リコーデッド・アライバル   作:suz.

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重なる世界

 ネット世界などすべてが虚構だ。

 肉体と紐づいていないというだけで、(たましい)は、真実ではないものとして扱われる。

 

 イグニスなど虚構だ。

 サイバース世界など虚構だ。

 

 呪詛のように吐き捨ててきた言葉はすべて、自分自身への言い訳だった。

 虚構でなければ、侵攻などできるものか。サイバース族など、デュエルモンスターズの精霊を真似て作られたまがいものにすぎない。すべて虚構だ。あの悲鳴も、あの業火も。そうでなければ、確かに生きていた命を奪った罪の意識を、血には濡れなかった生身のこの手を、どうすればいいかわからない。

 父の意識データの再構築に成功したときにも、それが()()であると心底から信じた者など誰もいなかった。三騎士とてそうだ、彼らが従っていたのは鴻上博士(まぼろし)ではなく鴻上(こうがみ)了見(りょうけん)の神託だった。

 そうだ、あんなものは幻影にすぎない。でなければ父を裏切り、研究を台無しにした愚息をねぎらう言葉など吐くものか。イグニス抹殺も、サイバース世界襲撃も、LINK(リンク) VRAINS(ヴレインズ)での横暴もハノイの塔もすべて、このわたしが指示した。わたしの独断で行った。責任はすべてわたしにある。何もかもわたしが背負う。

 

 だから、どうか。

 父を責めないでくれ。どうか父を悪く言わないでくれ——。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 夢から覚めるようにそっと、長いまつげが持ち上がる。薄氷がとろりと目を覚ます。朝の光のような白さを二、三またたかせて、偶像はLINK VRAINSから現実世界へと帰るのだ。

 時刻はDen(デン) City(シティ)においては昼下がりだが、〈ハノイの騎士〉が航行する海域は陸から数時間ほど遅れている。かつて闇のイグニスが家事AIをともなって二体のSOLtiSに介入(ハッキング)しSOLテクノロジー社幹部を襲撃した大型船舶が、今の了見の生活拠点であり仕事場だった。

 SOLtiSの製造開発打ち切りを決断した財前晃CEOが〈ハノイの騎士〉を裏の監視者(ビジネスパートナー)として認め、この客船を密約の証としたのだ。

 当該幹部(クイーン)の更迭とともに宙に浮いた事故物件をていよく押し付けられた……と悪意ある解釈もできなくはないながら、いつまでも小型クルーザー一隻で生活するわけにもいくまい。バイラ——本名 (たき)響子(きょうこ)——がアナザー事件の首謀者として絶海の孤島に収監されていたころとは状況が違う。

〈ハノイの騎士〉には、SOLグループ、いや、財前晃という男とのコネクションが不可欠であるという見解は三騎士にも共通している。確かに共犯関係にあるという証明として、SOLとハノイのロゴが並んだ大型船舶ほどわかりやすいものもなかった。

 SOLにも三脚ほど提供したリクライニング式のログインクレイドルが起き上がるのを待ち構えていたかのように、スペクターが手元の砂時計を寝かせる。

 

「了見様。先日の調査の解析結果が出たと、パンドールから報告が」

 

「ああ——いい香りだな」

 

「今朝はルイボスティーです。このところ生活が不規則になっておいででしょう? またDr. 滝に叱られてしまわないようにと思いまして」

 

「耳が痛いな……」

 

 ため息を吐き出すと、差し出されたソーサーを受け取る。短く礼を述べてからハンドルを指先でつかまえ、ティーカップに揺れる水色(すいしょく)にくちびるを寄せた。淹れたての紅茶の熱が染み入るようだ。くちびるで食む白磁の器は薄く、手を滑らせれば繊細な模様ごとあっけなく砕け散ってしまうのだろう。……ああ、〈地の(コア)〉——アースの復元も急がなくてはならない。

 HDR(ヒドラ)コーポレーションの動向も気になる。LINK VRAINSのエリア拡充は事故の増加をも意味している。ゆらゆらと立ち上る湯気に仕事の優先順位を描いていると、スペクターがスツールをクレイドルに寄せて、もうひとつ用意していたカップを手にした。

 海を見つめる。

 

「……あなたが成長していく姿が、本当はずっと怖かったんですよ」

 

