陽が完全に沈み、替わりに満月が顔を出した頃、鬱蒼とした雑木林の中で俺、南 守は考える。
人生とは何か。
人間には、すべからく『死』が訪れるものである。
それは自然の法則であり、どのような者であっても破ることは許されない絶対の掟でもある。
人は皆、限られた人生の中で自らの幸福を探さなければならないのだ。
では、幸せとはなんだろうか。
もちろん人によって幸せの定義が異なるだろう。
ただ、俺が思う幸せは、所謂あたりまえの人生ってやつだ。
優しい両親のもとで生まれて、すくすくと育って、たまに親子喧嘩なんかもして。
就職して、結婚して、子供を作って。
親を看取って、孫が出来て、年老いて。
最後は看取られながら笑って死ぬんだ。
そんな人生を送れたら、さぞ幸せなことだろう。
けど、俺がその人生を歩むにはちょっとばかり時間が足りなくて……ちょっとばかり、幸が足りなかった。
ようは何が言いたいかというと、俺、死んだんだよ。
なのに、
「…………どういうことなの」
俺は今、生きていた。
気がついたら雑木林に立っていて、身に纏っているのは何故か学ラン。
手足も動くし、声も出せる。
当然呼吸もしているし、何よりも心臓が動いている。
理解の範疇を越えた現象に、もはや首を傾げることしか出来ない状態である。
首を傾げたついでに雑木林の外を見やる。
月光に照らされたアスファルトの道、真っ直ぐに架けられている連絡橋、その先を辿ると巨大な校舎にぶち当たった。
もしかして、ここは天国とかヘヴンとかシャングリラとか極楽浄土とかそんな感じの場所なのだろうか。
全部天国じゃん。
つまり、天国。
そして、あの校舎こそが神の園で、選ばれし者である俺に通えと、そういうことなのでは?
ならどうするか。
いや、いくしかないっしょ。
「ま、現状だとここに突っ立っていても、何もわからないしなぁ」
手短に解を出した俺は、校舎に向かって歩き出す。
後にした雑木林では、夜風に吹かれた枝葉だけが静かにざわめいていた。
コツコツとローファーの足音が虚しく響く。
歩いているうちに少々肌寒くなってきたので、防寒対策として詰襟を閉じた。
これで身も心も暖かい……わけはなく、正直雀の涙以下だ。
まるで恩恵を感じられない。
そんな無駄なことをしながら進み、校舎付近まで辿り着いた。
校庭グラウンドだ。
校舎に繋がる階段の下にはサッカーゴールが設置されており、階段の両隣には滝が……ってウソだろ、金かけすぎじゃね。
そこでふと、グラウンド中央に人がいることに気がついた。
よかった、とりあえずこれで何かわかるかもしれない。
俺は一歩を踏み出し、片手をあげた。
「おーい、お前らここがーー」
どこだかわかるか? という問いかけをすることは叶わなかった。
言葉に詰まり、一瞬思考が停止しかけたが、すぐに我に返り物陰に身を隠す。
グラウンドには二人の学生が立っているーーいや、立っていた。
片方は明るい茶髪の男子だ。
俺と同じ学ランを身につけている。
そして、もう片方が銀髪の女子。
ブレザータイプの学生服に、黄金の瞳。
その女子が、腕から剣を形成して、男の心臓を貫いた。
「おいおい、マジかよ。冗談じゃねぇぞ……」
苦笑いをしながら呟くも、俺の額には冷や汗が滲んでいる。
でも、それも仕方のないことだと思う。
なにせ第一村人発見かと思ったら、いきなりのスプラッタだ。
これじゃあ選ばれし者じゃなくて、選ばれて死ぬ者になってしまう。
おぉ ゆうしゃマモルよ しんでしまうとはなさけない。
いや、死んだのは俺じゃなくて茶髪の男子だけどな。
「どうするか……、逃げるか……? …………っ!?」
たたかう。
どうぐ。
にげる。
という選択肢が脳裏を横切り、どれを選ぶか思案していたところで、女子と視線が交差した。
つまり、見つかった。
その瞬間俺の心臓は跳ね上がり、ひゅっと息が短く飛び出る。
