それ以上にマミさんちょろすぎて怖い
聖少女領域
不可思議な三角形のテーブル上に置かれたティーカップを手にする。湯気と共に、私の鼻に豊潤な茶葉の匂いが広がったのを楽しんでから、今度はカップの中の紅茶を一口含んだ。啜り、しかし音を発てず……淑女の真似事をしながら。
そうして、目の前で同じように紅茶を楽しむマミもまた完成された淑女らしく飲んでみせる。
私達はしばし紅茶を楽しむと、話を始めた。異形の二人組、その話題はもちろん少女めいた色恋沙汰ではない。それは昨日の暁美ほむらとの一件についてだった。マミは真剣な面持ちで口を開く。
「それで……暁美さんに襲われたのね」
「そんなに恐ろしい物じゃないさ。言うなれば、そうだね。あれは単なる戯れに過ぎないが。魔法少女的に言ってしまえば襲われたということなんだろうね」
十分回りくどいように……しかし戦ったことを否定はしない。しかし唯一配慮するのであれば、昨日のあれは戦いなんて血生臭いものではなかった。単に、私は暁美ほむらを試したに過ぎないし、彼女もまた本気で私を殺せるなどと思ってもいなかっただろう。少なくとも、最後は。
マミは少しだけムスッとした表情で、組んだ手の上に顎を乗せる。
「でも、まさか魔法少女ではない白百合さんを襲うとはね……やっぱり彼女、見滝原を手に入れるつもりね」
「それは魔法少女のテリトリーを、という意味かい?」
私の質問に彼女は頷いた。しかし対して私はそれを少し小馬鹿にして笑う。それは間違っていると、マミにはっきりと感じ取ってもらうために。今、マミは疑心暗鬼に陥っている。私という正体不明の狩人に加え、暁美ほむらというツンケンした少女の存在がきっと彼女の記憶に眠る何かを刺激しているのだろう。
それが何者なのかは、もう調べはついている。自らの父の言葉を偽った、あの捻くれた聖女のことに違いない。
「そうかな……私にはそう思えないが。まぁ良い、それは時間が解決してくれるはずさマミ。私が言いたいのは、必要以上にほむらを警戒する必要はないという事さ」
「随分と彼女の肩を持つのね、白百合さん」
と、マミはまるで私を警戒するように言った。私は肩を竦めて笑う。
「可憐な少女同士がいがみ合う事が嫌いなだけさ。……なぁマミ、そんなに知らない魔法少女が怖いかい?」
「私からすれば貴女も十分怖いわ。得体が知れないもの」
「傷付くな……私はただ、マミみたいな少女と友達になりたいだけさ」
どうだか、と言ってマミはケーキに齧り付く。しかしマミよ、君はいつもケーキを食べているのだろうか。少女ながら豊満な身体を持つ事に称賛はすれど否定はしないが、いくら魔法少女の活動でストレスが溜まるからと言って食べてばかりいると太る。
……いや、それはそれでマシュマロみたいで美味しそうじゃあないか。
邪な啓蒙を振り払う。そも、啓蒙とはこのように下心を助長するものではなかったはずだ。百合に浸かりすぎて頭の瞳がおかしくなってきたのだろうか。まあ、可愛いのだからどうでも良いではないか。
紅茶とケーキを美味しく頂いて、私達は2、3言葉を交えてお開きにする。そうして私が玄関を出ようとしたところで、彼女はわざわざ私を見送ってくれるようだった。
革靴を履き、扉を開ける前に振り返ってマミと向かい合う。
「マミ、美味しいケーキと紅茶をありがとう」
「いいえ、今度は皆でお茶にしましょう。明日も体験ツアーはあるのだし」
そうだね、と私は言って彼女の細い手を取る。細さで言ったら私も負けないはずだが、狩人として武器を取った時間が長かったせいか柔らかさではおよそ勝負にならないくらい柔らかい。
マミは少しばかり驚いたように狼狽えたが、それを無視して彼女の手を私は自分の頬に触れさせた。
「綺麗な手だ。君の手を汚さないように、私も魔女狩りに精を出すよ……ふふ、君は友達だからね」
「ちょ、マリアさん……もう!男の人みたいな事言うんだから!そうやって地元でも女の子を誑かしてきたんでしょう?」
顔を赤く染めるマミは美しい。そも、巴マミは美人で、清く正しい。そんな少女を赤く染めたいと思うことに性別は関係しない。ただ私は、この少女を愛しく思っているだけだ。
私は百合の狩人。少女のためにあり、少女を愛する。私ははにかみながら……きっとまともな時のアルフレートよりもイケメンっぷりを発揮しながら言う。
「君の孤独を、少しでも和らげたいだけだよ」
そうして私は彼女をそっと抱きしめる。身長で言えば私の方が少し上だから、私の首元で彼女は顔を真っ赤にしながら目を丸くした。
「マミ、私は狩人だ。魔法少女にはなり得ない。だが共存は出来るはずだ。そして、私達は友達で……戦友さ。見栄を張るのはまどかとさやかの前だけで良い。もっと私を頼って。もっと弱い所を見せて。私もマミ相手ならそうするわ」
「マ、マリアさん……」
全部この上位者たる私にはお見通しだ。彼女がどうやって生き延びてきたのか、どうして戦いの中でも優雅たるのか、良き先輩であろうとするのか。
彼女の孤独を埋めようとする……少女の弱い心が原因なのだ。私はそれが尊い。手に入れたい。
マミはうっとりとして、しかし理性を取り戻したのか顔を逸らす。私は彼女の顎を押さえて無理矢理、けれど優しく目を合わせた。嗚呼、やはり少女は美しい。こうして頬を染めて、自らの劣情と向き合おうとする少女は特に。
……彼女に男性経験が無くて幸いだったという事もあるだろう。魔法少女が喪女道まっしぐらとは。先生ももしや魔法少女なのだろうか?
