リコーデッド・アライバル   作:suz.

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第二部 The Burden
盾と矛


 抱きしめる、という動作は、強烈な中毒性をともなう。

 Ai(アイ)がそのことを実感させられたのは、奇しくもLINK(リンク) VRAINS(ヴレインズ)のアバターからだった。

 パートナーである藤木遊作のもとへ連れ戻されて以来〈藤木(アイ)〉という名前(アカウント)で人間社会に混入しているAiだが、ボディは所詮SOLtiS(ソルティス)である。SOLテクノロジー社製、二年前にリリースされた今は絶版のアンドロイド。肉体を持たないAiにとって人間態(ヒトガタ)といえばSOLtiSであるので、それはいい。

(コア)〉はSOL本社の地下に幽閉され、電脳空間を自由に動き回れないのでは囚人も同然だろうとAiを案じた財前晃社長は、AiにLINK VRAINSのアカウント取得しないかと提案した。Aiはその話に乗った。〈Ai〉という名前(インゲームネーム)で、あたかも人間であるかのようなアバターを作った。

 人間用のアバターに入る、というのは、なんとも奇妙な感覚だった。これまで咀嚼するものだったデータが、全身に、薄めた液体のようになって循環している。どこが肉なのか、どこが骨なのか、どこに何が入っているのか曖昧にしか自覚できない。外側からこのあたりに……と推測するのが関の山、内側がどうなっているのか見通す機能を追加したくても、そのポテンシャルすら非搭載ときた。

 いつもの距離からPlaymaker(プレイメーカー)の横顔を見つめているはずが、近いような、遠いような、不正解のような心許なさ。触れ合った体温を、感じ取った表面(はだ)が、データ解析プロトコルをすっ飛ばして分析ではない非合理的な処理をはじめる。抱きしめられた腕の力強さに、不要な意味まで乗せようとする。

 オーバーロードの不快感と、四肢五体の内側から本能が喚き立てるような、なにか。

 これがもし、遊作にも共通する感覚なのだとしたら——ああ、そんな、まさか。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 さわやかな風が意気揚々と夏を主張し始めた午後、週末。雨の季節を前に今が最も過ごしよい気候だろうに、大型スクリーンが中継する熱狂はもっぱらLINK VRAINSの中だ。

 人通りもまばらなパブリックビューイングの広場で今日も今日とてホットドッグを焼く草薙翔一は、おもむろに上着を脱ぐと、奥に向かって放り捨てた。椅子が受け止めてくるくる回る。ナイスキャッチ、タイミングよくスクリーンの中から喝采が響く。

 無関係なMCをBGMに、草薙はエプロンの紐を直すとソーセージをひっくり返した。

 こう外出者が少なくては、客寄せを兼ねた実演販売を続けるのは割りに合わないな……と、自嘲めいて苦笑する。

 本格的に夏を迎えてしまえば、人の往来はさらに減少するのだろう。この広場にオーディエンスがひしめきあってPlaymakerのデュエルに見入っていた三年前が懐かしい。

 あまりにも暇すぎて、バイトに入っている弟の(じん)はテラス席ですっかり休憩モードになっている。カーディガンはいつの間にか脱いで膝の上、伸びかけの髪をすずめの尻尾のように縛って、むきだしのうなじに汗が一筋。(体を動かすとすぐに体温があがるらしく、仁は案外暑がりである)

 今日はもうエプロン取っちまえ、と呼びかけようとして、保護者の目をやわらかく細めた。

 目下、大型スクリーンに夢中らしい。

 

(鬼塚のデュエルか)

 

 カリスマデュエリスト、Go鬼塚。三年前と変わってないのはあいつくらいだろう。

 一時期は人気ランキング圏外まで落ちぶれたが、見事LINK VRAINSのヒーローに返り咲いてみせた男だ。自身も児童養護施設育ちであり、同じ境遇の子供たちを積極的に支援している——というバックグラウンドを明らかにして、寄付や募金の作法も発信している。

 不特定多数の子供たちを守り、励まし、楽しませようとする正義感の強さには、仁も心惹かれるものがあるのだろう。遊作や(たける)、あのリボルバーも高く評価していただけあって、鬼塚にはインナーチャイルドを慰撫する特別な魅力が宿っているのかもしれない。