足先に力を込め、逃げる準備を整えた。
が、どうやら要らぬ心掛けだったようだ。
身構えていた俺との睨み合いは長く続かず、女子は興味を失ったかのように俺から目を逸らす。
そして、剣を消して無言で立ち去った。
「なんだよ、焦らせやがって……」
安堵の息を漏らし、全身から力を抜く。
瞬間的な極度の緊張から逃れた身体も安堵の声をあげ、もうダメだと言わんばかりに腰が砕けた。
思いの外ビビっていたみたいだ。
俺、マジ、ビビり。
物置っぽいものの壁に背を預け、だらしなく脚を地べたに伸ばす。
そうしていると、今度は別の学生たちがグラウンドに姿を表した。
「今度はなん、だ……よ……」
先に結論を言おう。
ここは神の園ではなく、世紀末の園だったらしい。
死体に駆け寄る二人の男女。
それだけならまぁ、ただの殺人現場に居合わせた学生で終わる話しだっただろう。
けれど、両名がその手に握っているものこそがここを世紀末たらしめ、異彩を放ちまくっていた。
アサルトマシンガンにスナイパーライフル。
正式名称までは知らないが、FPSで似たような武器を見たような気がする。
剣の次は銃とか……慈悲はないのか……。
そしてお約束のごとく見つかった。
女の方に見つかった。
彼女は俺を発見してニコリと一笑、その笑顔のままこちらに手を招いている。
「いやほら、俺ほら、今ほら、腰が砕けてますから。いけませんから。出来ればそのままお引き取り願いたいなぁ、なんて」
聞こえないと思って懇願した俺の言葉は、どうやら彼女の耳に届いていたようだ。
なぜなら、首を左右に振られたから。
やだぁ、地獄耳!
そして、死体を男に任せてこちらに駆けてくる。
やだぁ、速い!
数秒も経たずにこちらまで到着し、彼女は俺を見下ろしながら腰に片手を充てがった。
「ようこそ、死んでたまるか戦線へ。唐突だけど、あなた入隊してくれないかしら?」
やだぁ、意味不明……。
*
どでかい学校の校舎内、木板貼りの廊下の中で、ギシギシと床を軋ませながら三人はのそのそ歩く。
天使対策本部へ向かう道すがら、俺の表情には哀愁が漂っていた。
「だーはっはっは! いやぁ、よかったぜ~。勧誘にOK出してくれてありがとな!」
そう言いながら、ご機嫌な様子で俺の背中を叩く男。
コイツの名前は日向。
グラウンドにいた片割れで、死体を任されていた男だ。
どうでもいいけど、妙にボディータッチが多い。
お前は女子か。
第一印象から、あなたが馴れ馴れしいやつだと決めてました!
うんざりとしながら肩を落とす。
「あれは、勧誘じゃない……。脅迫って言うんだよ……」
「細かいことは気にすんなって! 南だって、消えたいわけじゃないんだろ?」
「まぁ、そりゃあね。事実なら……だけどな」
結局俺は、入隊の勧誘(?)に頷くことしか出来なかった。
だって、銃をカチャカチャ鳴らしながら笑顔で誘ってきたんだぜ。
しかもすぐ近くに死体がある状態で。
頷く以外に何をしろと。
YESしか言えない日本人にはなりたくなかった。
「あら、心外ね。歴然とした事実よ。消えないためにあたしたちは戦うの」
日向の代わりに女が答える。
彼女の名前はゆり。
紫がかった黒髪を肩下まで流し、黄色いリボンがあしらわれたカチューシャをつけている。
白が主色のセーラー服を着こなし、ニーソックスが太股半ばまでかけられていた。
僅かに露出した生足の破壊力が凄まじい。
言わずもがな、グラウンドで勧誘して来たのは彼女だ。
皆からは『ゆりっぺ』と呼ばれているらしい。
だが断る。
ちなみに、日向をはしょってゆりだけ容姿を説明したのは、男女差別をしたからというわけではない。
たった今、俺はこれを日向差別と命名した。
それにしても、この娘可愛いな。
思わず舐め回すように見てしまう。
「な、なによ……」
返答せずにじっくりと観察していたら、若干引かれてしまったようだ。