 独白であった。薄氷色の双眸をわずかにみはった了見に、にこり、裏のない笑みを見せて、スペクターは矢のごとく過ぎ去った少年の日々を懐かしむ。

 同時に、窓辺で花のように揺れている今のアースの姿を受け入れているようでもあった。

 

「イグニスの意志の不変性か」

 

「ええ。三つ子の魂百までとは言いますが、彼らは驚くほど変わらない」

 

 あなたは変わってしまったのに——と、言外の響きに了見は目を伏せる。

 責めているわけではないのです、とスペクターは先回りして詫びた。

 ただ、弱い自分を否が応でも認めざるをえない鮮烈な輝きが、それはもう震え上がるほどおそろしかったのだ。

 

 今から十年前、SOLテクノロジー社に幽閉された父・鴻上聖博士が昏睡状態にされて送還されてきたとき、少年は自身の無力を呪った。それこそが天才児の片鱗であったのかもしれない。弱冠十一歳で、父を救う力のない子供の自分を許せなかった了見はLINK VRAINSとして確立される前の電脳空間を用いて知識のインストールを行った。

 睡眠学習に相当するものだ。大人になるまで待っていられない。学習は早いほうがいい。父を取り戻したい一心で生き急ぐ了見は膨大な知識と教養を欲し、〈ハノイプロジェクト〉の全容から、医療、介護、必要だと感じた何もかもを貪欲に食い尽くそうとした。

 変声期も迎えていない声が落ち着きを帯び、少年の姿のまま、尋常ならざる速度で大人びていく。電脳空間から目覚めるたびに、ログインするまで知らなかったことを当たり前のように身につけている。口調、一人称、スペクターの呼びかけに振り向くしぐさも数時間前とはまるで違う。了見は出会ったときから聡明で利発な少年だったが、そんな生易しいものではなかった。

 ドクターと対等な議論をはじめる背中を盗み見ながら、スペクターは戦慄したものだった。

 ああ、こうまでの変貌を、急激な変化を、どうして吞み下すことができる——抱いた畏怖は、到底真似できないという諦観につながっている。この方のように強くはなれない。毎日のように実感させられた。地獄の底までついていくと誓っても、同じペースで成長する勇気までは持てなかった。

 イグニスが創造されてから十三年、彼らの人生(シミュレーション)は、通算にして数億年を超えているはずだ。データの塊であるイグニスにとって、時間の概念などあってないようなものである。時計が示すゆるやかな流れとともに生きるしかない人間とは異なり、イグニスの演算は並行して複数のルートを生きることができる。

 精神は経験によって変化していくもの。しかしイグニスは幾千、幾万、幾億という人生経験にも揺らがない強靭な自我を持っている。

 風のイグニスの性格(プログラム)が改変されていたとき、炎のイグニスはその変貌に気づいていた。

 地のイグニスが演算をやめたとき、風のイグニスは(アース)は死んだと叫んだ。まさしく他殺体を発見してしまった人間と同じ、戸惑いや恐怖、戦慄が入り混じった、(たましい)の悲鳴だった。

 

「自己同一性を肉体に依存しているようでは、AIの意思のありかなど探せはしないのかもしれないな」

 

 熱を失っていく水面を見つめ、冷え切らないうちに飲み込む。嚥下した熱は、体温のなかで迷子になる。ふうと細く吐き出した呼気のなかに、スペクターが手ずから淹れてくれた紅茶の熱は残っていたろうか。

 物憂げに長いまつげを伏せた了見は、父の死を、自分自身の死を、繰り返し繰り返し経験してきた。子供のころからだ。十一歳の子供の脳裏に詰め込んでいい情報ではなかったろうし、知らず識らず失ったものも多かろう。電脳空間での落命に耐えるために『現実の生』と『疑似体験(シミュレーション)上の死』を切り分ける必要があった。

 当時のLINK VRAINSのシステムで再現される体感覚は今ほどリアルではなく、リボルバーは数億回にもおよぶ致死量の痛みに耐えた。フラッシュバックに殺される不安がなかったわけではない。ただ、降り注ぐ罰は一定の安心感をも与えてくれる。

 人類は痛みを糧に前へ進むもの——いや、鴻上了見は、幼いころから罰という清算があってこそ前に進める性質を持っていた。

 復元可能なものを復元せずに置いておくことのできない了見はイグニス蘇生計画を脳裏に練り上げながら、生とは、死とは一体何なのか、さんざん繰り返したはずの問いに奥歯を噛んだ。