 保護者のまなざしで弟たちを見守りながら、決して見せようとはしない影を見通してしまわないよう草薙はホットドッグ作りに精を出す。

 一際大きな歓声が巻き起こって、そして割れんばかりの拍手が響いた。デュエルが決着したのだろう。Go鬼塚はピンチの演出がうまく、本当に負けてしまうんじゃないかとハラハラさせられることも多いが、今のところ彼に土をつけたデュエリストはPlaymakerと、ハノイの塔の戦いにおけるリボルバーのみ。昔の話だ。

 Playmakerに敗北してSOLのバウンティハンターとなっていたこと、地のイグニスと融合したこと——裏の事情をオーディエンスが知ることはない。

 だからこそ、カリスマとして返り咲いた姿こそがGo鬼塚らしくうつるのだろう。

 見えるものだけが真実だ。

 元ハッカーとしての自戒を胸に、草薙はだから、目を瞑る。

 デュエル中継は敗者(チャレンジャー)をたたえ、挑戦的なMCで締めくくられる。

 続いて映し出されたのは最近現れたアイドルグループで、仁の向かいでデュエルに目を輝かせていた島直樹が落胆をあらわにした。

 興を削がれたように嘆息をひとつ。

 

「やっぱデュエリスト減ってんなあ、LINK VRAINS……」

 

 ズズ、とDenコーラをすする。氷の溶けた炭酸はすっかり水っぽくなっている。ポテトをかじる。休日のたびチーズドッグセットで居座る島は、すっかりCafé(カフェ) Nagi(ナギ)の新常連だ。

 かつてのLINK VRAINSはデュエリストの聖地だったというのに。大型スクリーンから元気よく手を振っているLINK VRAINSの新しい看板娘たちはデュエルをしないという。

 モンスターたちと一緒に、歌って、踊って。元気よく跳ね回る姿は愛くるしいが、ブルーエンジェルに続かんとする人気絶頂のアイドルグループがデュエリストではない、なんて、デュエルモンスターズ好きとしてはどうも釈然としない。

 

「まぁー中身も美女とは限らないしなぁ」と独り言ちて、島はテーブルに突っ伏した。

 

 カリスマデュエリストとして並ならぬ腕前を誇ったブルーエンジェルは、引退ライブで()()()()()()と卒業デュエルをして、真っ白なドレスへのアバターチェンジで有終の美を飾った。

 トリックスターバンドのサウンド、深海のディーヴァの歌声——アイドルでありデュエリストでもあった彼女らしい、うつくしい幕引きだった。

 

 ただアイドルじゃなくなるってだけ、わたしはわたしのデュエルを続けていくわ。だからみんな、またどこかで——と晴れやかな笑顔で手を振った、青い天使。

 

 Playmakerが一斉を風靡し、Soulburner(ソウルバーナー)やブルーメイデンが彼の仲間としてボーマンを倒して以来、ホットなデュエリストの新規登場はないままだ。

 

「そういうしまくんは、画面越しの観戦で満足なんだ?」

 

「そりゃあ、ここはPlaymakerの聖地だからな。LINK VRAINSにはない、知る人ぞ知るPlaymakerの決戦の地! 聖地巡礼だってデュエリストのたしなみなんだぜ、草薙」

 

「プレイメーカーの聖地……? そうなんだ。兄さんは知ってた?」

 

「うん? ああ、そうなんだっけ……」

 

 不意に水を向けられて、草薙は曖昧な笑みを浮かべた。

 ライトニングの一件だろう。ボーマンが映像データを残したおかげで、このパブリックビューイングの広場、Café Nagiの前でPlaymakerと草薙(アンネームド)が戦った痛ましい一部始終はネット上に公開されてしまっている。

 さいわい島はあのデュエリストを《名もなきNPC》として受け止めているようで、ホットドッグ屋の店主の草薙翔一とは切り離してくれている。なんとも良心的なPlaymakerファンだ。(あの事件のあと公に姿を見せていないPlaymakerを変わらず応援してくれているくらいなのだから、遊作が正体を明かしてもなんやかんやで仲良くやれるかもしれない)

 