彼女は自分の身体を腕で抱き締めて、俺から数歩距離を取る。
あ、若干じゃないわ、超引かれてるわこれ。
「いや、他意はないけど。セーラー服が珍しいから見てただけ。他意はないけど。いや、ホント他意はないけど」
「……そう。あなたも今日から戦線のメンバーになったんだし、皆に顔出しが済んだらブレザーに着替えてもらうわよ」
「はいよー、了解」
他意がないことを強調したおかげで警戒は解けたみたいだ。
ゆりの目がじとっとしているけど、きっと気のせい。
俺の目が泳ぎまくってるのも、きっと気のせい。
それにしても、戦線メンバーねぇ……。
『死んでたまるか戦線』
部隊名はころころ変わるようだが、この戦線が掲げる理念は変わらないとのこと。
曰わく、天使に抗ってこの世界を手に入れるんだとか。
俺が死んだのはやっぱり実際に起こったことで、ここは死後の世界……らしい。
というのも、この世界では死ぬことが出来ない。
死ぬほどの痛みは味わうが、時間の経過で復活するのだ。
その換わり、『規則正しい学生生活』をすることで消えてしまい、それを強要する天使に戦線は日夜抗っている。
天使といっても、頭上に黄色い輪っかを浮かせて純白の翼を羽ばたかせているわけではない。
グラウンドで茶髪男子を串刺しにした女の子が天使で……すなわちあの女の子こそが当面の敵なのだ。
ここまでが道中で日向からざっと聞いた戦線の話し。
この話しが真実かどうかは、茶髪男子が生き返ったら、まぁ信じてもいいかな。
「ほれ、着いたぜ。ここが天使対策本部だ」
「お、おう……」
俺の肩に腕を回し、日向が部屋の前で足を止める。
ここが……天使対策本部……。
壮絶すぎて何度も見直してしまった。
ただの校長室じゃん!
「新人一名様ご案内~」
日向に引っ張られる形で室内に足を踏み入れた。
そこは、なんというか……混沌としていた。
アコースティックギターに愛を囁く女子やハルバードを振り回す長身の男子。
大柄の男子なんかうどんを啜りながらスクワットをしているし、金髪のエセ外人なんかもブレイクダンスに精を出している。
「自由すぎだろ……」
「今は作戦中ってわけでもないからな~。南も着替えたら好きにしていいんだぜ。あ、でも自己紹介はしていけよ?」
俺の呟きに目敏く日向が反応した。
「釈然としないけど了解。ところで、そろそろ離れろよ」
「おっと、悪いな」
「まったくだ」
襟元を正し、改めて室内を見回して、違和感に気がづいた。
部屋の隅に佇む女性に、俺の目は釘付けになる。
ともすれば、この世界こそが間違っているんじゃないのかと錯覚してしまうほどに、その姿は異質だった。
彼女のためだけにこの世界が形成されたのではないかと疑ってしまうほどに、その姿は美麗だった。
流麗な黒髪に気品溢れる顔立ち。
腕を組んで瞑目しているその姿は、まるで一幅の絵画のよう。
さぞ知的で聡明に違いない。
俺は迷うことなく彼女に歩み寄る。
一目で惚れると書いて、一目惚れ。
初めての恋と書いて、初恋。
ここから初恋が始まるんだ。
だから、まずは自己紹介をしよう。
そして、俺の物語がこれから始まーー
「はははは、ははじめまして! 俺、南 守っていいます! 気軽にまもるんとか、みなみんとか呼んでください!」
「……あさはかなり」
「え? いや、あの、名前をですね」
「……あさはかなり」
「聞いてます? 聞こえてます?」
「……あさはかなり」
「…………」
ーーらなかった。
ダメだった、変人だった!
千年の恋も冷めるというが、俺の恋はものの一分たらずで終わりを告げた。
「あぁ、言い忘れてたけどな」
「……なんだよ」
日向がしょぼくれていた俺に声をかけてきた。
「この戦線は、アホが多い!」
「……それ最初に言えよ!」
前略、現世のお父さんお母さんお兄ちゃん。
あの世はとってもカオスです。