「あっ……」
艶やかな声をあげるマミのおでこに、私はそっと口をつける。その意味は祝福や友情。もっとも私の齎す祝福は狩りに直結するものだろう……ヤーナムではそれを、啓蒙と言う。
私は彼女に少しばかりの啓蒙を与える。減った分は上位者の啓智で補えば良い。腐るほど保管している……そろそろ余りを売っ払ってしまおうか。
「ひゃあ……マリアさん……」
今まで聞いたことのないような声をあげるマミ。私も少し驚いた。いくらなんでもちょろすぎるだろうマミよ。この分ではそのうちミコラーシュや
アルフレートのような悪い男に引っ掛かりかねない。彼女が車輪を武器に戦ったり、檻を被るシーンを想像して笑いそうになった。危ない危ない。
「マミ、戻ったよ」
巴マミ一人の部屋に、同居しているキュゥべぇが戻ってくる。粗方まどかやさやかの所にでも営業に行っていたのだろうか。赤い瞳の使者は少し疲れたと言わんばかりにソファの上に寝転ぶと、部屋の隅で震えているマミの存在に気がついた。
「マミ?」
様子のおかしいお得意様。彼はそれを不審に思い、ソファから降りてトコトコと彼女の顔を拝もうとする……が。
ガシッと、急にマミの両手がキュゥべぇを鷲掴みにした。きゅいっと驚くキュゥべぇに、マミは顔を真っ赤に涙を浮かべながら叫ぶ。
「どっどおどどおっどどどうしましょキュゥべぇ!キキキ、キスされちゃった!マリアさんに!」
「あーうん、とりあえず落ち着いて」
「無理よむりむり!私の初めて取られちゃった!きゃー!」
「ぎゅええええええ」
強烈な抱擁でバストに埋もれるキュゥべぇ。非常に羨ましいが、彼は豊満な胸の中で窒息しかけている。彼はマミの腕を耳でタップするが、それに気がつかないマミはうっとりしたり発狂したりしながらキュゥべぇを掻き乱す。
啓蒙は関係無く、多感な少女は新たな領域を見出そうとしていた。
「ああマリアさん……カッコいいわ……それにお友達って……いやでも女同士で!ああでもそれもアリなのかしら……いやでも」
「マ、マミ!苦し、うぎゅ」
あれだけ銃弾に晒されても生き延びていたキュゥべぇは、あっさりと息絶えた。マミはそれに気が付かず、新たなキュゥべぇが死体を回収している際もずっと悶える。
「私は、恭介にどうされたいんだろう」
少女は一人悩む。それはもちろん、事故によって人生を壊された思い他人についてであることは明白だ。美樹さやかとはそういうものだ。
もし魔法少女になって、その願いで思い他人を救済したとしよう。それで彼女は救われるのか否かは、別の話だ。
少女が人生を棒に振ってまで少年を助けた事を、本人は知らないのだから。ならば彼女は、少年に感謝されたいのだろうか。それも否。それは少女にとって最も恥すべき事態であろう。
騎士のように愚直で純粋な少女は悩む。自分の気持ちとも向き合えない乙女が、他人の願いを叶えるなどと愚かにも等しい。
恋という呪いに囚われた少女は故に悩むのだ。
悩み、エレベーターに乗っていたさやかは周りが見えていなかったようだ。いつのまにか見知った人影が隣にいるのだ。それはついさっき、尊敬する魔法少女を女にしてしまった狩人だった。
「なぎさの見舞いに来たら今度は不器用な乙女。恋は盲目とは、実に人を体現した言葉だと思うね」
「うひゃあ!?あ、あんたいつの間に!?」
大袈裟なリアクションで驚くさやかに、しかし私は冷静に対処する。
「君はまず、他人を想い遣るよりも先にすべき事があるだろうね」
そう言えば、彼女は何かに気がついたように俯く。わかっていなかった訳ではない。その気持ちを、さやかが心の奥底に封じ込めていただけだ。
怖いのだろう。それを意識してしまったら、きっと今までの距離感が崩れる。だがそうしなければ人は成長出来ない。彼女には、成長してほしい。少女として。
