするのだろうか。
そうしてさやかたちもまた、三人でやってくる。我が愛弟子とその恋人も含め……聖剣はやはり成し遂げたのだな。そしておめでとうさやか、君もまた私の眷属だ。
「あいつが一番辛いんだ。怖がらないでやって、まどか」
「さやかちゃん……うん、大丈夫」
ふと、ボロボロの狩装束に身を包んだ恭介が私の真横に立つ。
「よくなし得たな、恭介」
「……あぁ。あとは暁美さんを救えば良いだけだ」
えらく素直で男前な瞳をする恭介に、私はちょっとばかり面食らった。成長したのだろう、やはり少年とは恋と戦いで強くなるのだ。
「おい、あれが魔女なのか?」
ふと、杏子が相変わらずチョコ菓子を口にしたまま尋ねた。
「然り。そしてほむらの魂とも言える」
「あんな悍しいものが魔法少女の成れの果て……でも、不思議と恐ろしくはないわね。むしろ、哀れ……」
同情にも似た感情を示すマミ。良い啓蒙だ、事実あの成れの果ては哀れで仕方ない。
しかし、我々がいれば救いなど既に達成したにも等しい。私、マミ、杏子、なぎさ、恭介、仁美、さやか、そしてまどか。我ら等しく、少女を救うために集いし狩人と魔法少女。今こそ使命を果たすときだ。
円環の理に閉じ込められていた時は、その反骨精神でとうとうこの場に来るまで女神に協力しなかったからね。
「ねぇ、あんた良い加減手伝いなさいよ」
閉じ込められた私に、さやかは怒気を孕んだ口調で言う。
「嫌だ。そもそも私は円環の理に救われたとは思っていないし望んでもいない。考えてもみ給えよ、どの少女もやれ女神様だの何だのと。あれじゃまるで新興宗教だ」
もぐもぐと与えられたお菓子を頬張りながらさやかの言葉を突っぱねる。まるで檻に入れられた猛獣だが、それでもまどかに力を貸すのは御免だ。いくら遺志を囚われたとは言え、私は私の理想郷を目指すだけ。隙あらば脱走しようと試みているくらいだ。
と、さやかの隣で話を聞いていた我が旧友……アンリがため息をつく。
「すまない聖剣。リリィは頑固でね、こうなると意地でも動かないんだ。……ふ、そう言う所は変わってないんだな」
「思い出話は止め給えよ、アンリ。君こそ我々の戦いを邪魔するほど無粋だったかな?……あぁいや、思えば君は純粋過ぎてよく人に誑かされていたな。いつも通りか」
「ちょっとリリィちゃん、喧嘩はよくないよ」
困ったように、その背後にいたまどかが仲裁に入る。元凶が何を言っているんだ。
と、まぁ何だかんだで私は円環の理においては不自由しながらも会話に困る事はなかった。時折なぎさがチーズを持ってきてくれたり、このみとあやかも定期的に来てくれた。
……正直、悪い気分ではなかった。救出のために計画を練っていたお父様達には申し訳ないが。
だが、それでも歯車は動き出す。
やって来たさやかとまどかは珍しく慌ただしかった。私はある程度フリーな両手で紅茶を飲みながら百合系の少女漫画を読んでいると、そんな二人の顔を見て首を傾げた。そんな呑気な私にさやかは言った。
「お願い。手を貸して」
またお仕事のお誘いか。しつこいものだとうんざりする。
「嫌だって言っているだろうに……今良いとこなんだ、後にしてくれ」
そう言ってまた少女漫画を読む作業に戻ろうとすれば。
「ほむらちゃんを迎えに行くの」
と、まどかが困ったように言った。ほう、とうとうほむらも限界か。しかし良かったじゃないか、君の最高の友達を迎えに行けるのだ、むしろ私なんかいない方がいいんじゃないのかな。
多分、そんな事を適当に言った。だがそれでもまどかは困った顔をしていて。
「キュゥべぇに、囚われてるの」
そう言った瞬間、私の本を読む手が止まる。同時にあの白くて汚らわしい汚物の顔が頭に浮かんだ。
円環の理に導かれた少女達の共通認識として、キュゥべぇは須く敵だ。無理もないだろう、最初に彼らの目的を明かされていたタルト達はともかくとして、ほとんどは魔女の真実なんか知らされていないのだから。
「……話を聞かせてもらおうか」
つい最近見た殺し屋の漫画を真似て、私は言う。まぁ、友を助けに行くくらいならば……そんな甘い考えで。
まさかこんな事になるなんて思ってもいなかったが。
どこまで書いたら良いかアンケート取ります。反映するかしないかは気分です(横暴)
-
アニメ本編のみ。あともうちょい
-
叛逆。展開は変えるかもしれません
-
叛逆後も。クオリティ低し(断言)