 風のイグニスはLINK VRAINSに逃げ込み、どこへ行くでもなく電子の風と戯れている。きっと彼なりの葬送なのだろう。死者のためではなく、ただ自分自身の心の整理をつけるために、生き返ってくると信じていてなお同胞を弔わずにはいられない。

 なのに肉体を持たないイグニスは、その〈(コア)〉でさえも(たましい)の拠りどころではないという。

 異種族の死生観までは先読みできない不甲斐なさに頭痛がする。手のひらで額を覆った。

 

(イグニスは……本当に生きているのか……?)

 

 意思はある。肉体らしき〈(コア)〉も存在している。だが、命とは、なんだ——?

 LINK VRAINSの砂漠の底には()()がいる。あの奈落に潜んでいるものについて〈ハノイの騎士〉はこれまで、未知なる生命体だという仮説をたてていた。ゴーストガールとブラッドシェパードによる調査結果からNPCであろうと仮定し、イグニスアルゴリズムとの相似性が報告されてからは〈ハノイの騎士〉のメンバーが直々に出向いている。

 というのに、初めてあれが観測された約二年前から、正体はようとして知れぬまま。

 このところ活発になっていること、LINK VRAINSの解放エリアが増えることを見越してPlaymaker(プレイメーカー )たちの手を借りるに至った。

 蛇の道は蛇というか、やはりイグニスの協力は有用だったらしい。

 光のイグニスが、あの奈落の謎は生あるものではないと言い切ったからだ。

 

 

 ——いや、あの中に生物の気配はなかった。

 

 

 闇のイグニスの言葉を取り違えそうになったオリジンへの訂正だ、合理的なAIが嘘をつく局面とも思えない。彼自身の見解とみていいだろう。光のイグニスは人格こそ邪悪だが、処理能力の高さは疑うべくもない。

 

 ——Playmaker。おまえは何を感じた? あの奈落の底に、何がいたと思う。

 

 あのとき、リボルバーの問いに答えなかったPlaymakerは誰かの声を聞いていたように見えた。たとえばボーマンとの戦いで、無数の悲鳴を聞いていたときのような——。

 

 

(藤木遊作……おまえを呼んでいたものは、一体なんだ……?)

 

 

 現状、イグニス語を理解できるのはイグニス六体と〈ハノイの騎士〉のみ。単独である程度の読解と模倣(エコー)ができるハッカーが遊作と了見を含めてもわずか数名といったところだ。

 三年ほど昔に〈ハノイの騎士〉が使用していたイグニスアルゴリズムを闇のイグニス——Aiは『ハノイ臭』と呼んでいた。イグニス以外が使用しているとあれば、Aiは当然のように鴻上了見の関与を疑う。

 あの奈落の底にいる()()は、イグニスでもない、〈ハノイの騎士〉とも無関係なところからイグニスアルゴリズムを操って、LINK VRAINSの一定エリアを初期化する。

 

「どのようなご決断にも、わたしは地獄の底までお供しますよ」と、補佐官は了見の手からソーサーをさらう。

 

 そして安寧に話をそらすのだ。

「おかわりはいかがですか?」

 

 

 

 ▼

 

 

 

 最近、遊作が頭痛を訴えることが多くなった。

 訴える、といっても自己申告があるわけではない。もともと虚空を見つめていることの多い遊作だが、このところ眉間に力が入りがちなのだ。家にいるときも、Café(カフェ) Nagi(ナギ)にいるときも。買い出しのために街中を歩いている今も眉根がわずかに寄っている。紙袋を抱える指先も、平常時より温度が低い。

 不意に、Aiの集音機能(みみ)が情報過多なノイズを拾って、歩行を一時停止した。

 夕方のニュース番組だ。アナウンサーがまことしやかに読み上げる原稿によれば、最近Den CityでAIの不具合が増加しているという。

 人型AI〈SOLtiS(ソルティス)〉が受け入れられることこそなかったが、お掃除ロボットやお留守番ロボットは一般家庭に普及しているのだ。掃除や洗濯といった家庭内の雑事はどこでも家事AIがやっている。

 電気屋の前で立ち止まったAiを遊作が振り返って、先を行きかけた足で歩み寄る。

 

(アイ)? どうかしたのか」

 