「彼を助ければ報われると思うのは間違いだ。想いは口にしなければ伝わらない……啓蒙低き人間に課せられた試練さ」
「分かってるよ……分かってるけど……無理だよ、私には」
「そうかな?君の良さは、その無鉄砲な所だと思うけれど」
馬鹿にしているようで、それは的を得ている。美樹さやかという少女は純粋、しかし思慮深い。そして不器用。そんな思春期の少女が目的を達成するには強みを引き合いに出すしかない。
どこかの制裁神が神秘と策略と唇を強みにするように……いや、何でもない。
「君が足踏みしているようなら……私が彼を奪ってしまうよ?随分と優良物件みたいだしね」
「あんた……!」
敵意を向けてくるさやか。私は軽く笑い、
「冗談さ。だがさやか、これだけは覚えておくことだ。人間とは、どんな姿になっても遺志さえあれば人間なのさ」
エレベーターが止まり、目的の階の扉が開く。私はエレベーターから降りて振り返らずに、狩人から少女へと助言する。
「だから君、恐れるな。君は信じる者のために戦え。どんな結末が待ち受けようとも進むのだ……私はそれを助けよう」
「ちょっ」
さやかが何かを言う前に扉が閉じる。さて、悩むのは少女の特権だ。存分に悩んで呪いと向き合うといい。どうせその呪いもいつかは解ける。その時こそ、彼女は完全な乙女となるのだから……手に入らずとも、そんな尊い存在が待ち遠しい。
私はなぎさの入院する病室へと向かう。わざわざ助言のためにエレベーターを必要以上に登ってしまって日が暮れそうだが、時間的には余裕があった。
百江なぎさの名が刻まれている病室の扉をノックし、中へと入ると彼女はいた。
「マリア!こんにちはなのです!」
笑顔を咲かせ、こちらに手を振るベッドの上の少女は元気そうだ。抜け落ちた髪も今では元通り……インキュベーターは好かないが、契約の力は凄まじい。あれだけ病に侵されていた幼子は今ではどこにでもいるくらいに生命に満ち溢れている。
私は手を振り、鞄からスーパーの袋を取り出す。中にはもちろんチーズ。
「チーズ!チーズなのです!食わせろなのです!」
「随分ガメツイな君は」
なぎさにチーズを渡すと彼女はそれらを勢い良く食べていく。
「こらこら、もっと御上品に……まぁ良い。体調はどうだい?」
「バッチリなのです!このモッツァレラみたいにもちもちなのです!」
その比喩の意味はよく分からないが、体調は良いようで安心した。私は椅子に座り、チーズを喜ぶ彼女を見つめた。
なぎさは……結果的にキュゥべぇとの契約を完全には達成してもらえなかった。彼女の願いは、元気な身体で母の愛を受け取ること。確かに病は治り、弱り切っていた身体は元通り。しかし母親だけは……
なぎさの母親は、既に癌で死亡していたのだ。遺伝とは恐ろしいものだ、きっと小児癌も遺伝なのだろう。
願いは、少女の素質で決まる。素質とは因果。因果の弱いなぎさでは、身体を治せども母を蘇らすまでには至らなかったのだ。現在彼女の親権は祖父にある。近いうちに、その親権も譲ってもらうが。父親は大分前に彼女を捨てているのだから、今度報いを受けてもらわねばなるまい。
「なぎさ、お母さんに会わせられなくてすまない」
そう謝罪すると、彼女は手を止める。
「いいのです。本当は分かっていたのです……お母さんは、死んでしまったのですから」
親を亡くしたなぎさを見て、ふとあのリボンが美しい少女を思い出す。どうやっても救えなかった……あの神父の娘。そうだ、今彼女はオドン教会に避難させてある。姿なき上位者に良いようにされるのであれば、私が引き取ってしまおう。
手段は問わないさ。少女を救う事が私の遺志なのだから。
「でも、マリアがいるのです。マリアはちょっと不思議ですが、当分はマリアをお姉ちゃん扱いするのです」
「強かだな君は……構わないが」