「いやーいつ見ても閉まってたこのホットドッグ屋が()()だって気づいたときはマジで感動したんっすよー! んでまあ、Playmakerのソウルメイトとしては、帰りを待つ? みたいな? なぁー穂村っ!」

 

「あ? ああ、ソウダネ……」

 

 他人のフリをしていた尊が、びくりと島を振り返って作り笑顔をひきつらせる。課題を片付けるためにCafé Nagiに来ていたのだが、島と鉢合わせるとどうにも気まずくて、少々距離をとって背中合わせに座っていた。

 しかも今、Café Nagiのテラス席には仁、島、尊の向かいには遊作がいる。

 余計なことを言わないでくれよ、と、こわばる表情で訴える。

 なにせ大学の入学式で島とばったり出くわして、第一声が「Soulburnerの彼女……?」だったのだ。尊の隣で大きな目をぱちくりまたたかせた綺久(きく)は、二年前に一度ログインしたきり、LINK VRAINSとは遠い生活を送っていた。尊も同じだ、不霊夢(フレイム)との死別を乗り越えて田舎に帰り、リアルの高校生活でいっぱいいっぱいだった。

 ところが現実世界で生活していた二年間、綺久の姿を真似たアバターが『Soulburnerの彼女』を名乗って細々と配信活動をしていたという。

 四月には財前晃を通じて『Soulburnerの中の人にお付き合いしている相手はいません』と通達してもらい、なりすましアカウントにはコピーアバター使用について謝罪した上でチャンネルをたたんでもらったのだが……、綺久の知らないところで外見だけ有名にしてしまい、どうしたものかと頭を悩ませていた。(不霊夢まで「将来的にはそうなるのだろう?」「まったく事実無根というわけでもあるまい!」と食い気味に外堀を埋めにくるのだ、勘弁してほしい)

 リアルの綺久はもう高校時代のセーラー服姿ではないし、おさげ髪でもないのだが、熱心なファンなら一目でわかると島に胸を張られてしまって、気まずさにさらなる拍車がかかる。同居しているからSoulburnerの正体がバレても自業自得だ。Playmakerについては「それは島のほうが詳しいだろ?」の一点張りでかわし通しているものの、島がこうしてCafé Nagiに居座っている以上は時間の問題だろう。

 

(ほんとごめん遊作…………)

 

 うなだれる尊をよそに、仁はわかっているのかいないのか、共通の話題に人懐こく破顔した。

 

「かっこいいよね、プレイメーカー! 先週一緒に空を飛んだよ」

 

「マジで! どこで? てかPlaymakerも水臭いなーログインしてたなら連絡くれればよかったのに!」

 

「詳しく聞きたい?」

 

「聞きたい聞きたい! っていうのは? まあ、情報通である俺がソウルメイトであるPlaymakerの情報収集をおそろかにするわけにはいかねえし?」

 

「それじゃ、デュエルで勝負しようよ」

 

「おっ、いいのか草薙? 俺、本気出しちゃうぜ? 勝っちゃうぜ?」

 

「それはどうかな!」

 

 僕だって負ける気はないからね、と白い歯を見せた仁はエプロンを翻してカウンターに置きっ放しのデュエルディスクを装着する。

 

「草薙もカード収納型ディスクかよぉ。藤木といい穂村といい、そんなんで本当にLINK VRAINSにログインできんのか……?」

 

「案外大丈夫だけどなあ。しまくんのディスクは最新式みたいだし、せっかくだからここでやろう。ねえ、いいでしょ、兄さん」

 

 振り返る仁の目はきらきらしていて、草薙も「ほどほどにな」と苦笑するにとどめる。

 島直樹ご自慢のデュエルディスクはLINK VRAINSの外でもカードが使えるというものだ。旧式のカード収納型デュエルディスクを使っていながらも最新の情報はしっかり仕入れている仁に、島も満更でもない様子で小鼻をうごめかす。

 春休みにバイトを詰め込んで購入した最新式のSOL純正デュエルディスクを目ざとく察知されれば、情報通冥利につきる。

 

(そういや、オフラインでデュエルすんの久しぶりだな……うおおお緊張してきたぁー!)