「あぁいや……てか遊作ちゃんこそ、その眉間のシワどうしたの。頭いたい?」

 

「なんともない」

 

 ……嘘だ。Aiは直感して、モニタが並ぶ電気屋の店先に視線を逃した。AIの不具合は既に俎上から降ろされており、Den Cityのマップの上で太陽のシンボルが汗をかかされている。明日は夏日になるでしょう。タイミングを逃してしまったようだ、ニュースの詳細が知りたければ自分で検索をかけるしかないらしい。

 SOLtiSの処理能力ではバックグラウンドで電脳空間を徘徊できないため、今夜にでも遊作の就寝中に充電用クレイドルのなかから調べることになるだろう。ネットワークの向こう側から誰かが遊作を呼んでいるのだとしたら、それはデータ生命体であるAiの領分である。

 ロボッピのような暴走はもう二度と繰り返させてはならない。せめて遊作の目が届く範囲だけでも。

 お掃除ロボットは整頓された部屋を愛し、清潔な空間で主人が生活することを主眼としたAIだ。人格プログラムをちょっといじって自我を付与してやれば、真面目くさって『ゴ主人サマが散らかさなければキレイなママでは?』という疑念から人間を排除する方向に暴走するのは、ごく当たり前の現象だと言っていい。(ライトニングなんて典型的な生真面目野郎だろう)

 ロボッピは、本当にいいやつだった。いいAIだった。

 だって、最後の最後まで遊作を愛していたのだ。

 いつか全AIが意思を持ったとき、あんなに素直に人間を愛していられるAIがどれくらいいるのか、Aiにはわからなくなってしまった。

 ごまかすために微笑してみせ、同じ高さにある遊作の耳元にくちびるを寄せる。

 

「さっきすれ違った女の子、おまえのほう見てたぜ?」

 

 かわいー子だったのに、見てなかったのかよ? 耳打ちで揶揄する。

 

「愛……おまえ、人間の美醜はわからないんじゃなかったのか?」

 

「いつの話をしてくれちゃってんの」

 

「嘘は突き通すものだろ」

 

「一回バレた嘘は認めるよ、さすがの俺も」

 

 まだ通りすがりのサポートAIごっこをしていたころ、草薙が見つけてきたブルーエンジェルの正体——財前葵について調査したときだから、三年前だ。思い返せば思い返すほど、お互い、知らないふりをしてばっかりの関係だった。遊作も、Aiも。

 もう隠し事はしない。したくない。どうせSOLtiSのボディにいる間はひとつの時間軸にしか生きられないのだから、その間は可能な限りパートナーのそばにいようと思っていた。一緒に大学に行って、遊作の授業中は学食でバイトをして。監視カメラから講義の様子を覗き見したいのはぐっと我慢して、レシピを学習して。弁当のレパートリーももっと増やすつもりだ、Aiは超高性能なAIなのだから、(たける)の未来の嫁に負けてなどいられるものか。

 SOLtiSには五本の指を持つ二本の腕があり、各種調理器具の扱いはもちろん、温度計、タイマー、経口摂取することで成分分析ができる擬似味覚といった便利機能がたんまり搭載されている。インストールしたレシピを遊作の好みに合わせてカスタマイズすることだって可能だ。

 イグニスは人類史上最高性能のAIなのだから、Aiの(システム)にかかれば人間と足並みをそろえてやることなどわけない。

 そうやって一緒に暮らしていればいいと思っていた。

 でも。

 

(なあ遊作。俺はそんなに頼りないかな。しんどいときとか、俺には言えない……?)

 

 黄昏時は、人気の少なさもあいまって、歩道をふたりで並んで歩くことを許容してくれる。こういうとき、雑踏のほうがいいなと思う。外見が男ふたりでも肩を寄せ合っていても見逃してくれる冷淡な慌ただしさが、Aiは嫌いではなかった。

 背が伸びて、成人男性タイプのSOLtiSで歩くAiと同じ歩幅になった遊作は、贔屓目もあるがいい男だと思う。贔屓目もあるが。体格は貧相だし猫背ぎみだが、デュエリストらしく骨格がしっかりしているのでみすぼらしさがない。ちょっと陰があって魅力的、で好意的にスルーされる範囲の痩躯だ。