この子は意外と強い。良い魔法少女になるだろう。そうだ、退院したらマミに引き取らせようか。彼女も愛に飢えているから、快く受け入れるに違いない。狩人の夢には……今はまだ来れないだろうから。
沈みゆく夕陽を、なぎさと共に眺める。これから夜が訪れる……今日はどうだろう。魔女が現れるだろうか。
結局、狩人の願望は狩を全うする事だ。近いうちに訪れるであろう狩りに、私は心躍らせる。
マミ、そしてなぎさ。私は死するべき少女達の因果を変えた。彼女達はまだ幼いが、使命を与えられた選ばれし少女である。それは狩人のように、暗い未来が待ち受けるであろうことは想像に難くないが……でも、良いだろう?私がいるんだからね。天国を作る、この私が。
そうだ、天国を作ったら私も制裁神のように二つ名を変えようか。今は百合の狩人だから、白百合神とか。ふむ、ちょっと語呂が悪いだろうか。
まぁ、良い。その時になったらまた考えれば……ね。
そうして、私はもう一人の因果を大幅に変えることを決意する。なぁ、君もまた恋に呪われた魂なのだろう?ならばこっちに来たまえよ。君の心の奥底に潜めた想いは、しかし今のままでは成長するであろう親友に取られてしまうぞ。
私は登校してくる少女の前に立ちはだかる。緑髪の、ウェーブのかかった気品溢れる少女だ。
「なぁ、仁美」
おどけた顔で私を見つめる志筑仁美。彼女には、因果が足りない。故に魔法少女足り得ない。その結果、彼女は縛る呪い故に美樹さやかを追い詰めるだろう事は想像に難くなかった。
ならば、与えてやれば良い。この瞳で、その啓蒙で。
「あら……マリアさん。おはようございます。まださやかさんとまどかさんはいらしていないのですね」
私は何も言わずに近寄る。そして、制服から獣狩りの装束へと変幻させると、驚く彼女の目と鼻の先で止まった。
「マリアさん、その格好は……」
「秘密は甘いものだ」
告げる。ゲールマンがそうしてきたように、私も少女達の助言者であり導き手である。
「だからこそ、恐ろしい啓智が必要なのさ……愚かな恋心を、昇華させるような、恐ろしい啓智が」
私の宇宙が彼女の瞳に映り込む。同時に、彼女は触れてしまった。呪われた啓智を。神秘を、そして宇宙を。
だからもう、ただの少女などと言うなかれ。彼女もまた、呪われた因果に囚われた少女の一人なのだから。
遅れそうになったまどかとさやかが駆け足気味にやってくる。どうやらさやかが遅れた事が原因らしい。まどかが若干文句を言い、さやかが謝ると。いつも通りの美しい友情。そして彼女達には、宇宙の使者であるキュゥべぇも随伴しているのだ。
私と仁美は、そんな二人を微笑ましく迎える。
「いやーごめんごめん!ちょっと寝坊しちゃってさ〜」
「もう……ちょっと所じゃないでしょさやかちゃん」
息を切らしながらまどかの頬が膨れる。可愛いな、その頬を突いてやりたい。
仁美は苦笑いしながらもいつもの事だと流し。
「それでは参りましょうか……あら?」
何かに気がついた。正確には、まどかの肩に乗る白き異形に。
「どったの仁美?」
「まどかさん……その動物は?」
仁美が指差すは、宇宙を存続せんと契約を結ぶ使者。忌むべきインキュベーター、そのもの。まどかとさやかは驚きながら、仁美に迫る。
「ひ、仁美ちゃん!キュゥべぇが見えるの!?」
「え、ええ」
「ちょっとキュゥべぇ!仁美はあんたが見えないんじゃ……」
問い詰められるキュゥべぇは、一瞬私をその赤い瞳で見据えた。そして告げる。
「どうやら彼女の素質も開花したみたいだね」
驚く少女達の声が響く。そして彼はまどかの肩から降りて仁美に近寄るのだ。
困惑する彼女に、いつものように提案する。
「僕と契約して、魔法少女になってほしいんだ!」
私はそんな光景を、ほくそ笑みながら眺めていた。
仁美ちゃんも見てないでこっちきて