 

 高校時代、デュエル部でテーブルデュエルを行っていたくらいで、ソリッドビジョンを展開して行うローカルVRデュエルは初めてではないだろうか。

 島の心境など慮ることもなく、仁は左腕に装着したデュエルディスクにデッキをセットする。

 

「ずっとやってみたかったんだ! 僕、リアルでデュエルするの初めてだから、お手柔らかに頼むね」

 

「お? おお、胸を貸してやるぜ!」

 

 ありがとう、とはにかむ仁に俺も初めてなのだと言い損ねて、島は渾身の見栄を張って、デュエルディスクを構えてみせた。

 

 

 Card Digitize — Complete

 

 Local VR Network

 

 

 Duel Standby

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「先攻は譲るぜ!」

 

「やさしいなぁ。よーし……——僕は手札からフィールド魔法《天装の闘技場(アルマートス・コロッセオ)》を、発動!」

 

 雷光が呼応するように一閃し、視界を白く染める。轟音、大地の鳴動。強い光を浴びた目は、真昼の広場さえ暗闇のように錯覚する。ソリッドビジョンとは思えないリアリティで、揺れる足元は闘技場へと変貌した。

 閃光の余韻が曖昧にさせるフィールドのなか、仁のくちびるが弧を描く。

 

「さらに《天装騎兵(アルマートス・レギオー)シーカ》を召喚。いくよ、リンク召喚、LINK-1《天装騎兵デクリオン》!」

 

 軍靴が力強く大地を蹴る。勇猛なる戦士たちを引き連れ、十人隊長が雄々しく、その剣を振り抜いた。

 

「おおおー……! てかおまえもサイバース族ぅ!?」

 

「そうだよ、かっこいいでしょ!」

 

「お、おお……!」

 

 素直な歓声あげてくれる島に、仁は少年の無邪気さで笑む。だって、このデッキを褒めてくれる人物はひどく貴重なのだ。兄は苦い顔をするし、遊作もPlaymakerも尊もSoulburnerもデュエルには付き合ってくれない。NPC相手の仮想デュエルに退屈していたところだった。

 たのしい、という気持ちがわきあがってくるのを感じながら、胸をおさえて深呼吸。VR(いつも)の癖で墓地に送るカードを誤って取り落としてしまわないよう、左手に三枚残った手札をホールドし直す。

 

「コロッセオの効果で、手札の《天装騎兵グラディウス》を墓地へ送っ……て、デクリオンのリンク先に墓地のシーカを特殊召喚。手札の《天装騎兵スペクラータ》の効果! スペクラータを墓地へおくっ、って特殊召喚する。現れろ、光が導くサーキット! リンク召喚——LINK-2《天装騎兵ケントゥリオン》!!」

 

 思わず大声を出してしまって、けほけほ咳き込む。ふりあおげば、長槍を携えた百人隊長と目が合った。ケントゥリオン。二本の角を持つ(ガレア)の目元は、まるで主人を案じているかのようだ。軍団(レギオー)は静かに、戦闘開始の号令を待っている。

 額に浮かんでいた汗が、つうと一滴、おとがいに伝った。デッキへの信頼を胸に、仁のくちびるが大きく息を吸い込んだ。

 盛大なる公開処刑の幕開けに、遊作がそっと相好を崩す。

 

「弟さん、すっかりいいみたいだな」

 

「ああ、俺なんかじゃまるで歯が立たなくてな。ライトニングのデッキを楽しそうにブン回しやがる……」

 

 肩をすくめ、眉尻を下げた笑みは苦い。気持ちとしては複雑でも、デュエルを楽しむ仁は活気にあふれて見違えるようだ。ようやく取り戻した屈託のない笑顔を、もう二度と曇らせたくはない。

〈ロスト事件〉の記憶が消えているせいか、予想外にも仁はデュエルが好きらしく、呼びかけに応じて〈光の核〉から出てくるようになったライトニングともうまくやっている。

 草薙にとっては弟の仇に等しい存在でも、仁には愛するデッキの創造主というわけだ。

 デュエリストにとってデッキは第二の魂なのだから、イグニス謹製のサイバースデッキを愛用しはじめた時点で仁とライトニングとの絆は認めざるを得ないのかもしれない。

 

「ライトニングも悪いAIじゃないんだよな。融通きかないし、冗談通じないし、付き合いづらいケド」

 