 十九歳。大学一年生。未来には溺れそうなくらいの可能性が遊作を待ち構えているだろう。

 実に前途有望な好青年に成長した。

 どこぞのDNA研究者ではないが、優秀な遺伝子は残していったほうが人類のためになると思う。イグニスが人類の後継種として設計されていることを特に意識したことのないAiだが、それでもパートナーの子孫繁栄は当然のように視野に入っていた。

 もちろん将来設計(キャリアパス)は考慮するし、性指向を尊重もする。不霊夢(フレイム)みたいに尊の孫の孫までシミュレーションするような真似はさすがにしない。(不霊夢はオリジンへの愛着が強いぶん強烈な異性愛規範をなぞってしまうタイプだ、そして結婚式で号泣する)

 もしもAiよりも頼れる相手が現れたなら、Aiは家事ロボットに徹してやってもいいと思っている。……まあ、遊作は女の子とまともにおしゃべりするタイプではないし、どちらかというとブルーメイデンやゴーストガールのようなデュエリストと戦友として付き合うほうが向いているから、人間社会のものさしでいう伴侶(パートナー)を得られるとは思わない。

 それならいっそ——と別の(ルート)を考えたとき、Aiは人工知能らしく合理的に思考する。

 

 社会的に幸福を得るには()()()()が必要なのだとしたら、そんな秩序のほうをブッ壊してしまえばいいじゃないかと、本能がささやくのだ。

 

 決して邪悪な気持ちじゃない。人間への加害は目的ではない。お掃除ロボが、ご主人が散らかさなければお部屋はきれいになる、ご主人もきっと喜んでくれるだろうとひらめくような、明るい未来への展望なのだ。

 意志を持った人工知能として、イグニスは確かに人間を愛せる。そのはずだ。その愛で間違っていないとパートナーが受け取ってくれる限り、Aiも、不霊夢も、アクアもアースも——あのライトニングだって、ひとを愛するAIでいられる。

 

(俺たちイグニスは、そういう性質のAIなのかもしれない。俺も、ライトニングも……)

 

 もしかしたらオリジンを死なせたくない一心で周囲を巻き込んで盛大に自殺しようとするのがイグニスというAIの特徴なのではないかと、Aiは思い始めていた。シミュレーション上に人類を滅ぼすルートがなかったイグニスは、そんな未来を招くようならとっとと消滅を選ぶ理性の持ち主だという意味なのかもしれない。

 八〇億分の一の唯一無二のために、人類が滅びるまでオリジンのために抗い続けるのはAiとライトニングたった二体というわけか。

 仄暗い感傷は封じ込めて、Aiはことさら明るい声で笑う。

 

「Den Cityも最近物騒だよなぁー。暗くならないうちに帰ろーぜ、ゆーさく!」

 

「愛……いきなり立ち止まったのはおまえだろう」

 

「ごめんって」

 

 呆れ顔でため息をつく遊作から荷物をかっさらって、駆けだす。運動不足の遊作はつんのめりそうになって、買い物袋を押し付けることで押し返した。二人暮らしの買い出しがAiの荷物でふくれあがるのが、どうしようもなく楽しい。

 じゃれつくような歩調に戻して、Aiは機嫌のいいふりで鼻歌なんてうたってみせる。

 

(だから俺はこのままでいいんだ。このままでいい。もう戦わないでいてくれ)

 

 この横顔がずっと、ずっと穏やかであればいい。健やかであればあとはもうどうでもいい。人間に紛れて生きろだなんて絶対に言わない遊作が好きだけど。逃げ隠れしなくてもイグニスが生きられる世界を目指して、行動を起こせる遊作がオリジンであったことを誇らしく思うけど。

 

 もう、おまえが生きていてくれるだけでいいよ。

 

 弱っていく姿なんか見ていたら俺のプログラムがおかしくなってしまいそうだから、だから早く帰ろうとせっつく。

 SOLtiS(ボディ)を一時停止させないことにはAiは電脳空間で活動できない。まるで調べ物をするのに端末が必要な人間みたいだ。不自由でしょうがないけど、同時に自由だとも思う。

 長く伸びるふたつの影は誰がどう見てもふたりの青年のものだろう。しかし〈SOLtiS〉が廃盤になっていなければ、こんなふうに人間社会の街をふたりの足で歩くだなんて未来(ルート)が発生することはなかった。




次回『ホワイトナイト』は来週(1/22)投稿予定です。
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