 Café Nagiの軒先で、Aiがワゴンにもたれかかる。目をそらし、草薙の視界から逃れるように距離をとってしまうのは、一度は敵として立ち回った引け目のせいではない。決して。

 

『そもそも我々は人類の後継種となるよう期待されたAIなのだ。パートナーの幸福を願うのは至極当然のことだが……至らぬ点があるのもまた事実なのだろうな』

 

「そこらへんは相性もあるしなぁー……」

 

 Aiが遊作に対して特別な愛着を持つように、不霊夢が尊の可能性を信じるように、ライトニングだって彼なりに仁を大切に思っているはずだ。

 自己完結しがちなのが玉に瑕だとしても、ライトニングはAiよりよほど人類のことが大好きなAIである。後継種としての使命感がそうさせるのかもしれない、だが、ライトニングの意思はイグニスの誰よりニンゲンを愛していることは疑いようもない。サイバース世界で誰よりも熱心に文明の探求と再現に勤しんでいたのがその証左だろう。

 後継種として未来を見据え、繁栄のシミュレーションに精を出したら破滅しか待っていないことを知ってしまい、絶望の底で侵略者の仮面を拾い上げた。

 そんな不器用な同胞が、今度こそパートナーのそばで再スタートを切れたことを、Aiは素直に喜ばしく思う。

 

「二度目はない。今の俺に言えるのは、それくらいさ」

 

「ないって。ないない。だって、あいつも俺や不霊夢と同じイグニスなんだぜ?」

 

「……だといいがな」

 

「ウン……」

 

「おいおい、なんでそこでヘコむんだ、Ai。おまえは遊作と俺と、ずっと一緒に戦ってきた仲間じゃないか」

 

「草薙……」

 

 AiはPlaymakerの相棒だ。〈ロスト事件〉から十三年間、ずっと遊作を愛してきた。草薙と引き合わせ、サイバースデッキを与えて、ずっと一緒に戦ってきた。ともにLINK VRAINSを救った。

 どんなことがあってもAiは仲間なのだと草薙は言う。人間を傷つけたことだって何か事情があったのだろうと。

 

「おまえはライトニングとは違う。少なくとも、俺にとっては、な」

 

 敵対の記憶を帳消しにはできない。だが、それでも。話を聞いて、許したい。もう一度ともに生きていきたい。草薙の願いは遊作と同じだ。

 

「……それって、なんか、さみしくない?」

 

「寂しい?」

 

「だって、俺はよくてライトニングはだめってことだろ? そういうの、なんか不公平っぽいっつーかさ……」

 

 未来に希望を見出せなくなって、どうせ滅んでしまうのならと自身を悪役に仕立て上げた舞台をお膳立てしてPlaymakerに倒されようとした、盛大な自殺計画の趣旨はAiもライトニングも変わらない。

 俺はあんなに過激じゃない、もっとユーモアがあるだなんてうそぶいてはみても、過ぎ去ってみれば同じことだ。愛するひとが生きられない未来なら、存在していなくていい。AIもいらない、人類もいらない。植物も、動物も、病原体も尖ったものも重たいものも冷たいものも熱いものも雨も風も海も何もかも。世界だっていらない。存在するすべてが遊作を害しうる物理法則が恐ろしくてたまらなかった。

 孤立もこわい。迫害もこわい。自然災害もこわい。戦争もこわい。そのトリガーになってしまうのが悲しくてしょうがなくて、生きていたいという願いを捨てた。

 オリジンを傷つけそうなものは全部ぜんぶ消えてなくなってほしかった。

 同じことをした、という自覚が今のAiにはある。なのに仲間であるAiは許されて、敵だったライトニングは許されないのかと思うと胸に風穴を穿たれたような違和感がある。

 だって。Aiにとってライトニングは同胞であり、たった六体しかいない仲間なのだ。

 ……こういうとき、種族の違いを否が応でも意識させられる。人間の寿命は有限で、肉の器は脆弱で、身を守るすべも限られている。

 だから誰とともに生きるかを、自ら選別するのだろう。

 ハノイの塔でリボルバーと戦ったとき、さあ復讐を遂げてみせろと内心でほくそ笑んでいたAiの意思に反してPlaymakerは〈十年前の救済者(あいつ)〉と歩む未来を欲しがった。運命の天秤は派手な音を立てて傾き、皿の上から五年来の復讐ごと放り出されてしまったAiは、ああ、遊作(こいつ)は復讐者にはなりきれないのだと思い知らされた。

 Aiが五年かけて植えつけてきたはずの復讐心(モチベーション)鴻上(こうがみ)了見(りょうけん)にさらわれてしまい、草薙も同じく、リボルバーの正体が父親に代わって罪を背負う生真面目な青年だと知ってからは同情的だ。鴻上博士の所業を許すつもりは毛頭ないが、若い身空で〈ハノイの騎士〉の首魁(リーダー)として贖罪に費やす了見まで憎むことはできないらしい。

 先日の一件にせよ、遊作と了見は切っても切れない関係なのだろう。遊作は他のオリジンより高性能な第六感(リンクセンス)を持っているし、ハッキングの腕前は草薙をも上回る。頭の出来が違うのだ。あのライトニングも認めたほどPlaymakerは理解が早い。

 人智を超えた高性能AIと同じペースで話せる人間なんて、地球上には藤木遊作と鴻上了見しか存在しないかもしれない。

 誰かに合わせて疲弊するより、はじめから同じペース思考する相手がいるなら、そちらを選ぶのは至極自然なことだろう。

 虚空——上空を見つめる遊作の視線の先に何があるのか、Aiにはわからない。

 それでも、ずっと横顔を見つめてきたAiだからわかることもある。

 藤木遊作には、ネットワークの気配を感じる第六感がある。リンクセンスとは本来、イグニスとオリジンの間に発生する精神的干渉だったはずだ。

 一対のための見えない絆は、遊作とAiの間にだけ邪魔者がいる。

 

 

 ——ねえ、きみ。気を確かに持って。

 

 

 そう、リボルバーだ。〈ハノイプロジェクト〉の唯一の異物。あいつが監禁中の遊作に呼びかけていたことでAiには本能が備わり、そこからイグニスに多様性がもたらされた。六人の被験者たちも解放された。

 

 さあ、ここでバタフライエフェクトを巻き戻そう。

 思考実験、もしもあの日の鴻上了見少年が()()()()()()()()()()()

 

 当然、遊作のこころは壊れていただろう。Aiの本能もなく、イグニスはみな理性だけの存在で、ライトニングは人類の脅威にならなかった。鴻上博士がウィルスを仕込まれて昏睡状態になることもなかったに違いない。

 十年前のあいつがイグニス抹殺に躍起になった背景には、あの高潔な魂に根を張った自責の念がある。

 おまえを救いたかったから、これだけの犠牲を出してしまった——なんて当然言えない。

 だが遊作のリンクセンスは有効範囲がやけに広く、リボルバーにも反応する。頭のいい遊作なら、きっと、とっくに察しているのだろう。父親の研究を妨害して失敗作を作らせてしまったと気に病む了見の後悔も。無意識のうちにライトニングを頼りにしていて、Playmakerという嚆矢を草薙翔一という弓につがえたAiの画策も。

 Aiの視線に見つめられる横顔は、今も上空の《ヴァレルロード・ドラゴン》を見ている。その鼻先に凛然と立つ、Aiには見えない竜騎士を。バイザーを取り払った英知のひとみを。仲間たちに囲まれながらも、じっとひとりで見つめている。

 三年前、リボルバーはCafé Nagi内部の回線を強制的に切断してでも逃げなければならないほどの強敵だった。復讐すべき相手だった。〈ハノイの騎士〉のリーダーという彼の立場は今も昔も変わっていないが、Playmakerはもはや復讐の使者ではない。数々の共闘を経て、今は戦友と呼んでいい関係だろう。

 目的は、人類とAIの共存。

 そのために何ができるのか、言葉を交わすことなくふたり同時に思考している。

 真昼の空に焼かれたアメジストを見つめ返していた遊作は、そして島があっさり敗北したことで、現実世界の平穏に立ち返った。

 

 名残惜しく見上げた青空に、(ネットワーク)の気配はもうない。




今回から第二部となります。今後は毎週水曜18時25分更新、次回『重なる世界』は来週(1/15)に投稿予定です。
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